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2019.11.13

空気を人々の記憶に変換する。地球課題に対峙するアーティスト、ラファエル・ロサノ=ヘメルの挑戦

TEXT BY SAKI HIBINO

世界各国のパブリックスペースで展開される大規模なインスタレーションで注目を浴びるアーティスト、ラファエル・ロサノ=ヘメル (Rafael Lozano-Hemmer)。2019年7月にイギリス・マンチェスターで開催された「Manchester International Festival」では、5年の歳月をかけて完成した、彼の25年間に及ぶキャリアの集大成ともいえるプロジェクト「Atmospheric Memory」を世界で初公開した。
インタビューでは、超監視社会から気候変動まで地球規模の問題にアートで対峙するという彼の哲学が浮かび上がってきた。

Rafael Lozano-Hemmer (ラファエル・ロサノ=ヘメル)
1967年、メキシコ系カナダ人としてメキシコシティに生まれる。現在はカナダのモントリオール、スペインのマドリードの2拠点で活動。モントリオールにあるコンコルディア大学で物理化学の学士号を取得。「電子アーティスト」として、建築とパフォーマンスアートの交差点で模索するインタラクティブなインスタレーションを制作している。2007年のベネチアビエンナーレでは初のメキシコ代表に選出。世界各国の美術館で個展を開催するほか、ニューヨークのMoMAやグッゲンハイム、ロンドンのテートモダン、サンフランシスコのSFMOMAなど、数多くの美術館に作品が収蔵されている。現在、大規模インスタレーションを含む20以上のプロジェクトが世界各国で進行中。
http://www.lozano-hemmer.com
空気は巨大な図書館だ

「Atmospheric Memory」はどこから生まれたプロジェクトなのでしょうか?

このプロジェクトは、世界で初めてプログラム可能な計算機を発明した数学者チャールズ・バベッジ(Charles Babbage)の言葉がインスピレーション源となっています。1837年にバベッジは、自身の著書『Ninth Bridgewater Treatise』の中で、「空気は巨大な図書館だ」と語り、私たちがこれまでに話されたあらゆる言葉が空中の粒子の動きに永続的な痕跡を残すと推測しています。

また人類が、分子の動きを計算できるほどの精巧な知性を手に入れた時、その動きを逆再生することで、過去に話したすべての人の声を再現できるのではないかとも述べています。亡くなってしまった愛する人の言葉、口述で受け継がれたまま消失した言語、過去の犯罪履歴に至るまで、あらゆる言葉を再生することができるというのです。19世紀に行われた議論ですが、私にとって非常に魅力的で重要な示唆に満ちていました。

もし空気中に漂う声を再現できるとしたらーーー?
それはどんな方法なのか。再現できるとしたら、誰のどんな声を聞きたいのか。その一方で、すべての言葉が記録されている社会に人は住みたいと思うのか。このような問いが「Atmospheric Memory」の出発点になりました。

「Atmospheric Memory」は、新作を含む9つの作品で構成されていますね。

私は25年間作品を作ってきましたが、大きく分けるとふたつのスタイルを展開してきました。ひとつは、美術館やコレクターなどが購入できる小規模なインスタレーションや美術作品です。もうひとつは、都市や公共スペースの中で行われる大規模なパフォーマンスやインスタレーション。これらの作品は期間限定のパブリックアートとして機能し、観客とインタラクションするものです。

たとえば2003年、日本でもYCAMのオープン記念で披露した作品は後者ですね。世界中の人々からインターネットを介して送られてきたショートメッセージを(当時は携帯電話のSMS機能から)、巨大な光の柱の明滅や動きに変換し、コミュニケーションを構築するインスタレーションを展開しました。

「Atmospheric Memory」は、マンチェスターのアート&リサーチ機関Future Everythingと、フェスティバルManchester International と5年間にわたって共同制作したプロジェクトであり、おそらく過去最も野心的なプロジェクトです。そして私のキャリアの中で初めて、先述したふたつの異なるスタイルのアートワークを同時に展示している点が特徴です。

