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2021.10.11

都市を再野生化するバイオフィリック・デザイン。環境科学の研究者ヤーナ・ソダールンド「Give Space - Research in Biophilia」vol.5

TEXT BY NAHO IGUCHI

バイオフィリックデザイン研究における第一人者ヤーナ・ソダールンド。研究者であり実践者という、二足の草鞋を履く彼女は、環境科学のバックグラウンドを持ち、特に持続可能性や環境倫理についての研究をし続けてきた。また実際に地域コミュニティや地方行政に入り、バイオフィリック・デザインを人々の暮らしに導入することに力を入れてきたヤーナ。〈Give Space〉のリサーチと実践を続ける井口奈保がインタビューを敢行した。

お互いがZoomにつながると、朗らかな表情でインタビューの雰囲気をつくってくれたヤーナ・ソダールンド。まず最初に、Zoomのバーチャル背景をインタビューに合うものにと、いくつかの選択肢から私に選ばせてくれた。彼女の縁の地、スウェーデンとオーストラリアの写真で、ちょっと旅をした気分になった。

ヤーナは研究者と実践者、二足の草鞋を履いている。バイオフィリック・デザインで博士号を有する、世界でまだ稀な一人と言っていいだろう。環境科学のバックグラウンドを持ち、特に持続可能性や環境倫理についての研究をした。それから、実際に地域コミュニティや地方行政に入り、バイオフィリック・デザインを人々の暮らしに導入することに力を入れてきた。 

ヤーナは、バイオフィリック・シティーズという組織のオーストラリア代表を務めるとともに、グローバルの委員会メンバーをしている。バイオフィリック・シティーズとは、バイオフィリック・デザイン界で五本の指に入るであろう、バージニア大学建築学部・都市環境計画学科にて、持続的なコミュニティを専門とする教授、ティモシー・ビートリーが創設したネットワークだ。世界の都市が、「私たちはバイオフィリックな街である」と宣言し、自分たちの街を自然と融合するためのさまざまな施策を行政主導で採りながら、市民主導のプレースメーキングも活発化するようなインフラストラクチャーを配していく。そんな、バイオフィリアを軸にした都市計画を進めたい自治体を支援しており、加盟都市数を年々増やしている目下成長中の組織だ。

バイオフィリック・シティーズのネットワークには、行政だけでなく民間企業や個人も加わることができる。個人に一体何ができるのかと思うかもしれない。だが、とてもシンプルで、小さな行動から始めることができる。自分が住んでいる地域にバイオフィリック・シティーズの概念を広め、少しでも住んでいる地域で、人間が直接自然と触れ合え、その結果、ウェルビーングが向上するように働きかけること。自然が都市の中に増えることによって、人間以外の生き物の生息地が豊かになること。自分の住む場所でバイオフィリアが感じられるようになるにはどうすればいいか、考えるようになるだけでも大きな変化の始まりとなる。

ヤーナの視点は、街の中で私たち一人ひとりが、どうバイオフィリック・デザインを行動に移せるか、そして、地方自治体がバイオフィリック・シティとなるヒントを提示してくれている。

 

ヤーナ・ソダールンド

環境教育の先駆者。環境科学、人口、世界の資源などの分野でキャリアを積んだ後、持続可能性と気候変動、変革と回復力に満ちた思考、都市デザインなどの研究を進めている。バイオフィリック・アーバンデザインの博士号を取得してからは、バイオフィリック・デザイナー、プレゼンター、教育者、学術論文の著者として活躍。主な著書に『The Emergence of Biophilic Design』があり、バイオフィリックデザインの歴史や、先駆者たちのバイオフィリックな取り組みや洞察を詳しく紹介している。 

自然とのつながりのなかで生きる

これからの都市と自然のあり方はどうあってほしいと思いますか?

