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2019.03.12

ブロックチェーン応用のレイヴパーティ、botと恋する人間たち。ベルリン・transmediale 2019レポート

TEXT BY SAKI HIBINO

ヨーロッパ屈指のアカデミック・社会派なアート&デジタルカルチャーのフェスティバル「transmediale」が、ドイツ・ベルリンで1月31日から4日にわたって開催された。第32回となるフェスティバルでは、デジタル社会・文化における感情や共感の役割に焦点が当てられ、世界中からアーティスト、研究家、理論家、アクティビストたちが集結した。

デジタル社会で「あなたを動かすもの」とは何か?

デジタル技術の進歩によって、人間の感情や経験は技術的なアルゴリズムの中に組み込まれ、政治や文化的な慣習にも影響を与えている

ソーシャルメディアが感情的な空間を作り出し、顔認証や指紋認証のシステムがよりシームレスに情報へアクセスすることを可能にする。そして、人工知能(AI)が様々なサービスの設計上の必須要件を形成し、VRやARなどの仮想現実を通して共感を呼び起こす未来はすぐそこにある――。

一方で、今後は政治問題をもデジタル技術上でコントロールされた集団心理の上で成立するようになり、個人の感情や思想はデザインされていく。それは2016年の米国大統領選において、フェイクニュースやTwitterのbotが投票行動を左右したとみられる動きからも明らかだろう。今後の人間社会とデジタルテクノロジーの設計思想は切っても切り離せない流れにあることは間違いない。

ここ最近のソーシャルメディア空間では、時に偏った感情的な議論で炎上し、ある答えが賛成と反対の二者択一になる傾向が非常に強い。それらの現象は、全世界的なナショナリズム、またはポピュリズム政治の動向に現れているのではないだろうか。

Structures of Feeling – transmediale 2019 Opening / Photo: Laura Fiorio, transmediale,

そうした状況下においてtransmediale 2019では、デジタル環境における操作的よび偏極的な影響に対してどのように抵抗できるのか、またデータ偏重主義に伴う人間の「感情や意思決定の単純化」は避けられるのかをテーマに掲げ、アーティスト、研究家、理論家、アクティビストと共に考える場を設けた。

言い換えれば、感情がどのようにテクノロジーに組み込まれていくのか、または今後のデジタルカルチャーにおいて感情や共感がどのような役割を果たすのかに焦点を当て、デジタル社会において「何があなたを動かすのか?」という大きな問いを投げかけた

Kristoffer Gansing at Structures of Feeling – transmediale 2019 Opening 
Photo: Adam Berry, transmediale
Jackie Wang 「Carceral Temporalities and the Politics of Dreaming」
Photo: Adam Berry, transmediale
Nayantara Ranganathan, Caroline Sinders, Claudio Agosti (tracking.exposed), and Ariana 「 Ex-Machina: Unboxing Social Data Algorithms」
Photo: Laura Fiorio, transmediale
ブロックチェーン応用のレイヴ・パーティ

transmediale 2019は過去32回の歴史上初めてテーマのタイトルもなく、展示も行わないライブ・プラクティスという形式をとった。世界情勢の混乱を受けて、意味や定義にこだわるのではなくいかに議論を発展させられるか、その環境の創造に焦点を当ててライブ性に富んだパフォーマンスやワークショップ、トークセッションを盛り込んだ。

Last Yearz 「Interesting Negro」 during the performance Fury1
Photo: Laura Fiorio, transmediale,
Rory Pilgrim's performance Software Garden
Photo: Adam Berry, transmediale

transmedialeオープニングの目玉の一つは、チューリッヒ、ロンドンを拠点とするインターネットと共に活動を行う現代アーティスト!Mediengruppe Bitnikと没入型アクションゲームをデザインするベルリン拠点のアーティスト集団Omsk Social ClubによるダンスパーティーCryptoRaveだ。このパーティではブロックチェーン技術を採用し、ライブ・アクション・ロールプレイング(LARP)とリアル・ゲーム・プレイ(RGP)の手法をミックスするという実験が行われた。

