• TOP
  • WORLD-TOPICS
  • 元南極観測船SHIRASEが宇宙船に。模擬宇宙の生活から見出す、暮らしの本質

WT

2019.02.25

元南極観測船SHIRASEが宇宙船に。模擬宇宙の生活から見出す、暮らしの本質

TEXT BY AYUMI YAGI,PHOTO BY RYOSUKE KIKUCHI

ーー南極大陸で冒険を繰り広げた船が、宇宙船になるらしい。どんなSF映画かと耳を疑うかもしれないが、2019年2月、元南極観測船SHIRASEを用いた模擬宇宙生活実験が始動する。前代未聞のプロジェクトの仕掛け人は「火星に最も近い男」として知られる極地建築家の村上祐資さんだ。南極から模擬火星実験まで、数々の極地生活を経験してきた村上さんは、何を目指しているのか。究極の「暮らし」の実験が始まる。

宇宙視点で「暮らし」の根源を問う

元南極観測船SHIRASEとは、現在は千葉県船橋市の港に停泊する全長134メートル、全幅28メートルもの巨大な観測船。1982〜2008年まで、初代しらせとして23回もの航海を乗り越えて来た世界有数の大型砕氷船だ。この観測船に着目した村上さんは、船内を超閉鎖空間の宇宙船生活に見立てた実験を始動する。

なぜ宇宙か?

2019年2月に日本でも公開された映画『ファースト・マン』は、人類初の月面を歩いた宇宙飛行士、ニール・アームストロングの伝記をベースに、人間が月に行くというNASAのミッションを描いている。かたや、イーロン・マスクも今世紀中の火星移住をミッションに掲げており、人類が地球外惑星に飛び出すことはもはや遠い夢物語ではなくなっている。

しかし、実際に火星移住実験などを経験してきた村上さんは、宇宙開拓の未来を描くよりも、実際のリアルな極地生活を通して得た、「生きる」ことの本質に問いかける。昨年、宇宙視点で「いま」を生きる力を伝えることをミッションとした、特定非営利活動法人フィールドアシスタントを立ち上げ、今度の実験はその大きな一歩となる。

今回は、元南極観測船SHIRASEを火星に向かう「宇宙船」(往路)と見立て、民間による日本初の模擬宇宙船生活施設を実施。4人のメンバーで、定められた通信時間以外は外界と完全に遮断された閉鎖空間での暮らしは、人にどんな影響を与え、また人は何を必要とするようになるのか。実際の宇宙船は移動にかかる膨大な時間を要するが、そのとき新たな生活観点が見えてくるのではないか。これは、壮大な「人間の暮らし」の観測実験となる。村上さんに真意を尋ねた。

村上祐資

極地建築家。南極やヒマラヤなど、極地とよばれる厳しい環境にある美しい暮らし方を探すために、様々な極地の生活を踏査してきた。2008年には、第50次日本南極地域観測隊に越冬隊員として参加し、昭和基地に15ヶ月間滞在。The Mars Societyが計画を発表した長期の模擬火星実験「Mars160」では副隊長に選ばれ、2017年には、地球にある二つの模擬火星環境、米ユタ州ウェイネ砂漠のMDRS基地および北極圏デヴォン島のFMARS基地で計160日間の実験生活を完遂した。続く2018年のMDRS Crew191 TEAM ASIAでは隊長を務め、2019年に元南極観測船SHIRASEを利用した、民間による日本初の模擬宇宙生活実験を行う。

人は極地でどのように暮らすのか

まず、村上さんの肩書である「極地建築家」について教えてください。

村上:極地建築家は世界中で僕一人なんですが(笑)。もともとは建築学科出身で、建築と人間の本質的な関わりをひも解きたいと思っていたんです。古代から現代、そして未来まで人間として変わらない生活とはなにか。あらゆる人間の普遍性を考えるにあたって、極地にヒントがあると思ったんですね。様々な条件が削ぎ落とされた、人間の生活のコアを極地生活から見出だせるのではないかと。

南極やヒマラヤに行ったというと探検家とよく誤解されるのですが、僕はあくまで建築家としての視点から、命を預ける・預けられること、土地に根をおろすこと、人間の暮らしを形作るものは何かを考え続けています。

今回、元南極観測船SHIRASEを使うことになった経緯は?