ヤーナ:バイオフィリック・デザインに携わるようになった頃、バビロンの空中庭園のイメージが常にありました。バイオフィリックデザインでは、自然を建造環境(built environment) に統合するという風に表現されますが、建造環境を自然に融合すると、言葉をひっくり返すべきだと思います。 「どうすれば自然を増すことができるのか」という問題解決案を作ろうとするよりも、まず、私たち人間の考え方の転換が必要です。私たちはそもそも自然であり、自然の中に建物を追加しているだけなんですよね。

バビロンの空中庭園 紀元前5〜6世紀頃、古代ギリシアに存在し、古代土木技術の偉業とされる庭園。何層にも連なる庭園に、さまざまな種類の樹木、つる植物が植えられた。

私たちは自然の一部なのだから、自然と共存すべき存在です。都市の規模はどんどん大きくなる一方だから、人間だけでなくあらゆる生き物のための十分なスペースを確保してあげないといけません。コロナウィルスでロックダウン中に、人間の生息地に現れるようになった数々の動物たちがいるでしょう。あのニュースは素晴らしかったわよね。多くの人たちが喜んだ。他にも、バルセロナのオペラハウスの客席を植物で埋めて、植物のための音楽会を開催していましたよね。こういうアプローチ、私は大好きです。都市には本当に多くの有効活用されていないスペースがあって、私はこれを間質腔(インタースティシャル・スペース)と呼んでいます。自然も人間による建造環境もない空間のはざま。そこにチャンスがあります。

2020年6月22日、ロックダウン解除後のスペイン・バルセロナにて、リセウ大劇場の再開記念公演が開催された。客席を埋め尽くした植物の前で、弦楽四重奏団が演奏。客席の植物はすべて市内の病院で働く医療従事者に寄付された。

これまでの人間の都市設計のやり方は、基本的に経済学を基盤にしていて、健康という視点が含まれていません。日の光を浴びること、風を肌で受けること、遠くの景色から近くのものへ視点を移動できる空間のグラデーションといった要素をしっかりと計算して都市がつくられていない。身体が持つ生き物としてのニーズがまったく考慮されてない建物の中で、私たちはほとんどの時間を過ごします。

これは動物の扱い方にも反映されていました。動物園と言えば、以前はコンクリートの檻に囲まれていましたよね。その中で飼われている動物が生き物らしく繁栄し、健康を保つのは難しかった。でも、少しずつ改善されてきて、動物本来の生息地を模倣した作りになってきたおかげで、もっと健康に活きいきとしています。それなのに、自分たちの生息地である都市計画となると、まだまだその考え方に至っていません。私たちの生息地の作り方を刷新する時です。私たちは生物なんですから、自然とのつながりの中で生きるべきだと思います。それがバイオフィリアの前提です。


ヤーナの祖母の家

自然は私が一番幸せになれる場所です。私の祖母が以前、土地の一部に手を加えなければいけなくなりました。そこには大きなユーカリの木が何本もあって、切り倒したくなかったんです。建築家や開発の人たちとやりとりして、そのまま残すことにし、代わりに家を木に融合する形で立てました。家が木と混ざりあったとでも言うか。何十年も前のことです。だから、私の血に流れているんですよ。

でも、皆が同じように感じるわけではありません。パースは海岸沿いにスプロール現象が起きており、開発は酷いものです。黒い屋根の家がひしめく地域はヒートアイランド現象を起こします。昔はちゃんと庭付きの家がありましたが、いまでは、庭のない巨大な家が多く立ち並びます。自然が豊かなエリアほど地価が上がる傾向にあり、ジェントリフィケーションが生まれてしまいます。人は自然と共にありたいのに、不公平が生じる。本当に興味深いことですよね。ジレンマです。

だから、リーズナブルな価格で誰にでもアクセスできる都市の緑地の重要度がこれまでになく上がっています。政治や経済に関わる意思決定者の多くは、緑豊かな裕福な郊外の出身です。だから、より良い教育を受ける金銭的余裕があり、結果、意思決定力を持つ地位に就く。そして、緑豊かな郊外で育っているから、都市で自然環境に接する機会をなかなか得られない地域に住む人々のことへ考えがなかなか及ばないのです。
 

あなたが手掛けたバイオフィリックデザインプロジェクトにおいて、他のいのちが息づくのを感じた瞬間はなんでしょうか?