CryptoRaveのエントリーパスをゲットするためには、イベントの主催者から提供された特別なリンクを通してデジタル通貨をマイニングしなければならない。 マイニングがスタートして1時間、秘密のパーティー会場へのアクセスロックが解除される。それから4時間後、CryptoRave上で提示されるユーザー自身のアバター情報、さらに5時間後にはそのアバターに付随するミッションや展開されうるストーリーなど、個々にパーソナライズされたリストが表示される。すべてのアクセスロックを解除するには、合計11時間デジタル通貨をマイニングする必要がある。

毎度莫大なお金がかかるパーティーをいかに持続させるか? その解決策として、ユーザーがマイニングした仮想通貨は、CryptoRaveコミュニティの仮想通貨ウォレットに保管される。

Omsk Social Club+!Mediengruppe Bitnik 「CryptoRave」
Photo : Laura Fiorio, transmediale

実際に会場でエントリーパスを見せると、事前に提示されていた自身のアバターとそれにまつわるストーリーの書かれた本、CryptoRaveの世界を旅するためにの備品が入ったバッグが渡される。

CryptoRaveは、暗号化技術とLARP/RGPを組み合わせることで、現実がフィクションによってグリッチされる複雑なシナリオを生み出し、参加者は自身のアバター世界からオルタナティブなアイデンティティとは何かを考えることとなる。

ネットワーク化される「愛」

メインとなるKeynoteのセッションからは、2つの講演を紹介する。

Collective Moods in Precarious Times(不安定な時代の集合的ムード)」と題されたセッションは、ダラム大学で人文地理学を教えるBen Andersonと、ロンドン・ゴールドスミス大学でメディアと文化の研究、社会学、フェミニスト理論について教えるRebecca Colemanは、小説家Raymond Williamsが説いた「感情の構造」理論を深掘りした。今日の不安定な時代に出現する倦怠感や、デジタルメディア内で感情がどのように生成されるのかを解くと共に、こうした現象が現代の政治問題に対しどのように影響するのかを議論した。

Rebecca Coleman 「Collective Moods in Precarious Times」
Photo: Laura Fiorio, transmediale
Ben Anderson 「Collective Moods in Precarious Times」 
Photo: Laura Fiorio, transmediale

ネットワークに愛がどのように影響し、愛はネットワークにどう浸透するかについての議論を展開したのはShaka Mc Glotten。

社会人類学者であるShaka McGlottenは、10年以上に渡って、感情的な出会い、エロティックな欲求、スピリチュアルな体験、そしてソーシャルメディアとの関係を模索している。 今回の講演で、McGlottenはフェミニズム、クィア(マイノリティ)のスタディなどのトピックを通じて、ソーシャルメディア間での無数のスレッドから読み解く“ネットワーク化される愛”について語った。

Shaka McGlotten「Knitting and Knotting Love」
Photo: Adam Berry, transmediale
「アルゴリズム化された感情」が向かう先とは?

印象的だったのは、上記で紹介したCryptRaveの主催者兼現代アーティスト
!Mediengruppe Bitnikとバルセロナ拠点のアーティスト兼リサーチャーJoana Mollによるトークセッション「Algorithmic Intimacies(アルゴリズム化された親密さ)」

Google、Amazonといったテックジャイアントをはじめ、数多の企業がユーザーの習慣、興味、欲求の個人データを追跡し活用している昨今、いまや私たちの"出会い"や"好き"は本当に自律的に選択したものか、データ分析からレコメンドされたものに過ぎないのかはわからない

アルゴリズムはそこでどんなムードや影響を生み出すのだろうか? 彼らは今後生活に浸透するAIのパーソナルアシスタントやボット、出会い系アプリなどの例を挙げ、アルゴリズムで設計された「親密さ」の複雑さや影響、デメリット、または新たに生まれてくる感性とは何かにまつわる議論が展開された。

 

スピーカーの1人、!Mediengruppe Bitnikは、ポストインターネット時代における監視社会やインターネットの消費者主義を探求するアートユニット。彼らを有名にしたのは、不正取引や犯罪の温床であるダークネット上で、ランダムに商品を自動で注文し続けるボット「Random Darknet Shopperの開発だ。

