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2021.05.12
EMF21レポート② 拡張生態系のパラダイム - シネコカルチャー(協生農法)とは何か【前編】
TEXT BY TAKUYA KIKUCHI
「あわいから生まれてくるもの -人と人ならざるものとの交わり- 」をテーマに、ビジネス・アート・エコロジーの領域から第一線を切り拓く多彩なゲストを国内外から招き、4日間にわたって開催されたEcological Memes Global Forum 2021。
第1回に引き続き、第2回は拡張生態系(Augmented Ecosystems)のパラダイムを土台に、地球の生態系が本来持つ自己組織化能力を多面的・総合的に活用する生態系構築技術「協生農法(シネコカルチャー)」の研究・実践に取り組むソニーCSL 舩橋真俊氏を招いたトークセッションの模様をお届けする。
「約1万年前の農耕革命以降、人類は自然の資源をおおよそ一方的に搾取・享受する歴史を歩んできました。しかし、今その関係性を大きく転換しようとする挑戦がはじまっています」
一般社団法人Ecological Memesが主催する春分グローバルフォーラム 「あわいから生まれてくるもの-人と人ならざるものの交わり-」の最終セッションは、そんな紹介と共にスタートした。人類が長い歴史の中で繰り返してきた根本的な課題を乗り越えていくための「拡張生態系」という新たなパラダイムをヒントに、人か自然かの二元論に囚われない「あわい」の思想・哲学を社会に実装していく挑戦に迫った。
佐宗邦威(以下、佐宗):本日のモデレーターを務める務める株式会社BIOTOPEの佐宗です。今日は「拡張生態系のパラダイム - シネコカルチャーの社会実装」をテーマに、ソニーCSLのみなさんにお話しいただきます。私は前職でソニーに在籍していたのですが、その当時、2011年ごろに今回の登壇者である舩橋さんとお会いしました。協生農法の研究をされているということで、未来のことを本気で考えて研究している方がソニーにいるのだということに興奮したのを覚えています。まずはシネコカルチャーとは何かについてお聞きしていきたいと思います。今日は代表の舩橋さんをはじめ、坂山さん、太田さん、鈴木さんの3名のチームメンバーの方にも参加していただきます。
舩橋真俊(以下、舩橋):佐宗さんが草ぼうぼうの畑を見に来てくださったのが10年も前と聞くと、光陰矢の如しという感じがします。でも、いまの研究プロジェクトってなかなか10年も続かなかったりするんですね。そんななかで最初は私1人ではじめたものが、今ではチームの皆さんと社会実装へ向けて世の中を変えていくというフェーズにさしかかっています。
特にコロナが到来してから、このプロジェクトがいろいろな方に注目していただけるスピードがグンと加速したように思います。当初は100年くらいかかると思っていたプロジェクトなのですが、この10年くらいで「拡張生態系」という考え方そのものを受け入れてもらえるようになってきたのは「世界が動いているな」と感じています。今日はよろしくお願いします。
佐宗:私は世田谷の等々力にある農園で、初めて「協生農法」を知りました。限られたスペースであっても最低数十種類以上の有用植物を限られたスペースに密集させて植えることで植物の生きる力を活用していくことのできる農法なのだと聞いて、そんな農法があるんだ、すごいな、と思ったのがもともとのきっかけでした。まず舩橋さんのほうから、シネコカルチャーとはどういうもので、どんなことを志していらっしゃるのか、お聞かせいただけますでしょうか。
シネコカルチャーとは何なのか?