「Atmospheric Memory」で展示された各作品について教えてください。

たとえば展示した作品の一つ《Volute 1》は、世界初の3Dプリントされた文字通りの “吹き出し”です。会話中に吐き出された息を、カスタムメイドのレーザー断層撮影装置を用いてその場でスキャンし、写真測量法を使用して3D形状に変換した後、最終的に高解像度のステンレス鋼でプリントした彫刻作品です。

《Volute 1》©️Mariana Yañez

この彫刻は言葉のかたちそのものです。面白いところは、同じ人が同じ言葉を発しても、毎回まったく違うかたちになるということ。この吹き出しの複雑さは予測不可能で、二度と同じかたちにはなりません。時間軸や人々の感情など様々なパラメーターが絡みあうこの世界では、すべてを完全に再現することは不可能です。5年間にわたる「Atmospheric Memory」のプロジェクトを通して、音声データを視覚・嗅覚・触覚といった、聴覚以外の情報に変換することに取り組んできましたが、挑戦を重ねる度にこの世界の儚さや美しさを実感しています。

ある感覚情報を、他の感覚情報に変換するという行為にはどんな意味があるのでしょうか?

別の感覚情報に変換することで、私たちが存在するこの世界についての理解や責任を再認識する手がかりを探っています。私が、空気中に存在する声、厳密にいうと「息」に最初にフォーカスしたのは、2013年に発表した通称“窒息マシン”、《Vicious Circular Breathing》です。

この作品では、鑑賞者は3メートルのガラスでできた立方体の部屋に連れられます。61個の茶色の紙袋が室内にぶらさがっているのですが、これらはいわばこの空間全体の「肺」を意味しています。紙袋の肺は、立方体の部屋の中の空気を吸って、そして吐きだす働きを持っています。そして重要なのは、この部屋が展示期間中一度も換気されないということ。次第にこの立方体の部屋には、訪れた鑑賞者の吐き出した呼気で満たされていきます。すると、次にやってくる鑑賞者はたくさんの人が吐き出した息を吸うことになるわけです。想像するだけで気持ち悪いでしょう(笑)。 

たしかに気味が悪いですね。そうなるとどんどん二酸化炭素の含有量が増えていきますから、”窒息マシン”というわけですね。

そうです。鑑賞者がその部屋に留まり続けたら、おそらく死んでしまいますね。この作品において、私たちの呼吸は、この部屋に訪れる未来の鑑賞者が吸う空気を有毒なものにしていくことを自覚させられます。この作品は私にとって、気候変動という問題を考える重要な出発点になりました。

「Atmospheric Memory」には、目に見えない空気や記憶を体感させるというコンセプトがありますが、それは単に詩的な意味にとどまりません。私たちを取り巻く空気ーーそれも気候変動において、人類がどう責任を持つかという視点も入れています。

ちなみにこの作品では安全に配慮するため、ウイルスやバクテリアなどあらゆる種類の空中浮遊汚染物質の除去が求められました。窒息、伝染、パニックの危険性に関する警告も出していましたね。

《cloud display》鑑賞者が作品の前で発した言葉が、霧を通して可視化される ©️Mariana Yañez
《weather veins》無数のプロペラを回転させ、空気を可視化するインスタレーション
©️Mariana Yañez
《voice tank》観客の声が空気となって、巨大な水槽の中に美しい水の波紋を描く ©️Mariana Yañez
超監視データ社会にどう抗うか 

私たちは、情報テクノロジーが人々のあらゆる瞬間の行為を記録し、恒久的にデータとして残されていく時代に生きています。SNS上で発信した言葉が一瞬で広まり、保存されていく今日のデジタル世界において、「あらゆる言葉は空中に記録される」というバベッジの論理はすでに実現されようとしているようにも感じます。

そうですね。インターネットを使っている限り、私たちの居場所、会話、旅、購入、閲覧履歴、健康状態など、ありとあらゆる個人情報はデジタル空間に記録されていっているわけです。この世界観はバベッジの予測と酷似していますね。

