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未来の神話をつくる人々

2018.07.21

ALifeは科学界のエレクトロファンクになるか?創造的進化とHIPHOP! 池上高志×宇川直宏(後編)

池上高志(ALife研究者)×宇川直宏(DOMMUNE)

2018年の現在、「ALife(人工生命)」を生み出すことは可能なのか? その探求はどんな意味を持つのか? 日本でALIFE研究のリードを取る東京大学の池上高志は、今年7月、日本発の国際学会「ALIFE 2018」を主宰する。これまで欧州と北米・中南米で開催されてきたALife学会が初めて統合する歴史的なカンファレンスだ。いま、池上らが志向するALifeとは何か? かねてより池上と交流があり、自身のアート活動において死と生命のあり方を探求するDOMMUNEの宇川直宏と対談、後編。(前編はこちら

「病」としてのアートが、科学を超えた本質に迫る

池上:エラーとか不完全とか、こういう話をテクノロジーの発展に置き換えたとき、ぼくはよく飛行機の発明を例に出します。飛行機は鳥が空を飛べる構造を観察して発明された技術ですが、では飛行機を見て鳥が作れるかというとそうではない。その間には何があるのか、鳥から飛行機を引いたら、残っているものこそ、飛翔への欲望であり、生命の自律性である。その視点から新たな技術を発想することもできるとぼくは思うんです。技術の効率性や最適・最大化を求める中で、ぼくたちが見落としてきたものは必ずあって、その大部分はアートや音楽の中に回収されていると思います。

宇川:そのとおりだと思います。ぼくは以前から、アートというのは人間の「病」を扱う領域だと言っていて。

池上:素晴らしい。その表現いいですね。

宇川アートは毒で、デザインは薬。医師がデザイナーだとすれば、アーティストは患者という視点でアートを捉えています。だからこそ一人一人症状が全く違うわけです。だからこそ、アートは問いであり、デザインは答えである、と。

池上:ぼくにとっても、マッシヴ・データ・フローや過剰性を考えていくときに、どうしても今の科学という狭い枠組みから溢れてしまうものがあって、その受け皿としてのアートに惹かれたという背景があります。

宇川:人工的な秩序の中から溢れ出てしまう情報や情動、そのエネルギーは秩序に対しての反乱分子ですからね。しかし反乱こそ革命の正体であるし、それは技術革新や、アートトレンドの話に置き換え可能ですよね。

池上:でも科学者としてずっと悩んでいるのが、例えば科学者やアーティスト同士の会話で「それはアートじゃん」と言われたら悪口なんですよ。主観的で、本質的ではないみたいな意味で使われることがほとんど。そういう意味でしか科学者がアートを語らないのは、すごく悲しい状況ですよ。

宇川:なるほど。アートと科学の明解な違いは、アートは合理性を一切無視して、新しい反乱こそを待ち望んでいることでしょうね。体制や構造の革命的変化こそに新たな価値を見出していくのがアートでしょう。だからこそ過去にその反乱の前例があったならそれは革命とは呼べないので、劣化コピーのレッテルを貼られ、即座にゴミになる。なので僕は、デザインは快楽を生み出す、アートはカタルシスを生み出す、と言うようにしています。

池上:そういうアートの過剰性が人工生命の議論にもっと入ってくると生命の研究が進むと思うんです。ただその上で、今の科学もある種の限界にあると思います。例えば博士論文の審査会とか、審査委員に「お前はわかってないな」とか激しく批判されたりするとします。でも、そういう発言をする審査委員の教授が、本当にその博士論文の新しいわかり方を理解できているかというとそうは言い切れない。内容と不可分な「わかり方そのもの」が教授たちの中で更新されていないのです。自分のわかるところしかわからない、というやつです。わかり方なんていうのは一つじゃない。そういうのをAIでぶち壊してほしいとは思います。

