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2023.03.24

社会とメディアの障壁を多面的に浮き彫りにする。期待の新進アーティスト、キム・インスク&Houxo Queインタビュー|恵比寿映像祭2023「テクノロジー?」レポート(後編)

TEXT BY NANAMI SUDO

「映像とは何か?」という問いに向き合い、映像とアートについて考えを巡らせることのできる対話の場を創出し続けてきた恵比寿映像祭が、2023年で15回目の開催を迎えた。今回は初の試みとして、新しい表現方法や独創性に優れたアーティストへの制作委嘱を始動。本稿では、その「コミッション・プロジェクト」に選出され、特別賞を受賞した金仁淑(キム・インスク)に、新作《Eye to Eye》にかける想いを聞いた。また、グラフィティからキャリアをスタートさせ、近年ではライブペインティングやディスプレイそのものをカンバスにした大胆な作品が印象的なHouxo Que(ホウコォ ・ キュウ)へのインタビューの様子もお届けする。

恵比寿映像祭2023「テクノロジー?」レポート前編はこちらから。

着想源は仏教の教えにあり。上海出身のアーティスト、ルー・ヤンが実践する「デジタル転生」

アートで人々と社会をつなげる窓口をつくる

今年度初となる試みとして、「コミッション・プログラム」というアーティスト支援型のプログラムを開催。新しい技術または表現方法に富み、これからの「新たな恵比寿映像祭」を牽引する、独創性に溢れたアーティストに制作委嘱を行った。今回は、今後も多様な挑戦が期待される新進気鋭の作家として、荒木悠、葉山嶺、金仁淑(キム・インスク)、大木裕之の4名が選出されている。映像祭の開始を皮切りに1ヶ月半の展示期間を経て、さらに特別賞には荒木悠と金仁淑(キム・インスク)が選ばれた。

韓国と日本を拠点に、多様なルーツを持った人々やその周囲の環境に迫り、その日常の普遍性にスポットを当てた写真や映像作品の制作を行ってきたアーティストのキム・インスクは、滋賀県にある在日ブラジル人の子どもたちが通うサンタナ学園を舞台に、新作となる《Eye to Eye》を発表。2022年5月~12月の間に、ワークショップや1ヶ月の滞在による密着などの交流を経て、レンズを通してコミュニケーションをつくり続けた彼女があぶり出すものとは何なのか、本人に話を伺った。

金仁淑(キム・インスク)/韓国の漢城大学芸術大学院西洋画科写真映像コースに留学後、15年間のソウル暮らしを経てソウルと東京を拠点に制作活動を展開。「多様であることは普遍である」という考えを根幹に置き、「個」の日常や記憶、歴史、伝統、コミュニティ、家族などをテーマに制作を行い、写真、映像を主なメディアとして使用したインスタレーションを発表している。撮影:新井孝明

キムさんはこれまでの作品でも多様なルーツを持った人々にスポットライトを当ててきましたが、今回サンタナ学園の子どもたちを撮ろうと思ったきっかけを教えてください。

「2021年にグループ展に参加した滋賀県近江八幡市のボーダレス・アートミュージアムNO-MAから、同じ滋賀県にあるサンタナ学園を紹介してもらったことが彼らとの出会いのきっかけでした。0歳から18歳までの子どもたちおよそ80人に、朝から晩まで密着して、インタビューやポートレートの撮影を行いました」

子どもたちは普段からポルトガル語を使って生活しており、日本語で話す機会はほとんどないそう。言語の壁がある中でも、時間を掛けてコミュニケーションを取り続けていくうちに、少しずつ心を開いてくれたという。

「最初は何か質問しても返ってくる答えはひとことだけだったりと短かったのですが、だんだんと打ち解けて会話ができるようになりました。その声のトーンを感じてもらいたくて、今回はインタビュー映像に字幕を付けないということにこだわりました」

