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2019.11.18

デンマーク発。自らがアートになることを選んだ異色のアートマガジン「PLETHORA MAGAZINE」

TEXT BY AKIHICO MORI,PHOTO BY ASATO SAKAMOTO

情報が錯綜する現代、メディアが持つ意味とは何か? デンマーク発の「プレソラ・マガジン(Prethora Magazine)」はその存在自体がアートであり、古代から続く人類の叡智と文化、そしてサイエンスに潜む雄弁な物語をビジュアルで紡いでみせるマガジンである。デンマークにある印刷工房で、超ハイクオリティな印刷技術を駆使して生まれる珠玉の紙メディア、この唯一無二のコンセプトはいかにして生まれたのか。コペンハーゲン市内にあるオフィスを訪ねた。

 

私たちは情報の濁流の中で日々を生きている。

刻一刻と更新されるSNSには、友人のバースデーパーティの投稿に混じって、残酷な事件のニュース報道が流れる。私たちはその落差に違和感すら抱かない時代に生きている。タイムラインではたった1フリックだからだ。

そんなSNSの裏側では、シリコンバレー生まれのAIが休まずにニュースをキュレーションし続ける。彼らは狡猾だ。私たちの趣味嗜好は、友人関係や検索結果から推測され、最適解が即座にもたらされる。その結果として、私たちの生活は、どこからどこまでが「あなたにオススメ」できているのか見当もつかないものになっている。

そんな状況下で、いまメディアをつくる意味とはなんだろうか? 私たちは何を読み、何を受け取っているのだろうか? その問いに真っ向から答えるのが、デンマーク発の大判アート雑誌「プレソラ・マガジン(Plethora Magazine)」だ。

発行は年2回、縦70cm×横50cmというポスター規格の大判サイズ、高精細オフセット印刷で仕上げられ、その存在自体が芸術作品とも称される圧倒的なハイクオリティが特徴のマガジンである。毎号のテーマは生命のルーツ、宇宙の神秘、テクノロジーと想像力などと幅広い。誌面では現代アーティストの作品から17世紀の科学者の素描までが登場し、国内外のメディアで活躍する文筆家が人類の文化の抒情詩を綴る。

これは果たしてマガジンなのか? マガジンでなければ何なのか? コペンハーゲン市内の静かな路地に佇むオフィスへ、編集長のピーター・ステフェンセンと、アートディレクターのベンジャミン・ウェルナリーを訪ねた。

編集長のピーター・ステフェンセン(左)とアートディレクターのベンジャミン・ウェルナリー(右)
ビジュアルから生まれるナラティブとは?

ページをめくるたび、現代写真家が銀塩プリントから生んだ有機的なイメージや、17世紀の科学者が描いた素描が眼前に鮮やかに現れる。これらのビジュアルは各特集テーマに基づいて編集されている。たとえば8巻の『Aetherica』はアリストテレスが提唱した第5元素「エーテル」の意だが、この特集は、人間がいかにこの世界を記述してきたかの営みを読み解くように構成されている。

「プレソラ・マガジンが重視しているのは、ビジュアル・ナラティブ。つまり誌面のビジュアルによって、事象のナラティブを読み解くイマジネーションを読者に与えることだ。ビジュアルには言葉と違って、多義性がある。たとえば、現代のメディアはひとつの記事にひとつの答えしかないように見える。つまり単一のナラティブに読者を先導するような編集方法だけれど、プレソラ・マガジンは圧倒的なビジュアルを示すことで、1枚の絵から多様な方向へ気付きを促すことができる。誌面を見た読者一人ひとりに、さまざまなナラティブを想起させるような編集を目指しているよ。

そのためには、圧倒的なクオリティでビジュアルを見せること、そして時間やトレンドに左右されることのない、普遍的な価値を持つものを取り上げることを大切にしているよ」(ピーター)

