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2019.11.02
日本庭園で、音の宇宙に入り込む。聴象発景 / evala (See by Your Ears) feat. 鈴木昭男
TEXT BY AYUMI YAGI
緑と海の恵みが豊かな瀬戸内エリアの香川県丸亀市にある中津万象園。300年を超える歴史を持つ15,000坪にも及ぶ日本庭園にて、この秋、サウンドインスタレーション「聴象発景 / evala (See by Your Ears) feat. 鈴木昭男」が開催中だ。庭園をひとつの総合芸術とみなし、目に見えない「音の景色」を立ち上がらせたのは、音から空間ごと変異させるような立体音響を駆使するサウンドアーティストevalaと、サウンドアートのパイオニアである鈴木昭男のふたり。数十年の月日を経て、ふたりをつないだ音の宇宙とは。
音から、目に見えない景色が立ち上がる
風光明媚な日本庭園で、音だけの展覧会が行われるーー。
あまり想像がつかないかもしれないが、丸亀市・中津万象園で開催中の展覧会「聴象発景 / evala (See by Your Ears) feat. 鈴木昭男」では、ふたりのサウンドアーティスト、evalaと鈴木昭男によって、多次元的に拡張する「音の宇宙」へとトリップする試みが始まっている。
キュレトリアル・ディレクターを務めた阿部一直は「文化財である日本庭園の魅力を伝えるにあたって、歴史的価値ばかりを称賛するのではなく、庭そのものが当時の作庭家が生み出したアート作品と捉えられると考えました。そのとき、何かオブジェを設置するなどより、もっとダイレクトに庭の景色に没入する体験として、音が重要ではないかと思い、おふたりに参加してもらいました。
『聴象発景(ちょうしょうはっけい)』というタイトルには、中国の山水画の原型である「瀟湘八景(しょうしょうはっけい)」に端を発し、音への知覚から新たな景色を見出してほしいという想いを込めています」と語る。
庭園中に点在する、音の「見立て」
広大な庭園内のあちこちにevalaと鈴木昭男の作品が設置されている。鈴木が展開する《点 音(o to da te)》は園内6ヶ所(うち一箇所は《観測点星》の作品内のひとつ)に分布しており、耳のかたちをモチーフとしたマークの上に立ち、その場所で聞こえてくる音に耳を澄ませる作品だ。
日本を象徴する文化のひとつに「借景」や「見立て」がある。枯山水のように庭園をミクロコスモス(小宇宙)と見立てたり、遠くに見える山や木を文字通り「借」りて、目の前の景色の一部とみなすコンセプトは、いまここにないもの、目に見えないものですらも想像力次第で喚起させる極めて日本的なデザイン思想といえるだろう。鈴木はこの思想を音に転換し、音による見立ての景色をつくりだす。それはまた、時々の気候や動植物の音と合わさって、一人ひとりのなかに無数の景色を生み出すことだろう。
あわせて鈴木は園内に設置された丸亀美術館にて、《うつし》と《エコノミカル・ガーデン》のふたつの新作インスタレーションを展示している。
時空が静かに変遷する、茶室の小宇宙体験
江戸時代に建てられた、現存最古の煎茶室「観潮楼」では、evalaによる立体音響作品《Anechoic Sphere - Reflection/Inflection》をぜひ堪能してほしい。ここには、現実と幻想の境界が曖昧になるような、不思議な音が室内に拡がっている。
すでに庭園内の《点 音(o to da te)》を一つひとつ歩いて耳の感覚がひらいてきた私たちにはevalaの繊細かつ深層に迫る音の調べがぐっと体内に染み込んでくる。実はこの音、園内3ヶ所の《点 音(o to da te)》ポイントに設置したマイクからリアルタイムで集音した音や、春と夏にかけて万象園でフィールドレコーディングした多彩な音が使われている。それらの音が、evalaの仕掛けた音の魔法によって、静かに、体内の宇宙を駆けめぐる。
体を通り抜けるような音に耳を澄ましていると、次第に時間感覚がおぼろげになり、いま聞こえている音は現実の音なのか、それともevalaが生み出した音なのかがわからなくなってくる。内と外、リアルと虚構、自分の体内と外にあるもの……あらゆる境界が曖昧になるだろう。