ヤーナ:私のバックグラウンドは環境科学と持続可能性で、環境倫理も教えました。 人間中心主義的なテクノロジーと医学の進化は大きなトピックです。 社会の多くの物事はいまだ支配的で、征服せんとする西部開拓者的倫理を基準にしています。 私がディープエコロジーを探求したのは、 人間中心主義から脱却する術を得るためでした。 ただ、バイオフィリック・デザインには、人間中心主義的な側面が実はけっこうあります。バイオフィリックデザインを使って、人間にとって社会的、環境的に利益があるものにおおかたの焦点を当てることだってできるんです。正直、ここは好きではないところです。

そんなこともあって、私にとっていのちが息づくのを感じたプロジェクトは、都会につくられた、いわゆるバイオフィリック・デザインに則った建築ではないんですよ。いまだに衝撃的だった体験はアフリカのものです。まるで我が家にいるような気分になった場所でした。なんだかわからないけれど、人にしろ土地にしろ、魂にグッと響くものがあって、その国の文化や自然と深くつながれるんです。ザイール共和国(現コンゴ民主共和国)に住むピグミーで、ザイールの最も古い先住民族であるムブティ族と一緒に過ごした時期があります。かつて「コンゴジャングル」と呼ばれた、動脈のように走る川を中心にした巨大な熱帯雨林。

Chasseur pygmé bambuti, près d'Epulu, 2005
Photo: Radio Okapi

ムブティ族は、熱帯雨林で狩猟採集をして暮らし、食糧がなくなると次の場所へ移動します。彼らと同じように、私は自分で家をつくらないといけませんでした。枝を地面に挿し、弓状にしならせてドーム状の骨組みを作って蔓で結び、大きな葉を集めたら、それを屋根と壁にします。ムブティの人たちは環境に適応していて、まさに自然と一体でした。すべてのものは動物と森から分け与えられている。彼らが生き抜くために持っているスキルは、驚くほど研ぎ澄まされていました。美しい経験でした。あれもひとつの建造環境です。

葉っぱでできた小さな住処で眠ると、土地の一部になったように感じました。繋がっている、という圧倒的な確かさが体を覆い尽くす。どこにいても、どこへ赴いても、あらゆる感覚が強烈に呼び覚まされます。森の香りが鼻腔をくすぐり、森の音色が鼓膜を震えさせ、植物のフラクタルパターンが視覚を魅了し、バイオフィリックデザインの要素に囲まれていました。

コロナウィルスによる各国のロックダウン措置で、人々は緑や水がある場所へ向かいました。自然の中にいると「つながれる」と直感的に知っているんです、私たちは。美的な関心だけでなく、心の奥深くが求めるものです。

『The Emergence of Biophilic Design』Jana Soderlund

私の著書、『The Emergence of Biophilic Design (バイオフィリックデザインの黎明)』の中で、この分野の先駆者にインタビューをし、自然の中に身を置いたときに生まれる感覚を一言で表現してもらいました。もっとも多かった回答は「平和」です。それから「つながっている」こと。瞑想をしたことがある人はわかるかと思うのですが、自然に囲まれれた場所での瞑想が一番深まるように思います。身体内を廻っているエネルギーが拡張する様子を感じられるんです。私たちは振動する粒子であると言いますが、それを実感できるような気がします。

若者のメンタルヘルスにも影響が広がるバイオフィリックデザイン

バイオフィリックデザインだったからこそ起きた体験はありますか?