また、哲学をバックグラウンドに持つピーターは、フランスの哲学者、ジル・ドゥルーズによる、プレソラ・マガジンへの影響について話す。

「ジル・ドゥルーズの『千のプラトー』に強く影響を受けているね。そこにはアート、サイエンス、民族学など、さまざまな知識を領域横断してつなぐ方法が書かれている。プレソラ・マガジンではそれを実践しているつもりだよ」(ピーター)

編集長のピーター・ステフェンセン。2004年、バークベック・カレッジ(ロンドン大学)の心理学科卒業。2012年、Københavns Universitetにて哲学の修士課程卒業。
ページをめくる時空間に育まれる、「体験のメディア」

「この大きさだからこそできる表現があるんだ」と、アートディレクターのベンジャミンは『Aetherica』を特集テーマに掲げる8巻のページをめくりながら話す。

「イメージも、タイポグラフィも、超大判だからこそできる見せ方とデザインがある。たとえば僕たちはディテールにものすごくこだわっている。誌面を少し離れて見た後、ものすごく近くに寄って見てみてほしい。写真の質感などが、触れそうなレベルで再現されていることがわかるはずだ。

 

動物の皮膚が拡大を重ねると生命の神秘が見えてくるように、この雑誌は細部を見つめて全体の有り様に果てしない想像力を働かせることができるように構成されている。こうした体験が、一般的な小さな判型の商用プリントや、iPhoneやiPadなどのデジタルデバイスでは実現できないことなんだ」(ベンジャミン)

ポスターサイズの判型に、ずしりとした重みを感じるプレソラ・マガジン。よく言えば高級感があるが、普通に考えれば本屋で買うのも家に置くのも厄介な代物だ。「それでも、この形じゃないとだめなんだ」とピーターは付け加える。

「きっとこの本を手に取った人は、大きなテーブルに置いて、1枚ずつページをめくることだろう。その度に新たな発見がある。パラパラとこの本を開いていく時間と空間こそが、プレソラ・マガジンというメディアの本質的な体験であり、読者の知覚に訴えるものとなるんだ。雑誌まるごと全身で感じてほしいね。

フランスの哲学者、メルロ・ポンティは “人間の知覚は身体と深く関わっている” と語っているけれど、僕たちが何かを感じ、読み、そして考えるときは、身体性が重要になるんだ」(ピーター)

プレソラ・マガジンはもはや情報メディアではない。体験のメディアなのだ。

ヘンリック・カペティロ(Henrik Capetillo)による《THE WEIGHT OF A FEATHER》
ドイツの写真家、ニコライ・ハウォルト(Nicolai Howalt)の作品《Silver Migration》。特殊な技法によってつくられた、ゼラチン・シルバー・プリント。こうした作品をプリントする場合に求められる、高度で忠実な再現性はナラヤナプレスにしか実現できない。「ニコライの写真を印刷するときは、特定の色を出す方法について何度も議論を重ねた」とピーターは話す。
サイエンスとアートを結ぶ、想像力の原点

プレソラ・マガジンの各特集は、アート作品から科学者のスケッチ、過去のSFに関する資料、または少数民族の写真など、人類の叡智を結晶化することで生まれている。しかしそれらは過去の遺産を掘り起こす「レトロスペクティブ」ではない。現代的なイシューを深く考察するために集められ、編集されているのだ。

第7巻『Automaton(オートマトン)』では、過去から現在へと続く機械への想像力、サイバネティクスを構想したSF作品、最古のロボットイラストから、アンディ・ウォーホルやキース・ヘリングがかつて描いたロボット作品などが掲載されている。

「テクノロジーが隆盛を極めている現代に、僕たちが見落としているものは何かと考えてみてほしい。現代はスピードが早すぎて、個々の事象を深く考える時間がどんどん失われている。でも、サイエンスやテクノロジーを考えるとき、何が可能になるかや、何に役立つかだけではなく、なぜ人々がそれを夢見たか、といった原点から想像することが重要だと思うんだ。

いまに存在するサイエンスやテクノロジーの原点は、誰かのいたずらな夢や挑戦だ。たとえば人類は、未知の深海や宇宙に向かって、命知らずな探求に出かけていく。自らの限界に挑戦するその姿勢は、粗野で、想像力と夢にあふれている。