ちなみに「潮を観る」という名を持つ「観潮楼」は、かつては実際に潮の満ち引きが見える茶室だったという。その景色も想像しながら、感覚に身を委ねるのもおすすめだ。
ほかにもevalaの作品は庭園内にふたつの作品が展示されている。庭の入口にある邀月橋(ようげつばし)から、まるで鹿威し(ししおどし)のごとく音が風景に溶け込んで行く様子が印象的な《Atomos Crossing》。また園内の晴嵐島に設置された《Artificial Storm》は、万象園の島々のコンセプトである近江八景の各所でevalaがフィールドレコーディングした音源をもとにしたサウンドインスタレーションだ。
《Artificial Storm》で耳を澄ませると、evalaの集音した近江八景付近の音が時間の経過とともに拡張していくと、すっぽりと霧に包まれたように幽玄の世界へと誘われていく。よく耳を澄ませると、いま見えている景色がまるで違った様相を呈するようになるのだ。まるでそれらevalaの音に呼応するかのごとく、庭園内を行き交う虫や鳥の声が入り混じっていく。人間と他種が呼応し、共生する方法とは、こうした見えない知覚に感覚を委ねることなのかもしれない。
オープニングイベントとして行われたスペシャルライブでは、鈴木が園内を飄々と歩き回りながら、竹筒や石を使ってあちこちで音を奏でていた。鈴木の後を追って音の変化を楽しむ人もいれば、茶室から響きわたるevalaのサウンドとの心地よいバランスとなるスポットを見つける人もいる。音の感じ方・楽しみ方は人それぞれ……そんなメッセージを体現するような、自由なパフォーマンスを披露した。
耳をひらかせる、音の遊び手たち
オープニングイベント後、evalaと鈴木のふたりに本展への想いを聞いた。
おふたりの出会いは出会いは数十年前にさかのぼるとのことですね。
鈴木:ご両親のほうが先に知り合いでしたよ。お父さんもよくお酒を飲まれる方で(笑)。
evala:僕が10歳のころ、両親に連れられて昭男さんのコンサートに行ったんです。それがとても不思議な体験だったのですが、昭男さんは当時1年がかりの作品制作のプロジェクトで丹後(現・京丹後市)に移住されたんですよね。
鈴木:1987年のことですが、《ひなたぼっこの空間》という作品を山の中につくりました。一度でいいから、1日24時間のサウンドをじっくり聞いてみたいと思って、音を聞くためだけの空間を設計したんです。日本の標準子午線のライン上の最北がちょうど丹後で、ここがいいなと思ったら、幸運にも地元の協力を得られて、するするとプロジェクトが実行されていったんです。その協力者のなかにevalaさんのお父さんもいらっしゃって。
evala:それから20数年の時が経ち、2010年のYCAMで今回のキュレーターでもある阿部さんからコンサートの依頼があったんです。その共演者が昭男さんと知ったときは驚きました。改めて自己紹介すると、「あのときの少年ですか!」なんて逆に驚かれて(笑)。でも不思議なことに、以前からファンの方に「evalaさんと昭男さんの音は似ている」と言われていたんですよ。僕は当時からコンピュータをがっつり使っていて、いかにも対照的なふたりなのに不思議だなと。
でも実際に共演できて、僕の原体験は鈴木昭男にあると再確認できました。それから昭男さんに今度は僕から声をかけて、僕の代表作にもなった《大きな耳をもったキツネ》(2013年、ICCで発表)という暗闇の無響室で体験する作品が生まれたんです。昭男さんに案内してもらった丹後のさまざまなスポットでフィールドレコーディングした音から生まれた作品ですが、別の作品では昭男さんの演奏音を使わせてもらったりもしましたね。
鈴木:初めてその作品を聞いたときはびっくりしました。僕が感じた音の魅力と、ああいうことがやりたいという感覚がぴったり一致していて。体をくすぐるように音が駆けめぐったり、体内を通過したり、僕の演奏した音もどんどん魅力的な音になっていて。僕は昔からそんなふうに音で遊んでくれる人がほしかったので、いまやevalaさんは僕のおじいちゃんみたいな存在なんです(笑)。
おふたりの共通点はどこにあると思いますか?
