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2021.05.12
EMF21レポート③ 拡張生態系のパラダイム - シネコカルチャー(協生農法)とは何か【後編】
TEXT BY TAKUYA KIKUCHI
一般社団法人Ecological Memesが主催する春分グローバルフォーラム 「あわいから生まれてくるもの-人と人ならざるものの交わり-」のレポート第3回。拡張生態系(Augmented Ecosystems)のパラダイムを土台に、地球の生態系が本来持つ自己組織化能力を多面的・総合的に活用する生態系構築技術「協生農法(シネコカルチャー)」について、第3回では研究・実践に取り組むソニーCSL 舩橋真俊氏、坂山亮太氏、太田耕作氏、鈴木吾大氏を招いたトークセッションをお伝えする。
前編はこちらから。
ヘルスケアと農園の融合
佐宗:ありがとうございます。次に、坂山さん。今ヘルスケアと農園との融合について研究されているとのことですね。
坂山:私からは拡張生態系がわれわれの健康に与える影響についてご説明していきます。まず、生態系サービスが健康にどのような影響を及ぼすのかについてお話しします。生態系サービスには、土壌形成、水循環、食料生産などがあげられます。それらの生態系サービスによってわれわれのウェルビーイングが得られます。得られるものとして、たとえば綺麗な空気や水、心理的なリラクゼーション、免疫システムの制御があります。人間の生活が生態系から離れるとウェルビーイングが低下し、さまざまな形でわれわれに影響を与えます。
坂山:その一例が経済発展に伴う慢性疾患患者の急増です。食料生産の工業化が生態系サービスを低下させ、腸内細菌叢の多様性低下を引き起こし、慢性的な炎症を原因とする、がんや認知症、脳卒中など免疫関連の疾患が増えています。それらを解決するためには質の高い運動、質のいい食料、そして腸内細菌叢の多様性向上など様々な要素がかかわっていることが近年の研究で明らかになっています。
そのうちの2つである質のいい食料と腸内細菌叢の多様性向上は拡張生態系が解決しうる課題です。シネコカルチャーは、植物を混生、密生させて生物多様性を向上させた場をつくります。そこでの農産物はモノカルチャーの農産物よりも土壌微生物由来の栄養素やファイトケミカルが豊富であることが明らかになっています。現代の生活では土壌微生物由来の栄養素が足りておらず、それが免疫関連疾患のリスクを向上させていることも明らかになっており、シネコカルチャーの農産物が腸内細菌叢の制御や慢性疾患の予防になることが示唆されます。
また、腸の生態系には感染症を抑制する効果があることが知られています。短期的な利益を追及して環境破壊を続けてしまうと、新型コロナウイルスのような新興感染症のリスクを上げてしまいます。持続可能な社会を構築するためには、人間活動によって生態系が回復する仕組みを構築することがとても重要だと思っています。
佐宗:実際に僕がシネコカルチャーで生産されたものを食べ始めるとすると、どういう変化があるのでしょうか。
坂山:僕自身も2年ほど前に大きな病気をしましたし、以前は季節ごとに体調を崩していたのですが、拡張生態系の食べ物を食べていたおかげか、今では全然風邪もひかずに元気です。最近は家にいる時間が長いということもあるのかもしれませんが、自分の昔の様子を知っている友人からは結構びっくりされます。
佐宗:坂山さんの身体実感としても変化を感じられているのですね。先ほど腸内細菌のお話しもありましたが、実際に腸内細菌が人間のメンタルに影響を与えるという研究結果も出ているので、「こころの世紀」と呼ばれる21世紀の今、腸内細菌にアプローチしていくというのは大事なんじゃないかな、と僕個人も思いました。
坂山:今までは生態系とかは対岸の火事というか、あまり考えられてこなかったと思うのですが、最近は『家は生態系――あなたは20万種の生き物と暮らしている』という本も刊行されていたりと、生態系に関する情報は増えてきています。これから自分たちの健康に対して臨場感をもって腸内細菌叢の話もできるのではと思っています。
佐宗: 人は人という個体で自立して生きているのではなく、身体の中にも様々な生き物と一緒に共生した生態系として生きているのだという視点で見てみると、自分の健康に対しても新たな視点が出てくるんじゃないかなということもこれから気づきとして出てくると非常に面白いなと思いながら聞いておりました。ありがとうございました。
