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2021.05.24
世界のいまに行動を。Takramと日立製作所による「トランジション(移行)」のリサーチプロジェクト
TEXT BY AKIHICO MORI
サステナビリティが大切だというのはわかる。地球がこのままでは駄目だってことも。でも、“いま”を生きるぼくたちは、何を指針として、“いま”ここで行動すべきなのか? そのための思考のツール集が、デザインファームTakramと、株式会社日立製作所(以下、日立)がつくりあげたウェブサイト「Transitions to sustainable futures サステナブルな未来へのトランジション」だ。ここでは、サイトのローンチを記念して行われた公開オンライントークを記事化する。
登壇者は気候活動家・モデルの小野りりあん、日立所属の文化人類学者である佐々木剛二、そしてホストのTakram Londonディレクター牛込陽介、モデレーターはBound Baw編集長の塚田有那が務めた。トークの内容からは、地球の未来のため、そして自分のための、新しい行動指針が見えてきた。
世界の“いま”と人々の行動をつなぐ「トランジション(移行)」
塚田:今回のプロジェクトではTakramと日立が協業してリサーチを行い、その結果をウェブサイトで公開するということがアウトプットだったわけですが、そもそもどのようにして「トランジション」という切り口を見出していったのでしょうか?
牛込:出発はサステナブルな未来への道筋を具体的に考えてみたいということでした。。サステナビリティはこれからの未来を考える上でもちろん重要なキーワードであり、最近はさまざまな場所で聞かれるようになった。サステナブルな方向へ世界がへ進むことが重要だというのは理解もできるけれど、実際にそれがどんな未来なのか、どうすればそこに進めるのかが見えてこないことも多い。それゆえに、人々もどのようなところから始めればいいかがが分からないのではないか、ということがプロジェクト・チームの問題意識としてありました。
そこで、「トランジション」という切り口を設定しました。トランジションとは、現在の状態から、別の状態への移行です。ここでは社会の転換のようなことを考えています。今は「人新世」などとも表現されていますが、人類の経済活動が、人類を内包する環境に大きな負荷をかけている。ではどうしたら私たちは「次の」状態へ移行できるのか。そこでトランジションというキーワードを設定することで、人々に実際的な関わり方を提案したいと考えました。
佐々木:たしかに、サステナビリティは経済誌やファッション誌でも盛んに取り上げられるようになりました。では、旧来のサステナブルではない社会の構造から、どうすれば次のサステナブルな構造へと転換できるのか。その変化のあり方をトランジションという考え方で明確にしたいと考えました。そこでは、変化は「不可能」ではなく、「可能」なものとして、ほかの誰かに受動的に「与えられる」ものではなく、自らの立場で能動的に「つくっていく」ものとして捉えることができるのです。
こうした捉え方が重要であるのは、私たちが2つの危機のもとにおかれているからです。一つは気候危機です。SDGsでも気候危機への対策が位置づけられていますが、もし気候危機を回避することができなければ、他の目標も達成していくことができないほどの大きな状況として迫っています。私たちはもう“ビジネス・アズ・ユージュアル(これまで通りの経済や生活のあり方)”を続けることができない。
もうひとつはコロナ危機です。なかなか終わりの見えない状況が続き、その中で多くの社会問題が噴出している。特に多くの若い人たちがそのなかで学びを続けることを強いられています。このような困難な状況だからこそ、ともに築いていくべきサステナブルな世界が何であるかを描き、青年世代と共有したいと考えました。そのために、いま、まさに次の世界へのトランジションをつくろうとしている人々のアスピレーション(望むべき世界についての強い意志)から学びながら、自らが起こすべき変化への発想を探したいと思い、リサーチを進めました。
牛込:そうですね。このプロジェクトでは、サステナビリティに関連した様々な活動を見てきました。
公開したウェブサイト「Transitions to sustainable futures サステナブルな未来へのトランジション」には、9つのトランジションの物語が示されています。たとえば、代表的なものは化石燃料から再生可能エネルギーへのトランジション(Fossil→Renewable)。
ここでは、IEA(国際エネルギー機関)についてリサーチしています。エネルギーは私たちの生活の基盤です。IEAは、ネットゼロを達成するためにCO2排出量をどれだけ減らしていかなければならないかを明確に示しています。現在発表されている各国の方針だけでは、遠く及ばないことがわかっています。では、どうするか。自分がどんなアクションをとれるか、そのきっかけとなる洞察や考え方を、グラフなどを用いて提示しています。