舩橋:まずは今日の議論の前提を簡単にお話ししていきたいと思います。こちらの画面に映っているのは、国際自然保護連合が科学的調査に基づいて査定した、世界で最も絶滅の危機に瀕している生態系のリストです。世界各地で土着の生態系が失われ、場所によっては回復不可能なほどに変容しています。その最たる要因は、実は農業をはじめとする人間の活動です。科学技術に基づいて人間活動が亢進するほど、グローバルには生物多様性が失われ、陸でも海でも世界各地で生態系の破壊が続いています。すでに多くの生物学者が地球史上6番目の大量絶滅が史上最速のスピードで起きていると考えています。農地への肥料の投入や流出、さらに工業化に伴う各種温暖化ガスの排出によって、これまで人類の文明の発展を支えてきた地球の安定した気候が保てなくなるレベルで物質循環が乱れているとも言われています。
人類規模で見れば、現代の最も支配的なミームとなってしまっているのは破壊であり、絶滅です。それは、みなさんの心の中にある環境を大切に思う気持ち、環境を守る気持ちよりもはるかに大きく食料生産による環境破壊として表れており、持続不可能でありながら、現在の我々の生活を支えてしまっています。このままでは2045年までに地球上の生態系が全球的に崩壊し、回復不可能なほどに損なわれることが危惧されています。
これに対して既存の自然保護を主導するアプローチは、根本的に負ける戦いを強いられています。自然保護を理想と掲げつつも、手つかずの自然自体がもはや大きく失われています。実際の環境負荷の緩衝や生態系の保全活動は、人間活動と生態系の対立を掲げたこれまでの産業の在り方を前提としたまま、短期的な経済発展が優先される範囲にとどまっています。手つかずの自然の理想化というのは、同時に人間活動をネガティブな側に対峙させる二元論でもあります。人口増加と持続可能性が根本的に矛盾する破綻した未来像に向かってしまいます。
しかし、今回のEcological Memesのセッションのように、人間と自然のあいだの多様な関係性について考えると、人間と生態系が互いに生かし合って生きていくヒントにあふれています。「あわい」とは、2つの色がゆっくりと混ざり合いつつも、決してどちらかに染まり切ることなく、互いに滲み出しながら、濃淡を絶妙に変化させながら新しい色彩や模様を生み出していく様を言い表しています。人間と自然を切り離さず、そのあわいからどれだけ持続可能な価値を取り出せるか。それは人間も自然も共に変化していきながら対立のあいだで無視されてきた価値に光を当てていくことです。その極論を追及しているのが、人間による生態系の拡張という考え方であり、その代表的な例として協生農法=シネコカルチャーの話をしたいと思います。
これは日本で行っている協生農法の実験圃場です。1000平方メートルくらいの小さな面積に200種類以上の有用植物を混ぜ、生物多様性が大きく拡張された生態系が育っています。ここでは野菜やハーブや果樹などの有用植物だけでなく、そのあいだに生えてくる雑草や寄ってくる動物や虫たちも複雑な生態系のなかでそれぞれの間合いを保ちつつ、全体として共存しています。
日本にある協生農園だけで1000種以上の昆虫や植物が観測されており、なかには絶滅危惧種の昆虫が観測された例もあります。耕したり、外部から肥料を入れたり農薬を使うことなく、多くの植物たちがひしめきながら全体として互いの生存を支え合う関係性が保たれています。それは整然と一種類の作物が並ぶ通常の農地とは異なり、一見混とんとしたジャングルのような様相です。
このように生態系が自分の力で発展していく自然のプロセスを「植生遷移」と呼びます。協生農法はそのような複雑な生態系レベルで発揮される機能を前提に、そこに人間にとっても価値のある有用植物をできるだけ多様に編み込んでいくことで、より生物多様性と生態系の機能が高く、経済的価値も取り出せる生態系を丸ごと作り、管理していくことを目指しています。従来の単作農業では、一種類の作物のみを管理して育てますが、協生農法では一か所に10種以上の有用植物が混在していることも普通であり、可能な植え合わせも膨大な数になります。
無量大数を超える生物多様性
舩橋:協生農法をはじめとする拡張生態系で共存可能な生物種の組み合わせは自然生態系で観測される多様性よりもはるかに多く、仏教で最も大きいとされる数(無量大数)さえ超えてしまいます。拡張された生態系は仏の英知をもってしても数え上げることはできないでしょう。われわれはこれを超多様性、Megadiversityと呼んでいます。この超多様な環境をマネジメントするには、大規模なデータベースや人工知能を駆使した組み合わせ最適化がその支援技術として有用で、人間の意思決定を手助けすることができます。
