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2022.01.28

約1200年前の人形像をデジタルでアップデートする。安藤英由樹教授インタビュー

TEXT BY NANAMI SUDO

約1200年前の人形像をデジタルでアップデートする。安藤英由樹教授インタビュー

人間情報工学を専門とし、錯覚を用いた非言語的インタフェースなどを研究するかたわら、最先端技術を実験的に活用したアート制作や研究者とマンガ家らがタッグを組んだマンガ制作など多彩な活動を続ける安藤英由樹教授。今回向き合ったテーマは「加彩婦女俑」という中国・唐時代に作られた歴史文化財である美術作品だ。歴史的な作品と新しい技術が交わる際に見えてきた、文化財アーカイブの道を切り開くデジタルの可能性とは?

文化庁メディア芸術祭、アルスエレクトロニカなどでも受賞歴のあるアートサイエンス学科・安藤英由樹教授。NTTコミュニケーション科学基礎研究所研究員、大阪大学大学院情報科学研究科准教授を経て、2020年より大阪芸術大学アートサイエンス学科の教授に就任した。

VR、AR、XRなどの領域で錯覚利用インタフェースを研究したり、情報技術と社会のウェルビーイングの設計についても研究する安藤教授だが、今回は歴史文化財のアーカイブに挑戦。東洋陶磁の保存や伝承を行う「大阪市立東洋陶磁美術館」のコレクションのひとつ「加彩婦女俑(かさいふじょよう)」に焦点を当てた展示「加彩婦女俑に魅せられて」が、2021年9月28日~12月26日まで開催された。千年以上の歴史を持つ文化財を、現代にどうアプローチすることができるのだろうか?  安藤教授の話から、美術館・博物館におけるデジタルアーカイブの新たな道筋が見えてきた。

 

安藤英由樹

1974年岐阜生まれ。1999年 愛知工業大学 電気電子工学専攻 修 士号取得、博士課程中退 2001年より東京大学にて、JST「協調と制御」領域研究員、 2004年に東京大学で論文博士として博士(情報理工学)授与、2004年 NTT コミュ ニケーション科学基礎研究所研究員、2008年 大阪大学大学院情報科学研究科准教 授、2020年大阪芸術大学アートサイエンス学科教授。ヒトの感覚-知覚-運動の原理をもとにVR、AR、XRの分野を中心 に錯覚利用インタフェース、医師と共同して手術追体験トレーニングシステム、 Wellbeingを実現する情報技術と社会デザインなどの研究に従事。70篇以上の論 文、50件以上の特許など基礎研究に加え、芸術表現としての先端的科学技術の社会 貢献にも関心を寄せ、自らも作品制作を行なう。第12回文化庁メディア芸術祭優秀 賞、ARS ELECTRONICA PRIX Honorary Mention受賞(2009, 2011)など。

 

8世紀の人形「加彩婦女俑」と現代クリエイターのコラボレーション

まず、今回の展覧会の主題となった「加彩婦女俑」とは、どのようなものなのでしょうか?

加彩婦女俑
唐時代・8世紀/高さ49.0㎝、幅20.3㎝、重さ3,520g
大阪市立東洋陶磁美術館(住友グループ寄贈/安宅コレクション)/写真:六田知弘

古代の中国に、亡くなった人と共に墓に副葬するためにつくられた人や動物、道具などをかたどった像があります。人形のものを「俑(よう)」といい、その中でも顔料で彩色されたものを「加彩(かさい)」といいます。「加彩婦女俑」は、権力者の使用人の女性がモデルではないかと言われています。

今回は、この「加彩婦女俑」を題材に、現代のクリエイターが新たな作品をつくるというプロジェクトが展開されました。大阪市立東洋陶磁美術館の小林仁さんのキュレーションにより、他の出展作家には漆芸作家のアート集団「彦十蒔絵」プロデューサーの若宮隆志さん、陶芸家・仮面作家の坂爪康太郎さんらは「加彩婦女俑」を再解釈したレプリカ作品や仮面などをつくられています。それに対し、私はデジタルなアプローチで何かできないかという相談から始まりました。

「加彩」という名前がついているように、この婦女俑がつくられた当時は色鮮やかに彩色されていたのだと思いますが、現存のものは素焼きされた上に少し白い塗料が残る程度で色がほとんど落ちてしまっているため、もう一度この俑が有する物語を想像しながら彩色を施すことはできないかと考え、興味のあった技術と組み合わせながら学生たちと2つの作品を制作しました。

古代中国の人が現代にやってきたら?