農業の持続可能性
佐宗:前編の坂山さんのお話しに続いて、ここからは農業の持続可能性について、太田さんにお話しいただきたいと思います。
太田:農業を持続可能にするには、舩橋さんのお話にもあったように、生物多様性を破壊し、食料を得る農業の方法を根本的に変える必要があります。地球全体では特に、砂漠化している地域における、スモールホルダーと呼ばれる小規模農家において、その転換を起こす必要があります。また日本には耕作放棄地の問題もあります。
まずは小規模農家をどのように支援するのかについてですが、はじめに現地の人に学んでもらって協生農法を導入します。これは設備さえあれば、リモートでも可能なようにできるとよいです。それがうまくいけば、生物多様性やバイオマスは増えます。これは砂漠化された地域にとっては非常に重要です。
その協生農園から、現地の人々は食料を収穫し、販売もおこなうことでウェルビーイング、生活に豊かさや余裕が生まれます。そうなるとその人たちは他人に教える余裕ができますし教えたいと思うかもしれません。あるいはまたその状況を知った人たちが教えてほしいと集まってくるかもしれません。そういう状況になることでさらに農法を学ぶ人や農園が増えて、良循環がまわっていくと、生態系も社会も相互により良い方向に加速度的に動いていくことが期待されます。
この循環をICTで支援することができます。人々の生態系へのリテラシーを高めることで、より効率が良くなります。我々もこの循環を起こすため支援システム・コンテンツを開発中です。
次に、耕作放棄地について考えてみましょう。スモールホルダーの場合と同じように協生農法学習や導入の支援をすることで、耕作放棄地の生物多様性、有用性を高めます。結果、健全な植物・野菜・果物などを収穫でき、腸内細菌叢などを通じて人々の健康に寄与します。
また、豊かな生態系が構築されていれば、労働をかなり減らし、ほぼ収穫することだけにすることができます。そして、このことがスモールホルダーと同じく、人間のウェルビーイングを向上させます。豊かな生態系で地域の人々が集まって作業することで個人にも役割が生まれ、自己肯定感や日々の楽しさが向上します。みんなが農園の状況を気にするようになり、植物の成長や収穫に喜び、他人に教えたくなり、協生農法の輪が広がっていくということはすでに日本でも起きています。この循環も同じく、ICTで支援することができます。
最後に、人間の行動に目を向けてみます。自然生態系と触れ合う機会の少ない人間は、あまり環境問題に目を向けない、あるいは向けたとしても行動はしない傾向があることが知られています。環境問題は大きすぎて、自分ひとりの行動には意味がないと考える人が多いそうです。ならば都市においても生態系と触れ合うことができ、またICTなどの支援でエコロジカルリテラシーを高めることができれば、人々は生態系について知り、拡張生態系を増やす行動をとることができます。これは今日のテーマでもある「あわい」という人と自然の境界を淡くしていくような行動になると思います。
佐宗:ありがとうございます。日本の農家に対して、協生農法はどんな役立て方があるのでしょうか、という質問が来ております。
太田:今まで日本でもプロの農家さんが取り入れている例がいくつかあります。ただし、流通の問題などもあり、協生農法でできたものを市場に卸して大量に販売するというようなことはまだまだ障壁があるのも現状です。
佐宗:ぼくの友人でも、新しい農法による農園を、都会から人を呼んでくる集まる場としての農園にしようという構想をしています。生産高という視点で見たら、今の農業の経済性に合わないため、現実には二つの農法を併存させることが必要なので、それをどのように新しいモデルに少しずつ変えていくか、というのが実装の上での重要な視点になりそうですね。
太田:慣行農法からの転換であれば、徐々に有用植物を導入していくというやり方がいいと思っています。いきなり大きな投資をしなければいけないわけではなく、徐々に自分の使える範囲で有用植物を導入していき、そこで協生農法の可能性というか、その土地で何が育ちやすいのか、自分にとって何が価値なのかを考えていくのがいいのでは、といつもお伝えしています。
佐宗: 農業は数カ月〜1年、へたしたらもう少し長い時間軸で過ごしています。農法についても、思想的なところもあるのでドラスティックに変えていきにくい分野なのだろうと思うこともあります。たとえばお茶農家さんの一部に新たな生態系を入れていったときに、その変化をトラッキング、モニタリングしていくということもできるのでしょうか。