フェイクブランド、窃盗品、パスポートのコピーや合成麻薬(エクスタシー)などがダークネットを通して、違法な手段で税関を通り抜け、展示スペースに届くまでのプロセスを公開した。その主犯格がボットとわかり、センセーショナルな議論を巻き起こしたこのプロジェクトでは、自動化されたロボットの消費性やディープウェブの中に潜む違法性が浮き彫りとなった。

女性ボットにときめくオンライン・デート

続いて!Mediengruppe Bitnikは、カナダのオンライン・デートサービス「Ashley Madison」(Tinderやpairsと同等のサービス)のデータ漏洩事件から着想したプロジェクト「Ashley Madison Angles At Work」を紹介。

当該のAshley Madisonデータ漏洩とは、2015年7〜8月にかけて、The Impact Teamと名乗るハッカー集団の攻撃を受け、顧客データやCEOのEメールなどの内部データが盗まれ、公開された事件。同サイトには約3100万人の男性会員と、約500万人の女性会員がいると表明されていたが、実際の女性ユーザーはわずか数千人(1/1000!)しかいなかったという事実が明らかになった。またAshley Madisonは、男性会員を高額チャットに引き込むために女性チャットのボット(その数75,000人)を作っていたことも発覚した。

Taina Bucher, Joana Moll, and !Mediengruppe Bitnik 「Algorithmic Intimacies 」
Photo : Laura Fiorio, transmediale
Taina Bucher, Joana Moll, and !Mediengruppe Bitnik 「Algorithmic Intimacies 」
Photo : Laura Fiorio, transmediale

!Mediengruppe Bitnikはこう語る。

「数千万の会員が世界60ヶ国以上、各言語で女性ボット(fembot)と会話していたわけだが、誰もボットと気づかなかった。なんと賢くてクールなんだと思ったよ(笑)。会話の構造自体はシンプルな単語をデータベースからランダムに引き出しているだけだが、どのタイミングで、どの言葉を使うかのデザインが非常に優秀。

ユーザーのエロティックな欲望を満たす親密で官能的な空気感をボットが演出していることを考えると、我々の感情はまさしくアルゴリズムの中に組み込まれているし、デジタライズされた環境内で機能する感情・行動パターンを既に身につけていると言えるだろう」

!Mediengruppe Bitnikはインスタレーション「Ashley Madison Angles At Work」を通して、展示が行われる各都市でローカライズされたデータを使用して、データ漏洩時にその都市で活動していた女性ボット(fembot)をオフラインの世界に"身体的に"体現させた。
展示期間中、各fembotは名前、年齢、身体、位置情報などを持ち、実際にデータベース上に存在していた会話リストからランダムに言葉を選び、その都市を拠点に現在登録している男性ユーザーと連絡を取り合う。

「エンターテイメント」を提供するためのfembotを意図的にプロデュースするこの作品を通し、人間と機械の現在の関係、インターネット上における親密さのありかたや、デジタルプラットフォームの破壊的な使用について疑問を投げかけた。

AIと音楽の可能性を探る一夜

transmedialeと並行で行われる実験音楽とパフォーマンスの祭典CTM Festival(club transmediale)。今回CTM Festivalとtransmedialeが共同制作したメインパフォーマンスは、音楽の未来におけるAIの役割の可能性を探る貴重な一夜となった

イギリスのエレクトロニックミュージシャンであり音楽プロデューサーのActressことDarren J. Cunninghamと彼が10年の月日をかけて育てあげたAIプログラム「AI Young Paint」とのワールドプレミアパフォーマンス

Darren J. Cunninghamが2008年に発表したLP『Hazyville』を制作していた頃から学習を始めたこのプログラムには、Actressが制作とレコーディングした楽曲、ライヴでのパフォーマンスが部分的に組み込まれているという。このデュオは2018年10月にWerk__Ltd経由でミニアルバムもリリースした。

The performance Actress + Young Paint (Live AI/AV) Photo: Adam Berry, transmediale