ソニーCSLではそのような拡張生態系のマネジメントを支援する技術も開発しています。それらは実は小規模の食料生産に活用されることで大きなインパクトをもたらすことができます。いま、人口増加と農地の拡大によって、保護すべき手つかずの自然は急速に失われています。一方で農地転換による過剰な環境負荷を生んでいる土地の大多数が小規模の食料生産を行っています。それならば協生農法による生物多様性と生態系機能の増進によって生態系の全球崩壊を阻止し、人口が増えても食料や自然資源を生み出せる生態系を構築することが出来るはずです。これが人間による生態系の拡張という試みの目指す方向です。
この仮説を検証するために、私は2015年から農業による砂漠化が深刻なアフリカ、サヘル地域で実証実験を行ってきました。現地のNGOと協力して、150種あまりの有用植物を現地で調達し、伝統的な農業で砂漠化してしまった荒廃農地に定植しました。すると、雑草の種さえ発芽しなかった土地が、1年ほどで有用植物に満ち溢れたジャングルに変貌しました。雨季の間には旺盛に生育して表土を形成し、周囲の草木が枯れてしまう乾季でも青さを失わず、年間を通じて生産が可能でした。現地の市場で販売した産物は500平米から国民平均所得の20倍の売り上げに達しました。
貧困からの脱出を促す協生農法
舩橋:これは現地の絶対的貧困水準の50倍に相当し、拡張生態系の構築を通じて砂漠緑化と地域経済の立て直しが両立できるインパクトをもっています。現在、政府、国際機関、大学、農民たちの協力を得て、サヘル地域で協生農法の大規模な普及が進みつつあります。特にアフリカ地域には、砂漠化による貧困がテロ組織の温床となり、国際機関の支援がなかなか届かないことが問題となっています。そうした場所でも、砂漠化、貧困、暴力の連鎖から抜け出すために、現地の人々が自らの手によって協生農法を実践し、生活を立て直す取り組みが始まっています。
事例としては、ECOWAS諸国がマリ共和国における協生農法の普及を支援しており、トーゴ共和国においても新型コロナウイルスによる食料不足の救済と健全な環境の回復のため国家プロジェクトとして大規模に協生農法の導入が始まっています。
都心で始まる導入
舩橋:先進国の都市部も同様です。東京の六本木ヒルズ屋上にある庭園では、2018年より協生農法や拡張生態系に関する実証実験を行っています。ここでは都市部における食料生産の実証実験だけでなく、都市環境の様々なミクロ気象のなかで育つ植生の組み合わせを探索したり、協生農法の原理を学べる学習キットとしてのプランター型生態系の開発を行っています。
現在、農地転換に次いで生態系を破壊しているのが、都市化の進む地域ですが、協生農法の一部分として成り立つ小規模の拡張生態系を配置したり、周囲の自然環境を含めて行き来する生き物と積極的にかかわる都市計画を行うことで、拡張生態系がもつ様々な便益を都市生活にも導入できると考えています。
自然と社会の相互循環を促す「自然社会共通資本」
舩橋:さて、ここであらためて生物多様性がもつ価値とは何かを考えてみましょう。
これまで食料生産に関しては農業の発祥以来1万年以上にわたって生態系を単一種のモノカルチャーとして単純化し、限られた部分を最適化する代わりに環境負荷を生む方向に、栽培技術は進化してきました。協生農法とは、これまでのモノカルチャーの発展を否定するのではなく、対極にある多様性を高めた極論を示すことで、それらの間にある適切なスケールと方法で多様な食料生産を行うための価値基盤を作り出す役割を担っているのです。
現在慣用的に用いられている生物多様性などの言葉は失われつつある自然状態を暗黙の基準に設定してしまっており、この先人間が関わっていく中で拡張可能な膨大な生態系の可能性のごく一部分を扱ったものに過ぎません。今後の発展のためには、拡張生態系がもつポテンシャルをいかに経済と連動させていくかが重要になると考えています。これまでの経済的指標のみの成長を考えるのではなく、それを環境や自然資源の面から支えている生物多様性に関する指標も統合的に考える必要があります。
これまでの経済システムは、自然資本を一方的に搾取し、社会のなかでのみ循環する資本を形成することによって成長してきました。しかし、このやり方では経済発展と環境保護のトレードオフから抜け出せず、結果的に増大した人口と劣化した環境のはざまで成長の限界に突き当たります。さらには、慣行のビジネスシナリオでは、遅かれ早かれこれまでの産業活動の論理がまったく通用しなくなる環境変化に陥ります。新型コロナウイルスのようなパンデミックの発生もこのような生態系の劣化により病原体の抑制機能が失われたことが根本原因のひとつです。
