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2021.04.28

抑制された野性への反逆。性と生と死の扉をひらくアーティスト長谷川愛、国内初の大規模個展「4th Annunciation」

TEXT BY ARINA TSUKADA,PHOTO BY ASATO SAKAMOTO

あなたは自身の性や欲望と、またはいずれ訪れる死や災害に対して、どこまで考えたことがあるだろうか? ロンドンやボストンを経て国内外で活動の幅を広げてきた長谷川愛の国内初となる大規模個展「4th Annunciation」がTERRADA ART COMPLEXⅡで開催中だ。「受胎告知」をタイトルに掲げた展覧会において、長谷川愛が問いかける未来とは何か。

いまあなたが見ているもの、感じること、発見したこと、それらはすべてあなたの生き方に直結する。逆を言えば、何を見て、何を見ていないのか。何に気付き、何に気付けていないのか。人は見たいものしか信じないし、わからないことには不安と拒絶が生まれていく。

人の生き方はその人の心の傾注(アテンション)がいかに形成され、また歪められてきたかの軌跡」であると語ったのはスーザン・ソンタグだが*、長谷川愛の作品を見ると、いつもこの言葉を思い出す。筆者が彼女初の書籍『20XX年の革命家になるには――スペキュラティヴ・デザインの授業』の編集に携わったときも、編集者あとがきに似たようなことを書かせてもらった。

*『良心の領界』スーザン・ソンタグ(翻訳:木幡和枝、NTT出版、2004)

同書の中で、彼女は度々「未来を夢想する」という言葉を使っている。未来を予測するのでもなく、過度な期待も悲観もせず、「もっとこうだったらいいのに」と夢想し続ける。それこそが彼女がRCAで学んだ「スペキュラティヴ」な態度なのだと。

『20XX年の革命家になるには――スペキュラティヴ・デザインの授業』長谷川愛(2020、ビー・エヌ・エヌ)

夢想から問題提起へ

ただし、その夢想を世に放つのは勇気がいることだ。あらぬ誤解を受けることもあるし、有象無象の批判に身を晒すことにもなる。そもそも、個人的な夢想をSNSで発信したところで、せいぜいその時ばかりのいいね!を集める程度で瞬時に忘れられるだろう。いかにユニークで、奇想天外で、なおかつ社会の抱える課題や関心と接続させながら、科学やテクノロジーの知識も取り入れ、適切な問題提起を通じて人々に働きかける。その掛け合わせに長けた逸材が長谷川愛なのだ。

問題提起型の代表作といえば、文化庁メディア芸術祭でアート部門優秀賞を受賞した《(Im)possibele Baby (不)可能な子供:朝子とモリガの場合》(2015)は、実在する同性カップルの遺伝情報の一部から予測された「子ども」の顔かたちや性格などをもとに、バーチャルな「家族写真」として提示し、多くの議論を呼んだ。国内において、スペキュラティヴ・デザイン&バイオアートの潮流を代表する作品のひとつと言えるだろう。

《(Im)possibele Baby (不)可能な子供:朝子とモリガの場合》2015
《(Im)possibele Baby (不)可能な子供:朝子とモリガの場合》2015
作品の制作過程がNHKのドキュメンタリー番組で放映された際、SNSでは賛否両論が巻き起こった。賛否どちらの意見も「作品」の一部として提示している。
個人的な感情と崇高さを行き来する

またもうひとつの代表作《I Wanna Deliver a Dolphine...(私はイルカを産みたい...)》(2011-2013)は、個人と社会(または世界)との接続の妙が光る作品だ。タイトル通り「イルカを産みたい」という突飛な妄想を、出産や絶滅危惧種にまつわる問いかけ、そしてさまざまな科学的知見を交えて発表したところ大反響を呼び、世界各国でいまなお発表を続けている。

《I Wanna Deliver a Dolphine...(私はイルカを産みたい...)》
ヒトの胎盤でイルカを受胎する可能性を示したインスタレーション

本作品のきっかけには、「自分は子どもを産みたいのか」という個人的な悩みから始まり、「環境や社会問題が深刻下するなかで、子どもを産むのは適切なのか?」と地球環境に問いかけたと思えば、「ダイビング好きな私は、海の生物と関係を持てないか?」などと超個人的な主観が入り交じっているという。

余談だが、昨今よく語られる「ウェルビーイング」において、研究者の渡邉淳司、ドミニク・チェンらの研究会では、アンケート調査などをもとにウェルビーイングを3つのカテゴリに分けている。ひとつは、自分のライフスタイルや欲望に基づく「I(私)」のウェルビーイング、2つ目は「WE / COMMUNITY(私たち)」で、家族や地域、会社、学校などの共同体におけるもの、そして3つ目は「UNIVERSE(世界)」で、広大な景色や空間に身をおいたときの恍惚感や自然に対する憧憬などがそれに当たるという。*

