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未来の箱舟教室

2019.08.28

ヒューマン・コンピュータ・インタラクション研究にて栄誉あるSIGCHI生涯研究賞受賞。石井裕が語る、未来への提言

米国計算機学会(ACM)のコンピューター・ヒューマン・インターフェース(CHI)会議において最も権威ある「生涯研究賞」を受賞したMITメディアラボの石井裕教授。無形のデータを実体としてさわれるようになる「タンジブル・ビット」の概念を提唱し、以来、人間とコンピュータの新たな未来ビジョンを提示し続けた功績が高く評価された。常に挑み、開拓し続ける石井裕の精神とは。

石井裕︱HIROSHI ISHII 
1956年東京生まれ、北海道育ち。マサチューセッツ工科大学教授、メディアラボ副所長。日本電信電話公社(現NTT)に勤務、NTTヒューマンインターフェース研究所を経て、1995年、MITメディアラボ教授に就任。タンジブル・ビッツの研究で、世界的な評価を得る。大阪芸術大学アートサイエンス学科客員教授。
39歳で企業研究者から大学教授に 

私がMITメディアラボからヘッドハンティングされたのは、1994年にアトランタで行われた会議で「クリアボード」のプレゼンをしたときでした。「クリアボード」は、遠隔地にいる2人が、ガラス板を通して相手の顔を見ながら、さらにガラス板の表面に絵をかきながら話ができるシステムです。

重要なのは、相手の視線が画面のどこに向けられているかを容易に読めること。相手の視線をコミュニケーションの中で活用できるので、相手がどこに興味をもっているか、集中しているかがわかる。シームレスなコミュニケーションを実現するツールです。この作品は海外で高い評価を受けました。

研究者としてメディアラボに転身するきっかけとなった、クリアボードを操作する石井さん。当時37歳。
印刷メディアでは伝わらない「肉筆」の重み

MITに赴任する前、1995年の春、私は長年の夢だった宮沢賢治の故郷、花巻市を訪ねました。昔から、宮沢賢治「永訣の朝」が大好きで、ぼろぼろになるまで彼の詩集を読み込んでいたんです。その詩集には、最愛の妹としを失った賢治の心の葛藤が、等間隔で並んだ9ポイントの明朝体で表現されていて、それが彼の「詩」なのだと、それまでずっと思っていました。

しかし、宮沢賢治記念館で実際に目にした肉筆原稿には、書いては消し、書いては消しで書き加えられた言葉たちが踊っていました。それは、これまで印刷で読んだものとはまったく異質な「永訣の朝」。何度も書き加えられた言葉の軌跡が、彼の創作の苦悩を語っていました。そのインクの軌跡を見つめると、ペンを握る彼の太い指や、農作業で節くれだった彼の手、原稿用紙を引っかくペンの音が聞こえてくる。 それは、活字で印刷された「永訣の朝」からは一度も感じとることのできなかった感動でした。

印刷技術の発展による大量生産のおかげで、芸術作品のテキストは誰でも容易に入手できるようになりました。しかし、それによって失われた原作者の身体の痕跡、精神の軌跡を嘆くアーティストの声は聞いたことはありません。 「永訣の朝」の肉筆原稿から、作り手の身体が直接触れ、その痕跡を、精神の葛藤を残せる物理メディア(紙)の可能性について考えるきっかけになりました。それは、私が提唱しているタンジブル・ビットの思想につながるルーツのひとつになっています。

論文審査で却下されかけた《Tangible Bits》

《Tangible Bits(タンジブル・ビッツ)》
従来のコンピュータの概念を飛び越えて「形のない情報」に直接触れることを可能にしたインタフェース

1997年、初めて《Tangible Bits》の論文を提出した時に却下されかかったところを、マーク・ワイザー博士(Xerox PARC)のによって助けられたと伺いました。当時のエピソードを教えてください。

サイエンスでもアートでも、良い仕事とそうでない仕事を判断する価値観はともすると
固定化しています。特にその研究が様々な領域の要素を含んでいる学際的な場合、違った分野同士の価値観が衝突するため、従来の既存分野の価値基準だけでは評価しきれないのは当然のこと。アートとサイエンスでも、デザインとテクノロジーでもそうです。 特に、我々の研究しているHuman Computer Interaction(HCI)で求められる評価の基準としては、どれだけ使いやすいかというユーザビリティを認知心理学的な知見から評価することが一般的です。 従って、タンジブル・ビッツのような、まったく新しいビジョンを論じる論文は、審査員の意見が分かれるのでアクセプトされにくいわけです。

また当時、審査を通過できる論文は20%以下で、淘汰される状況も多々あったんですね。特に論文の査読というのは様々な価値観を持った人が評価をするので、可もなく不可もない、面白くなくてもフォーマットに乗っ取った、エラーのないものが生き残る確率が高いのです。

しかし、《Tangible Bits》はそういう類のものではなく、何十年、何百年先に使われるかも知れないという、まったく新しいビジョンです。今日それを即使いたいというユーザーもいないし、支援するタスクも明確ではない。どれだけ効率が上がったかという評価もできない、とても不確かなものでした。私が作るものは、controversialな(物議をかもす)ものが多く、賛成する人もいれば反対する人もいます。

結果、最初のラウンドのレビューでは僕の論文は落ちかけましたが、再審査でマーク・ワイザー博士に拾ってもらいました。その理由は、彼の提唱したユキビタス・コンピューティングと、タンジブル・ビッツには相通じるものがあったからだと思います。これから「タンジブル・ビッツ」を、彼の「ユキビタス・コンピューティング」と一緒のバナーにしないかとすら言ってもらえて、非常に本質的な部分まで読み込んでくれたんだなと感動しました。