まとめとして、「短期的な視野に陥ること」、「利益を追い求めるあまり消費の結果を忘れてしまうこと」、「成長に終わりがないと考えること」や、「速いことは常によいことだと思うこと」などが、トランジションをする上で考えなければならない共通項だということが見えてきました。
もちろん、ここに書かれた一連のトランジションにすべての起こるべき変化が示されているということではありません。エネルギーのトランジションといっても道筋はひとつではない。重要なことは、ここから自分たちがどういうトランジションを描くことができるか。それを自らの立場で考えるきっかけになるといいなと思ってつくっています。
佐々木:そうですね。ウェブサイトでは、それぞれのトランジションについて、現在の世界から、これからつくっていくべき世界を結んだ道筋=パスウェイの図を示しています。私たちが住む社会では、さまざまな要素が互いに支え合って存在しています。特に、これまでの社会のあり方は多くの人にとって習慣化しているし、コストも低いし、短期的にはうまくいく。しかし、一方で、それがサステナブルでないこともわかっています。そうした状態を乗り越えて、本来つくるべきシステムへの変化をどう起こすか、という点に着目して見ていただけたらうれしいです。
行動するためには、知識と仲間が欠かせない
塚田:「Transitions to sustainable futures サステナブルな未来へのトランジション」は、“視点”のカタログ的な要素があるように思います。気候変動は全貌のつかみようのない問題だからこそ、自分の視点を見定めることが、何らかの行動を起こす上で重要であるように思います。まさに気候変動に対して活動をしているりりあんさん、どう感じられました?
りりあん:私は行動を起こすために必要なことは、知識と仲間を得ることだと思っています。私自身、このふたつのことを活動しながら提供したいと思っています。
まず知識としての自分のターニングポイントのひとつは、十代のセヴァン・カリス=スズキが国連の会議に集まった各国首脳の前で、環境問題について行った伝説のスピーチを知ったことです。そうして私は社会問題に意識を向けていった。
しかし意識は向けていったのですが仲間がいなかった。そこでもうひとつ、仲間としてのターニングポイントは、デンマークにある教育機関・フォルケホイスコーレに行ったことでした。フォルケホイスコーレは、「人生の学校」などと呼ばれていますが、学生が自分自身の興味関心を深め、社会と関わる方法を模索する場です。ここで自分と関心を共有できる仲間と出会ったことがきっかけで私は行動を起こし始めました。たとえば、帰国してからは「350.orgジャパン」にてボランティアをスタートし、銀行が化石燃料の企業に投資するのをやめさせる活動であるダイベストメント(Divestment)に参加したりしました。
そしてグレタ・トゥーンベリの活動を見て、私は「モデルなんてやってる場合じゃない」と思うようになり、気候変動に向けて活動を開始していきます。必要で当たり前だと思っていることすら、このままでは失ってしまう。このまま何もしないわけにはいかないと思ったんです。それで世界中で気候変動問題に向けて立ち上がってる人たちを尋ねる旅に出ました。移動の中でco2排出が一番多いとされている飛行機にできるだけ乗りたくなかったので、シベリア鉄道でCOP25へ向かったんです。
佐々木:すごい行動力です。たしかに、気候の問題って、目には見えづらいことが多いので、知識を通じて理解することも大切です。でも、本で読んだだけだと、情報が頭の中にあるだけで終わってしまいます。そこで、自分以外の人に勇気をもって共有することで、変化を起こすことに繋がっていく。
牛込:まさにすべての活動は知識と仲間ですね。そのふたつがあってこそ、アクションしていくことが普通に、自然にできるようになっていく。そうしたシステムを自分のまわりにつくっていくということが大切なんだろうと思います。
りりあん:最近活動をやってて大切にしているのは、自分がどこに行くのか、どんな世界に行くのかを理解しながら今の社会のあり方で必ず変わらないと前に進めないことには「NO」と言うことですね。行動も大切だけど、「YES」と言えるビジョンが大事だなって思います。「Transitions to sustainable futures サステナブルな未来へのトランジション」はまさにそういうビジョンが詰まってますね。
社会システムそのものを変えないと、気候変動問題は解決できない
塚田:どのような基準で9つのトランジションの物語を選んでいったのでしょう? リサーチでの議論を少し紹介してもらえますか?