村上:元南極観測船SHIRASEは2008年に現役を退いてからは、維持費の関係で存続が危ぶまれたこともあったと耳にして、もったいないと思ってたんです。僕も南極に育ててもらった人間なので、この船を使うことで再び命を吹き込む方法はないかと思っていました。第0回である今回は、元南極観測船SHIRASEが本当に模擬施設として役立てられるかを検証する試験も同時に行います。

実際に南極観測員が使用していた寝室が、今回のミッションの実験場となる。窓もない閉鎖空間で、メンバーが2週間過ごす部屋。個人のプライベート空間は、カーテンを閉めたベッド内のみとなる。
宇宙の暮らしは退屈だ。

模擬宇宙生活に期待することは何なのでしょうか。

僕は2017年に、模擬火星実験「Mars160*」に隊長として参加しました。その結果というか学びとして……宇宙ってつまんねえなって思ったんですよね(笑) 。

*米国ユタ州の砂漠に建つ火星模擬居住研究実験基地で行われた、160日間の実験生活。将来の有人火星探査に必要な居住場所周辺の環境観測及び地形データ観測技術実証を行った。当時のメンバーは日本人6名、インドネシア人1名で編成。

ええ、興奮の連続かと思っていました。

村上:基本的には本当に退屈なんですよ。閉鎖的空間で、与えられたミッションをこなす以外は少人数のチームと毎日顔を合わせて過ごすことになる。それでも、僕は人の生きる力、その地に根を下ろしたときに生まれる美しい所作を学びたくて極地生活に参加して、今までの南極観測生活にはそれがあったんです。標高4〜5000mで暮らすネパールの山岳民族のところでも、毎回ハッとするものがありました。人間の暮らしは美しい、と。

当然、その最果てにある宇宙にはすごく期待していたんです。きっと南極やヒマラヤを超える感動があると思っていたのですが……これが全くなかった(笑)。

なぜかと言うと、ひとつは宇宙開発に関わる人々が、すべからく「ここではないどこか」ばかりを見ていて、リアルに目を向けていないんですね。実験隊員に選ばれるような人たちは、ある目的に向かって行動するのは得意ですし、NASAなどの計画ではどれだけミッションを遂行できるかばかりが評価される。けれど、それ以外のほとんどを占める退屈な時間や、人間関係の機微についてはあまり考慮されていないんです。

科学的な解の先に、人間の生がある

確かに、閉鎖環境での人間関係はかなり重要ですよね。

村上:命に関わる問題にすらなると思いますよ。心を病んでも逃げる場所がないですから。つまり、現在想定されている人間の宇宙生活は、科学者の脳内で描かれた住まいだと思ったんです。普遍を目指す科学は、今日も明日も昨日起きたことも、データの上では等価になってしまう。それは、人間の生きる「時間」という概念をすっ飛ばしているんです。

実際、現在はどんな宇宙生活が想定されているのでしょうか。

村上:今回の模擬火星実験も同様ですが、基本的に宇宙生活は人工物の中での暮らしです。その環境は、科学的検証に基づいて、空気や温度の調整、水や食料の補給など生存に関する事項が優先されます。しかし、その絶対条件がクリアできたとしても、その先に「人が実際に暮らして、育んでいく」ということが一切語られないんですね。現在考えられている宇宙の暮らしには、その生活の営みにおける面白みが一切ないんです。

人間が生きるということは、広義で二つあると思っています。ひとつは、「心臓の鼓動が動いていること」、そして二つめは「人間らしく生きている」ことで、これらは全く別物。近代建築の世界では「住宅は住むための機械だ」と言われますが、まさに宇宙における「機械の家」は、人間の鼓動を動かし続けることしか考えられていないんです。

では、着目すべき視点はどこにあるのでしょうか?

