WT
2017.05.19
スイス人メディアアーティストpe lang の、美しい機械が見た「夢」
TEXT BY AKIHICO MORI
“動く彫刻”とも呼ばれる「キネティック・アート」は、20世紀初頭からさまざまなアーティストによって開拓されてきたアートのジャンルだ。スイス出身のpe lang(ペ ラン)もまた、エンジニアリングの知見に基づく現代のキネティック・アートを手がける気鋭のメディアアーティストと言えるだろう。彼がつくる無機質で美しい機械は、巧妙に構築された精緻かつ有機的な動きで見る者を魅了する。その美はいかにして生まれてくるのか? 今年3月、アートフェア東京2017のために来日したペ ランにインタビューを敢行した。
pe lang(ペ ラン)
1974 年スイス/ズアゼー生まれ。チューリッヒ、ベルリンを拠点に活動。様々な物質や素材が持つ本来の機能美を、機械的な構造物を通して提示するアーティスト。不安定さを伴った複雑な物理現象は、精密に作り出された構造体の中で刹那的に現れては消えてゆく。2007年にはニューヨークの音響レーベル12Kに楽曲を提供するなど、サウンドアーティストとしての活動も幅広い。
http://www.pelang.ch
美しい機械が織りなす、予期できない動き
moving objects | nº 1259 – 1366 ©Pe Lang
ペ ランの作品の多くは、モーター、アルミニウム、ワイヤー、ラバーなどの工業用パーツによって組み立てられた、美しい機械たちによって構成されている。無機質なパーツの組み合わせによって動いているはずのその機械は、私たちの予測を裏切りながら、次々と柔らかで有機的な表情を見せてゆく。
その佇まいは、彼の故郷であるスイスに根付く時計工業の歴史も彷彿とさせる。もっとも、彼が操るのは時計の歯車やムーブメントではなくMaxMSPだ。彼は多くのメディアアーティストが愛用するソフトウェアMaxMSPを使って、多数のモーターやセンサーを制御し、複雑な動きをするキネティックアートを生み出している。
それらの作品を前にするとき、さまざまなループが重なり合い、旋律のうねりを生み出していく良質なミニマル・ミュージックの音楽構造にも通じる美しさに見とれる人もいれば、その有機的な表情を生み出す物理法則を作品の中に見出そうとする人もいるだろう。
ペ ランの作品の魅力をひとつ挙げるとすれば、それは「退屈な機械」の拒絶にある。いかに高度にプログラミングされた動きであっても、ただ人間がつくりだした規則に従っているだけの機械的な動きに彼はひどく“退屈”するのだという。
「僕が作品の中で楽しんでいるのは、非常に単純で機械的な動きから始まる“予期しないもの”をつくることだ。たとえば『moving objects | nº 1259 – 1366』という作品は、一見すると非常に複雑な動きをしているように見えるが、僕がプログラムしたのは、2つのモーターでワイヤーをねじるように回転させ、その上でゴムのリングを動作させるというだけのこと。最初は僕のプログラム通り規則的に動いてしまうから、ちっとも面白いものではなかった。しかしいくつかパラメータを変えながら実験をしていくと、摩擦の性質と、素材の特性、人間の目の錯覚が重なることで、退屈な機械の動作のループの中に、まったく新しい動きが生まれてきたんだ。僕が作り出したシステムが、僕の手を離れたところで新しいパターンを生み出してゆく、その瞬間が最もエキサイティングなんだ」
電気技師のキャリアから、機械の質感を操るアートへ
ペ ランのキャリアは電気技師から始まっており、彼の職場は工場だった。今日の作品に用いられるケーブルやモーターなどの機械群は、もともと彼にとって、工場にある巨大な機械を動かすための部品にすぎなかったのだ。
彼は、いわゆるファインアートやエンジニアリングを学んできた訳ではないが、20代の頃からプロジェクトベースの作品制作を進めるようになったという。彼の作品には高度な電気工学の手法が見て取れるが、彼が電気技師としての教育を受けた時は電気工学すらもそのカリキュラムにはなかったのだという。彼とメディア・アートの世界を繋いだのは電子音楽だった。