太田:そういったサービスは重要です。例えばですが、お茶園に拡張生態系を導入する前後で土壌の性質がどう変わったかですとか、お茶の成分がどう変わったかとかを調べていくと、生態系の仕組みと我々にとってのベネフィットがより詳細にわかってくるかなと思います。
佐宗:ありがとうございます。ここまでは健康と農業というテーマだったのですが、最後に少し僕らの生活、都市という視点で話を聞いていきたいと思います。都市生活者はこれから自然とどう付き合っていくのか、という切り口かもしれませんが、鈴木さん、お話しください。
拡張生態系を都市空間へいかに実装していくか
鈴木:拡張生態系を実装する先のひとつとして、私たちは都市空間というものを考えています。その実装を担うステークホルダー同士のコラボレーションを実現するプラットフォームと、それを支える集団的合意形成の仕組み、およびサポートツールを開発中でして、今日はそちらをご紹介できればと思っております。
まず、目指すべき方向性としては人間活動の多様化と生態系の多様化の良循環を起こすことです。それを実現するためにはさまざまなステークホルダーが互いに関わり合いながら、拡張生態系を展開していくことだと想定しています。
これまで社会的な資本の循環に閉じがちだったESG投資などを都市コミュニティで運営することで、社会的資本と自然資本とのハイブリッドな価値を生み出して社会に還元する仕組みになっております。そのためにはさらにさまざまなステークホルダー間の集団意思決定できる仕組みが必要です。
われわれの開発するプラットフォームでは、植生シミュレーションを行って設置した指標に対する評価を行い、フィードバックし続けるサイクルをつくって、各ステークホルダーを巻き込んでいく仕組みを考えています。
その仕組みに必要なデザイン要素として、環境と植生の評価や、プラン同士のシナジーやトレードオフ関係というのが見えること、あとは時間軸や空間軸を自由に変えてシミュレーションできることが重要であると考えております。
佐宗:ありがとうございます。実際にこの取り組みをするためにはどのあたりが課題なのでしょうか。
鈴木:投資を集めるには決められたタイミングでKPIが達していないと評価が下がってしまうので、その時に適したKPIを設けて次の計画を可変的に立てていけるような仕組みが必要です。そういった意味では今回のシミュレーションツールを通じてスケールフリー、時間フリーな計画や、すぐにフィードバックが返せるというところが重要だと考えています。がちがちに立てた計画でスタートして結局うまくいかないじゃないかとなった場合に、途中で判断できて方向転換できることが重要だと考えていますので、このツールはそこに有用だと思います。
佐宗:複数のKPIを複層的に見て、そこを可視化できることが重要だということでしょうか。
鈴木:そうです。一方、グリーン系の投資で、たとえば本質的でない計画にお金が流れていってしまっている問題なども現実としてあると思うのですが、そういったところの評価もできていって、適切なところにお金が流れるようにこういったシミュレーターを使うというのも非常に重要だと考えております。
佐宗:非常に面白いですね。日常で街を歩いていても、ここがもし環境を再生させる農園になっていたとしたら、と考えることができますね。ヘルスケア、耕作放棄地、都市計画協生農法が研究段階から社会実装の段階に入ったこと。非常に楽しみですし、自らが環境再生のエージェントになる生き方をしたいという個人や企業の方が増えていくといいなと思いました。皆様、本当にありがとうございました。
こうして4日間にわたりエコロジー・ビジネス・アートの新たな領域に切り込む多彩なゲストと共に展開してきたフォーラムは幕を閉じた。「Ecological Memes Forum 2021」のセッションアーカイブ映像は、オンラインショップで販売中。本記事で紹介したセッション「拡張生態系のパラダイム - シネコカルチャーの社会実装の契機をさぐる」も購入できますのでぜひチェックしてみてください。
▼EMFレポート①
生命と非生命のあわい。人間的なるものを超える人類学とアートが問いかけるものとは?
▼EMFレポート②
拡張生態系のパラダイム - シネコカルチャー(協生農法)とは何か【前編】