村上:僕が極地建築家と名乗ることに関わるのですが、建築とは「無限の時間/有限の空間」を考える学問です。一方、冒険は時間が有限ですが、旅する空間は無限と考えられますよね。例えば50日分の食料を持って行けば、その間の彼らの移動空間は自由です。限られた時間の中で、自分の体力と能力で、想像を超えるところまで旅をする。それに対して、建築は有限の空間内で、どれだけの時間を生きていくのかを考えます。

つまり、宇宙生活を「冒険」と捉えているうちは良いですが、「暮らし」になるとき無限の時間といかに付き合うかが重要になってきます。その人が時間を過ごす環境を考えるのが建築です。それに、宇宙的な機械の家が進んでいくと人間は土地と無関係にどこでも住めるという理論になりますが、僕は火星に住めるかどうかより、本来人が住めないところでどれだけ人が土地にしがみつくのかに興味があるんです。

SHIRASEは、未来社会の実験場である

今回の模擬実験では、どんなフィードバックを期待していますか?

村上:4人のメンバーはそれぞれ24時間体制でタイムスケジュールを組んでいます。その中で地球との通信を想定した外界通信の時間があったり、4人同時に集う時間が定期的に入るように設計しています。そうした生活がメンバーにどう影響を与えるかを検証していきます。僕らのミッションはふたつあって、ひとつはデータや論文で今回の実験結果を理論化して伝えること。またその表現手段は必ずしもアカデミックに限らず、他の人たちに使える形にする。もうひとつが、その理論の元でまた再びトライアンドエラーを繰り返していくことです。

そうした生活実験は、どんな場面で生かされるのでしょうか?

村上:ひとつは医療です。今回のプロジェクトで遠隔の医師サポートが入るのですが、その医療チームも「未病」という研究テーマを持っています。例えば、鬱が発症する前の段階でいかに早期発見ができるか。今までの医療現場では、発症を自覚した患者が診察に来てからの対処療法でしたが、今回のような少人数のミッションでは誰かひとりがもし精神的に病んでしまうとプロジェクトに大きな影響が出ます。しかし、長い共同生活を見ている中で、最新の技術をもってすれば何か新たな発見があるかもしれません。元南極観測船SHIRASEは、医療研究の場でもあるのです。

地球からの指令が送られる操舵室。宇宙船エリアとは外界とは6分のタイムラグがある。

様々な未来社会実験の濃縮版がここで繰り広げられるんですね。

村上:ただ、人を対象としている分、倫理観はきちんと設定すべきだと思っています。実験と考えて進めると、いつのまにかクルーがモルモットになってしまうんです。このデータが欲しい、正確に欲しいと、こんな純粋な形でできる実験はそうないので、ついデータを取りたくなっちゃうんです。

その意味で実行部隊である僕らの役割は、観察して分析するだけでなく、助けるべき人たちがここにいるという意識を医療チームにも持ってもらうこと。そのバランスをうまくとることで、本当に役に立つものが生まれていく。その過程が世の中に還元できることじゃないかと思っています。

人間同士の間に漂う「見えないもの」を見つける

今回、生活を共にするチーム4人についても教えてください。

村上:まずプロジェクトには、隊長、副隊長、HSO(Health and Safety officer)=健康と安全を守るポジションに、地球で定めたミッションを遂行するミッションスペシャリスト、エンジニア、ジャーナリストという6つの役割を要します。今回はそれらを4人で分担し、僕が副隊長とHSOをを兼務します。隊長は前回僕と一緒にユタ州のミッションに入った仲間であるインドネシア人のアーティスト。彼はエンジニアリングにも長けているので、隊長とエンジニアを兼務します。後のふたりは20代の男性と女性が一人ずつで、女性がジャーナリスト、男性がミッションスペシャリストを担います。

宇宙船の船外活動を模したミッションなども行われる。

模擬生活では、どんなミッションがあるのでしょうか?