*『わたしたちのウェルビーイングをつくりあうために その思想、実践、技術』(ビー・エヌ・エヌ)

長谷川愛もまた「Sublime(崇高)」という表現を度々使うが、「UNIVERSE」なウェルビーイング――人智を超えるものへの想像力や接続点を背景に持つことが、超個人的な夢想をより普遍的な問いへと昇華させる鍵になるのかもしれない。

性への飽くなき情念と疑念

国内初の展示発表となった《極限環境ラボホテル》は、その名の通り現世を生きる人類にとっての「極限環境」を想起させる「ラブホテル」かつ「ラボ」をコンセプトとした作品だ。

《極限環境ラボホテル》

展示空間の最初に位置し、怪しげなピンク色の空間に照らされた「ラブホ」。この中では、酸素濃度が35%程度に達する「石炭紀の部屋」、恐竜たちが生息し、二酸化炭素量が現在の3倍以上だったという「ジュラ紀の部屋」、そして重力2.35Gという「木星の部屋」という3つのコンセプトが提示されている。

地球の古代から他の惑星までの生存領域を仮定とすること自体が興味深いが、なぜそこで「ラブホ」なのか。その着眼点には、あるとき「性欲を搭載している身体が煩わしい」と感じたという個人的感情が背景にある。

 

社会と肉体がミスマッチを起こしている。早く人間の体を進化させるにはどうしたらよいのかという疑問から、遺伝子編集以前に、エピジェネティックなリサーチの必要性に気づき、ここでは別の環境へ心身を暴露させるというところから、問いを鑑賞者へ投げかけている。

《極限環境ラボホテル》

出産率が低下し、新生児の18人に1人は不妊治療を受けて誕生するという時代において、もはや性行動と生殖がイコールではなくなっている。そんな現代人にとって、性行動とは何を意味するものなのか? たとえばこの先、二酸化炭素濃度が上昇し続け、平均気温が3℃以上を記録するような気候変動はすでに多くの専門家が予測しているが、現在の私たちが「極限」を体感するような環境下が訪れたとき、人はそれでもセックスをするのだろうか。

食べちゃいたいほど、可愛い

なぜここまで長谷川愛は「性」にこだわるのだろうか? フェミニストでもある彼女は、もちろんこの社会にはびこるジェンダー・ギャップへの問題提起を続けるだろう。しかしそれ以上に根源的な情念として、人間が本質的にもつ野性や生命力への追求があるようにも思う。

先述した《I Wanna Deliver a Dolphine...》において、「私は食べることが好きなので、子供にGPSやセンサーをつけておいて、死んだら遺体を探して食べてもいいし、先に自分が死んだら遺体を食べてもらってもいいかもしれない」と彼女は言う。平気な顔をして語るので、何度も耳を疑った。イルカやサメが好きと公言しながら、それを食べたいとは一体どんな性癖なのか。いや、それを単なる個人の性癖と片付けて良いのだろうか?

『性食考』赤坂憲雄 (2017、岩波書店)

そのとき、民俗学者・赤坂憲雄の『性食考』(岩波書店)の冒頭にあった「食べちゃいたいほど、可愛い」というフレーズが頭をよぎる。数々の民話や神話に込められた「性」と「食」をめぐる考察が綴られた名著だが、そこでは「食べることと、愛することや交わることとのあいだには、どうやら不可思議な繋がりや関係が埋もれているらしい」(同書より)という。

本書では、「鶴の恩返し」など世界各地の民話を手がかりに、人間と動物が交わる異類婚姻譚や、食と性と暴力の相関、または宮沢賢治の物語「蜘蛛となめくぢと狸」などが、「食べられる」という描写がいかに性的なエクスタシーの気配を帯びているか、と論じていく。「食べる」も「愛する」も「交わる」も、どれも人間の根源に関わるものだが、長谷川愛の原点には、現代の私たちが見ようとしてこなかった「抑制された野性」への反逆があるのかもしれない。

死を思索する

さらに今回、彼女は2つの新作のワークインプログレスを発表している。そこで浮かび上がったテーマは、やはり現代人が何度も目を背けてようとしてきたもの――災害と死である。

重大なリスクが予測されながらも、無意識のうちに軽視されがちなリスクのことを「灰色のサイ」という。今回発表した《富士山噴火茶席》は、まさにそのリスクが言われ続けている「富士山の噴火」に焦点を当てた作品だ。その状況を検討するために用意した舞台は、どういうわけか「茶席」だった。

《Fuji Eruption Tea Ceremony 富士山噴火茶席》2021

富士山が噴火し、火山灰が降り積もるなかで茶会を行うという映像作品とセットで、会場内には仮設の茶室が設えられていた。今回の会場設計から茶室の制作までを手掛けた建築家の佐野文彦は、「偽物の茶室をそれっぽく見せるのではなく、あくまで紙でつくったような仮設の状態のままで見せたかった」と語る。数ミリ程度の薄板でつくられた茶室は、あらゆるものが崩れ去る災害時を想起すれば納得がいく。長谷川と佐野は、鴨長明の『方丈記』における無常観などを語らいながら、この茶室をつくりあげていったそうだ。