だからぼくは、「ロマンチックな科学」というものがもっと増えていいと思うんですよ。データ解析の仕方が主眼になって、結果として得られた解釈にはあまり重きが払われないという風潮。よくないと思うんです。もっと、見えてくるものに欲望したい。AIだって元々はそういう新しいわかり方への希求から生まれているはずです。だから、今こそより「ロマンチックな科学」が必要なのですよ。現在の生命科学はとにかく物質や記号に戻ることだけを範囲としている。もちろん、科学の前提は再現性を担保できることでもありますけどね。誰がいつやっても同じ結果になることが科学。しかし、その前に面白さへの渇望があるはずだ、と。面白いか、面白くないかは主観の問題だから科学的ではない。と言われたことがありますが、我々は科学者の前に人であり、ゆえに面白いかどうかは大事な点ですよ。

宇川:再現性の担保! 小保方さん問題ですね。「人工生命はありまーすっ!」って?(笑)

池上:確かにそうなるとやばいんだけど(笑)、一方で今ある生命というのは、46億年前の地球で誕生して、そのまま永続しえた一種類のものでしかありえないのか。しかし、ALifeではやっぱり他の可能性を探りたい。生命の起源の問題は、それが唯一無二だと科学にならない。歴史から振り返らないといけない問題は科学では無視されてきた。そういったこともあって、生命起源や進化の科学はなかなか大変なわけですが、ALifeがそういうところをつなぐことができるかもしれない。

アートの持つ過剰性や、ある種、暴力的とも言えるほどコントロールできない革命性を、ALifeの研究に入れていくことは、生命とは何かという質問に新しい軸を立てることになると思います。それが、新しい生命科学の方向を開けるものになると思うんです。だからぼくはアートに期待しているし、アートとサイエンスを結ぶALife Labの活動も応援している。今度のALife学会がアートを必要としているゆえんです。

人間中心の理解を超えていきたい

宇川:サイエンスとアートの関係を考えたときに、例えば科学の物理理論やアルゴリズムをアート作品に浅く導入するよりも、そのシステム自体が知覚化され、拡張される構造になっていることの方が重要だと思います。池上さんの話を聞くと、シンギュラリティ時代の人間の仕事は、新たな感情や言葉を作り出すことだという発想が源になっていまよね。

池上:まさにそうですね。さらに言えば、本当に新しいテクノロジーや人工生命の概念は、人間に理解できるものではなくなってくると思います。

宇川:以前、池上さんが「ALifeは人間のために存在しているわけじゃない」と話されていたことを思い出しました。ALifeはALifeとして自律していて、人間とはまるっきり違う次元に存在する生命体や、意識体、言い換えれば魂として捉えてもいいわけでしょう。

池上:それくらいのものが出たっていいわけですよ。いい加減、人間主体でしかない生命の理解って超えたくないですか。すでに今、AIの世界で起きている先端的研究は常軌を逸しています。しかし、それを恐れていても仕方がなくて。

宇川:この期に及んでシンギュラリティにビビっても意味ないわけですね(笑)。

池上:まったくない。この先、これまで見たこともない、理解の範疇にも及ばない新しいものっていうのはどんどん生まれてくると思う。正しく「神のアルゴリズム」と呼ばれるもの、つまりこれまで人間には編み出せなかったアルゴリズム、その開発はすでに始まっているとも思います。

宇川:例えば、これはオカルトの領域スレスレですが、人間が知覚認知できない叡智や気配とか、アウラの進化系としてALifeを捉えてもいいのですよね。またSF的想像力まで総動員すれば、叡智が語り始めるとか、アウラそのものが自律性を持ち始めるとか、そういう新たな生命の有り様もイメージしていいわけですよね。

池上:今年の「Art Hack Day(ALife Labの活動を共にする青木竜太氏の主宰するアート・ハッカソン)」のテーマは「Being There」でした。そこでは、生命が気配やアウラを生成する装置として捉え、その感覚をアート作品に変換する試みをまさにやっています。

宇川:人工生命時代の気配....(笑)、それってもし彼らから決定的なアウラが放たれていたとしても、ぼくたちは感じ取れない可能性が高いですよね。バクテリアやウイルスのような存在でしょうか? 彼らの意識は検証不可、ウイルスに関しては細胞すらもたない。しかし、感染後、突然強烈なアウラを放つ。更にはこの生態系の中で、バクテリアが死滅したとすると、この自然環境自体が滅んでいくかもしれない。ALifeをどんなイメージに当てはめようが現段階では自由ですからね。

ALifeは科学界のエレクトロファンクになるか?