村上:ぼーっとしている時間をウォッチをするのも大事なので、基本的にはあんまり忙しくしちゃダメなんです。元南極観測船SHIRASEは火星に行く船を想定しているので、たどり着いてからのミッションに向けたチームビルディングが大きなミッションですね。宇宙船での生活って忙しいと思いがちですけど、あの空間で何もないことが一番しんどいんですよ(笑)。

ミッションが一番具体的なのは女性のジャーナリストです。カメラは4名全員に渡しますが、個別に撮られた記録を最終的には彼女が管理します。彼女が代表してチームの顔になるということですね。

退屈な時間はどう過ごされるものなのでしょうか。

村上:長期の極地生活に出向く際、どんな本を持っていくか熟考するのですが、結局あまり読まなかったりするんですよね。その代わり、共有テーブル上に単純なゲームを置いておくうと、意外とずっと遊んでもらえたりする。ゆるやかに変化し続けるものが良いのかもしれません。そんなふうに、人間同士の間に漂う「見えないもの」を見つけていきたいと思います。

現在、元南極観測船SHIRASEの船倉部分にEVA(船外活動)を行う環境を整える費用のために、クラウドファンディングサイト「A-port」にて支援者を募っている。2019年2月末から、火星へと向かう元南極観測船SHIRASE。新しい試みによる2週間は、どんな「見えないもの」を持ち帰って来てくれるのだろうか。

 

CREDIT

Aymyg 3
TEXT BY AYUMI YAGI
三重生まれ、東京在住。紙媒体の編集職として出版社で経験を積んだ後、Web制作会社へ転職。Web制作ディレクションだけではなく、写真撮影やWeb媒体編集の経験を積みフリーランスとして独立。現在は大手企業のブランドサイトやコーポレートサイトの制作ディレクターや、様々な媒体での執筆や編集、カメラマンなど職種を問わず活動中。車の運転、アウトドア、登山、旅行、お酒が好きで、すぐに遠くに行きたがる。
20190207 4j7a9269 prof
PHOTO BY RYOSUKE KIKUCHI
明治大学政治経済学部卒業後、フリーのアシスタントや肉体労働をしながら、写真を撮りため26回写真ひとつぼ展入選。その後、雑誌スタジオボイス編集部との縁から、INFASパブリケーションズの社内契約カメラマンを務めた後、欧米や南米への放浪休暇を経てフリーランスフォトグラファー。 写真の存在そのもの自体を好きになりすぎた為、気がついた時には色々なモノコトを、色々な範囲で節操なく撮らせてもらいながらの写真業も12年目。居住地である鎌倉の表現者のコレクティブ「全然禅 Whole Natural Meditation」の会員。 http://d.hatena.ne.jp/rufuto2007/

page top

ABOUT

「Bound Baw」は大阪芸術大学アートサイエンス学科がプロデュースする新しいWebマガジンです。
世界中のアートサイエンスの情報をアーカイブしながら、異分野間の知見とビジョンを共有することをテーマに2016年7月に運営を開始しました。ここから、未来を拡張していくための様々な問いや可能性を発掘していきます。
Bound Baw 編集部

VISION

「アートサイエンス」という学びの場。
それは、この多様で複雑な時代に「未来」をかたちづくる、新たな思考の箱船です。
そして、未知の航海に乗り出す次世代クリエイターのためのスコープとして、アートやデザインなどの表現・文化の視点と、サイエンスやテクノロジーの視点を融合するメディア「バウンド・バウ」が誕生。境界を軽やかに飛び越えた、冒険的でクリエイティブな旅へと誘います。

VISUAL
CONCEPT

サイトトップのビジュアルは大阪芸術大学の過去の卒業制作の画像データを、機械学習技術によって作品の特徴を捉えた抽象化されたデータに変換し、その類似性をもとづいて3D空間上に分布させることで構成されています。これは、これまで学科という枠組みの中からその表現方法が考えられてきた従来の芸術教育に対して、既存の枠組みを取り払い、より多角的で新たな視点(=アートサイエンスの視点)をもって、大阪芸術大学を再構築する試みのひとつです。

STAFF

Editor in Chief
塚田有那
Researcher / Contributor
森旭彦
原島大輔
市原えつこ
yang02
服部聡
Editorial Manager
八木あゆみ
制作サポート
communication design center
Rhizomatiks
STEKWIRED
armsnox
MountPosition Inc.
close

bound baw