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2019.02.05
妹島和世の最新建築レポート。大学キャンパスはアートサイエンスの実験場となる
TEXT BY SHINICHI KAWAKATSU
妹島和世の最新建築レポート。大学キャンパスはアートサイエンスの実験場となる
2018年11月、大阪芸術大学アートサイエンス学科に世界的建築家・妹島和世設計による新校舎が誕生した。次世代型クリエイターのための実験と創造のラボラトリーを目指したこのキャンパスは、先端機材にあふれた、“つくる人をつくる” 創造と学びの空間。建築内部を詳細にレポートする。
大阪・南河内の小高い丘の上にキャンパスが広がる大阪芸術大学。キャンパスへといたる緩やかな「芸坂」を登りきると、昨年設立されたアートサイエンス学科の新校舎が姿をあらわす。一般的な箱型の建物とは異なる、まるで丘と一体化したかのような有機的な形態と、内と外が連続するかのような透明さが特徴の建築だ。
緩やかにカーブする屋根の一部は地面と接したスロープとなり、丘の延長として人々を建築へと導く。このような特異な建築はどのようにして生まれ、そしてアートサイエンス学科がこの建築に込めた想いとはどのようなものだったのだろうか。
場所に応答する建築家の眼差し
設計は世界的に活躍する建築家妹島和世氏。1995年に西沢立衛氏と共同で設計事務所SANAAを設立し、金沢21世紀美術館(金沢市、2004年)やニューミュージアム(ニューヨーク・アメリカ、2007)、ルーヴル=ランス(フランス・ランス、2012)など国内外で数々の名建築をつくりあげてきた。建築界のノーベル賞と呼ばれるプリツカー賞も受賞し、世界中で大規模な建築プロジェクトをいくつも進めている。
シンプルで自由な造形、周囲と一体化するような明るく透明感のある空間によって、建築が存在感を主張しすぎず、周囲の風景や、そこでの人々の活動が生き生きと見えてくるのが妹島建築の魅力だと言える。プロジェクトを始めるにあたって先ず最初に敷地を訪れた妹島氏は、敷地の特徴でもある丘、周囲の美しい自然を感じられる場所にしたいと考え、設計を始めたという。その見た目は大きく異なるものの、地形や周囲の自然と応答するような建築のつくり方は、建築家 高橋靗一氏が30年近い歳月をかけて築き上げてきた既存キャンパスとの応答にもなっている。
公園のような場を目指して
次の時代の基盤となる思想や発明の足元には、いつもアートとサイエンスが融合した未知の領域に迫る思考や実践が存在してきた。この未知の領域を切り開くため、異分野を融合し、芸術・情報・社会を横断した学びの場として設立されたのがアートサイエンス学科だ。いわば学科そのものが社会にとっての実験場となる。そこで求められたのは、これまでのように廊下に部屋がならび、その中で各自が研究や作品制作に取り組むような場ではなく、異なる価値観や個性が出会い、同じ空間を共有できるようなラボだった。
設計にあたって、妹島氏は3つのことを重視したという。まず、冒頭に述べたように敷地にふさわしい丘のような造形によって、建物が主張しすぎず、環境と調和したものになるような外観の印象を生み出すこと。敷地に合わせて建物の輪郭をカーブさせることで自然なかたちが生まれていった。
2つ目は、建築が開かれていること。室内からさまざまな方向に周辺の美しい自然が目に入ると同時に、中の様子が外から見え、多方面から建物にアクセスできる。
そして最後が交流の場になること。新校舎の目の前は他学科の学生も利用するバス乗り場があり、彼らが建物の中を覗いたり、自然と中に入れたりすることで、さまざまな次元での交流が発生すると、それがアートの発展に繋がっていくのではないか。新校舎が学生や教員の多様なアクティビティを許容し、他者の気配や自然を感じながら自由にくつろげる公園のようなものになればと願いながら設計してきたと妹島氏は語る。
ラボとしての一室空間
そのような建築のあり方を最も表しているのが一階中央部のラボと呼ばれる大規模なオープンスペースだろう。特定の用途があるわけではなく、教員と学生が共同で研究や作品制作をおこなったり、講演会が開かれたり、展示会の会場としての利用など、日々何かが生まれる可能性に満ちた空間とされている。
「新しいアートのためのキャンバスみたいなもの」という妹島氏の言葉にもあるように、これからどのように使いこなしていくのかが、使い手に委ねられている。そういう意味で、建築自体が実験的な存在だ。このようなフレキシブルな利用を実現するための工夫も散りばめられている。
例えば、屋根をつくる時に天井面にできた穴はネジを取り付けられるようになっており、そこから必要に応じて機材や間仕切り壁を吊り下げることができ、また2階の床の一部は展示用のライトをセッティングできる。2階の屋外テラスは学生たちの憩いの場であるだけでなく、十分に広いスペースを用いて屋外制作や作品発表の場としての利用も想定されているという。そして、この大空間に面して教員の研究室を並べることで、教員と学生の間にコミュニケーションが生まれやすいよう配慮されている。
地上階が自然光の差し込む明るい空間だとすれば、地下は環境を人工的にコントロール可能な専門性に特化した場が用意されている。作品展示や国内・国際的なイベントを開催する大規模なデジタル空間を実現したアートサイエンスシアター、最新のデジタル工作機器が利用できるワークショップ工房、教員と学生のスタジオや教室だ。目的に合わせ、きわめて合理的に設計されていることがうかがい知れる。