池上:ぼくが宇川さんにシンパシーを感じるのは、そういう原始的なロマンがあるとこなんだよね。ぼくにとってALifeは、科学にロマンティシズムを回復しようとする科学者の試みでもあるので。運動、とも言えるかな。文化的な興隆というか。

宇川:いいですねえ。人工生命を考えるという発想自体が、新しい言葉や方程式になりうる。それは新たな「創造的進化」におけるスタイルを生み出すことであると捉えています。そこで改めてぼくが認識し直したいのはアフリカ・バンバータです。エレクトロファンクの提唱者であり、HIP-HOPの創始者の一人ですね。

池上:エレクトロ・ファンク?HIP-HOP?

宇川:バンバータはブロンクスの貧困層出身で、ギャングスタ集団のリーダーでもありました。血で血を洗う暴力の連鎖から脱するために、ブレイクダンスやラップやスクラッチやグラフィティのバトルによる平和的解決を考案したわけです。そして、それら四大要素に支えられたアフロアメリカンの「創造的進化」をHIP-HOPと総称したのです。

NYブロンクス出身、HIP-HOPの祖父、またはエレクトロファンクの父と呼ばれ、その後のハウス、テクノにも影響を与えたアフリカ・バンバータ。1978年から地域のギャングの生活更生に貢献する政治的活動団体ユニバーサル・ズールー・ネイションの代表を務めた(2016年に退任)。

池上:美しい話だね。でもよく浸透しましたよね。

宇川:ギャングスタたちを救うため、生命を落とさなくても再生可能なアートフォームで勝ち負けを決めることにしたわけです。それまでは負け=死を意味していました。LIFE OR DEATH! しかしこのHIP-HOPというフレームでバトルを捉えると、正しいか間違いかではなく違う考えが2つあるだけだと学ぶことになるわけですよ。そしてジャンルは細分化していく訳です。

池上:それは科学にも言えますね。先日ひさしぶりに物理学会とかに顔だしたら、以前にはあった進化や生命のセッションがなくなって、みんなとにかく数理や方程式のことばかり話していて。方程式で書けないようなことを探りたいのに、計算してこなかったら科学じゃないみたいな風潮になってて。でも、正しいか間違いかだけの議論になったら科学もアートもダメにしちゃうと思う。

宇川:そのとおりですね。HIP-HOPは、フリースタイルバトルに抽象的なルールを設け、音楽、ファッション、ダンス、ストリートアートに新たなスタイルを作った。そして、もうひとつ重要なことは、カウンターカルチャーであるにも関わらず、「Make Money」という概念を初めて提唱したことです。

池上:それ、いいですね。

宇川:でしょう? なぜならギャングスタたちの更生支援のためにもHIP-HOPの哲学を生かそうとしたのです。その後、DIYな経済活動を目指し、そのHIP-HOPは産業化するわけです。そのように新しい言語と方程式を浸透させて、世界をハックした。ただそこで重要になってくるのは、Make Moneyを推進しながらも、Sellout(身売り)はNGっていうボーダーが暗黙の了解としてあることです。この境界を見失っているアートフォームやマーケットも世の中には沢山ありますよね(笑)。

池上:まったく同感です。実は、HIP-HOP感というのは、ALifeをはじめ複雑系の研究にはめちゃくちゃ大事だと思うんです。ファンキーさこそが固定されたわかり方への対抗手段だし、次への進化を作るものだと思うんです。

