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未来の箱舟教室
2017.12.12
先人から学び、先読みする力を手に入れる。真鍋大度の大学講義「アートサイエンスの過去と現在」
今年9月、大阪芸術大学アートサイエンス学科で「未来の箱舟教室」が始動した。シンギュラリティが予告され、未来予想図が次々と書き換えられる時代において、アーティストや科学者はどんな知恵と想像力で挑むかを問う講義シリーズだ。
基調講演を務めたのは、ライゾマティクスリサーチの真鍋大度氏、テーマは「アートサイエンスの過去と現在」だ。メディアアートの最前線を貫く彼の脳内には、常に先人たちが築いてきた「表現とテクノロジーのロードマップ」があった。真鍋氏の語る、歴史から未来を紡ぐ方法とは?
真鍋大度
メディアアーティスト、DJ、プログラマー。2006年、Rhizomatiks(ライゾマティクス)設立。15年よりライゾマティクスのなかでもR&D的要素の強いプロジェクトを行うRhizomatiks Research(ライゾマティクスリサーチ)を石橋素と共同主宰。プログラミングとインタラクションデザインを駆使してさまざまなジャンルのアーティストとコラボレーションプロジェクトを行う。
今も昔も、同じ議論をしている
真鍋:「アートとサイエンス」をめぐる議論は、過去何十年にもわたって続いてきました。ずっと堂々巡りをしているため、おそらく答えを無理に見つけようとしても、一概に解答が出ることのない世界なのでしょう。
特に日本における最初のピークは、1970年の大阪万博。この頃から、アート×サイエンスや、アート×テクノロジーといったワードが盛んに使われるようになりました。その背景には国家的な産業の要請があります。高度経済成長の最中、日本の科学技術の発展を世界にアピールする手段としてアート表現が有効に使われたのでしょう。
そしていま、僕たちは2020年に東京オリンピック・パラリンピックを迎えます。ここでまた、現代における表現とテクノロジーの融合が、日本の先進性を世界に見せるチャンスを得たというわけです。
さて、アート×テクノロジーを特徴付けるものひとつに「インタラクティブ性」が挙げられるでしょう。アートサイエンス学科で学ぶみなさんも「インタラクティブ」な作品をつくろうと考えるかもしれません。今はラップトップ1台でも大体のことができますが、昔は大型のコンピュータが必要でした。そのため、今まではインタラクティブな作品というだけである程度の注目を集めることができたかもしれません。
しかし、ここで90年代後半の雑誌『InterCommunication』*に載っていた一節を紹介してみます。これによると、「インタラクティビティそのものがコンピュータの高速化やセンサーの発展などで普遍化する中で、インタラクティブでありさえすればいいという時代ではない。むしろアーティストが必然性を持って構築するストーリーに比べて、ハイパーメディア化された作品の作品の良さが露呈する場合が少なくない」とある。つまり、インタラクティブであることよりも重要なものがあるのではないか、と90年代から議論されてきたわけなんです。
*アート&サイエンスやメディア、情報環境から哲学までを幅広く扱った名雑誌、2008年より休刊
アイデアは過去から学ぶ
真鍋:テクノロジーと表現がどう結びついてきたのか、今日はその歴史を掘っていきたいと思います。今テクノロジー的にホットな話題といえば、人工知能をはじめ、仮想通貨、ロボティックアート、バイオアートなどがありますね。数年前から話題のAR/VRなどは80年代から概念として登場し、90年代あたりに様々な実験がなされてきました。
しかし19世紀後半には、今よりもっとダイナミックにアートとテクノロジーが関係していった時代があったんです。その大きな転換点は写真の登場です。これは1878年にエドワード・マイブリッジが発表した、世界初のアニメーションと呼ばれている連続写真です。
その後、マイブリッジはこれらの連続写真から動きの解析を行いましたが、それはダンスを客観的なデータで解析した初めての試みだったと思います。つまり、僕らがいまコンピュータを使ってつくるダンス作品の紀元とも言えます。
これは1896年に発表された、ダンサーのロイ・フラーによる作品。ダンサーの服の色がどんどんと変わっていくのがわかりますね。今だったら画像解析ツールで人のシルエットを抜き、そこに色をつけると思うんですけど、当時はフィルムに色をつけていました。