ヤーナ:パース郊外のとある学校で行ったプロジェクトですね。その地域は、貧しいファーストネーションの人々を筆頭に、社会経済的にそこまで恵まれていない人たちが住んでおり、犯罪率が高く、メンタルヘルスの問題が多いところです。学校の支援グループに所属していたある親御さんは、バイオフィリック・デザインのことをどこかで聞き知って、学校で実施したいと私に相談の連絡をくれました。

そこで学校に訪問して、バイオフィリック・デザインについてお話しました。学校の人たちは皆、心から気に入ったようでした。それで、先生方が私のプレゼンテーションをクラスで見せたんです。スペシャル・ニーズのある一人の生徒さんは、学校でも家庭でもなじむのに苦労していました。そんな彼が、バイオフィリック・デザインのことを先生から聞いた時、彼の中で何かがピンときたようでした。すぐにエッセンスを理解し、早速行動に移しました。学校の図書館の裏に舗装されただけの空き地があって、彼は「あそこだ!」と閃いたのでしょう。どんなことをしたいか、パワーポイントと絵で計画を発表し、バイオフィリック・デザインを使って空いたスペースを変容させました。

それはもう秀逸でした!少年の中に芽生えた誇りと喜びと言ったら、それは大きなものでした。こんな風に誰かの人生の助けとなり、インパクトを与えた話を聞くのが、バイオフィリック・デザインを伝える者として、もっとも嬉しい瞬間です。

パースでティーンエイジと行ったバイオフィリックプロジェクト

私は次世代の若者たちのことが気がかりです。気候変動、空気汚染、マイクロプラスチック、そしてコロナウィルスによるパンデミック。子供時代、ティーンエイジ時代という多感な時期に、巨大な社会課題を目の当たりしながら育っています。メンタルヘルスに苦しむ人が若年化して危機的な状況です。バイオフィリック・デザインは、彼らに安息の地をもたらしてくれると信じています。

そう、自然は私たちに希望を与えてくれる存在です。バンクーバーに素晴らしいランドスケープ建築家がいます。彼女がある時、入院することになったんですが、病室の窓から見えたものは、ブルーメタルで覆われた屋上だけだったことに驚愕しました。彼女はそこに屋上ガーデンを設計したいと思いました。そして退院後、実行したんです。完成した屋上で生き生きと育つ植物に手で触れ、匂いを嗅ぎ、シンプルに「ああ、気持ちいい」と思うことが、入院患者のストレスを軽減してくれました。草花が大きくなっていく様子を間近に見て、命は続いていくんだと希望を感じられようになる。屋上で育つローズマリーを少し摘んで、病室に持って帰るとぐっすり眠れると言っていた患者さんもいたそうです。

都市を再野生化していく

他種に生存区域を返していく「Give Space」をどのようなかたちで実践したいと思っていますか?

パースは生物多様性のホットスポットとして恵まれています。市民はその重要性に気づき始めています。とは言っても、すべての人がそうではないですし、生物多様性と声高に言っていたとしても、人間中心的な観点から押し進める人もいます。私は「 Rewilding Cities(都市を再野生化していく)」というコンセプトが好きです。例えば、ビルの屋上は生き物たちの生息地としてrewildするのにもってこいなのに、活用されない機会損失の空間です。

まず、そういった場所で雑草や先駆種が生えるにまかせ、土壌と植生を豊かにします。 それが受粉媒介者や鳥たちの住処となります。屋上の表面は、地表の延長であると捉えられるんです。例えば、ロンドンのある鳥の種は瓦礫に巣を作ります。だから、ロンドンの屋上ガーデンには、その鳥が産卵し、雛を育てられるように意図的に瓦礫が置いてあったりするんですよ。蜂の巣も同じですね。屋上ガーデンを設置するときには、地上と屋上の繋がりを意識し、デザインしなければいけません。

