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2023.03.24

着想源は仏教の教えにあり。上海出身のアーティスト、ルー・ヤンが実践する「デジタル転生」|恵比寿映像祭2023「テクノロジー?」レポート(前編)

TEXT BY NANAMI SUDO

東京都写真美術館を中心に年に1度開催される恵比寿映像祭。展示や上映、パフォーマンスやシンポジウムなど、多面的なアプローチから映像、そしてテクノロジーとともに歩んできたアートの歴史と今後を考察できる15日間だった。本稿では、「テクノロジー?」を総合テーマとして設けた恵比寿映像祭2023に出展した新進アーティスト、ルー・ヤンにインタビューを敢行し、作品に込めたメッセージを伺った。

2009年から毎年開催されてきた恵比寿映像祭では、東京都写真美術館をメイン会場に、映像表現とメディアの発展、そして持続可能な継承を目指して国内外のアーティストを集め、映像とアートに関する展示やイベントを行ってきた。「映像とは何か?」という問いを継続的に投げかけながら、15回目となる2023年のテーマには「テクノロジー?」を掲げた。技術の存在は、映像とは切っても切り離せない関係にある。だからこそ、目まぐるしいスピードで進化する技術の可能性に目を向け、あるいはこれまでの歴史を振り返ることで、映像が持つコミュニケーション力に着目し、アートにおける対話の場を創出する。

東京都写真美術館での展示は、大きく2つに分かれて行われており、それぞれ「身体や機械、人工」と「都市や自然」という観点からアートと技術について考察できるような作品が一同に集結している。

「デジタル転生」が現代に提案する緩やかな宗教観

中でも注目なのは、上海出身のメディアアーティスト、ルー・ヤンによる最新モデリング技術で自身の「デジタル転生」を実現させた《DOKU》。バウンドバウでは、世界の芸術祭で作品を発表し、2018年にはスパイラルガーデンでも個展「電磁脳神教 - Electromagnetic Brainology」を開催させるなど、飛躍を続ける彼女にインタビューを敢行した。

ルー・ヤンは自身を3Dスキャンし、実際の表情を忠実に再現したモデルを再構成することで、時間や空間、肉体、アイデンティティによる束縛といった制約から解放された「DOKU」としてデジタルのパラレルワールドに転生し、パフォーマンスを行っている。科学、宗教、サブカルチャーなど、さまざまな分野を越境し、「DOKU」という名前の由来にもなっている仏教の教えのひとつ「独生独死独去独来(人は一人で生まれ一人で死ぬ。この世に来たときが一人なら、去るのも一人)」と向き合いながら、精神のコアな部分を浮き彫りにするヴァーチャルワールドの可能性を切り開いている。

まず、今回の恵比寿映像祭の総合テーマである「テクノロジー?」について、あなたの考えを聞かせてください。

私は10年以上にわたって、さまざまなメディアを用い、編集した作品を生み出してきました。私自身もテクノロジーを用いたアーティストだと言われています。しかし私にとっては、テクノロジーはただのツールに過ぎず、我々人間が良い/悪いを判断する立場にないのです。

絵画表現を用いていた100年前と現代との違いが何かというと、100年前はブラシやペンしか選択肢がなかったということです。しかし、今を生きる我々にはたくさんの選択肢があります。そして、それこそが私が作品を編成する方法であり、非常に複雑に構成された情報の中で印象的なものを選び取っただけなのです。「なぜAIやVRを使わないのか?」とよく聞かれますが、それは私の作品に適していないからです。

私にとって最も重要なのは作品のコアとなる部分です。外見の問題ではなく、内なるゴーストのような、人間の精神的な部分にフォーカスしたいのです。我々人間が何千年、何百年を経ても哲学や仏教のような理念を振り返り続けているのは、それらがとても強いコアを有しているからです。メタバースにおいて、人々は新たなチャレンジのタイミングを得たように感じます。しかし、私たちは現実世界においてもそれぞれのシーンやキャラクターによって異なる欲望を持っています。さらに、バーチャルな世界では、人間の欲望をより掻き立て、それを実現することができます。だから、現実と仮想を比較しても、それほど大きな違いはないのだと思います。

「恵比寿映像祭2023 テクノロジー?」開会式にて登壇するルー・ヤンさん。撮影:新井孝明
ルー・ヤン/1984 年、中国生まれ。2010 年に中国芸術院を卒業し、現在は上海を拠点に活動。科学、生物学、宗教、大衆文化、サブカルチャー、音楽など、さまざまなテーマを主題とし、映像やインスタレーション、デジタルペイントを組み合わせた作品を制作。近年の主な個展に「電磁脳神教 - Electromagnetic Brainology」(SPIRAL、東京、2018年)。グループ展に「ヴェネツィア・ビエンナーレ」(2015 年)、「A Shaded View on Fashion Film」(ポンピドゥーセンター、パリ、2013 年などがある。

ヤンさんから「ゴースト」というキーワードが出たように、輪廻転生が作品のインスピレーションになっているそうですが、そのような視点を得たきっかけはなんですか? 

私の作品のほとんどは仏教から触発されています。仏教の基本的な考え方からも、生と死の違いは何もないことがわかります。その間にあるのはドアのようなものだけです。私たちは寝ている間に夢を見て、目が覚めるというサイクルを日々経験しています。その夢こそが輪廻転生であり、無意識に根付いている価値観なのかもしれません。これは輪廻転生の次の段階であり、ギャップに過ぎません。だから、現実も仮想も実は同じで、何も変わりはありません。私たちは檻を設けて、これは良い、これは悪くないと、仮想と現実を区別できると考えていますが、それは人間の生活によって制限されているだけなのです。それに気付かず、年齢や国籍などを比較してしまうということが起こるのです。

あなたのような若い世代が仏教に関心を持つというのは、中国では自然なことなのでしょうか?