こうした手法も当時と今とでは全く異なりますが、人の動きに色を関連づけるというアイデア自体は19世紀後半から生まれていました。つまり、いま新しいと思われるような技術や表現でも、昔からアイデアとしては既にあることが多いんです。
例えば人の動きをデータに変換するとなると、今は3Dスキャン技術をもちいて丸ごとデータ化するという手法もありますが、再帰性反射材と呼ばれる素材でできたマーカーをつけた黒いスーツを着てその人のジョイントの構造をとるモーションキャプチャという別の方法もあります。その方法の元祖もやはり19世紀にできていて、エティエンヌ=ジュール・マレー(E.J.Marey)が 連続写真撮影機を発明し、「Geometric Chronophotography of the man in the black suit(1883)」という作品で見ることができます。この頃から、人のモーションをどうすれば最もシンプルに表現できるかを研究していたんですね。
『Parade』パリ・オペラ座エトワールのジェレミー・ベランガールと、映像作家ジュスティーヌ・エマードのコラボレーションによる同公演。音楽をエリック・サティ、美術をパブロ・ピカソ、脚本をジャン・コクトーが担当。
一方でクラシックのダンスやバレエが、現代美術や現代音楽とコラボして進化した一例が、「Parade」です。これは今見ても面白い点がたくさんありますが、当時はバレエ界においてこのように変わった美術や衣装が入ること自体、とても革命的なことだったと思います。こうした、伝統的なバレエにコンテンポラリーな概念を組み合わせて新たなダンス表現を生み出していく系譜が20世の初頭に始まりました。
特にそれを体系的に実践していたのが、ダンスに数学や、幾何学的なアプローチを取り入れたバウハウスのデザイナーOskar Schlemmer(オスカー・シュレイマー)です。僕がいま誰に最も影響を受けているかと聞かれたら、真っ先にシュレイマーの名前を挙げると思います。
シュレイマーは、舞台の中に仮想の幾何学的な構造を設定し、そこでどんなダンスをつくるかを試みました。また、ダンサーが「モノをもって踊る」というジャグリングやサーカスでしか行われなかった中の表現を取り入れたことも、当時はかなり斬新な挑戦でした。
映像を見てみるとわかる通り、現実にこんな線は存在していませんが、床を分割したり、ボードを使って拡張させるなどして、新たな振付を提案しています。今だと僕らがCGや空間の解析技術を用いるところをすべてアナログでやっているんです。
ちなみに、Perfumeの「不自然なガール」のミュージックビデオは、このバウハウスのシュレイマーの挑戦が現代にアップデートされた例だと思っています。
シュレイマーに限らず、古今東西でどんなダンス表現が行われてきたか、その歴史はいつも参照しています。例えばキューブを使った表現、ポイを使った表現など、過去に先人たちが編み出してきたたくさんの例から、たくさんのことを学ぶことができます。例えばリオのオリンピックの閉会式のフラッグハンドオーバーセレモニーで行なった様な、光るキューブを用いた演出は主にジャグリングの世界で発展してきました。
「cube juggling」とGoogle画像検索をすればその事例が数多くみられるでしょう。過去を学び、新しいテクノロジーやアイデアを用いることによって実現出来る表現を生み出すのが私たちに求められていることです。
新しい技術やガジェットから、新たな身体表現が生まれてくる
真鍋:ここから自分たちの作品がどの様に進化、変化していったかお話しします。まずはダンスカンパニーのELEVENPLAYと2011年に発表した「dot」から。当時はワイヤレスでLED制御などがやっとできるようになってきた頃でした。そこで、LEDのボックスを効果的に振付の演出として用いてみました。
ELEVENPLAYとのコラボレーションではいつも、振付家MIKIKOさんによる演出イメージやシナリオがあった上で、その中に新しいテクノロジーやガジェットをいかに取り入れるかを話し合って進めていきます。「dot」では人間の持つ内面と外面の葛藤に纏わるジレンマをモチーフにiPadでしかできない表現を追求しました。
次は2013年の作品「ray」。僕らがロボットアームと身体データの関係について研究していた時期に制作した作品です。これはロボットアームにレーザープロジェクターをつけて空間を分割し、パフォーマンスをするというものです。