街路樹もとても大事です。ただ植えればいいというわけではありません。私たちが見慣れている街路樹の形態、一本一本バラバラに独立して植えたり、道沿い一列に一本ずつ植えたのでは、木々がアスファルトからの反射熱にさらされてしまいますし、木があるだけでは十分な生き物の生息地はできず、木が持つ本来の力を最大限発揮してエコロジーに貢献していないんです。

ランドスケープデザインに、雨の庭(レインガーデン)という手法があります。舗装された不浸透表面ばかりの都市では、豪雨の際の雨水流出が問題ですよね。しかも下水管に流れていってしまう場合があります。下水管を作る代わりに、植物や花がもともと持つ、水を吸収する機能を発揮することで、下水システムや不浸透地表のさまざま問題を解決します。雨水は分散して流れ、濾過され、ゆっくりと流れます。こうやって生息地が作られるんです。

こういった自然空間を都市に作る場合、闇雲に点在させてはダメなんです。各行政区域ごとに施策を打っても生態系は作れません。こういった緑のスペースが繋がり合い、街の中にいくつもの緑の廊下ができ、動植物が移動できるように行政の垣根を越え、協力してデザインする必要があります。

真の公平性とは何か?

バイオフィリックシティーズ・オーストラリアの活動について教えてください。

バイオフィリック・シティーズとは、都市の少しでも多くの土地を自然に融合し、人間と自然がもっともっと触れ合えるようにするための提言活動(アドボカシー)であり、世界中に広まり始めたムーブメントです。オーストラリアで始めた頃は、まだまだ知られていませんでしたが、徐々に関心を持ってもらえるようになってきました。最近、法人化し、助成金を受けられるようになったこともあり、各都市の市議会にアプローチをし、バイオフィリック・シティーズ・オーストラリアに参加しないかと働きかけています。

都市緑化の具体的ターゲットを設定したり、地域の人たちにバイオフィリック・デザインについて知ってもらうためのプロジェクトを起こしたり、トレーニングコースを提供したりと、さまざまな支援を政府や自治体にするんです。

この団体の特徴は、コミュニティの声を拾い上げ、反映させることです。私は、特にファーストネーション(先住民)の人々の存在を輝かせたい。リジェネラティブ・ジャスティス(再生的公平)という概念*がありますよね。ある南アフリカの学者さんが共有してくれた話に、泉に住む先住民のお姫様の伝説がありました。開発のための道路が縦横に建設され、先住民コミュニティは分断されてしまい、泉へも直接訪れることができなくなってしまいました。でも、力を合わせて彼らの土地をもう一度回復、再生し、再び獲得して泉のほとりに帰ることができた物語です。とっても心に響きました。私がここオーストラリアでしたいことを、まさに描いているんです。バイオフィリック・シティーズ・オーストラリアの活動を通して、ファーストネーションコミュニティが、彼らの土地をもう一度手に入れ、回復し、社会参画する機会を創出していきたいです。

他にも葛藤があります。うちの近所に湿地帯があって、そこに生えている木は侵略種の雑草に上から下まで覆われ、目を見張るほど美しい緑のアーチを作っているんです。近所の人から「秘密の園」と呼ばれ親しまれいていて、お散歩したり、お気に入りの写真スポットになっています。ところが、市は侵略種だからと、その雑草を取り除くことにしたんです。30年近くも放っておいたにもかかわらず。でも、そこは美しい場所なんです。どこにでも起こる、とても示唆深いジレンマですよね。侵略種だけれど美しく、今はその場に適応しているのだから、そのままにするのか、それとも排除して元に戻すようにするのでしょうか?