過去の経験が生んだ新しさ
このように周囲の環境と一体化し、開かれた公園のような建築が生まれた背後には、過去から学んだことがあると妹島氏。SANAAの設計によって2010年に完成したスイスのローザンヌにある大学施設《ROLEX ラーニングセンター》。新校舎と同様、緩やかなスロープ状の床と屋根が敷地全体に展開した公園のような空間の建築だ。学生たちは思い思いの場所で勉強し、議論し、くつろいでいるなど、あらかじめ使い方が決められていないにも関わらず、多様な出来事が生まれている様に、一定の手応えを覚えたという。
この建物は外側から非常にアイコニックなオブジェクトとしての存在感を放っている。しかし今度は、いかにして建物の境界で内と外を切らず、連続させられるかを試みたという。興味深いのは、そのための方法が、建物の配置を雁行させたり、屋根を小さく分解して重ね合わせたり、風景との一体化を目指すというような、日本建築を想起させる点だ。
新校舎では3枚のスラブのうち下の2枚が軒(のき)のように内と外の中間領域をつくりだしている。コンクリートとガラスと鉄という近代的な素材でつくられているので分かりにくいが、グリッド状に並んだ柱と軒下のような半屋外という構成は、どこかしらお寺のお堂のようでもある。このように《ROLEX ラーニングセンター》から8年もの歳月を経て、建築自体が風景と一体化し、内外が連続した建築が生み出されたのだ。思いつきやひらめきだけではない、数年にわたる試行錯誤の結果が新しい表現を可能にしたことは忘れてはならないだろう。
アートとサイエンスの融合を体現
新校舎のイメージを印象付けている有機的な3枚の屋根。スロープでもあり庇でもあるこの屋根はどのように生み出されたのだろうか。模型を用い、常に手と目で空間を確認していくのが妹島流だ。今回も、スチレンボードなどの通常の模型材料だけでなく、コピー用紙なども用いながら自由に形を当てはめ、丘のような建築を目指し模型でのスタディが行われてきた。時にキャンパス全体の模型を用い、周辺のランドスケープとの調和も図られたという。そうして徐々に3次元にカーブするスラブの輪郭を描き出し、スタートから約1年半を経て設計プランが完成した。
しかし、模型では表現することができても、それを図面化し実際につくることができるかは別問題。通常は、3次元の空間を平面図や立面図などの2次元に落とし込んで設計し、それに基づき工事が進められる。けれど今回のような複雑な造形を2次元化するのは非常に難しく、実現には最先端のデジタル設計環境と、複雑な曲面を再現できるデジタル加工技術が不可欠だった。新しいカタチ=アートの背後に、最先端のテクノロジー=サイエンスの力が隠されているのだ。
加えて構造面においても、アイデアを実現するための工夫がいくつも込められている。例えば、ラボ空間になるべく遮るものをつくらないため、地震力を負担する構造要素はブレースという形で室外に取り付けられている。それによってラボには屋根を支える鉄の柱だけが存在している。地震の水平力を受けない柱は天井の高さに比して細く感じられ、見通しもよい。この柱は一本一本がコンピューター上で解析されており、変化する屋根形状に合わせて微妙に太さや位置が調整されているのだとか。ここにも、新しい建築表現を可能にしたテクノロジーが背後に潜んでいる。
「学生はこの芸術作品に負けない作品を作らないといけない。これがベースになるので学生にいい影響を与える。アートサイエンス学科というこれからの表現技術が出てくる場所のシンボルになるのではないか」と副学長の塚本英邦氏が語っていたように、まさに新しい建築表現の可能性を感じると同時に、制作の背景も含めてアートサイエンス学科にふさわしいシンボルになるのではないだろうか。
フィジカルを刺激する対話の空間へ
2018年11月28日に開催された竣工式では、アートサイエンス学科の客員教授たちが世界各地から集結。MIT メディア ラボの副所長もつとめる石井裕客員教授は「透明であることによって中で何が起こっているかをフィジカルに感じることができ、いろいろなプロジェクトが見え、そこからインスピレーションを受けられることで、先生や学生同士の話が自然と始まる」と新校舎への期待を述べた。
未だ定まらない未知へと向き合うための空間とは、このようにあらかじめそこでの出来事が決まっているものではなく、具体的な場を共有し、一人一人の個性と創造性が結び合わさるところに生成するのではないだろうか。常に変化していく、生きた空間。石井氏が「これから先生や学生が衣の中身をつくっていく」と言うように、今後生まれてくるその中身こそ、ラボと呼ぶにふさわしい未来の建築なのかもしれない。
CREDIT
- TEXT BY SHINICHI KAWAKATSU
- RADディレクター/建築リサーチャー。1983年生まれ。2008年京都工芸繊維大学大学院修士課程修了。2008年に建築的領域の可能性をリサーチするインディペンデントプロジェクト RAD(Research for Architectural Domain)を設立し、建築の展覧会キュレーション、市民参加型の改修ワークショップの企画運営、レクチャーイベントの実施、行政への都市利用提案などの実践を通じた、 建築と社会の関わり方、そして建築家の役割についてのリサーチをおこなっている。 http://radlab.info/