学生とはどのように共作を進めていったのでしょうか。

私にとって「加彩婦女俑」はあまりなじみがなく、学生たちからすればもっと遠い存在です。だからこそ映像作成をしている学生たちにこの婦女俑について一から説明して、モデルとなった唐時代の人がもし現代にやって来たとしたら、どんな格好をして、どんなことをしていただろうかという問いをワークショップ形式で投げかけてみました。そこで出たアイデアをブラッシュアップし、それらを学生たちに実際に映像化してもらいました。

それぞれの作品について教えてください。

安藤英由樹『带我去未来(ダイウォチューウェイライ)』
高解像度フォトグラメトリデータ、 アクリル系紫外線硬化樹脂、 透過液晶ディスプレイ
2021年/高75cm、幅50cm×50cm
制作協力・コンテンツ作成:大阪芸術大学アートサイエンス学科(秋山奈伎紗, 置塩仁司, 大日方三都彦, 土居能恵留, 中西音和, 西尾拓真, 二宮京也, 野口鈴奈, 前北和威, 屋我龍寛, 八島悠南, 和辻紳太郎)

まず、ひとつめは「帯我去未来(ダイウォチューウェイライ)」です。このタイトルには日本語で「私を未来に連れて行って」という意味があります。

制作当初、ちょうど私の手元にまだ一般的には普及していない透過型の液晶ディスプレイがあり、この機会に使ってみようと思いました。このディスプレイを「加彩婦女俑」と同サイズのレプリカの前に配置して、レプリカと重なるように映像を投影しました。つまり、プロジェクションマッピングとは逆の原理ですね。当然ディスプレイは平面なんだけれど、後ろにある立体物に透過して映像は立体に見えるという仕掛けです。

レプリカの作成にあたってはフォトグラメトリという手法で、3Dデータ化やプロジェクターベースの3Dスキャン計測技術を試してみました。

今回参加した学生たちは、西洋の魔女をモチーフにしたり、宇宙に旅に行く様子を描いたり、コロナ禍の社会に対する怒りを映像に表現したりしていました。どれも「加彩婦女俑」の本来のイメージとは違って、新鮮な視点が付与されたと思います。

安藤英由樹『加彩再加彩(かさいさいかさい)』
3Dスキャンデータ、 空間再現ディスプレイ/2021年/高23.1cm、幅38.3cm×23.2cm
制作協力・プログラム作成: 山本康介(大阪芸術大学大学院芸術文化学専攻)

もうひとつの作品「加彩再加彩(かさいさいかさい)」は、鑑賞者の方もインタラクティブに体験できる仕掛けになっています。一見真っ白な婦女俑に自由に色を加えられたら面白いかもしれないという発想から、コロナ禍の非接触という条件下で、どうすればインタラクティブな着色が実現できるのか考えました。

そこで、実験的に使用したのが空間再現ディスプレイという技術です。これは、物体を見ている人の目の位置をカメラが認識し、それに応じて距離などを計算して、裸眼でも3Dに見えるような映像を映し出してくれるものです。ディスプレイに指を近づけて婦女俑をなぞるように動かしていくと、まるで自分の指で直に色を塗っているような反応が得られます。

新しい技術を用いるにあたって、どのようなことを意識されましたか?

技術の使われ方がまだ整備されていない荒削りな状態から、どう学生が試行錯誤していけるかがポイントだと思っていて、まだ(技術的には)素材と言える段階から関わらせたいというのが、工学出身の私が主眼を置いているところですね。

未知の領域も多い道具と向き合い、手探りで表現方法を発見しながら、その技術を最大限生かせるようにするにはどうしたらいいかを自分自身で考えてもらっています。まだまだ技術自体には進歩が見込める状態なので、例えば空間再現ディスプレイであれば、もっと細やかに線が描けるようになってほしいなどの期待はあるのですが、今回の展覧会で表現したいことは十分に伝えられたのではないかと思っています。

最先端技術を用いるデジタルアーカイブとしての可能性

美術館や博物館における今後のアーカイブの手法としても、このような技術利用には可能性がありそうですね。

小学生や中学生が学校行事の一環として大阪市立東洋陶磁美術館に来たとき、今回のインタラクティブな作品などを観て、面白いと言ってくれた子どもたちがたくさんいたという話を聞いて、とても嬉しかったですね。普段であれば、歴史的な文化財と言われても、子どもは特に興味を持ちにくい分野だったと思います。

歴史的に価値のあるものとしては大事だけれども、それらがどんな文化的背景や意味を持っているのかまで考えられる機会は少ないと思います。さらにそこから興味を持って調べてみるなど、もう一歩関心を持てるような道具として、技術の存在が効いてくる可能性を感じました。

ただ教えられて知るだけではなく、実際にその対象物に彩色をしてみるなど、自分が能動的に関わるきっかけをつくってあげることが本当に大事だと思います。たとえば、実際に像に着色をしようとしたら、必然的に対象のディテールを調べざるを得なくなります。それは実は歴史を調べていることと同義で、本人はあまり意識しないうちに、新たな発見をしたり、歴史を解釈したりしていくことにつながってくるのではないでしょうか。

つまりデジタル技術は、実物と対面して鑑賞するのとは違った内面的な次元へのアクセスを演出できること、さらに直接的には作品に影響を及ぼさずとも、そのバックグラウンドをなぞるような体験の創出に向いているのだと思います。そういった側面から、今後も受動的ではない古い文化財などの鑑賞体験が形作られていくといいなと思います。

展覧会風景

 

CREDIT

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TEXT BY NANAMI SUDO
栃木県出身、1998年生まれ。2020年早稲田大学文化構想学部卒業後、フリーランス編集者に。主にWEBサイトやイベントのコンテンツ企画・制作・広報に携わっている。2023年よりWhatever inc.でProject Managerとしても活動中。

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