いわゆるコンサート会場で使うようなレーザーはだいたい40〜50度くらいの角度でしかレーザーが動かせませんが、この作品ではロボットアーム自体が動いてレーザープロジェクターを動かすので、普通のレーザープロジェクターではできない演出ができました。
ここで面白かったのは、ロボットアームは最も作業効率のいい動きしか設計されていないので、人間らしい動きをつくろうとすると非常に難しいということ。電力消費を少なくするために最短距離を通り、衝突のムダをできるだけ排除した動きをするという工業的なメリットを追求したシステムです。それとは逆に人の身体の動きはいい意味でムダが多いので、そことの兼ね合いがテクニカル的に難しかったところですね。モーションキャプチャのデータを用いたり様々な試みを行いました。
またテクノロジーとダンス表現の歴史を遡ると、ここ最近ではプロジェクションマッピングによって映像とダンスを組み合わせるといったアプローチが数多くあります。
代表的な作品はアルスエレクトロニカのフューチャーラボとKlaus Obermaierが作成した「Apparition」です。
私はこの作品にインスピレーションを受けてNosaj Thing "Eclipse/Blue"を制作しました。
この際、当時Future Labでリサーチャーをしていた現Art+ComのJingに質問をしたり、Klaus Obermaierにも連絡をしました。その結果、Klausと新作を新たに作ることになりましたが、この様にインスピレーション元を明示して敬意を表明することによって、新たなコラボレーションが生まれることもあります。
こういったプロジェクションマッピングをベースにした作品の問題は、どうしても平面的な表現に限定されてしまうことです。一番の理想はホログラムのダンサーが観客の目の前で踊っていて、それとインタラクションするまでできれば面白いのですが、それを完璧に再現するのはもう少し先の話なので、今は現実の物理空間にいかなるテクノロジーを取り入れるかというチャレンジを続けています。
次に紹介するのは、ドローンによる演出を舞台空間に取り入れた2014年の「24 drones」です。24台のドローンがダンサーの周囲を動き、それに応じて新しい振付を考えるというもの。ここではドローンの動きを制御し、ダンサーとドローンが毎回同じ動きをするというルールのもとでパフォーマンスを行いました。
新しい技術の表現に取り組むときはいつも、すぐに作品をつくり始めるのではなく、何度も実験を繰り返していきます。ドローンに関しては、この作品にたどり着くまで何度も実験を続けましたね。そのプロセスもすべて段階的にYouTubeで公開していました。
このドローンを制御しているのはモーションキャプチャーのカメラによる位置認識です。天井に30台くらいカメラをつけてドローンの位置を認識していますね。今までは屋外でのパフォーマンスが難しかったのですが、最近ではウルトラワイドバンド(超広帯域無線)という新しい技術を使えばカメラに関係なくアンテナの設置だけでドローンを飛ばせるようになってきましたね。
ドローンの次に、自動制御の可能な電動車椅子型パーソナルモビリティ「WHILL」を使った作品が「border」です。これは体験者がHMD(ヘッドマウントディスプレイ)を装着して車椅子に乗り、バーチャル映像と現実の舞台空間を相互に行き交うというVR/ARパフォーマンスをつくりました。
ライゾマティクスのハードウェアのエンジニアはとてもレベルが高いのですが、このプロジェクトのために彼らはモビリティを自動運転させるシステムを開発しました。
続いて、今年東京ドームシティのギャラリーAaMo、そしてバルセロナのSonarで発表した「phosphere」。ここではプロジェクターを24台と、光軸を増やすための鏡を8枚使用して、32本の光軸を結像可能とし、立体的な光のダンサーを空中に描画するシステム作りました。
この作品のラストシーンにおけるハイライトは、現実のダンサーと光のダンサーの共演です。これまでの長いダンスの歴史の中でも前例のない本当の意味で最先端の表現です。
プロジェクター1台では観客の角度によっては立体的に見えないのですが、このシステムでは、正面以外から見てもうっすらとシルエットが見えます。光軸をさらに増やしていけばもっと鮮明に見えるようになるでしょう。