「今もそうだけど、僕は電子音楽が好きで、かつてはアナログシンセサイザーがほしくても高くて買えなかった。だから自分でつくりはじめたのさ。最初に学んだ電気工学は“はんだ付け”だったよ。そうしてDIYな制作を続けるうちに、気が付けばMaxMSPを使ったプログラミングの世界に入っていったんだ」
しかしコンピュータプログラムにおける2次元のスクリーンの中のイメージだけで、彼を満足させることはできなかった。彼を惹き付けたのは、物理世界の質感そのもの。熱い、冷たい、硬い、柔らかい……、そうしたテクスチャを実際に感じながら作り出せる作品を彼は目指していった。
「僕にとって、知識はつくりながら学ぶもの。今持っている技術や知識は、その時やりたいことに応じて、見つけていったものばかりだ。僕はこうしたプロジェクトベースで知識・技術を身に付けていくのが好きなんだ。残りの人生すべてをプログラミングに費やす必要もないし、機械ばかりを相手にしていなくてもいい。その都度、自分が取り組みたいプロジェクトの中で学びながら、次をつくることが重要じゃないかな」
positioning systems | nº 6 ©Pe Lang
機械が夢を見るとき
ペ ランの作品は、単純なループから始まる。回転、振動、伸縮など、作品を構成する最小単位のパーツによる単調な機械的動作の繰り返しが、まず最初にある。その繰り返しが構造化され、増幅され、あるいは時間とともに俯瞰されるとき、見る者はそこに複雑なパターンを見出すようになる。
それは私たちの脳内の視覚情報処理が、無秩序な情報の中からパターンを見つけるようにできているからだ。
moving objects | nº 485 ©Pe Lang
『moving objects | nº 485』は、特殊なファブリックでできた構造体の中で、モーターによって1836の鉄のボールを振動させる作品だ。鉄のボールが物理法則のもとにつくりだす複雑なパターン――小さなパターンが大きなパターンに回収され、パターンを失い、また新しいパターンが生まれていく――が知覚されるうち、私たちの意識は秩序、混沌、生命、不滅など、さまざまな意味をそこに投影してゆく。それはまるで、機械が見ている夢を盗み見しているかのようだ。
「最初はすべてのボールがモーターの振動に同期し動きはじめる。最初のうちは単調で退屈な動きをしているだけなのだが、振動に同期したボールが一定の数に達するとファブリックの構造体を揺らし始める。すると、モーターから生み出された振動パターンがそれ自体を破壊し始める。その瞬間、モーターの機械的振動だけでは生み出せないパターンが次々に生まれはじめたんだ。とても興味深い出来事だったよ」
ペ ランにとって、これら魅力的な動きのすべては度重なる実験によってもたらされたものであり、自分自身、理解できないことも多いのだという。
「ある時、物理学者が、僕の作品の中で何が起きているかを教えてくれたことがある。その時、僕はただ面白いなと思って聞いていたよ」
そんなペ ランの作品は、今後はよりインスタレーションの要素が強いものになっていくそうだ。彼はスイスの山中にある大きな工房へ移動し、さらに巨大な作品の制作に着手するのだという。
「使う素材や作品への取り組み方が変わると、大きな変化がもたらされると思う。僕は、身体と作品の間における関係性の変化に強い関心を抱いている。作品はいくらでも大きくできるかもしれないけれど、僕たち人間自身の大きさは変えられない。作品が大きくなった時、人との関係性はどのように変化していくのか。制作をしながら、研究していきたいと思ってるよ」
moving objects | nº 1703 - 1750
Quantum of Disorder, Museum Haus Konstruktiv, Zürich, Switzerland
CREDIT
- TEXT BY AKIHICO MORI
- 京都生まれ。2009年よりフリーランスのライターとして活動。 主にサイエンス、アート、ビジネスに関連したもの、その交差点にある世界を捉え表現することに興味があり、インタビュー、ライティングを通して書籍、Web等で創作に携わる。 幼い頃からサイエンスに親しみ、SFはもちろん、サイエンスノンフィクションの読み物に親しんできた。自らの文系のバックグラウンドを生かし、感性にうったえるサイエンスの表現を得意とする。 WIRED、ForbesJAPANなどで定期的に記事を執筆している。 http://www.morry.mobi