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2020.05.11
あなたのオンライン生活が氷河を溶かす? Transmediale 2020レポート
TEXT BY SAKI HIBINO
毎年Bound Bawでレポートしている、ベルリンのアート・デジタルカルチャーのフェスティバル「Transmediale」。2020年は「End to End」というテーマを掲げ、現代のネットワーク社会が抱える問題、そして未来の持続可能なネットワークの形に焦点をあてた。
新型コロナウイルスによる世界全体の感染者数は4月に入って100万人を突破した。各国が医療崩壊、都市封鎖、経済破綻などの厳しい局面を迎え、通常ならば、慎重な審議が求められる重大な決定の数々が、この数時間の中で下され、国全体が社会実験の対象として試されている。
世界でベストセラーを誇った『サピエンス全史』の著者であり歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリ氏は、英紙「フィナンシャル・タイムズ」での寄稿において、ポストパンデミックの世界について、「この数週間における私たちのアクションが、今後の世界が歩む道筋を決める」と述べた。
コロナウイルスがもたらした生体認証データ監視、国境封鎖などの事例をあげ、ハラリはいま、人類が重大な選択を迫られていると言及。
「全体主義的な監視社会を選ぶのか? それとも個々の市民のエンパワーメントを選ぶのか?」
「国家主義者として世界から孤立するのか? それともグローバルな連帯をとるのか?」
これらの問いを踏まえ、ポストパンデミック後の世界を探るヒントとして、Transmediale 2020をレポートしたい。
次世代のEnd to Endコミュニケーションとは?
今年のTransmedialeは、1960年代前半に盛んだった芸術運動「フルクサス」のアーティスト、Robert Filliou、George Brechtの著書の一節「The Network is Everlasting. (永遠のネットワーク)」に着想を得て、議論を誘発。
デジタルネットワークは、場所や時間、影響範囲の制限を解放し、私たちのコミュニケーション、感情形成をはじめ、仕事からエンタメまで変化させたのは言うまでもない。
かつてSNSやネット空間には、あらゆる人々の「集合知」が集い、さまざまな声が行き届く市民社会が生まれると信じられていた。もちろんその希望は数あれど、いま起きているのはGAFA(Google、Amazon、Facebook、Appleの略称)といったメガテック企業や国家など、特定の権力がネット世界をコントロールしている。
では、今後もそれだけでいいのか? ネットワーク社会の歴史と現状を鋭く読み解き、持続可能な「End to End」のコミュニケーションを探りたい。フェステティバル・ディレクターのKristoffer Gansingからは、新たなテクノロジーとカルチャーについて問いを投げかけた。
オンライン生活が、氷河を溶かす日は近い?
コロナウイルスの影響により、人々の移動や生産活動はストップした。その結果、大気や水質の汚染率が低下し、環境にポジティブなインパクトを与える結果となった。
いまや世界中で議論されている気候変動は、Transmedialeにおいても最重要テーマのひとつ。
テクノロジーの見えざる構造を気候変動の視点から研究する環境メディア学者Mél Hogan。
彼女はノルウェーの氷河に建設予定のデータセンターを事例に、データインフラと気候変動の関係を説く。
コンピュータ計算が世界のエネルギー消費の10分の1を占める現代。データセンターのサーバー運用コスト削減のために、エネルギー熱を抑える冷水が豊富な氷河が予定地に選ばれているが、そのエネルギー要件はすぐに生産能力を超えると予測されている。
データ化された私たちの生活、データに対する欲望が氷河を溶かす。貴重な自然環境が倉庫に置き換えられている実情がそこにはあるとHoganは訴えた。
「台風や干ばつが発生した場合、人間か、または人間の生活を形作るデータか、果たしてどちらが水資源にアクセスできるのでしょうか?」
私たちのオンライン生活の快適さは、人間だけでなく天然資源の搾取にもつながっている。
彼女のアイロニーを含んだ問いには, コロナウィルス中の隔離生活を経て、オンラインの接続からますます切り離せなくなっていく私たちの存在が浮き彫りになっている。
スーパーコンピュータが予測する環境危機
現実世界で起こる環境危機に対するアイロニカルな解決策の提案は、Transmedialeの展覧会「Eternal Network」で披露されたインスタレーション《Asunder》を想起させた。
環境エンジニア Tega Brain、クリティカルエンジニア/アクティビストJulian Oliver、ソフト・ハードウェアデザイナー/ハッカー Bengt Sjölénよって開発されたスーパーコンピュータ《Asunder》。
《Asunder》は衛星、気候、地形、地質、生物多様性、人口などのデータをリアルタイムで収集し、さまざまな生態学的課題に直面する世界の各エリアを「修正」した計画を提案する。
例えば、シリコンバレーのプラスチックと汚染の問題へのソリューションとして、資源節約のために南アメリカからシリコンバレーに「リチウム鉱山を移転する」など。
