LAB
2022.10.28
アンドロイドと音楽の研究所AMSL始動。「オルタ4」がいる教室から
TEXT BY AKIHICO MORI
アンドロイドと音楽の研究所AMSL始動。「オルタ4」がいる教室から
日本で唯一、アートサイエンス学科を持つ大阪芸術大学は、2022年6月15日、アンドロイドと音楽を科学するラボラトリー「AMSL(アンドロイド・アンド・ミュージック・サイエンス・ラボラトリー)」を開設した。このラボにはアンドロイド「オルタ4」が常駐している。開所式で行われたパネルディスカッションに登場したのは、このラボの立役者である音楽家の渋谷慶一郎、コンピュータ音楽家の今井慎太郎、そしてロボット工学者の石黒浩。彼らが展開したトークは、アンドロイド「オルタ」がいる教室ならではの授業風景そのものだった。そしてその教室は「未来の神話」を生み出すのだという。
サイエンスやテクノロジーは、アートがなければ進化しない
現在、アートとサイエンスの共存は進む一方だ。まさにアンドロイド・オペラ®︎『MIRROR』で実現されていることだが、アートはサイエンスにインスピレーションを与え、サイエンスは新たなアートを創造する。これからアートとサイエンスはどのような共進化をするのだろうか? その最先端にいる音楽家の渋谷慶一郎、コンピュータ音楽家の今井慎太郎、そしてロボット工学者の石黒浩が話し合った。
「まず根本的には、最先端のサイエンスやテクノロジーは、アートがなければ進化しない。何かの原理を用いてテクノロジーを実際につくるのはエンジニアリングだ。しかし、エンジニアリング以前の段階、つまり発明にはアーティスティックな感覚が求められる。オルタの場合では、アンドロイドの動きと音楽の複雑性には共通するものがあることがわかった。
このようにアートを通して見ることで、まだどのような原理が作用しているのかは分からないが、そこに何かが表現されていることは分かる。それは新しいサイエンスやテクノロジーの創造において大きな手がかりになる」(石黒)
これに対し、渋谷はアンドロイドは楽器のようなものだとする。「モーツァルトは新しいクラリネットが発明されたら、それをすぐに自分の音楽に採り入れた。僕にとってはアンドロイドは楽器のようなものだ。そしてシンボリズムという意味で楽器以上の可能性を感じている」渋谷にとっては、アンドロイドは自らの新しい音楽をつくるための楽器、すなわち音楽のためのテクノロジーだ。彼の奏でる音楽は、すべてのものをフラットに採り入れ、進化していく。
「(アンドロイド・オペラ®︎で共演している)サイエンティストとお坊さんに共通していることは、ぶっとんでいることと、自分の興味あることしか興味がないということ。そして彼らは音楽家にとってアイデアの宝庫だということ」(渋谷)
2019年から渋谷のアンドロイド・オペラ®︎に関わってきたコンピュータ音楽家・今井慎太郎は「いまや私にとってアンドロイドはひとつの楽器のような媒体です」と話す。
「アンドロイド・オペラ®︎『Scary Beauty』などでは、アンドロイドの声と動きを統合的にプログラミングしています。歌唱のメロディを生成するシステムはシンプルなものだが、アンドロイドと統合されることで、新しいインタラクションが表現できていると感じる。そして人間は、アンドロイドの感情すら読み取ろうとする。これは人間の生命維持にかかわるものだと感じる。観客の中には親密さすら感じるようになったという声もある」(今井)
人間とロボットは同じ
石黒は「人間とロボットは同じだ」と話し、ロボットの生態系における立ち位置について話す。
「多くの人はいまだ人間とロボットは遠い存在だと考えている。しかし、この地球上でもっとも人間に近いのはロボットだ。なぜなら、人間とロボットはどちらも進化するためにテクノロジーをつかう。これは動物や昆虫など、地球上の他の生命体とは決定的に異なる特徴だ。人間は進化し、よりテクノロジーと融合していく。すると、未来ではさらに人間とロボットは近づいていくだろう。つまりロボットの研究は、今とこれからの人間を知ることでもある」(石黒)
また石黒らのラボは来たる2025年日本国際博覧会(EXPO2025)で「科学テクノロジーで命を表現する」をテーマとする展示に向けて制作を進めている。そこでは、これから人間がどのように進化していくか、「未来の神話」を提示するという。石黒は「50年前は、テクノロジーができることが、今よりもずっと少なかった。人間の行末を左右できるのは神だけだった。しかし、現代には神はいない」と話す。
「現在の最先端のテクノロジーを使えば人間が人間をデザインできる。最先端の合成生物学や分子生物学は人間の身体の一部をつくりかえることができ、脳とコンピュータとをつなぐブレイン・マシーン・インターフェースのようなテクノロジーもある。これからは神のいない世界で、人間がテクノロジーによって人間の未来を決め、つくっていく時代だ」(石黒)
また、石黒はサイエンティストであると同時に、その発言から類稀なビジョナリーであることも知られる。未来を知る上で重要なことは、歴史と芸術を知ることにあるという。
「自分がつくりたい未来を表現することは難しいかもしれない。しかし、表現できるようにならないといけない。それは人間の責任だからです。未来を表現する上で、芸術や文化は非常に重要です。人間は、いろんな過去の集積に立って、いま、未来をつくっている。過去の歴史や芸術を無視して未来をつくれないのは当然です。未来を鮮明に見ることは、過去を鮮明に見ることと同じなのです」(石黒)