マーク・ワイザーや、アラン・ケイ、ニコラス・ネグロポンテなど、私にとって神のような人々に後ろ盾を頂いたことで、失いかけた自信を取り戻せたんだと思います。だからこそ、若いうちに自分のヒーロー、ヒロインを早く見つけ、あえて他流試合・異種格闘技をせよと、若い研究者・クリエイターに言いたいですね。

100年後の人類に問いかける

自分がやっていることをたまにアートだと解釈されることはあるのですが、私自身はアートをつくろうと思ってやったことはありません。四半世紀前、尊敬するメディアアーティストの岩井俊雄さんにお会いして自分の研究「musicBottles」を紹介した際、「君はついに僕の領域に侵入してきたな」と言われたことで、初めて自分のやっていることをアートと呼んでもいいのかと自覚しました。とはいえ、私の活動はアーティスティックな要素もあれば、デザインの要素、サイエンスの要素、そして実用的な要素もあります。

私はよく講演の最後に「Invent and Inspire(発明とインスパイア)」というメッセージを聴衆に投げかけるのですが、新しい発明の中に哲学的・審美的な要素がなければ、人にインスピレーションを与えることはできません。だから、新しいこと、モノ、アイデアを生み出すことと同時に、人々をインスパイアするコミュニケーション・デザインの重要性を常に意識しています。2200年を生きる遠い未来の人々に何を残したい?どのように思い出されたい? と、日々己に問いかけながら、残された時間を生きています。

《TRANSFORM》
手をかざすと、センサーで捉えた人の動きに反応し、ブロック状のピンが波のように踊り始める。

たとえば、今使っているソファーやテーブルは、それ自体は動かない「フローズンな(凍った)材料」です。でも、それ自体が動く可能性もあるかもしれない。2014年のミラノサローネで発表した「TRANSFORM」は、この考えが原点です。マテリアル自体が身体の動きや環境の変化を感知するメディア・テクノロジーと新次元で融合することで、テーブルから生きているマシンへと「トランスフォーム」するわけです。

未来は予測するのではなく、発明するもの

最近の学生と議論していると、未来をすぐに予測しようとする人が多いように感じます。また、これをつくればいくら儲かるかとか、人の作品の評価ばかりする人も。批評の視点はもちろん大切ですが、自分自身で創造し、それを自分で建設的に批評したほうが、その何倍も面白い。音楽でもアートでも、創造する人、商用マーケットをつくる人、批評する人など、その業界全体の世界を新しいレベルに押し上げてくれる多様な人々のコミュニティがが必要だと思います。

私はよく講演の結論で、「出杭力」「道程力」「造山力」という言葉を紹介します。
「出る杭は打たれる」という言葉がありますが、出すぎた杭ならば誰も打てない。出るならば徹底的に出る、これが「出杭力」です。「道程力」とは、原野を切り開き、まだなき道を全力で疾走していく力。すでにあるレースで一番になるよりも、もっと面白いのはレースのルール自体を自分でつくりだしてしまうことです。

そして「造山力」は、「自ら山を造る力」の事です。私がMITを選んだ理由は、その頂きが雲に隠れて見えない高い山のようだったからです。 しかしそれは幻想で、登頂すべき山自体がそもそも存在していなかったことを後で思い知ります。誰もまだ見たことのない未踏峰連山を海抜零メートルから創りあげ、数年のうちに世界初登頂していく。それが競争の激しいMITメディアラボで鍛えられた力でした。

また、最近のメディアではAIの存在が誇張されていますが、AI自体がビジョンを作リ出せるわけではありません。テクノロジーは常に変化し、 アプリケーションは数年単位で古くなっていきます。けれど、強いビジョンは100年を超えても存在し続けることができます。そしてはるか先の未来への道をを照らすことができる。私の研究も、技術先行ではなく、ビジョンによってドライブされています。

すでに答えの存在の保証された問題の計算はコンピュータに任せ、我々人間にしかできない新しいビジョンや、アイデアを生み出すことに注力する。そんな考えの人がもっと増えて、日本から世界にインパクトを与える人がたくさん出てくると嬉しいですね。そして、数年単位で未来を予測するのではなく、自分にこう問いかけてほしいんです。「数百年後を生きる未来の人々に、何を残したいか? どう思い出されたいのか?」ーーそうした想像力とパッションを持って新しいものを生み出し続けてほしいと思っています。

▼ACM SIGCHI Lifetime Research Award Lecture (May 6th, 2019 in Glasgow, UK) ドキュメント映像はこちらから

 

CREDIT

Tatuya yokota
PHOTO BY TATSUYA YOKOTA
1986年生まれ。東京在住。 日本大学芸術学部写真学科卒業後、株式会社アマナに入社。青山たかかず氏に師事。後に退社し独立。現在は広告、web広告、雑誌、などを主に活動中。 http://www.tatsuyayokota.com
Numao
TEXT BY NATSUKI NUMAO
編集者、ライター。武蔵野美術大学卒業後、Paul Smith財団のグラントにより渡英。帰国後、出版社やメーカーのインハウスにてWEBコンテンツやアプリの編集制作、SNSの運用、キャンペーンの企画に携わる。デザイン、アート、ライフスタイル分野を中心に編集・ライター・プロモーションに従事。

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