AI Young Paintは、Actressのパターン、メロディックスケール、タイミングから学びながら、Actressの作業セッションを分析し反応するだけでなく、新しいメロディックまたはリズムパターンを提案し、ソロでリードも行った。

音として面白みがあったかと言えば、新鮮味を感じることは難しかったかもしれないが、Actressが音楽とAIを通して、人間と技術の関係を功利主義から新たな対話へとシフトさせる試みに挑戦しているのは興味深い。

The performance Actress + Young Paint (Live AI/AV) Adam Berry, transmediale,
時間とコミュケーションの間にある特異な関係性

今年のtransmediale自体には展示セクションがなかったが、関連プログラムとしてベルリン市内の60を超えるギャラリー、文化施設、アーティストスタジオやクリエイティブスタジオで展示やパフォーマンス、イベントが行われた。

本章の最後に、オーストリア大使館で行われていたデジタルアートの展示「SIGNAL」を紹介したい。transmedialeが感情や共感にスポットを当てたこと、CTMフェスティバルが今年掲げたテーマ”持続性”にちなみ、「SIGNAL(合図、信号)」というタイトルのもと、時間とコミュニケーションの特異な関係を表す作品を展示した。

LAb「What Hath God Wrought」

展示会場に入ると真っ先に目に入る、無数のテレグラフ(18〜19世紀半ばにかけて欧米で使用された、視覚による固定設備を用いた長距離通信網)を使用したインスタレーション「What Hath God Wrought」だ。ブリュッセルを拠点とするアーティストデュオLAb [au]による作品である。

タイトルの「What Hath God Wrought(神のなせる業)」とは、1844年にテレグラフかから送信された最初のメッセージである。テレグラフに刻まれるメッセージは、トーマス・モアの著書「ユートピア」の中で最もよく使用された100の言葉から選ばれている。テレグラフが言葉を音と光に翻訳していく過程で、時々システムにエラーが起こり、伝達される言葉の意味が変化する様を見ることができる。無数のテレグラフの動き、サウンドを通し、ルネサンスの合理性とその進歩への疑念を考えると共に、機械を通したコミュニケーションの不確かさ・欠陥の美学を感じることもできる。

Julien Maire「Composite」

transmedialeでも機械、映像、芸術表現の歴史と可能性をユーモアたっぷりにレクチャーしたフランス人メディアアーティストのJulien Maireは、映像メディアのテクノロジーを再発明するという独特のスタイルから生まれた作品「Composite」を展示。

この作品では、ビデオカメラの撮像素子を極小のドローイングマシンがグリッチし、グラフティを描くプロセスを開発している。被写体を捉えるブラーのかかった画面には常にマシンが刻んだいびつなグリッチが映り込む。機器や技術をイレギュラーな方法で用いる映像インスタレーションによって、曖昧に映り込むあらたなイメージの捉え方、記憶のアウトソーシング化の形を提唱する。

the opening of transmediale 2019 Photo: Laura Fiorio, transmediale

70近いレクチャー、パフォーマンス、ワークショップを通し、transmediale 2019では、情報技術社会における新たな感情の構造や役割をリサーチし、テクノロジーと感情の関係性をどう構築し活用していくべきかが異文化間でハイブリッドに議論された。混乱が引き起こす、分断化の進む政治や文化的側面に対し、常に変形し続ける生き方をどう形成できるのか? 多くの問いを残した濃密な4日間となった。

 

CREDIT

Saki.hibino
TEXT BY SAKI HIBINO
ベルリン在住のエクスペリエンスデザイナー、プロジェクトマネージャー、ライター。Hasso-Plattner-Institut Design Thinking修了。デザイン・IT業界を経て、LINEにてエクペリエンスデザイナーとして勤務後、2017年に渡独。現在は、企画・ディレクション、プロジェクトマネージメント・執筆・コーディネーターなどとして、国境・領域を超え、様々なプロジェクトに携わる。愛する分野は、アート・音楽・身体表現などのカルチャー領域、デザイン、イノベーション領域。テクノロジーを掛け合わせた文化や都市形成に関心あり。プロの手相観としての顔も持つ。

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