ロボットを夢想した人々の想像の原点はどこにあったのかと考えれば、何十年も前のSFに行き着くが、なぜ僕らはいまでもそれらに惹かれてしまうのか? アートとサイエンスは離れているように見えることもあるけれど、そのはじまりを考えてみると、センス・オブ・ワンダー(不思議への感覚)は共通していることがわかるはずだ」とピーターは話しながらページをめくり、モザイク画のように抽象的な細密画が描かれたページで手をとめた。

イギリスの植物学者ネヘミヤ・グルー(Nehemiah Grew)による『The Anatomy of Plants(植物解剖学)』(1682)より。丁寧に修復された17世紀の図版の線1本1本に記された植物を知ろうとする科学者の探究心が、美しさに変わる。

「顕微鏡写真がなかった時代の科学者は、顕微鏡の映像を投射し、それを絵に描いていた。ダーウィン以降の進化論が研究されはじめると、より一層、このサイエンス・イラストレーションが重要視されるようになる。プレソラ・マガジンでも掲載したドイツの生物学者のエルンスト・ヘッケルなどはその代表格で、素晴らしい作品を数多く残している。こうした絵は、サイエンスの産物であると同時に、優れたアート作品でもある。

僕は地図も好きなんだけど、昔の地図というのはサイエンスであり、人間のイマジネーションに溢れたアートでもあると思うんだ。こうした過去の遺産を使って、現代を見通すナラティブを紡ぐのが僕たちのやっている仕事だと言えるかもしれないね」(ピーター)

1冊に数年かけてつくる、未来の博物誌

プレソラ・マガジンに用られるアート作品や資料の多くは、NASAやバウハウスをはじめ、博物館や図書館などの文化施設から入手されている。門外不出の図版などは、数年かけて交渉を重ねた末にようやく掲載にこぎつけることもあると言う。妥協をせず、膨大な時間と労力をかけてこそ、一冊の価値をより高めることができるというのがプレソラ・マガジンを支える哲学だ。

しかし、それらが常に縦70cm×横50cmの大判印刷に耐え得る解像度を持ち合わせているとは限らない。おまけに傷んでぼろぼろになっているケースも多い。そんなときこそ、グラフィックデザイナーでもあるベンジャミンの出番だ。

アートディレクターのベンジャミン・ウェルナリー。2010年、School Of Visual Communication 卒業(学士)。2014年、Kolding School Of Design にてコミュニケーションデザインの修士課程卒業。ベルリンやコペンハーゲンでフリーランスのグラフィックデザイナーとして、さまざまなデザインを手掛けている。

「いやあ、探していた資料が手のひらサイズの小さい写真だったときはゾッとするよ(笑)。これをいまからやるのか、とね。中には70%以上修復しなければならないイメージもある」(ベンジャミン)

彼の仕事は誌面の考古学者さながらだ。たとえば資料が数百年も前の画家が描いた絵画などである場合、それをプレソラ・マガジンの掲載サイズにするためには何十倍にも拡大しなければならない。もちろんそのまま拡大すれば、細部の解像度が下がる。資料の損傷も、拡大する分だけ強調されてしまうだろう。

そこでベンジャミンの出番だ。彼はPhotoshopで1ピクセルずつ細部を修復し、また、拡大したときに、その資料価値がより伝わるための補足も行うし、中には資料には写っていない部分を加筆することも行う。当時の想像力をいまに復元するために必要な修復を施すのが、彼の誌面の考古学者としての仕事なのだ。

彼らのキャリアで特筆すべきは、パブリッシングやジャーナリズムにおけるプロフェッショナルのバックグラウンドを持たずにプレソラ・マガジンを創刊している点だろう。既存のやり方にとらわれない編集方針とグラフィックデザインが呼応することで、アート作品のようなマガジンを継続的に出版することに成功している。現在は創刊6年目を迎えている。

その制作プロセスはどのように進むのか尋ねると、「非常に有機的なプロセスだからね…」と言葉を濁しながら、「ダイアローグ(対話)」のように進むとベンジャミンは答えてくれた。