evala:僕が意識しているのは、視覚的な情報に頼ることなく「耳で視る」という体験を生み出すことです。それが「See by Your Ears」というプロジェクトの由来であり、圧倒的に身体の知覚を研ぎ澄ませることから生まれる豊かさや、一人ひとり異なるイマジネーションを引き出すことをコンセプトとしています。よくサウンドアートというと、特異な音を出すとか、音圧で攻めるとか、アウトプット重視のアプローチをする方も多いですが、僕と鈴木さんの共通点はいかに「耳をひらかせるか」に重きを置いているところではないかと思いますね。
目に見えないものへの意識を拡げる
今回の新作にあたって、お互いどのようにイメージを広げていったのでしょうか。
鈴木:僕の音をevalaさんに料理してもらいたいというまず望みがあって。僕ができるのは音に耳を傾けることなので、そこに徹することで、一緒に空間を作っていきたいと思いました。それに現代人はどんどん忙しくなっているから、《点音(o to da te)》であそぶような道草の精神がどんどん忘れられています。
特に今回の新作である《観測点星》は、北斗七星をテーマとしていますが、昔から7つの星は人類の縁(よすが)というか、海洋民族は星を目印に航海をしていたし、先祖の霊も北極星に向かうと考えられていた時代もありました。そうした古代人の精霊や目に見えないものへの意識をよみがえらせられないかと。
日本の庭園はよく借景といいますが、宇宙を借景とした庭造りをこの万象園でさせていただいたと思っています。また7つの星の造形は、能舞台の原型でもあるんです。昼間の景色も美しいですが、夜空を見上げながら立ってみたい場所でもありますね。
evala:昭男さんは喫茶店にあるマドラーでも、土産物屋で買ったカップでも、何でも楽器にしてしまう音の魔法使いだと思います。僕も音のいたずらが好きなので、いまここに聞こえている音が、リアルなものなのか、ヴァーチャルかもわからなくなる空間をつくりたかった。特にいままでは無響室をはじめ、閉鎖された箱のなかで体験してもらう作品が多かったのですが、今回はオープンに開け放たれた茶室の中で、外の音の生態系がひとつの部屋に集結し、飛行機がいますぐそこを飛んでいると錯覚するような音もあれば、夏から秋へと季節がゆるやかに変遷する音もある、そんなふうに位相が次々と変換されるような体験になればいいなと。
鈴木:僕も《う つ し》で万象園の池を位相変換した作品をつくりましたが、実は似たようなことをしているのかもしれませんね。音は、あらゆる場所へトリップできる魔法なのかもしれません。
evalaさんの作品は「音のVR」と称されることも多いですね。
evala:僕は常にバーチャル・リアリティとは現実の劣化版ではなく、経験したこともないような超現実を目指すものだと思っていて。すごく生々しい幻聴のような、でも自分のなかには確かにみえるリアルを感じる能力を人は持っているはずです。それはまた、視覚的な情報ではなく、目に見えないものへ意識を向けるからこそ、内側から立ち上がってくる景色だと思います。
これから庭園を訪れる人へ、おすすめの楽しみ方はありますか?
evala:庭って音や光の反射も非日常だし、目で楽しむだけじゃなくて、音の豊かさも発見できる場所なんです。《点 音(o to da te)》を回ってから、茶室の小宇宙に身を浸してみる。そんな遊びを体験していただきたいですね。
耳を研ぎ澄まして音を聞き、体全体でそこにあるものを感じるまたとない機会に、ぜひ足を運んでみてほしい。また、同時期に近隣で瀬戸内国際芸術祭(秋会期:9/28〜11/4)、岡山芸術交流(9/27〜11/24)が開催されている。合わせて瀬戸内をぐるりとめぐるアート旅もおすすめだ。
写真:宮脇慎太郎 / 編集・インタビュアー:塚田有那
INFORMATION
聴象発景 / evala (See by Your Ears) feat. 鈴木昭男
会期:2019/9/27(金)- 11/24(日) 水曜休館
会場:中津万象園・丸亀美術館
住所:香川県丸亀市中津町25-1
開館時間:9:30~17:00(最終受付は16:30)
料金:大人 1000円/小人(小・中生)500円 中津万象園・丸亀美術館セット料金
※障害者割引(大人 500円 / 小人 150円)
CREDIT
- TEXT BY AYUMI YAGI
- 三重生まれ、東京在住。紙媒体の編集職として出版社で経験を積んだ後、Web制作会社へ転職。Web制作ディレクションだけではなく、写真撮影やWeb媒体編集の経験を積みフリーランスとして独立。現在は大手企業のブランドサイトやコーポレートサイトの制作ディレクターや、様々な媒体での執筆や編集、カメラマンなど職種を問わず活動中。車の運転、アウトドア、登山、旅行、お酒が好きで、すぐに遠くに行きたがる。 https://aymyg1031.myportfolio.com/