WT
2020.09.01
withコロナでアートの力点が変わる。落合陽一、現代の「自然」と向き合うアートサイエンスの挑戦。
TEXT BY ARINA TSUKADA
質量をもたない新たな「自然」
世界のあらゆる場所にテクノロジーは浸透し、私たちの生活も常時デジタルと接続されている。いまや人工と自然の境界は曖昧になり、新たな「自然」の中を生きているといえるだろう。メディアアーティストの落合陽一氏が唱える「デジタルネイチャー」とは、こうした現代人の生きる環境を鋭くとらえ、価値観や身体感覚をアップデートしていくコンセプトだ。
「いまやインタラクティブゲームの中にも、コンピュータの中にも“自然”があります。たとえばCGの世界では、物理シミュレーションに従って川の水のような流体をつくりだしたり、機械学習により動物の群れを動かしたりする。それは、質量をもたない新たな自然といえるでしょう」。
そう語る落合氏は、メディアアーティストとしてそういった自然観への表現を続ける一方、筑波大学では「デジタルネイチャー研究室」を主宰し、学生らと共にさまざまな研究開発を行っている。たとえば「Air Mount Retinal Projector」は、目の網膜に直接、高解像度の画像を投影できる光学システムだ。昨今ではAR/VR技術に注目が集まるが、このシステムではアイボックスの広いイメージ網膜に投影することができる。その体験者にとっては、リアルとバーチャルの境目はほぼ感じられなくなるだろう。
「Air Mount Retinal Projector」
https://pixiedusttech.com/technologies/air-mount-retinal-projector/
激変する時代、内なる自然の価値と対峙する
「現代のデジタル世界を生きる人々には、すでに特殊な身体性が生まれている」と落合氏は語る。Minecraftのようなゲームでは、デジタル上でしか体感しえない空間が日々無数のプレイヤーによって生み出されている。「かつて人は、自分の暮らす地域の風土に影響を受けて、絵を描き、工芸品をつくり出してきましたが、いまはデジタル環境から新たな創造が生まれています」。
その直感から、落合氏は今年3月に開催予定だった(*1)アメリカの大型カンファレンスSXSW(サウス・バイ・サウス・ウエスト)にて、自身がディレクターを務める日本コンセプト展示のテーマを「Cycle of Hyper Intuition(超霊性のサイクル)」と定めた。そこでは、約100年前の工芸品である「民藝」(*2) を3200万度画素の8K映像で撮影し、大型スクリーンに投射する計画がなされた。
*1 新型コロナウイルスの影響により中止に。後日、日本科学未来館にて1日限りの「The New Japan Islands」イベントがオンラインで開催された。
*2 1926年、柳宗悦・河井寛次郎・浜田庄司らによって提唱された生活文化運動。名も無き職人の手から生み出された、陶磁器や織物など日常の生活道具のことを指す。
「視覚の限界を超える圧倒的な映像を前にしたとき、身体感覚が変わってしまう。そのとき、これまで職人やアーティストの中にあった“霊性”のようなものが違うかたちで浮かび上がると感じました」。
いま新型コロナウイルスによって、急激にデジタル化が加速している。そんな中、アートとサイエンスを行き来する落合氏は何を提示するのだろうか。
「これまでサイエンスは自然と向き合い、アートは自然と社会、そして人間と向き合ってきました。ただし、これだけ社会の変化が早いいま、作品よりもインパクトのある変革が次々と起きている。今後は、自然への深い洞察を持つアートがより重要になってくるでしょう。それは環境問題などだけではなく、光や音、物質など、この世界の現象と実直に向き合い、ものをつくり続けること。自分のゆずれない自然の価値を探求することが、これからを生きるコアになると思います」。
プロフィール
落合陽一(おちあい よういち)
メディアアーティスト。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。筑波大学デジタルネイチャー開発研究センター センター長、准教授・JST CREST xDiversityプロジェクト研究代表。『デジタルネイチャー」(PLANETS)、『2030年の世界地図帳」(SBクリエイティブ)など著書多数。「物化する計算機自然と対峙し,質量と映像の間にある憧憬や情念を反芻する」をステートメントに、研究や芸術活動の枠を自由に越境し、探求と表現を継続している。オンラインサロン落合陽一塾やnote、YouTube落合陽一録でも情報を発信中。大阪芸術大学アートサイエンス学科客員教授。
INFORMATION
日本科学未来館
落合陽一総合監修による常設展示「計算機と自然、計算機の自然」
https://www.miraikan.jst.go.jp/exhibitions/future/digitallynatural/
[メインビジュアル]
落合氏が総合監修した科学未来館の常設展示「計算機と自然、計算機の自然」の前にて
Photo: Maciej Kucia (AVGVST)
*本稿は大阪芸術大学広報誌『O+』vol.5 の転載記事です。
CREDIT
- TEXT BY ARINA TSUKADA
- 「Bound Baw」編集長、キュレーター。一般社団法人Whole Universe代表理事。2010年、サイエンスと異分野をつなぐプロジェクト「SYNAPSE」を若手研究者と共に始動。12年より、東京エレクトロン「solaé art gallery project」のアートキュレーターを務める。16年より、JST/RISTEX「人と情報のエコシステム」のメディア戦略を担当。近著に『ART SCIENCE is. アートサイエンスが導く世界の変容』(ビー・エヌ・エヌ新社)、共著に『情報環世界 - 身体とAIの間であそぶガイドブック』(NTT出版)がある。大阪芸術大学アートサイエンス学科非常勤講師。 http://arinatsukada.tumblr.com/