私たちはプライバシーの権利を放棄し、生活の中にあるスマートフォンや「Amazon Echo」などのホームアシスタント、テレビ、スマート家電にウェアラブルデバイスなど、インターネットに接続された便利なオブジェクトの世界で生きることにすっかり慣れてしまっています。しかし便利さに慣れきっているからこそ、それらの監視システムとしての側面を忘れてはなりません。

昨今、スマートデバイスにおけるプライバシーの問題はさかんに議論されていますね。

ええ。私が過去に発表した作品のいくつかも監視に関するテーマに基づいています。たとえば「Atmospheric Memory」の中には、《Zoom Pavilion》や《Recognition》といった、会場に設置されているカメラが鑑賞者を捉え、顔認識システムを使用して空間や時間と鑑賞者の関係性を記録する映像作品があります。観客が美しく幻想的な映像に見入っていたと思えば、突如として「自分は監視されている」ということを認識する瞬間が訪れるようになっています。

私の仕事は、現代の超監視社会を助長するこれらのデバイスの”通常の使われ方”に問いを投げかけ、新たな可能性をアートを通じて引き出すことです。

《zoom pavilion》展示室にあるセキュリティカメラが観客の顔を大写しにし、顔認識データに基づいて勝手に観客同士をマッチングさせる ©️Mariana Yañez
《recognition》©️Mariana Yañez
地球課題へのインタラクション

「空気」や「声」を題材とする作品が、データ社会や地球課題への言及にもつながっているのは興味深いですね。

ほかの作品では、専門家、芸術家、リサーチャーなどの「声」による声明文のアーカイブがあります。16歳のスウェーデンの環境活動家、グレタ・トゥーンベリ(Greta Thunberg)、ラップで社会の不平等さなどの問題に挑むイギリスの詩人ケイト・テンペスト(Kate Tempest)らです。これらの声明文は資料として聞くこともできますが、鑑賞者が作品の前にいないときは、アーカイブされた彼女らの声が流れ、作品を動かす動力になるという仕掛けになっています。

地球上にある問題は顕在化しているのにも関わらず、現在の状態は悪化の傾向を辿っています。その中で、草の根的に新しい世代が私たちの目を覚まさせる行動を起こしています。「Atmospheric Memory」は、その声を可視化することで、問いを鑑賞者に与えることを目指しているプロジェクトです。

《atmospheric memory》©️Mariana Yañez
《atmosphonia》©️Mariana Yañez
《atmospheric memory》©️Mariana Yañez

地球規模の問題に対しては、どのようなアクションを起こされていますか?

様々な地球規模の問題が、作品の中に落とし込まれています。たとえば気候変動に関していえば、いま、私たち人類の呼吸による空気中の二酸化炭素濃度は440 ppmです。一般的に科学者が推奨する350 ppmをはるかに超えた量で、数値は増加する一方です。この蓄積の63%は過去20年間で発生したものだそうです。また、二酸化炭素濃度の増加は、大気中の工業化の記憶と考えることができます。今回のインスタレーションでは、時計によって二酸化炭素濃度の増加を提示し、気候変動の問題を視覚化しています。

《vocal folds》©️Mariana Yañez

世界で早急な対応が求められている問題に関して、私たちが今、何をしなければならないかを考えさせられる機会になる展示だと感じています。「Atmospheric Memory」における今後の展望について教えてください。

「Atmospheric Memory」では、スケールをもう少し小さくして、世界中をまわるツアーを仕掛けていく予定です。体育館にあるバスケットボールコートサイズでの展開を予定しているので、世界中の学校を巡回するのもいいですね。

また、今回発表した個々の作品も世界各地で展示される予定です。日本での展示もありますよ。《Zoom Pavilion》は、ポーランドのアーティスト、クシシュトフ・ウォディツコ(Krzysztof Wodiczko)とのコラボレーション作で、顔認識の監視システムを使った映像インスタレーションです。2019年11月からは、森美術館の「未来と芸術展」で展示される予定です。

あなたは、25年というキャリアの中で、デジタルアートが生まれた初期の頃から作品制作をしていますね。近年のシーンを見てどう感じますか?

