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2016.10.05

「逢いたくなるデザイン」を求めて

TEXT BY 中川 志信

「逢いたくなるデザイン」を求めて

機械に「こころ」がデザインできる─そう思ったのが2004年、このロボティクスデザイン研究のはじまりだった。その当時の感動は今でも鮮明に覚えている。

長年家電メーカーで来る日も来る日も新商品を中心にデザインしてきたわたしが、これまで一度も経験したことのない感覚を、自らデザインしたロボットを通して体感させられたのである。その頃取り組んでいたロボットのテーマは「かわいらしさ」。それを多くの人々に伝え感じてもらうために、試行錯誤の末、キューピー人形のような外観、甘えん坊の幼児のような首を傾げるしぐさ、手を差し伸べたくなる危なっかしいヨチヨチ歩きなどを取り入れた。

その結果、予想以上に私自身がこのロボットに感情移入した。ロボットを「この子」と呼ぶようになり、やさしく抱きかかえて運ぶ自分に驚いた。ロボットに私が仕掛けたデザインに、わたし自身が仕掛けられ、ロボットに「こころ」を感じたのである。

このような体験は初めてのことであり、機械に「こころ」がデザインできると感じた瞬間であった。

機械に「こころ」をデザインする研究に対して、当時は何の方策や戦略があるわけでもなかった。ただわたしが後、プロダクトデザイン教育を大学で学生たちに実践していく以上、このことは先に研究を進めないと大変なことなると直感した。

21世紀のプロダクト、それはロボットだけでなく日常的な工業製品が知能化し、人と双方向でコミュニケーションをとり始める方向へと進化するに違いない。しかもそれは遠い未来ではなく、すぐそこに来ている。

このような「人と21世紀型プロダクトの新たな関係性のデザイン」を、教育は産業に先駆けて後進に伝えていかねばならない。そのためにはまず自分自身が経験を重ねる中から学び、デザインに取り組む人たち、とりわけ学生たちに理解しやすいよう体系的に理論化していく必要がある。

霞をつかむような感があり、底知れない淵に飛び込むような危険性も感じたが、その使命感がロボティクスデザイン研究を進める原動力となった。

2004年当時は鉄腕アトム生誕ブームなど多くの企業や大学がロボットの開発を手がけていた。私は多くの経験を重ねる中で何か光が見えるのではないかと楽観的に考えて多方面のロボット開発に携わり、幅広い経験を積んでいった。例えば、人の姿に似せたヒューマノイドロボットのデザイン開発では、機能美ある美しい造形デザインだけでは、ヒューマノイドロボットに求められる役割が何も果たせないことを思い知らされた。レスキューロボットのデザイン開発では、そのロボット本体と要救助者や操作者が良い関係になるデザインやシステムソリューションが必要であることに気づかされた。俗にいうロボットではなく、家電や玩具がロボット化する提案型のデザイン開発も多々実践したが、そのたび大きな反響があることから、こうしたデザインが市場で期待されていることを知った。

このように幅広いロボット開発を実践する中で、従来のプロダクトデザインの発想にとどまっているだけでは、本来目指すべき全体の一部しか解決できないことを理解できたのが最大の成果であった。デザインという単語も、現在は単なる造形のみを指すのではなく、ソリューションという意味を加えて使われることが多い。プロダクトデザインにおいても、物的価値に重きをおく意匠中心の20世紀型から、サービスやコトなど精神的な価値に重きをおく21世紀型へと、デザインの領域が大きく拡大していかねばならないだろう。

多方面のロボットを「機械に“こころ”をデザインする」という視点からデザイン開発を行う中で、設計工学、人間工学、心理学、コミュニケーション学、シナリオ学、アニメーション、文楽などの伝統芸能、脳科学、人間科学など多領域にわたる研究が必要となった。ロボットの開発者やデザイナーにとって最も必要なのは、人間の本質を見抜き、人間を掘り下げることなのである。

今後、ロボティクスデザインは工場や施設の中の産業用ロボットではなく、日常生活で触れ合う人間共存型ロボットが主流となる。これらのロボットと人々が良い関係を創造するためには、ロボットに人間性を盛り込んでいかねばならない。人は感情の動物である。また他人の情動を見抜く習性がある。ペットやモノにも感情があるかのように思い、感情移入する。これら人間の習性を利用して、ロボットに「こころ」があるかのように思わせるデザイン手法が必要である。

人とロボットが混在する日常生活を演劇と考え、開発者やデザイナーがシナリオ設計などを通して演出していく。感情に加え、リズムやテンポのあるセリフや動き、ドラマ性のあるロボットとのやりとりやロボットの性格付けなど、情緒ある雰囲気づくりやロボットの「こころ」が動く糸口を明確にするデザインである。これは新たな「総合芸術」だ。

全ての芸術は五感に訴え、創造した人と受ける人との間をコミュニケートしてきた。ロボットのデザインも視覚、聴覚、触覚などの感覚を駆使してロボットに込められた意図や機能を不特定多数の人々にコミュニケートする「総合芸術」である。

もう一度見たい映画や演劇と同じように、もう一度会いたいと感じさせるロボットをデザインしていかねばならない。「ロボティクス」はロボット工学が主たる意味であるが、今後は工学と多くの領域の学術との融合が必須となる。

私たちはロボットを新たな種族として迎え入れ、人と共存できるように、科学技術の進化にあわせて感性面からデザインしていかねばならない。工学と芸術が融合するロボティクスデザインが確立することで、21世紀の明るく正しく美しい未来が創造できると確信している。

 

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TEXT BY 中川 志信
1967年、大阪府生まれ。プロダクトデザイナー、ロボティクスデザイナー。武蔵野美術大学卒業。松下電器産業(現パナソニック)で家電デザイナーとして活躍後、ロボティクスデザインを中心にテクノロジーの融合により、人を感動させるロボットの製作を実現。グッドデザイン賞など受賞歴多数。新技 術やアイデアを使った新たな価値の創造をめざす。

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