金仁淑《Eye to Eye》2023年、10チャンネル・ヴィデオ・インスタレーション ©2023 KIM Insook
撮影:新井孝明

展示会場には子どもたちのポートレートが映し出された縦型の等身大ディスプレイがランダムに並び、個性豊かな面々がこちらを見つめている。

「ポートレートというのは、被写体とのコミュニケーションが成り立っていないと撮れないんです。だから、時間をかけて子どもたちと心を通わせて、そのタイミングを待って撮影しました。コミュニケーションが鑑賞者へも連鎖するように、ディスプレイは等身大で鑑賞者の目線と被写体である子どもたちの目線が合うような高さにしました。そして、多面的に人間の本質を見てもらえるように、ディスプレイの角度をばらばらに配置することで、会場を回遊すると色々なシーンが目に入ってくるように構成しています」

また、作品の中には1998年にサンタナ学園を設立して以来、24年にわたって校長を務める中田ケンコさんにスコープを当てた映像もある。キム本人がブラジル出身の中田さんとともに在日外国人としての想いを語り合う場面や、サンタナ学園がこれまでに直面してきた困難にも触れられている。しかし、中田さんには決してそれらをネガティブな話題にとどめず、笑い飛ばしてしまうような明るさと強さがあり、そんな彼女の魅力がサンタナ学園を支援する人々を先導しているという。

「Side:A(子どもたちとの対話と背景を見せる映像)とSide:B(ケンコ先生のインタビュー映像)に展示直前まで字幕を付けるかどうか迷っていましたが、結果的に字幕を付けずにダイアログをプリントして持ち歩いていただくことに決めました。文字から受け取る情報に集中するのではなく、通訳も含めて子どもたちと対話する声のトーンやケンコ先生のおおらかな表情にも注目してほしいと思ったからです。

先生自らが生徒80人分の料理をつくったり、バスで往復3時間かけて送迎したり、ということを毎日繰り返しているんです。子どもたちも同じように毎日3時間くらいバスに乗って通学します。つまり、彼らにとっては日本社会から隔離された場所での生活が日常的で、でもその中で育まれているコミュニティも確かにあるのが実情です。ある子に『将来何になりたい?』と聞いてみたところ、『来年はブラジルに帰るから(わからない)』という答えが返ってきました。その時、家族の労働や移住の影響で、自分の意志とは関係なく、人生のなかで何度も移動が発生していることに気付かされました。子どもたちがそのような不安定な状況に置かれていることが、会話の中からも垣間見えると思います」

「しかし、その状況を批判しようとするのではなく、サンタナ学園を取り巻く人間らしい『愛情』を何よりも取り上げたいと考えています。まずは人間の本質的なところから出会って、その上で彼らをもっと知りたいと思ったら、その時に初めて調べれば良いと思うんです。普段はその順序が逆になってしまうことが多くて、サンタナ学園という“在日ブラジル人の子どもたちが通う学校”があって、そこにいる人々が何をしている、といった認識をされてしまいます。ですが、言葉なしでも人が仲良くなれたり、見つめ合えたりすることに焦点を当てて、先にパーソナルな面から知ってもらえる機会をつくりたいと思いました」

今回の恵比寿映像祭のテーマである「テクノロジー?」についてどのように考えていらっしゃいますか?

金仁淑《Eye to Eye》2023年、10チャンネル・ヴィデオ・インスタレーション ©2023 KIM Insook
撮影:新井孝明

「テクノロジーは必要な時に取り入れれば良いと思います。私の場合は『カメラを持って向き合うこと』を出会いの道具として使っています。技術の発展については興味深いと感じていますし、それが役立つ場面も多くありますよ。撮影したらその場で相手と一緒にすぐに確認できることもその一つですね。

また、写真と映像それぞれの特性として、静止している情報は受け取り方が相手任せになり、抽象度が高くなる傾向があるので、今回は瞬きの様子も映し出しながら、向かい合ってもらう空間を創出するために映像を用いました。私はいつも舞台演出家のような感覚で作品と展示空間を作ってきました。今作における映像は、出会いのための装置です」

また、展示期間中である3月11日には、サンタナ学園の生徒たちを会場に招待し、《Eye to Eye》を鑑賞する機会を設けた。その様子も今後の作品に組み込まれる予定だという。