拡張生態系はこの限界を根本的に抜け出し、持続可能な経済と環境のバランスを向上させることを目指しています。根本的な違いは、これまで自然任せだった自然資本の再生産に食料生産をはじめとする人間活動が積極的に関与し、自然と社会の相互循環と発展にとって共通して価値のある財やサービスを形成することです。これを私たちは自然-社会共通資本と呼んでおり、拡張生態系に基づく持続可能な経済システムの基盤と考えています。
経済的な需要と供給の関係で見ても、単に自然保護や自然保全を行うよりも最初から拡張生態系に向けて投資するほうが生態系サービスの剰余価値が上昇することが予想できます。このように自然と社会の相互の資本が相乗的に高い状態で循環するような経済システムが、持続可能な文明には必要です。それは地球規模で生態系が失われるであろう2045年までに行わなければなりません。
舩橋:今日はみなさんと、シネコカルチャーの研究に携わる3人のスピーカーを通じて、健康や福祉、農業、都市計画などにおける拡張生態系の果たす役割の議論を通じて社会実装の在り方を考える時間を共有したいと思います。
佐宗:舩橋さん、ありがとうございました。ひとつ質問が来ているのですが、パーマカルチャーと自然農法と協生農法の違いは何なのでしょうか。
舩橋:まず、依って立つ原理が違っておりまして、先ほど、モノカルチャーの方向は個体の成長を最適化するということをお話ししたんですけれども、生態系レベルでの最適化は実は進化の結果としてできた自然生態系のなかで起きていることなんですね。
パーマカルチャーや自然農法というのは、モノカルチャーと自然生態系の中間点に位置すると学術的にはとらえられておりまして、多くは自然生態系を観察した経験値に基づいて、それを人間が管理しやすい方向に単純化して行われています。一方でシネコカルチャーの場合は、どちらかというと生態学や複雑系の理論が過去50年くらいで急激に発展した知見を、更に自然生態系を超える複雑な方向に拡張して設計されています。別の分野の喩えで言うと、たとえばディープラーニングのような技術による人工知能の学習方法は、人間の経験値とは少し違って、新たに数学的なモデルをつくってそれを人間の脳機能さえ超える方向に最適化しているという物理工学的なアプローチになるわけですけど、シネコカルチャーはまず生態系という複雑系のシステム論があって、そこからより機能性の高い生態系の方向へ導いていったものになります。
私自身が複雑系の物理学をやっていたのと、獣医師でもあるので細胞から生物群集まで色々な階層の知識を踏まえた上で、人間が介在することによって、様々な有用性をもたらす生態系の自己組織化が高まる方法論を作っています。私はパーマカルチャーのプロではないので比較するわけではないのですが、たとえばアフリカでの実験でも、となりの場所でパーマカルチャーと現地の方々が呼ぶものを並行して実験したりはしていました。あとはいわゆる有機農法と呼ばれるものだったり、持続可能になるように水をセーブしたりといろいろな農法を比較した中で結果論にはなるのですが、シネコカルチャーが環境回復と生産性がとびぬけていたので現地の人の手によって広がっていったという経緯があります。
なので、表面的な言葉にはとらわれずに、システム論としての基礎的な立脚点の違いがひとつと、あとは人が試行錯誤でつくるといった経験的な食料生産とは違った流れにあるというところがもうひとつです。
佐宗:経済性についてもお話されていましたね。コミュニティに農園があることで、人が集まり、そこから生まれた作物が販売されたり交換されるなどの経済活動を生み出す良循環を生む。人の営みが、良循環を促進するエージェントになれる。その眼差しのイノベーションのところと、協生農園の伝播を通じて、社会システムの中に入れ込んでいく実装の仕方を両方掛け合わせているというのが、みなさんがやられていることなのかなと認識しました。そういう理解で合っていますか?
舩橋:まさにそういう視点で見ていただけると、われわれがやっていることも解釈しやすくなると思います。いままで農業をやられてきた方は、経験値から外れたものを受け入れてくれない場合もあるのですが、私自身は自然科学者でもありますので、まずは現象から起きている事実を淡々と伝えるという立場でおります。やはり科学というのは技術として社会に貢献すべきものですから、それに向けて人間活動というものを盛り込んで展開していこうというのが今日の狙いです。
後編へ
▼EMFレポート①
生命と非生命のあわい。人間的なるものを超える人類学とアートが問いかけるものとは?
▼EMFレポート③
拡張生態系のパラダイム - シネコカルチャー(協生農法)とは何か【後編】
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