パフォーマンス以外にも作品は多数ありますが、2013年に東京都美術館MOTで発表した「traders」を紹介しましょう。これは東証の株式市場におけるリアルな取引データをビジュアライズした作品です。制作のきっかけは、AIを作品テーマにするなら社会への実装が進んでいる領域を扱うのが面白いと思い、リサーチの結果、金融の株取引の世界が最も人間とAIの戦いが問題となっていて、かなりリアルだと思ったからですね。
ここでは東証から株式市場のデータをリアルなデータを受け取り、人間やAIが入り交じって株取引が行われる瞬間を音とグラフィックに変換していきました。その後、2015年よりビットコインの自動取引を扱うバージョン「chains」の開発を始め、2016年にドイツのKZM(カールスルーエ・アート・アンド・メディアセンター)で発表しています。
ビットコインも今では大きな社会現象となっていますが(2017年12/1時点で100万円を超えている)、2015年に着手した当時はまだ3万円代でした。メディアアートではこの様に社会一般に浸透する前に作品で扱うことが重要で、常に現代社会がどういった問題を抱えていくのかということを先読みする力が必要とされています。
自分を俯瞰して、自己分析するメディアアーティスト
真鍋:「border」の自動運転や「chains」の仮想通貨のように、メディアアーティストの役割のひとつとして、実際に世間に普及して問題が起こる前に、それを先読みして作品として発表することで問題提起をしたり、こんな未来がきたらちょっと面白くなりそうと想像してもらったりすることがあると思います。例えばビットコインのような仮想通貨が社会インフラとなった際にどのような未来がやってくるかということを、法が整備される前に起きる様々な問題を作品を通じてシミュレーションするんです。そのとき注意すべきは、僕らアーティストは評論家ではないので、語るべきは作品にあるということ。僕はとにかく何よりもまず、実験を繰り返して、実装していくことを第一主義としています。
(会場から)真鍋さんは常にテクノロジーのトレンドにも着目しながら、様々な技術やアイデアを新旧問わず取り入れていますが、その時々で用いるテクノロジーをどう決めているのでしょうか?
真鍋:キュレーターやイベントディレクターは、展覧会やフェスティバルの招へいアーティストを決めるとき、各アーティストのバイオグラフィをしっかり見ます。例えばアルスエレクトロニカでは前後の作品を見ることで作家が持つコンテキストを読み解くと聞きました。つまり、一芸勝負ではなく、最新の作品と、過去作品との相関関係がきちんと名言できる作家は強いんです。常に自分の活動を俯瞰できているのは大切なことだと思います。
そのため僕は自分の作品がこれまでどんな技術を使い、それが次の作品にどうつながっていったのかを参照するツリーマップを作っています。過去作品にメタデータをつけて、関連性を見ていく。そうすると、自分の興味が一時期はある方向偏っていたり、昔よりも興味が薄れていた技術などを振り返ったり、逆に他の人がやっていないことを見つけることもできます。
10年以上活動を続けていると作品の数も200個以上になっている。その分、過去を振り返ることで、新しい作品のアイデアはその時々のトレンドや興味だけで先行せず、自分の強みはどこにあるかを捉え直すことができる。それをアップデートし続けていくことが大事ですね。
CREDIT
- TEXT BY AYUMI YAGI
- 三重生まれ、東京在住。紙媒体の編集職として出版社で経験を積んだ後、Web制作会社へ転職。Web制作ディレクションだけではなく、写真撮影やWeb媒体編集の経験を積みフリーランスとして独立。現在は大手企業のブランドサイトやコーポレートサイトの制作ディレクターや、様々な媒体での執筆や編集、カメラマンなど職種を問わず活動中。車の運転、アウトドア、登山、旅行、お酒が好きで、すぐに遠くに行きたがる。 https://aymyg1031.myportfolio.com/
- PHOTO BY YOSHIKAZU INOUE
- 1976年生まれ。1997年頃から関西のアーティストやバンドのライブ写真を撮り始める。 その後ライブ撮影を続けながら雑誌、メディア、広告媒体にも活動を広げ2010年から劇団維新派のオフィシャルカメラマンとなりそれ以降、数々の舞台撮影を行う。2015年に株式会社井上写真事務所を設立し活動の幅を広げながら継続してライブ、舞台に拘った撮影を続けている。 http://www.photoinoue.com/