アートコレクティブKnots for the Arts(金仁淑・西田祥子・杉田モモ)xサンタナ学園xボーダレス・アートミュージアムNO-MAx山田創(滋賀県立美術館)xイム・キョンミン(インディペンデントキュレーター・韓国)x東京都写真美術館交流ワークショップ©金仁淑

「子どもたちに会うために、日韓から9人のキュレーターが集まり、子どもたちとの出会いの場をつくることができました。展示を見た感想を話し合い、キュレーターという職業について知り、渋谷のパブリックアートをキュレーターのみなさんと共に訪ねるツアーも行いました。 子どもたちもケンコ先生も大喜びで、作品を鑑賞してくれました。美術館に来ることも初めての彼らにとって、東京へ夜行バスでツアーに来て、自分が登場する作品と出会うことはかけがえのない経験になったとコメントをいただきました。」

まだまだ展示に使用されていない膨大な量の撮影データがあるそうだが、今回は鑑賞者と子どもたちの出会いのための場として選び取られたシーンがコラージュされている。ぜひ子どもたちと見つめ合うことを通じて「個」のパワーを体感してもらいたい。

鉄パイプが突き刺すディスプレイが映す、固有のイメージ

作家の眼差しから生身の生活をありありと映し出し、子どもたちとのディスプレイ越しのコミュニケーションを創出したキムとはまた違ったアプローチで、ディスプレイというテクノロジーをメディウムとして俯瞰的に捉え、再構築を図るのがHouxo QUEだ。

10代からストリートでグラフィティを始め、以降ペインティングをインスタレーションなどマルチに発展させ、2012年ごろからはディスプレイに直接ペイントを行った作品などを数多く発表してきたHouxo QUEは、今回の恵比寿映像祭にディスプレイを突き刺す鉄パイプという構図がセンセーショナルな《Death by Proxy #1》を出展した。彼はディスプレイを本来想定された機能ではないメディアとして使用するにあたって、何を考え、どのような方法で作品を制作しているのだろうか。

ホウコォ ・ キュウ《Death by Proxy 1 》2020年 撮影:新井孝明

今回、恵比寿映像祭に展示されている《Death by Proxy #1》について、タイトルに込められたコンセプトを教えてください。

表現の歴史において、現代の我々にとって最も支配的なメディアはディスプレイだと思います。これと過去のメディアと明確に異なる点を挙げるとするならば、それは透過光による表示でしょう。絵画や写真などの表現は、反射光によって私たちへ視覚情報として届きますが、ディスプレイは自身が発する光によって周囲に知覚されます。照明などの外部環境に影響されず、独立して視認可能であるという点に、大きな技術の変化があったと思います。

ディスプレイはコンピューターから出力された信号を元にあらゆる図像を表示できますが、それと同時に、ディスプレイに固有の図像はなく、常に可変で、あくまで一時的に図像を表示しているに過ぎないとも言えます。真性を持たず、ただ代理として光を放つディスプレイの存在は、私の制作活動における研究対象にもなっています。

突き刺さったパイプからは攻撃的な印象を受けました。本来の機能を失ったディスプレイはどのようなメタファーになっているのでしょうか。また、会場構成についてはどのようなことを意識されたのでしょうか。

本作は、インターネットで見つけたある映像が発想源のひとつになっています。それは、大統領選時のドナルド・トランプ氏の演説の映像に憤慨した男性が、映し出されているディスプレイを殴りつけて破壊するというものでした。その姿は滑稽なものですが、男性はディスプレイに表示されたイメージに対してトランプ氏の実存を感じていたことがわかります。あらゆるものを代理し常に仮初の姿を表示する板、そこから想起される実存のありさまを、鉄パイプを刺して「仮想の死」を与えることによって表現しました。しかし、皮肉なことに、たとえ破壊されてもディスプレイには模様が浮かび上がります。これは、破壊しようとしてもなお、イメージとは生成されてしまうということの現れだと考えています。

