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2023.09.08
揺れる欧州の現代社会における「人間と機械の関係性」をアートが伝える「WROビエンナーレ」加藤明洋レポート
TEXT BY AKIHIRO KATO,EDIT BY NANAMI SUDO
ポーランド南西部に位置する第4の都市・ヴロツワフにあるWROアートセンター。新しいメディアアート表現を追求するその展示 / 教育研究機関を中心に開催される「WROビエンナーレ」は、1989年に創立され、2023年で20回目を迎えた。記念すべき今回のスローガンは「Fungible Content」。人間と機械の関係にスコープを当て、国内外から招聘されたおよそ70組のアーティストらが市内14か所の会場に集結した。本稿では、「Proof of X」展を企画するなど、NFTアートからテクノロジーと社会の関係性を再構築する アーティストの加藤明洋による、現地レポートをお届けする。
ポーランドの都市・ヴロツワフで30年以上続くメディアアートフェスティバル
WROビエンナーレは、冬には降雪も見られるポーランドのヴロツワフという都市にて、2023年5月10日〜27日にかけて開催された。今年のスローガンは「Fungible Content」、テーマは人間と機械の関係であった。
筆者は菅野創、綿貫岳海とともに手掛ける《かぞくっち》を出展するにあたり、アーティストの一人として、設営から現地に立ち会い、会期終了まで参加した。その期間に出会った、多様な作品やアーティスト、そして参加者から考察したメディアアートの現在についてレポートしたいと思う。
ブロックチェーン技術やNFTを家系制度のメタファーとして表現した《かぞくっち》は、現実空間の箱庭に設置された「家」と呼ばれるロボットと、その家で生活し繁殖するデジタル人工生命体「かぞくっち」の家族によって構成されるインスタレーション作品だ。《Lasermise》など生物の集団行動に着目し、ロボットを使ったアート作品を制作する現代アーティストの菅野創、ソフトウェアによる群衆シミュレーション作品を制作する傍らミュージックビデオやライブ映像も手掛ける綿貫岳海とともに開発し、現在は《かぞくっち 2nd season》としてアップデートしたバージョンを公開している。
ヴロツワフ・コペルニクス空港には5月6日に到着し、ちょうど同じタイミングで現地入りした台湾出身のアーティストとともに、さっそく会場にて作品の設営を始めた。今回の舞台となるヴロツワフはポーランドで最も古い都市の一つで、歴史ある建物が立ち並ぶ。街の周囲には東ドイツ統治時代の建物なども混在し、壊してゼロから建て直してしまう日本とは違い、建物が内包する様々な歴史を重んじ、それに学ぶような意思が感じられた。私たちが展示した会場であるThe Grotowski Instituteも、昔は駐屯地のパン工場であったところをアートセンターとして改装したものだそうだ。
今回私たちがWROビエンナーレに招聘された理由は、昨年採択された「European Media Art Platform(EMAP)」というアーティスト・イン・レジデンスのプログラムに参加したことが大きい。これはEUで活動するアーティストを公募し、メディアアートの拠点となる各主要都市でのレジデンスと、その後のサポートも行うプログラムである。今回、このEMAPの枠で招聘された他のアーティストたちと交流することができた。彼らは欧州のメディアアーティストの中でも最先端のプレイヤーであり、現況を知る良い機会になったとともに、同じ場所で展示できたことはとても誇らしく思えた。
ウクライナ危機・移民問題のリアリティと向き合うアート作品たち
オープニング・レセプションは2013年にヴロツワフで設立された、料理とアートを中心に据えたコレクティブ「Food Think Tank」が主催するイベント「OVEN ACTION」から始まった。ウクライナ特有の、酸味ある酵母を使った多種多様なパンが会場の大きなテーブルにどさりと置かれ、参加者たちに振る舞われた。機械と人間をテーマとするメディアアートビエンナーレであるにもかかわらず、パンを作る・食べるという日常的な行為を伴うイベントをオープニングに持ってきたことは象徴的だった。これは、ヴロツワフから距離の近いウクライナの日常を破壊した戦争へのリアリティに対して、人間の日常の営みを再認識しないままに機械との関係性を問うことはできないという意思の表れなのではないか、そんなことを思いながらパンを味わった。