「まず僕が使える資料を調査して、簡単なデザインレイアウトを組む。これが言ってみれば、グラフィックで思想を“翻訳”するプロセスになる。それからふたりで対話を重ねていくことになるんだけど、僕の返答はいつもデザインだ」(ベンジャミン)

そんなプレソラ・マガジンのすべてを支えると言っても過言ではない印刷技術は、デンマークにある、インド由来の修道会コミュニティによって運営されている、美術書に特化した印刷工場「ナラヤナ・プレス(Narayana Press)」によってもたらされている。次回はナラヤナ・プレスの訪問記をお届けする。

デンマーク市内のオフィスにて 
INFORMATION

*プレソラ・マガジン最新9号の日本初披露となる展覧会が東京・大阪で開催。

【Tokyo】
PLETHORA MAGAZINE #9 EXHIBITION - アートと人類学で読むタイムレスメディア-
日程: 12月7日 (土) , 8日 (日)
会場: 恵比寿 amu(東京都渋谷区恵比寿西1-17-2)http://www.a-m-u.jp/access/
時間: 展覧会 12:00 - 17:00(入場無料)
料金: 入場無料(トークショーは 参加費1000円 *要申込)
申込: トークショーのみ事前申込制(定員 各回35名) 
https://www.facebook.com/events/420330805547275/

●トークショー:  
【TALK Day1|アートと人類学から見えるもの】
12月7日 (土) 17:30-19:00(開場17:15)
・鶴岡真弓(芸術文明史家/多摩美術大学 芸術人類学研究所 所長)
・桜井祐(編集者/TISSUE Inc.)
・塚田有那(編集者・キュレーター/Whole Universe)
https://1207-plethora9.peatix.com/

【TALK Day2|デンマーク取材班、世界最高峰の印刷所Narayana Press潜入報告
12月8日 (日) 18:00-19:00
・森旭彦(ライター)
・坂本麻人(REC Tokyo/Whole Universe)
・塚田有那(編集者・キュレーター/Whole Universe)
https://1208-plethora9.peatix.com/

【Osaka】
PLETHORA MAGAZINE ISSUE No.9 EXHIBITION in OSAKA
日程: 2019年12月14日(土)〜22日(日)
会場: アシタノシカクASITA_ROOM
(大阪府大阪市中央区北浜東1-12 千歳第一ビル2F)
開場時間: [SAT][SUN]13:00~20:00 / [MON]~[FRI] 15:00~21:00

 

 

CREDIT

Profile mori
TEXT BY AKIHICO MORI
京都生まれ。2009年よりフリーランスのライターとして活動。 主にサイエンス、アート、ビジネスに関連したもの、その交差点にある世界を捉え表現することに興味があり、インタビュー、ライティングを通して書籍、Web等で創作に携わる。 幼い頃からサイエンスに親しみ、SFはもちろん、サイエンスノンフィクションの読み物に親しんできた。自らの文系のバックグラウンドを生かし、感性にうったえるサイエンスの表現を得意とする。 WIRED、ForbesJAPANなどで定期的に記事を執筆している。 
 http://www.morry.mobi
Profile sq2
PHOTO BY ASATO SAKAMOTO
プロデューサー、クリエイティブディレクター、撮影監督。2006年、大阪にてセレクトショップを開業後、シルクスクリーンスタジオを併設。同年デザインオフィス CUE inc.を創設し、手塚治虫からスタンリー・キューブリック、釣りキチ三平まで、音楽、映画、マンガ、アニメなど幅広い商品開発を手掛ける。2013年、写真・映像制作に特化したMEDIUM inc.を設立。ダレン・エマーソン、トレヴァー・ホーンなどの音楽家や電子楽器メーカーRolandのドキュメンタリー映像制作を手がける。現在、デンマーク発のアートマガジン「PLEHORA MAGAZINE」の日本エージェント「REC TOKYO」のクリエイティブディレクターを務め、ヨーロッパを中心にさまざまなアーティストの企画展を展開する。

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