そして、私にとって、空間へのアプローチというのは鑑賞体験上、作品そのものと不可分です。場と鑑賞者に対して作品や周囲の環境がいかに作用するかを考え、最大化することを心がけています。今回の展示に関して言えば、まずは鑑賞者が圧倒されるような構成を、と考えていました。私の作品にペインティングや破壊などの行為が含まれているのは、絵画やディスプレイというプロダクトを取り巻く制度への介入が目的としてあります。その実践を展示するにあたって、同じように美術館という制度にも介入できないかと考え、美術館の壁ごと貫き、物理的に破壊してみました。

ディスプレイに映し出された図像は、すべて偶発的に生まれたものなのでしょうか。本作の制作プロセスについて教えてください。

液晶ディスプレイに入力しているソースは、基本的にどれも同じものを使用していて、表示可能な色数である16,777,216色のフラットカラーをリフレッシュレートと同じ1/60秒の速さでスライドさせているだけのものです。これらはそれぞれのディスプレイに内蔵されたシングルボードコンピューターの常時計算に、個別の起動/終了時刻を記録して演算に組み込む仕様のため、個々のディスプレイの原理的な構造が暴かれ、固有の絵画性が立ち現れます。

また、《Death by proxy》シリーズにおけるグリッチ模様は実際に鉄パイプを通す時に生じるものなので、作家である私の意図が含まれているとはいえ、綿密にこのようなディテールを作ろうと操作することはできません。先程の質問にも「攻撃的」という表現がありましたが、実際に行っている制作内容は非常に綿密な計画に基づいています。まずディスプレイを分解し、仕様や構造を把握した上で、機械として動作するために必要な部分を避けて加工をし、鉄パイプを通しています。その意味では、鉄パイプもペインティングのためのメディウムとして存在していると言えます。このような本作の制作過程を説明をする時、私はよく「解剖をして臓器や血管などの位置を理解し、それらを避けて傷つける」と喩えたりもします。

今回の映像祭テーマである「テクノロジー?」に対してどのようなお考えをお持ちですか?

技術と表現の関係と影響にまつわる歴史的経緯について、私は非常に肯定的に考えています。しかし技術が進歩するということは、それに伴って過去となるものが陳腐化し、いずれ忘却されていくということでもあります。そのようなジレンマを美術史と重ね、線的に捉えようとする今回の恵比寿映像祭の試みは、私の作品のテーマともリンクする部分があります。私は、技術を享受するだけでなく、一歩引いた視線から見えてくる、今後忘れられてしまうかもしれない存在について関心があります。もっとも、私の性分では、気がつくといつも前のめりな姿勢になってしまうのですが(笑)。それが転じて、画面を割って向こう側まで突き抜けてしまった様子が自分らしいかなと思います。

「恵比寿映像祭2023」は2月19日(日)で会期を終えたが、「コミッション・プロジェクト」の作品展示は東京都写真美術館の3F展示室にて3月26日(日)まで実施される。映像とは何か、そしてテクノロジーとは何か。それぞれの作品の本質やメッセージを意識してみることで、アートや社会における技術のありようが浮き彫りになるかもしれない。

INFOMATION

恵比寿映像祭2023「テクノロジー?」

会期:令和5年2月3日(金)~2月19日(日)《15日間》月曜休館

※コミッション・プロジェクト展示(3F展示室)のみ3月26日(日)まで

会場:東京都写真美術館、恵比寿ガーデンプレイス センター広場、地域連携各所ほか
時間:10:00~20:00(最終日は18:00まで)

※2月21日~3月26日(コミッション・プロジェクト展示)は10:00~18:00/木・金は20:00まで
※入館は閉館の30分前まで

料金:入場無料

※一部のプログラム(上映など)は有料

公式サイト:https://www.yebizo.com/jp/

 

CREDIT

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TEXT BY NANAMI SUDO
栃木県出身、1998年生まれ。2020年早稲田大学文化構想学部卒業後、フリーランス編集者に。主にWEBサイトやイベントのコンテンツ企画・制作・広報に携わっている。2023年よりWhatever inc.でProject Managerとしても活動中。

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