いえ、若い人たちがこの考え方にたどり着くのは非常に難しいと思います。ですが、例えば「ダルマ」の知恵は誰にでも寄与すると思います。私は自分の仏教観の中で、現存するこの世界における時間を「ダルマのタイミング」と呼んでいます。人々は情報を変換する方法を常にもっています。また、若い世代の人々は自分だけの信仰心をもっています。しかし、この「ダルマ」の知恵が十分に強ければ、宗教に関係なく、みんなが「この知恵を拾おう」とするでしょう。

この概念に対して人々が抵抗感や忌避感をもったとき、私は作品をポップカルチャーのように見せて、仏教に触れるきっかけをつくります。そして、多くの人がそのカラフルでビビッドなビジュアルに興味を持ち、仏教の世界観に入り込んでいくのです。つまり、作品は罠のようなものです。作品との出会いを機にコアな部分に興味を持ってもらうことは重要なことだと思います。仏教には84,000通りもの知恵の道があると言われており、その知恵を広めるために何らかの方法を正当化することは、良いことだと考えています。

または、人類の歴史の中にある小さな火花とも言えます。仏教においては、人が年をとるという価値観に固執していません。それは性別や輪廻転生の概念があるからです。そのように、私は現前する世界における時間や空間が限界だとは思っていません。だから、ある空間の中で、そういうタイミングの制限を打ち破らなければならないと感じています。

《DOKU》ではあなた自身のポートレートが作品に登場していますね。あなたの理想像とは一体どのようなものなのでしょうか。 

ルー ・ ヤン《DOKU The Self》2022年 恵比寿映像祭2023「テクノロジー?」展示より 2020 年~ 撮影:新井孝明

2015年から自分自身のイメージを作品に使い始めました。《DOKU》は私のキャリアにおいて最も重要な作品の一つです。なぜなら、この作品にはたくさんのタブーとされているトピックが含まれるからです。例えば、私は何度も死んだり、病気になったり、年をとったりと、悲しみに近いものを表現します。そして、このアバターに起こるような、従来の身体や時空の制限にとらわれないような生き方を提案します。仏教では、このような想像力豊かな瞑想がとても重要なのです。自己イメージを利用することで瞑想の手助けをしたり、自分がバーチャルの世界にいると想像して、物質的な世界をあきらめるというようなことですね。そして、最新の作品では、進歩したテクノロジーを活用し、よりリアルな自分をモデリングして使っています。

ビジュアルについて、日本のサブカルチャーから影響を受けたような印象を受けますが、それはなぜですか?

私は幼少期から異文化の中で育ちましたが、『GANTZ』など日本の漫画やアニメにたくさん触れてきたため、日本にはとても馴染みがあります。毎日14〜16時間働いているようなハードコアな生活の中で、自分が慣れ親しんだ、やりたいと思うことにこそ着手しなければならないのです。だから、自然と視覚的に好きなものを使いたくなるんです。

今後のあなたの活動について教えてください。

今回展示した《DOKU》の次のエピソードとなるストーリーを作成中です。今年中には完成させたいと考えています。
 

「デジタル転生」の実践を通じて、物理的な制約から解放された新たな人生観の可能性を広げてくれる今作が今後どう展開していくのか。そして、彼女が仏教の精神性や日本のサブカルチャーなどに影響を受けながら、自己というメディアを用いて紡いでいくストーリーにも期待したい。

次回は、同じく恵比寿映像祭2023に出展した2人のアーティストへのインタビュー内容をお届けする。1人目は、初の試みとなる「コミッション・プロジェクト」特別賞を受賞し、「多様であることは普遍である」という考えを基に映像を用いたインスタレーションを手掛ける金仁淑(キム・インスク)さん。2人目は、ディスプレイに直接ペイントしたセンセーショナルな作品が印象的なHouxo Que(ホウコォ ・ キュウ)さんだ。2人が映像を通じて伝えたいメッセージや、テクノロジーを用いて制作する上での考え方を聞いた。

後編はこちらから。

社会とメディアの障壁を多面的に浮き彫りにする。期待の新進アーティスト、キム・インスク&Houxo Queインタビュー|恵比寿映像祭2023「テクノロジー?」レポート(後編)

 

メインビジュアル:ルー ・ ヤン《DOKU The Self》2022年 恵比寿映像祭2023「テクノロジー?」展示より 2020 年~ 撮影:新井孝明

INFOMATION

恵比寿映像祭2023「テクノロジー?」

会期:令和5年2月3日(金)~2月19日(日)《15日間》月曜休館

※コミッション・プロジェクト展示(3F展示室)のみ3月26日(日)まで

会場:東京都写真美術館、恵比寿ガーデンプレイス センター広場、地域連携各所ほか
時間:10:00~20:00(最終日は18:00まで)

※2月21日~3月26日(コミッション・プロジェクト展示)は10:00~18:00/木・金は20:00まで
※入館は閉館の30分前まで

料金:入場無料

※一部のプログラム(上映など)は有料

公式サイト:https://www.yebizo.com/jp/

 

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TEXT BY NANAMI SUDO
栃木県出身、1998年生まれ。2020年早稲田大学文化構想学部卒業後、フリーランス編集者に。主にWEBサイトやイベントのコンテンツ企画・制作・広報に携わっている。2023年よりWhatever inc.でProject Managerとしても活動中。

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