難しい質問ですね。いまなおカテゴリーを越境し、可能性を広げていっているアーティストは数多くいると思います。非常に多くのデジタルアーティストが、データの不正利用、プライバシーの消失、国際政治における分断、経済の低迷、気候変動など、多岐にわたる社会問題を読み解き、刺激的な作品をつくっています。

しかし一方で問題だと感じるのは、デジタルアートが大衆化し、広告マーケティングやエンタメ、または矮小化されたコミュニケーション手段のみに偏っていく傾向もあることです。私はユートピアに酔いしれるためのメディアアートを信じることはできません。アーティストは、現実世界で人々にアクションを呼びかけることこそが仕事だと考えているからです。

アートはあくまで現実に即したものだと。

私が好きな、メキシコのサパティスタ民族解放軍運動の言葉があります。

「We are not asking you to dream, We are asking you to wake up. (私たちはあなたに夢を見てほしいのではなく、目を覚ましてほしいのです)」

「Immersieve=没入型」という言葉が昨今流行っていますが、美しい夢の世界に没入するだけでいいのでしょうか? 「Atmospheric Memory」はたしかに没入型の空間ですが、私にとっては、人々が持つ基本的な信念を混乱させる空間でなければ意味がありません。私たちは混乱と問題に溢れる世界の中に生きており、アートはこの状況を反映する必要があると考えているからです。

アメリカーメキシコ間の壁にかかる光の橋 
《Border Tuner》©️Antimodular Research
《Border Tuner》©️Antimodular Research

また現在、力を入れているのが、2019年11月7〜24日にかけて世界初公開される新作インスタレーション《Border Tuner》です。強力なロボットサーチライトによって、アメリカとメキシコの間に「光の橋」をかけます。トランプが作った壁を、光の橋超えてでつなぐ、大規模な参加型アートインスタレーションです。

面白いのは、両国の共同作業によって光の橋をかける、というインタラクティブ性を与えたことです。つまり、アメリカ側のサーチライトを操作する人と、メキシコ側のサーチライトを操作する人が互いに“調律”し、その光を一本に重ねたとき、マイクとスピーカーがアクティベートされ、両者が会話できるようになるのです。それが「国境(Boader)調律器(Tuner)」というこの作品の意図です。これまでの私の作品を振り返っても、鑑賞者が互いにインタラクションするものはなく、ここでどのような会話がなされるのか、今から心待ちでなりません。

会期中は毎晩インスタレーションのスタート時刻になると、メキシコとアメリカ双方に設置されたステーションで、さまざまな特別ゲストがパフォーマンスを行います。ある晩はスラム詩人、ジャズミュージシャン、ビートボクサー、先住民、ハッカー、聖歌隊、歴史家、フェミニストなど様々な人々です。多くの人に楽しんでもらいたいですね。

まさに国境を超えたインタラクティブアートですね。世界規模の問題にアートができることを実現する作品になることを期待します。

INFORMATION
日本国内の展覧会 (《zoom pavilion》を出展)
森美術館「未来と芸術展:AI、ロボット、都市、生命――人は明日どう生きるのか」
2019年11月19日(火)〜3月29日(日)
https://www.mori.art.museum/jp/exhibitions/future_art/

 

CREDIT

Saki.hibino
TEXT BY SAKI HIBINO
ベルリン在住のエクスペリエンスデザイナー、プロジェクトマネージャー、ライター。Hasso-Plattner-Institut Design Thinking修了。デザイン・IT業界を経て、LINEにてエクペリエンスデザイナーとして勤務後、2017年に渡独。現在は、企画・ディレクション、プロジェクトマネージメント・執筆・コーディネーターなどとして、国境・領域を超え、様々なプロジェクトに携わる。愛する分野は、アート・音楽・身体表現などのカルチャー領域、デザイン、イノベーション領域。テクノロジーを掛け合わせた文化や都市形成に関心あり。プロの手相観としての顔も持つ。

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