佐々木:最初から9つの変化を捉えようとしていたわけではありません。ただ、先ほどもお伝えしたように、化石燃料から再生可能エネルギーへのトランジションは不可欠なものとして検討しました。次に、私たちの生産や消費のあり方。リサーチでは「Linear → Circular」として表現されています。
現在の私たちの消費のやり方では、買って、一度だけ使って、ゴミにしてしまうという線形(Linear)のパターンです。でも、これをずっと続けていくと、どんどん自然に投げ出していく廃棄物だけが増えてしまう。そうではない、循環型(Circular)の生産や消費の形を示したいと思いました。これはエネルギーとも通底する問題です。このように、一見、別のものに見えるそれぞれのトランジションが、実はつながっていることも示しています。
牛込:トランジションには日本固有の視点も入れながら、インターセクショナルなものを目指しました。バランス感覚を意識しながらつくっていきましたね。
塚田:今お話を聞いていて思いましたが、このトランジションって、環境問題だけじゃないですよね。視点としては、新しい社会のあり方を模索するところにあるように思います。
りりあん:私も、気候変動を解決するためには今の社会システムそのものを変えないといけないと考えています。これまでの社会システムって、たとえば富を生むために分断を生みだすようなところがある。分断で富は生まれるかもしれないけど、人権はどうなるのか?そこを考えられていないんです。そうなると、いまの社会システムをまず疑おうという思考になる。
社会システムを変えるというのは、気候変動から人権問題までを議論する上で共通言語になる。昨年、世界を席巻したBLM(Black Lives Matter)も、結局、問題視すべきは社会システムだと思っています。私はお互いのために、相手にとって生きやすい社会をつくっていこうというマインドセットが大切だと思って活動していますね。
佐々木:サステナビリティは、いろいろなことがつながっていますね。どこかひとつのイシューがうまくいって、他がだめになるのはサステナブルではない。たとえばジェンダーに関わる問題も、気候変動と似ているシステムのもとで生じているように思います。
りりあん:今回のウェブサイトは、自分が今いるところから何かを始めるための道具だなと思いますね。それも特別な人ではない人にも使える道具。
私みたいに人生の100%を気候変動に費やしたい、なんて人はそんなにたくさんいないですし、できることも限られますが、たとえば自分の職場や家族、友達の間などの、身近なところから、少しずつ、何かを始められることって大切だと思うんです。そうした場所で大勢が行動することで、世界は変わるはずだから。
塚田:日本のSNSを見ていると、正しい知識を持っていないと発言してはいけない、といった風潮がありますよね。そうした中で、りりあんさんのように「少しずつでいいんだよ」って言い続けることって重要だなと思います。
牛込:気候変動への行動は、別に意識が高い人の特権ではないですよね。それに、サステナビリティを考えるときには常に「我慢」という考え方が伴います。でもこれって、かならずしも伴うわけではないですよね。なぜ「我慢」と思ってしまうのか。その背景となる社会システムこそを疑えるようにしていきたいなと思います。実現すべきは、我慢せず、自然な行動をしているんだけど、CO2の排出が抑制されるといった社会システムですね。
そもそも、世界の全員が完璧じゃないと達成できない目標なんて現実的じゃありません。システムそのものを変えることで、自然と達成されるようにしていく。それが目指すべきところではないでしょうか。
パンデミックは、トランジションのきっかけだ
塚田:自分の思い込みに対して、どれほど「思わされているか」に意識的になることは重要ですね。言い換えれば、今の常識にどれだけ揺さぶりをかけられるか。
佐々木:そうですね。私たちは生まれたときから、「近代」というシステムの中に入り込んでいる。その中に教育があり、メディアがあり、広告などの要素があるわけです。それらの要素はすべからくお互いを成り立たせるようにできている。
たとえば、ファッションって、「謎」が多いと感じることがあります。本来は自分の身体をあたためたり防護したりするものだけど、そこには記号的なレイヤーが重なっている。お気に入りの服を着ることは、都市の中ではすごく素敵なことだけど、一方で、1年もすればもう素敵でなくなってしまうようになっていることもある。しかも、私たちは、生地がどこから来ているのか、誰が作っているのかを知らないでいられる。
この謎を支えている仕組みは何なのだろうと考えるのは、再生可能エネルギーやサーキュラー・エコノミーを考えることにも通じる。今までの「素敵」は、何が素敵だったのか。そこから出発して、今まで素敵じゃないものが素敵になったりすることもあるんじゃないか。ださい、古いと言われるものの中に本当にいいものがあったりするんじゃないか、とね。トランジションを捉える上で重要な視点ですね。
塚田:デザインをするということは新しいものをつくるという側面がある。牛込さんは、変化の激しいロンドンにお住まいですが、価値観の変遷をどんなふうにとらえているのでしょう?