いよいよフェスティバルが始まり、最初の5日間はオープニング期間として、毎日多数のトークイベントやパフォーマンスが各会場を賑わせていた。日本から参加したアーティストである山内祥太さんの《The Dansing Princess》には、毎公演観客が会場に収まらず外の階段にまで溢れていた。パフォーマーであるアーティスト本人がセンサーの付いたラバースーツを脱ぎ着することで、プロジェクションされた巨大な猿がその動きに同期しながら変化していくという作品で、機械と人間の主従関係のあり方が生々しく表出していた。また、同パフォーマンスにはウクライナからの避難民であるダンサーも出演し、身近な戦禍を感じる機会でもあった。
他にも、現代における戦争や移民の問題について意識させられたのは、メイン会場であるWROアートセンターにて展示されていた《WALLOBSERVER.EU》だ。このプロジェクトは、欧州に設置された1000km以上ある国境フェンスをマップで可視化し、これを通して浮き彫りになる移民問題について調査・検証している。私は、EUにおける移民問題が想像以上に多面的であることを知るとともに、近年の戦争の状況によってさらに複雑に絡み合っていることを容易に想像させられた。
テクノロジーが人間にもたらす可能性を拡張するパフォーマンス
市内のクリエイティブな人々が集まるエリアにあるIP Studioでは、日本から招聘されたもう一つのチーム、サイン・ウェーブ・オーケストラが展示していた。彼らは音の最も基本的な要素ともいわれるサイン波による集合的な音表現を用いたパフォーマンスを行なっているコレクティブで、不特定多数からインターネット上で集めた投稿から作られた映像をサイン波に還元させる映像と音のパフォーマンス《A Wave》を披露した。
また、同じエリアの別の建物では現地の美術系大学の学生たちが制作した作品をピックアップしたグループ展が開催されていた。展示作品の中でも優秀作に選ばれていたのが、Sonia Kujawaの《SMALL MACHINES》。身近な道具を組み合わせて“かなりラフな”ドローイングマシンをいくつも作りフィールドで動かすことで、ランダムな絵を描くパフォーマティブなインスタレーションであった。絵を描く機能があるようには思えないようなミニチュアマシンが、それぞれは単調な動きながらも相互に関係し、まるでダンスを踊るように痕跡を残していく様子は、まるで機械が何かの意思を持っているようにも感じた。
EMAP招聘アーティストの作品の多くはGeppart Galleryに展示され、私たちの作品《かぞくっち》もこの場所に展示された。
同じくEMAPの枠で採択されたアーティストの中で特に興味深かったのは、OPN STUDIOの《The Pure Voice Undoing Gender》。ジェンダーの解明に焦点を当てたこの作品は、咽頭、共鳴器、喉の長さ、声帯などの解剖学的形態に登録されたパラメータを操作することで、自分の声を女性化、男性化、中性化することができるインスタレーションだ。壁にかけられたモニターに映し出された一つの映像に対して、男性的、女性的な声の2種類の音声を聴き比べることができる。。目を閉じて声だけを聞くと、変換前の性別は判別できないが、しかしその人固有の声だとわかるくらいの特徴を残した自然な変化であり、ジェンダー・アイデンティティへのそれまでの認識を揺らがすような作品だった。
メディアアートというジャンルを先導する強固な意識と技術
WROメディアアートビエンナーレ全体を通しても、視覚的に楽しませるだけの作品は少なかったように感じた。どちらかというと、見せ方・伝え方などのプロセスから、作品に込められた思想や社会課題などの背景までをアウトプットするような高い表現力と、現代・現在のテクノロジーやその情勢などを混ぜ合わせ、それぞれ自立した作品がきちんと形作られていたように思う。そしてそれらを「人間と機械の関係」という軸でつなぎながら語ることで、現在の“メディアアート”というジャンル全体も確立させられたように感じた。
フェスティバル全体として、アーティストだけでなくこのフェスティバルに携わった全ての関係者が一丸となって現代におけるメディアアートの意義を理解しようとする姿勢の深さがあり、トークイベントやワークショップなど、様々なプログラムによって参加者に深く伝えようとする態度が示されていたように思う。20回目の開催を迎えてもなおその熱量が冷める様子はなく、これからも世界における重要なアートシーンを映し出し続けていくのだろう。