才能がないことは罪ではない
2025年日本国際博覧会に向けて石黒らと並走する音楽家の渋谷慶一郎は、学生に向けて、「いまやアーティストを目指す人にとって、才能がないことは罪ではない」と話す。
「音楽がつくれなくても、アートがつくれなくてもいい。とくに音楽は視覚優先のインパクトを与えるのが非常に難しくなっている。YouTubeを見るように、みな、目で見る刺激に慣れているからだ。そうした時代において、ひとりのアーティストでできることは限られている。おまけに、アーティストなんてすでに腐るほどいるわけだ。
僕のような音楽家は、複数の人が関わるプロジェクトベースで動く。そしてプロジェクトにはさまざまな人材が必要になる。そこに優劣はない。才能がないと嘆くよりは自分の適性を見つめて、必要ならサポートする側にまわって技能を習得する方が面白いことが出来る場合が多い。このラボではどのようにして海外の現地のプロダクションとやりとりして制作、公演の実現を進めるかといったことも、実際に制作に携わりながら学ぶことが出来る」(渋谷)
渋谷は、2022年3月、ドバイ万博でアンドロイド「オルタ3」(AMSLにあるのは後継版のオルタ4)および古くから高野山に伝わる仏教音楽の「声明」、そしてUAEのNSO Symphony Orchestraによるアンドロイド・オペラ®︎『MIRROR』を上演している。国内外でアンドロイドと音楽の新境地を開拓し続ける渋谷は「アートは国内では自給自足できない」と話す。
「人間以外のものをアート表現に引き込むと、人間はなぜか興味を持つ。とくにオルタは、人間のように振る舞い、人間にできない方法で僕たちと関わることができる。そこから生まれる表現に国境や人種は関係ない。アーティストとして、そうした面白い表現で生きていこうと思えば、日本にこだわらず活動して反響を生み出していくほうが良いに決まっている」(渋谷)
AIは感情を持たない?
質疑応答に入ると、会場の学生からも質問が飛んだ。彼らの問答は、これから繰り広げられる授業の風景をそのままに、会場で再現していた。その風景は、言うなれば“アンドロイド道場”さながらだった。
「ロボットの研究を通して人間を知れるということに共感しました。感情や心がわかるようになったら面白いと思う。しかしニューラルネットワークは0、1の電気信号なので、感情が生まれ得ないとは思います。研究が進むと、本当の意味で感情を持つことは来るのでしょうか?」(学生〈アートサイエンス学科3回生〉)
石黒はこの問いに対し、「『AIは感情を持たない』というのは誰の主張ですか?」と学生に問い正した。そして「しょぼいニューラルネットワークの中見たってなにも出てこなくて当然」と言い放った。この返答の真意は、感情を持つAIをつくるためには、まだ人類が生み出したことのないようなニューラルネットワークをつくることが必要になるということであり、それがロボット研究の真髄であることだった。
「『AIは感情を持たない』という主張には何の根拠があるのかわからない。私は、AIは感情を持てると思っている。そもそもロボットの研究の順序というのは、まず、自分が面白いと思うロボットつくることに始まる。その結果として、ロボットが感情持ったとする。そのときにロボットの中身を分析するというプロセスだ。まず非常に複雑で自分が感動するようなニューラルネットをつくりましょう。その中身に君の求める答は隠されている」(石黒)
「では、AIは感情を持っているってことですか?」と学生はさらに詰め寄る。
「本当の感情って何ですか?」(渋谷)
「むしろ君は持っているのかい?」(石黒)
という両者からの回答に再び会場が湧く。最後は渋谷が締めくくった。
「人間のことがわかるってことは、自分のことがわかるってことなんだけどなかなか難しい。アンドロイドの感情という問題設定は、じゃあ感情とは何か?ということを突きつけられるから面白いと思う」(渋谷)
また、「現代において、宗教にアートやテクノロジーが関わる意味や価値や面白さは何でしょうか?」という、サイエンスと文化・芸術の関係性に言及した学生(アートサイエンス学科2回生)の質問に対し、石黒はこう返答した。
「私たちは神がいなくなったと言いつつも、お坊さんの声明をつかってアート作品をつくっている。これは一見矛盾しているようにも見えますよね。私は、宗教は人間が人間を理解しようとしてきた営みだと考えている。そして日本人の精神性を支えている文化だと思っている。これからのサイエンスやテクノロジーには、文化性や芸術性が高まると考えられる点からも、興味深く思っています」(石黒)
宗教、アート、サイエンス、テクノロジー、そして神話…。ロボットと人間の関係性を深く見つめ、新しくつくる場所。そうしてここから、ロボットと人間の共存が始まる。
CREDIT
- TEXT BY AKIHICO MORI
- 京都生まれ。2009年よりフリーランスのライターとして活動。 主にサイエンス、アート、ビジネスに関連したもの、その交差点にある世界を捉え表現することに興味があり、インタビュー、ライティングを通して書籍、Web等で創作に携わる。 幼い頃からサイエンスに親しみ、SFはもちろん、サイエンスノンフィクションの読み物に親しんできた。自らの文系のバックグラウンドを生かし、感性にうったえるサイエンスの表現を得意とする。 WIRED、ForbesJAPANなどで定期的に記事を執筆している。 http://www.morry.mobi