牛込:たしかに僕たちデザイナーの仕事は、新しいプロダクトやサービスをつくっていくことです。使いやすいものや売れるものをつくる側面はありますね。最近意識の変化を感じるのは、クライアントと「そもそもなぜ、これがつくられないといけないのか」というところから話をはじめることが増えたということです。クライアントのゴールを盲目に目指すのではなく、ともに「なぜ?」と問いはじめることが増えました。
少し話を大きくすると、現在の世界では企業の影響力は非常に大きい。でも、「売れるから」というだけで利益を求め続ける商品づくりから、目的を捉え直すことを企業価値とすることが増えてきている。そうしたトランジションを、ロンドンでは感じることが多いですね。
塚田:自分がどんな基盤に立っているかを知ることは重要ですね。漠然と信じてきたものを揺るがしていくのがトランジションなのだろうと感じます。その上で、2020年は非常に重要な年でした。新型コロナウィルスのパンデミックが、これほど人々の当たり前の生活を変えてしまうとは誰も想像しなかった。トランジションの転換点として見れる年なのだろうと思います。
佐々木:まさにそうですね。パンデミックのもとでさまざまな問題が噴出し、分断も見えてきました。トランジションで示せたらいいなと思うのは、自分はシステムに内包されていることへの自覚です。たとえば渋滞では、巻き込まれている自分も渋滞をつくっている一部ですよね。その感覚をもとに、望むべき世界がどのような形をしているか、どのようなテクノロジーやデザインを作っていったらいいかを考えていきたいです。
りりあん:危機はある意味ではチャンスです。このままだと本当にサステナブルな未来には行けないということを体感で気づくことができるし、ある意味では行動を変化させるきっかけになる。私も、これまでは自分の関心の“バブル”の中で活動してきたけど、これからは自分の知らないバブルにも関わって、大きな泡をみんなでつくっていきたいな。
牛込:素晴らしいですね。僕はパンデミックで、社会が総動員して動くことができた、というのはすごい気づきだと思っています。ロンドンだと、飛行機も飛ばないし、主要な道路にも車が入れないようになった。多くの人が休業補償で食い繋いでいくことができた。もちろん現在も多くの人が苦しんでいるけれど、これだけの変化を自ら起こせたという経験から見いだせる希望があると思います。
「Transitions to sustainable futures サステナブルな未来へのトランジション」では、スウェーデン政府のイノベーション機関「Vinnova」のストラテジック・ディレクター、Dan Hillにも話を聞きました。彼は、新型コロナウィルスのパンデミックの取り組みを、集束後も気候変動問題のために残していこうと話しています。
パンデミックが既存の社会システムにあけた風穴に、デザイナーはどんなビジョンを描いていくのか。そういうことを考えることが、自分自身のトランジションでもあると思っています。
塚田:最後に、ウェブサイト「Transitions to sustainable futures サステナブルな未来へのトランジション」のこれからの動きについて教えて下さい。
佐々木:このウェブサイトはありふれたものではないと思っています。インターネット上にうかんでいる小さな対話の部屋です。無数の情報が一瞬で消えていくというより、訪れることで、問いのきっかけを見つけたり、考えるためのヒントが見つかると思っています。
りりあん:まずはやってみようって。自分の感覚を信じて行動に移しましょう。私が大切にしているのは、それだけですね。
牛込:「Transitions to sustainable futures サステナブルな未来へのトランジション」は社会との対話なんです。是非、感想や意見を求める対話を、これから、いろんなレベルでやっていきたいと思いますね。
CREDIT
- TEXT BY AKIHICO MORI
- 京都生まれ。2009年よりフリーランスのライターとして活動。 主にサイエンス、アート、ビジネスに関連したもの、その交差点にある世界を捉え表現することに興味があり、インタビュー、ライティングを通して書籍、Web等で創作に携わる。 幼い頃からサイエンスに親しみ、SFはもちろん、サイエンスノンフィクションの読み物に親しんできた。自らの文系のバックグラウンドを生かし、感性にうったえるサイエンスの表現を得意とする。 WIRED、ForbesJAPANなどで定期的に記事を執筆している。 http://www.morry.mobi