《Asunder》がシミュレートする将来のシナリオは、たとえどれだけ精巧なコンピュータの打ち出した結果であっても、気候変動による大惨事を本当に回避できるのかはまだ疑問が残る。皮肉にもこの結果には、氷河を溶かす原因にもなる膨大な処理エネルギーが費やされている。
私たちはその結果を目の当たりにし、繊細かつ複雑すぎる生態系を数学的に「最適化」するのがいかに難しいか、そうした問題をコンピュータに委ねたとき、どんな結果をもたらすのかが問われてくる。
データ社会は植民地化している
今年のメインは2日間にわたるシンポジウム。
50以上のアーティスト、理論家などが、現代のネットワークの限界について社会的、技術的、芸術的な観点から検証。ネットワークが気候変動やAI社会などにもたらす緊急課題についての議論が交わされた。
ポストパンデミックの世界への危惧として、ハラリが言及していた「全体主義的な監視社会」の加速化。このトピックに関連し、データ植民地時代における新しい格差の公式を説いたのは、ニューヨーク州立大学グローバルエンゲージメント研究所所長、インターネット理論家Ulises A. Mejiasだ。
仕事管理、睡眠、ショッピングの習慣、趣味、移動、性的嗜好など、私たちの生活はデータによって「最適化」されている。こうしたデータから利益を得る人々により、データは過剰に生産され続け、データにひもづく継続的な監視は、新しい差別や社会構造を形成していく。
データの精度を高めるAI技術をたどると、アフリカやインドでの低賃金労働の問題に結びつくという。労働者が選別した生のデータが、データサイエンティストの手にわたることでAI技術は成立している。その結果、莫大な利益を得るIT市場。この図式は、植民地時代に奴隷労働により安価に採掘した天然鉱床を用い、西洋世界が開発した技術で利益を生んだ時代から変わってはいない。
Mejiasは、権威主義の死を強調し、私たちのデータにおける態度がネットワーク構造を変えると提唱。データ植民地時代からどう脱却するのかというという議論を展開した。
テクノロジーに過信しないこと
Transmedialeと同時平行で開催された実験音楽とパフォーマンスの祭典「Club Transmediale」からは、デジタルテクノロジーにとらわれない表現の可能性や自身の身体感覚への回帰を投げかけたパフォーマンスを紹介したい。
一人目は音楽家・アーティストのRobert Henkeによるオーディオ・ビジュアルパフォーマンス「CBM 8032 AV」だ。1980年代初頭のコンピュータ「Commodore CBM 8032」を使用し、4年の月日をかけて制作されたこのパフォーマンスは、いわゆる「最先端のテクノロジー」は一切含まれていない。Hankeが徹底して目指したのは、シンプルなグラフィックスとサウンドの美学の探求である。
「この作品は、現代の美学と40年前の時代遅れで限定されたテクノロジーの両義性をはらんでいる。技術的に目新しくもなく、80年代にすでに行われていたかもしれないが、そこに至るまでのアーティスティックなアイデアには、今日の文化的背景が強く影響している」と答えるHenke。
純粋な美的表現の追求がいかに尊いかを感じた作品。そこには、現代を生きる私たちだからこそ共感できるビジュアルとサウンドの美しい融合があった。
内臓感覚からみる、わたしと世界
自身の内臓感覚を取り戻し、世界をみる可能性を説いたのは、ダンサーでありアーティストのFrédéric Gies。解剖学、体操、ダンスの融合から開発した独自のメソッド「テクノソマティクス」を用い、テクノ、クラブ、レイブのカルチャーを混合させた7時間パフォーマンス「Dance is Ancient」を披露した。
暗闇の中で、催眠的テクノサウンドトラックに合わせ、オーディエンスが、自身の内分泌系とチャクラをダンスで探索するこのパフォーマンス。
腸だけでも1億個以上の神経細胞が走り、多様性に満ちている内臓感覚。内臓感覚を鍛えることは「自分の内側から何を感じるか」を研ぎ澄ますことである。情報にあふれ、デジタル化されていく不安定な環境の中で、自己をどう確立し、どう集団や世界と接続していくかを考える貴重な体験となった。
冒頭で述べたように、現在世界はパンデミックの脅威にみまわれている。
非常危機が日常になることで失われたこと、そして現れてくる事象から、わたしたちは、今日までの社会システムや当たり前だったものの意味や価値を問い、未来に活かすチャンスを得ているともいえよう。
この事態がおさまったら、何事もなかったのように元のシステムや価値観におさまるのか?
それとも、本質的に大切なものを見極め、アップデートしたシステムや価値観をもって、ポストパンデミック後の世界を構築していくのか? Transmedialeの事例が、テクノロジーと共存しつつ、新たな代替案を考えるヒントになればと思う。
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CREDIT
- TEXT BY SAKI HIBINO
- ベルリン在住のエクスペリエンスデザイナー、プロジェクトマネージャー、ライター。Hasso-Plattner-Institut Design Thinking修了。デザイン・IT業界を経て、LINEにてエクペリエンスデザイナーとして勤務後、2017年に渡独。現在は、企画・ディレクション、プロジェクトマネージメント・執筆・コーディネーターなどとして、国境・領域を超え、様々なプロジェクトに携わる。愛する分野は、アート・音楽・身体表現などのカルチャー領域、デザイン、イノベーション領域。テクノロジーを掛け合わせた文化や都市形成に関心あり。プロの手相観としての顔も持つ。