*再生的公平(regenerative justice) ... 回復的公平(restorative justice)と発生的公平(generative justice)を組み合わせた概念。「回復的公平」は、犯罪が行われた時、犯罪者が自身の意思で考え、どうやって犯した罪の影響を和らげ、状況を回復できるか、マルチのステークホルダーで集まって対話で解決していくこと。被害者に対してもまた、彼ら自身がこのプロセスの中で積極的な役割を果たせ、無力感や恐れを軽減させていく。一方、「発生的公平」は、権威機関によって判断される正義ではなく、ボトムアップに人々が生成する正義。IT領域におけるP2P開発や、クイアーによるバイオハッキングなどは一例。 
脱人間中心の視点で考えるアーバンデザイン

祖母の代から受け継がれていると感じる、ヤーナの中のバイオフィリア。それを博士号という最高学府の結晶作品に練り上げ、さらに実践者として、故郷・パースで育つ子供たちと、土地を何千年も守ってきたファーストネーションの人々のために、バイオフィリックシティを増やす活動をしている姿を垣間見させてもらった。痛みも喜びも含めて、彼女の血潮が通った天職なのだろう。

バイオフィリック・デザインは、最近、メディアで取り沙汰されるようになっており大変喜ばしい。だが、その取り上げられ方は、彼女の言う通り、人間中心主義的な環境問題「解決策」の視点からだったり、エコシステムの機能を無視した短期的満足のための緑化だったりすることが絶えない。ヤーナの共有してくれた物語は、バイオフィリック・デザインの多面性と複雑性を見せてくれている。バイオフィリック・デザインは、最新の建築雑誌に掲載される、巨大でかっこいい建築プロジェクトのためだけにあるのではなく、私たちの日々の心の葛藤や、人との関係性、ふとした時に自然から癒される体験など、誰もが関われるものだ。学校や地域などの身近な社会組織と、私たちはどう関わっているだろう? 自然という要素は意識していないだけで、私たちの感じ方、判断基準にとてつもない影響を与えているのだ。

最後に、彼女のバイオフィリック・デザインに対する客観的評価に注目しておきたい。バイオフィリック・デザインには、人間中心主義的な要素が含まれているという部分だ。これには強く同意する。Give Spaceというアーバンデザインの方法論の着想を得た当時、私はまだバイオリフィック・デザインというものが存在することを知らなかった。Give Spaceを通して思い描いていることを、さまざまな人に話していたところ、バイオフィリック・デザインという領域について教えてくれた人がいたのだ。そこで調べてみて、Give Space思想と共通する部分が驚くほど多いことに興奮したのを覚えている。しかし、ヤーナ同様、人間主権から脱していないなとも感じたのだった。

だからこそ、Give Spaceの唱える世界観は大事だと確信した。それは、人類がサステナブルに生き延びるためにだとか、人間についてどうのこうのではなく、ただシンプルに、同じ地球上で、同じ時代に存在している、自分以外の生き物に優しくしようとする気持ち、コンパッション(慈愛)から始まるということだ。利他と利己は、実は切り離せるものではない。究極的には、人間の利になるようになど考える必要はなく、他の生き物たちに生息地を返していくと、それが直接、人間の利になると信じている。とは言うものの、Give Spaceアーバンデザイン方法論は、まったく違う価値観、思考、感情、文化、専門領域の人たちと進めていくプロセスを取るため、実践をする際には、一緒に活動する人たちの見ている複数のリアリティに適応・適合させていく。私の究極的な世界観を押し付けて、自らをイデオロギー化することを避けなければならない。定的な「正解」があるのではなく、永久に変化し続けるバイオスフィアで生存するために、他の生き物の進化と共に変容し続ける方法論。それが、Give Spaceだ。

 

CREDIT

Naho iguchi
TEXT BY NAHO IGUCHI
2013年にベルリン移住。自らの生活すべてをプロトタイプとし、生き方そのものをアート作品にする社会彫刻家。人間社会に根ざす問いに、向き合って答えを見つけるのではなく、問いの向こう側に目を向ける。アート活動の傍ら、ベルリンの遊び心に満ちた文化を日本やアジア諸国と掛け合わせ化学反応を生むべく、多岐に渡る企画のキュレーションを行う。最新プロジェクトは http://nionhaus.com

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