宇川:だから、これから池上さんには科学界のバンバータになってもらう、と(笑)。バンバータはアパルトヘイトに反対し、非暴力をテーマにユニバーサル・ズールー・ネイションを組織化しました。つまりギャングスタをミュージシャンへと厚生させた。『プラネットロック』(1982)で著名になった彼の音楽スタイルは“エレクトロファンク”と呼ばれていますが、直訳すれば、“土着的な電子音楽”ですよ。これ、“人工生命”と読みかえることはできませんか? そして、池上さんにはHIP-HOPのように、カウンターとして科学に新たな「創造的進化」をもたらして頂きたいと思っています。

最後に僕が夢想するALifeを語るなら、これまで生物は生命の前に平等に生まれ、生存する権利を持って生きてきています。にもかかわらず動物=消費者として生まれた我々は、光合成を試みることもできず、分解者としても生きていけないので、生命を維持するために暴力を行使し、他者の生命を奪って生きるしか生存する方法はありませんでした。僕も池上さんも同じく動物なので、実感しているはずです。ここに消費者として生きる生命の悲しい性があります。“新たな自然を作り出す”サイエンスであるALifeに革命的な可能性を見出すとするならば、そのようなエコシステムから生命の解放を試みることが出来るということです。つまりALifeは完全なる非暴力を唱える学問にしていただきたいのです。池上バンバータさん、お願いします(笑)。

池上:面白いですね。ALifeは平和のための学問だというのは大賛成です。生命性を実態から解放することで、何億年のエネルギー循環のループから抜け出せるかもしれない。そして共存のための新しい倫理性を作り出すかもしれない。宿題にさせてください。ぼくが今ALife Labとかでやろうとしているのは、科学の外側と常に接触して、ALifeという学問分野を外にどんどんと開いていくことです。そのほうが、大学に閉じこもっているより圧倒的に面白いから。面白くないと生きていてつまらない。

それと、ALifeという概念は1980年代後半からあったんだけど、当時との圧倒的な違いは、計算機が鬼のように速くなったことです。今まで憶測でしかなかったものが、ある程度実装可能になってきた。先端技術を使って仮想の生命システムを走らせることで、我々の脳も変わっていく気がします。そして、我々の脳の変化に一貫性をもたせるために、世界もまた変わっていないと困る。世界の見方はひとつに固定されているわけではなくて、常に変えていかなきゃならない。それがすごく大事で、だから生命の定義も変わらなきゃいけないし、人工生命の研究を続けなきゃならない。HIP-HOPです!

宇川:今日は色々と気付きがありました。この続きは、7月22日(ALIFE2018プレカンファレンス開催日。宇川が出演、当日はDOMMUNEで配信)にお話したいですね。ありがとうございました!

池上:ぼく自身、とても楽しみにしています。ありがとうございます!

2018年4月27日、DOMMUNEにて

作って動かすALife――実装を通した人工生命モデル理論入門

作って動かすALife――
実装を通した人工生命モデル理論入門

著:岡 瑞起、池上高志、ドミニク・チェン、青木竜太、丸山典宏 

2018年07月28日 発売予定

 

CREDIT

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TEXT BY ARINA TSUKADA
「Bound Baw」編集長。編集者、キュレーター。「領域を横断する」をテーマに幅広く活動する。サウンドアーティストevalaのサウンドプロジェクト「See by your ears」マネージャー。2010年、サイエンスと異分野をつなぐ「SYNAPSE」を若手研究者と共に始動。12年より、東京エレクトロン「solaé art gallery project」のアートキュレーター。編著に『マリー・アントワネットの嘘』(講談社)『メディア芸術アーカイブス』『インタラクション・デザイン』(BNN新社)、ほか「WIRED」など執筆歴多数。 http://arinatsukada.tumblr.com/
Rakutaro
PHOTOGRAPH BY RAKUTARO OGIWARA
写真家。1991年 スウェーデン生まれ。2010年 多摩美術大学芸術学科入学。この頃から写真を撮り始め、2015年に中途退学。フリーランスの写真家として活動中。 http://raku-taro.tumblr.com/

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