建築家・佐野文彦

ほかにも、湯浅政明監督のNetflixオリジナル番組『日本沈没2020』に登場したコミューン、『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』に出てくる第三村、また先日アカデミー賞受賞が決定した映画『ノマドランド』のノマドかつヒッピー的な暮らしに示唆されているように、もし将来的に、災害や経済的な問題でいまいるところを離れて暮らす時代がくるかもしれない。そのとき、いかに前向きに、例えば「ノマディック・テクノ・ヒッピー」というキーワードで捉えていくことができるのか、皆で考えるための茶席としてお茶会を計画しているそうだ。 

《Techno-thanatology: Speculative Noh Pilot Play 技術死生学:思索能試作》

茶室の隣にはなんと、ほぼ実寸に近い能舞台が持ち込まれている(設計は佐野文彦)。本作品の基盤となり、筆者も参加した研究プロジェクト「技術死生学」において、長谷川はテクノロジーの発展する時代に「死と技術」をめぐるさまざまな議論を重ねていった。そこでは科学技術のみならず、過去に先人たちが行ってきた文化や工夫のなかにもその技術は存在しているのではないかという視点も取り入れている。

この研究会をきっかけに遠野物語や能楽と出会った長谷川は、SFスペキュラティヴな視点で能を見直すという試みに挑んだのだ。多くの物語のなかで死者が頻繁に登場し、いまだ成仏できぬ情念や未練を語る能の世界は、幾度となく死者が舞台上でよみがえる。正確には、シテ方の役者に「死者が憑依して語りだす」といった筋書きが多いのだが、その目に見えぬ死者の姿は、観客一人ひとりの脳内にこそ浮かび上がる。長谷川はそれを「死をケアするファンタジー」なのではないかと問う。

「能はもともと、踊りと歌(謡)を観客も覚えていて、一方的に鑑賞するというより実際に演じて楽しむ、いわばいまで言うカラオケ的な芸能でした。昔は医療が発達していなかったため、死がもっと身近なところにあり、そのため死に対する受容の物語が必要だったのではないかと思います。そこで、死者と出会う能は、いうなれば“死の練習”として、死者を演じたり、語らうことで、死の受容に一役買ったのではないでしょうか」と長谷川は語る。

これまで性や生を追求してきた長谷川が、「死」というテーマに関心を向けるようになったのは必然と言えるかもしれない。この社会で見えなくなったもの、隠されてきたものの扉をユーモラスにひらく長谷川愛の作品群。今回の貴重な機会にぜひ訪れてほしい。

INFORMATION

長谷川 愛 展 「4th Annunciation」

会期:2021年4月23日(金)~5月6日(木)12:00~20:00
会期中無休 ※最終入場19:30
会場:TERRADA ART COMPLEX Ⅱ 4階(東京都品川区東品川1-32-8)
入場料:無料 ※日時指定予約制
予約方法:TOKYO CANAL LINKS 公式サイトより日時指定予約

 

CREDIT

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TEXT BY ARINA TSUKADA
「Bound Baw」編集長、キュレーター。一般社団法人Whole Universe代表理事。2010年、サイエンスと異分野をつなぐプロジェクト「SYNAPSE」を若手研究者と共に始動。12年より、東京エレクトロン「solaé art gallery project」のアートキュレーターを務める。16年より、JST/RISTEX「人と情報のエコシステム」のメディア戦略を担当。近著に『ART SCIENCE is. アートサイエンスが導く世界の変容』(ビー・エヌ・エヌ新社)、共著に『情報環世界 - 身体とAIの間であそぶガイドブック』(NTT出版)がある。大阪芸術大学アートサイエンス学科非常勤講師。 http://arinatsukada.tumblr.com/
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PHOTO BY ASATO SAKAMOTO
プロデューサー、クリエイティブディレクター、撮影監督。2006年、大阪にてセレクトショップを開業後、シルクスクリーンスタジオを併設。同年デザインオフィス CUE inc.を創設し、手塚治虫からスタンリー・キューブリック、釣りキチ三平まで、音楽、映画、マンガ、アニメなど幅広い商品開発を手掛ける。2013年、写真・映像制作に特化したMEDIUM inc.を設立。ダレン・エマーソン、トレヴァー・ホーンなどの音楽家や電子楽器メーカーRolandのドキュメンタリー映像制作を手がける。現在、デンマーク発のアートマガジン「PLEHORA MAGAZINE」の日本エージェント「REC TOKYO」のクリエイティブディレクターを務め、ヨーロッパを中心にさまざまなアーティストの企画展を展開する。 https://the-lightsource.com/

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