• TOP
  • LAB
  • 中川 志信
  • No.03 - 工業製品のデザインプロセス

ARTICLE'S TAGS

LAB

中川 志信Shinobu Nakagawa

03工業製品のデザインプロセス

「お化粧屋さん!」

これは筆者が家電メーカーに入社した頃、年配の設計者から言われた言葉である。デザイン職能に対する愛称であったが、表層的なデコレーションのみを期待されているようで「失礼な呼称だな……」というのが素直な感想であった。

しかし当時はバブル景気のピークで、つくれば売れる時代であった。設計者が提示した構造物の外観を整え、きれいにする当時のデザイン業務から考えれば、「お化粧屋さん」という愛称は最適だったのかもしれない。

やがてバブル経済も終焉を迎えるが、すでに多くの工業製品を手に入れた消費者は当面の生活に不都合を感じることもなく、工業製品は売れなくなる。そこでメーカーは買い替えを促すために、製品の付加価値を高めて消費者の購買意欲に訴えるという手段をとった。

「付加価値の高い製品を開発する」という命題は、デザインプロセスにも影響を与えた。それまで社内にこもりがちだったデザイナーは市場に出向き、新たなニーズを掘り起こすところから始めてデザインのフィニッシュワークまで完遂する。スタイリングを中心とした狭義のデザインだけでなく、企画や設計までを行う広義のデザインである。

ポール・ヘニングセンのデザインプロセス

そのようなデザインプロセスを実践してみて、ポール・ヘニングセンがデザインしたPHランプの開発ストーリーを文献で読み、「これが工業デザインだ!」と感動した学生時代を思い出した。調査、コンセプトづくりから体系的に工業デザインを学んでいた筆者が、これこそ目指すべきデザインプロセスだと確信した頃である。

文献の内容は、売れるデザインや照明器具の外観のみに固執せず、照明器具の外観のみに固執せずに、人間と光の最適な関係をデザインに取り組んだというものである。

そのためにヘニングセンは、電球のグレア(まぶしさ)が気にならない「グレアフリー」の快適な視環境というユーザーの潜在ニーズからデザインを始めた。次に自らの手を電球にかざすことにより、光の透過と反射を利用したグレアフリーというアイデアを発見する。

そのアイデアを具現化するため、白色半透明のオパールガラスをシェード素材に採用して光の透過を表現し、一方、光を効果的に反射させるために、螺旋形を基本に光学計算した最も効果的な形状を設計した。その上で手軽に組み立てられるノックダウン式の構造を展開し、二律背反と思われていた「グレアフリー」と「明るさ」が両立する照明器具を完成させた。まさにユーザーの潜在ニーズを解決するデザインの実践である。

 

筆者はその後家電メーカーで、ライト商品のデザインを担当することになったが、趣味が登山であったことから、登山家やアウトドア愛好家のニーズが手にとるように理解できた。そこから発想し、構造設計から意匠までを行って、多くの新しいアウトドア用ライトを商品化した。登山用ヘッドランプの発売時には開発者として雑誌にも掲載され、これら一連の商品群を「フィールドプロシリーズ」としてブランド化した。

まさにデザイナーが「企画 → 構造設計 → 意匠」と広義のデザインを実践し、市場の潜在ニーズを元に高付加価値商品を開発したマーケットインのデザインプロセスである。

筆者はその後、コンピューターを内蔵したデジタル機器のデザイン開発を担当することになった。当時はメカニカルでアナログ的な工業製品がエレクトロニクス化し、さらにコンピューターが内蔵された情報機器へと移行しつつあった。その結果、内部構造の制約が少なくなり、機能と外観の関係が自由になった。しかし意味を伝えない自由な外観は、ユーザーにその機器の用途をわかりにくくさせた。

 

それを解消するために「メタファー」という、その機器の機能に近いフォルムを比喩的に外観に採用するデザイン手法を取り入れた。例えば、大事なデータを保存するハードディスクレコーダーの機器デザインには、金庫をメタファーにして外観をデザインした。

操作面では、テクノロジーの進化による情報量の増加によって、ユーザーの操作も増えて複雑化した。そのため機器のハードボタンは、モニター画面の表示情報を軸とした操作にとって代わり、デジタル機器にも液晶モニターが装備されるようになった。操作性の向上と表示画面内を整理するために画面ページの階層が増えたことで、「グラフィックユーザインタフェース」(以下、GUI)のデザイン手法が必須となる。

 

現在も機器内の情報量は増え続け、機器からのフィードバックを設けて人と機器が双方向でやりとりするインタラクションデザインも取り入れられている。同時に「メンタルモデル」「マルチモーダル」「タンジブル」といった概念を取り入れて直感的に操作や認知を行えるデザインが模索されている。

現状ではまだ、進化し続けるデジタル機器にデザインが追いついたとは思えない場面に多々遭遇する。しかしその状況下でも、アナログなユーザーに、わかりやすく使いやすいデザインを提供すべく努力することが、デザイナーの務めではないだろうか。

20世紀のプロダクトデザインは、パッケージをデザインするように機器の表面をデザインするという発想でよかった。しかし20世紀末の情報革命によって人とモノの関係が複雑になり、ハードウェアだけでなく目に見えないソフトウェアやサービスにまでデザインの領域が拡大した現在、その発想ではもはやデザインは成り立たない。

企業の製品開発のスタイルも、「マーケットイン」からさらに前進した「マーケット創造型」へと移行し、それに即した新たなデザインプロセスが求められている。

 

中川 志信/なかがわ しのぶ

WRITER

中川 志信/なかがわ しのぶ
1967年、大阪府生まれ。プロダクトデザイナー、ロボティクスデザイナー。武蔵野美術大学卒業。松下電器産業(現パナソニック)で家電デザイナーとして活躍後、ロボティクスデザインを中心にテクノロジーの融合により、人を感動させるロボットの製作を実現。グッドデザイン賞など受賞歴多数。新技 術やアイデアを使った新たな価値の創造をめざす。

page top

ABOUT

「Bound Baw」は大阪芸術大学アートサイエンス学科がプロデュースする新しいWebマガジンです。
世界中のアートサイエンスの情報をアーカイブしながら、異分野間の知見とビジョンを共有することをテーマに2016年7月に運営を開始しました。ここから、未来を拡張していくための様々な問いや可能性を発掘していきます。
Bound Baw 編集部

VISION

「アートサイエンス」という学びの場。
それは、この多様で複雑な時代に「未来」をかたちづくる、新たな思考の箱船です。
そして、未知の航海に乗り出す次世代クリエイターのためのスコープとして、アートやデザインなどの表現・文化の視点と、サイエンスやテクノロジーの視点を融合するメディア「バウンド・バウ」が誕生。境界を軽やかに飛び越えた、冒険的でクリエイティブな旅へと誘います。

VISUAL
CONCEPT

サイトトップのビジュアルは大阪芸術大学の過去の卒業制作の画像データを、機械学習技術によって作品の特徴を捉えた抽象化されたデータに変換し、その類似性をもとづいて3D空間上に分布させることで構成されています。これは、これまで学科という枠組みの中からその表現方法が考えられてきた従来の芸術教育に対して、既存の枠組みを取り払い、より多角的で新たな視点(=アートサイエンスの視点)をもって、大阪芸術大学を再構築する試みのひとつです。

STAFF

Editor in Chief
塚田有那
Researcher / Contributor
森旭彦
原島大輔
市原えつこ
yang02
服部聡
Editorial Manager
八木あゆみ
制作サポート
communication design center
Rhizomatiks
STEKWIRED
armsnox
MountPosition Inc.
close

bound baw