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2021.04.15

バイオフィリックデザインは分断をつなぐ架け橋になる(前編)「Give Space - Research in Biophilia」vol.3

TEXT BY NAHO IGUCHI

「バイオフィリア」とは、人間が本質的に自然を希求することを指す。近年はその性質を都市に活かす方法論「バイオフィリックデザイン」が世界各地で注目されている。ベルリンでアーバンデザイン活動を行うアーティスト井口奈保とBound Baw編集長の塚田有那により、自然と共に生きる新たなアーバンデザインの方法や思想をたどるリサーチ連載「Give Space -Research in Biophilia」、Vol.3はバイオフィリック・デザイナーのソニヤ・ボカルトのインタビュー前編をお届けする。

今回インタビューしたのは、アリゾナの砂漠をホームと呼ぶバイオフィリックデザイナー、ソニヤ・ボカルトだ。インテリアデザイナーとして25年以上、病院を始めとするヘルスケア産業を中心に、人の心身を治癒する建物を手掛けてきた。人が癒される建造物のデザインを突き詰める中で、彼女は自ずとバイオフィリックデザイン、リジェネラティブ(循環的に再生し続ける意)デザイン界を牽引するひとりとなっていった。

LEED AP BD+C (LEED認定プロフェッショナル 建造物デザイン + 建設)、WELL AP(WELL認定プロフェッショナル)、LFA (リビングフューチャー認定。Vol.2記事で紹介したILFIが発行しているもの)というグリーン建築の代表的認証システムを熟知するヘルス、ウェルビーング、バイオフィリアのエキスパートだ。現場に立つだけでなく、大学で教鞭も取っている。さらに、自ら学生として、リジェネラティブ開発という最新分野の修士号取得に向けて邁進している。

ソニヤ・ボカルト

バイオフィリックデザインを軸に、人と人、人と自然が結びつき、心理的にも科学的にも癒される空間創りに情熱を注ぐ。ヨガやエナジーワークに精通し、マインドフルネス、根拠に基づくデザイン(Evidence-based design)、ストーリーテリングなど多角的かつ統合的方法でアプローチする。

ソニヤとの出会いは約1年前。私が初めてバイオフィリックデザインのオンラインコースをThe International Living Future Institute (ILFI)で受講した際、ゲスト講師のひとりだった。まず、彼女の声が印象的だった。説明する専門的知識と経験値は言うまでもなく大きな学びだったが、それ以上に、彼女の自身が話す言葉を信じている様子が私の潜在意識に残ったとでも言えるだろうか。日本語には言霊という言葉があるが、それを連想させるような、柔らかく凛として、バイオフィリアを体現しているような声だった。私は普段からさまざまな生き物をイメージし、なり変わってみるワークをしている。それはGive Spaceで大事なプロセスのひとつだが、きっと彼女もいろいろな生き物とアイデンティティを重なり合わせているのだろう。そんなことを感じさせる力のある声だった。

Main Visual: サステナブルランドスケープセンター / Photo: Paul g. Wiegman

バイオフィリック・デザインがつなぐ社会的公平性

あなたの都市と自然の未来に対するビジョンはなんですか?

ソニヤ・ボカルト(以下ソニヤ) 「インターコネクション(すべてがつながり合っていること)」です。そして、人間のスペースと野生のスペースの間にある境界線がもっともっと曖昧になっている世界。人間以外の生き物への深い畏敬と思いやりがあり、人の手によって建造された環境(built environment)に変容が起こり、車が少なくなっている。私たちがもっとゆっくり暮らしていくスペースがあり、体をもっと動かして、体を使って移動しているから、より健康な体を手に入れている。いま、私たちはできるだけ速く、できるだけ効率的に物事を片付けるという考えに執着してしまっているでしょう。そんな私たちのスピードを抑えてくれるような都市がいいと思います。

興味深いリサーチがあって、自然の中でどれだけの時間を過ごすかが、私たちがどう時間を認識するかに影響を及ぼすそうですよ。私たちには、もっとつながり合う時間が必要です。六感をフルに感じて、闘争・逃走反応に陥ってしまっているマインドから離れなくてはいけない。そう、時間という観念は私にとって重要なものです。都市のあり方を根本から変えるんです。それから、決して忘れてはいけないのが、より公平な都市になること。持つ者と持たざる者の分断が縮まって、よりシンプルになっている。地産地消の食べ物、もっと美しいものに溢れている。そのためには、自分たち自身に抱いてしまっている見方や固定観念を変えていく必要があります。私たちは、新しい種なんです。だから、深い観察眼を持ち、もっと植物や動物から学ばないといけないし、学べるはず。土地の持つエッセンスと根っこからつながること。そんなビジョンです。

社会的公平性とバイオフィリックデザインはどのような関係性にあると思いますか?

ソニヤ:空間そのものの中に関係性があると言えます。食べ物の公平性がどこにあるのか考えてみるとわかりやすいです。現状は、どの地域に居住する、どんな人口統計的なバックグラウンドの人に、どんな食べ物が流通しているのかを見れば、断絶があるのは一目瞭然です。都市の緑化スペースにも同じことが言えますから、まず、どのように割り当てられていて、不均衡はどこにあるのかをマッピングし、可視化する必要があります。

そうやって何度も何度も図面の上でシミュレーションして、バランスよく緑のスペースが街に散りばめられるようにしていきます。社会的公平性は、十分な公共サービスを受けられていない人たちを巻き込むプロセスをデザインすることから生まれます。階層的な仕組みから抜けて、彼らがコクリエーター(共に創造する人)になれるようにしていきましょう。これはアーバンデザインプロセスというだけではなく、聖なるものだと思っています。専門家やデザイナーだけが押し進めるのではなく、コミュニティの存在が鍵になります。

バイオフィリアを育むのにアートは不可欠

あなたが手掛けたバイオフィリックデザインのプロジェクトにおいて、命の息吹を感じたものはありますか?

実は、自分がコクリエーションをお手伝いしたプロジェクトが完成した場所で、そんなに時間を過ごしていないんです。それがデザインという仕事の性質であり、「手放す」という側面が常にありますね。それでも、シンクロニシティ(共時性)が生まれた瞬間を経験した記憶がいくつかあります。タイミングの妙というか、誰かが私の手掛けたプロジェクトについてちょっとした雑談をしていたところに、私がたまたま通りかかる。でも、もちろんその人たちは私がそこにいて、しかもプロジェクトに関わっていたことなんて知らないわけです。

サステナブル・ランドスケープセンター / Photo:  Paul g. Wiegman

ひとつ例として、私がかなり長期にわたって関わってきたのが、フィップス温室・植物園内にあるサステナブル・ランドスケープセンターです。敷地内には泉があり、生き物たちの生息地になっています。雨はそこに貯水され浄化されます。フィップス温室・植物園の近くに来るだけですでに命を感じ始めます。Living Building Challenge(LBC)認証を取得していて、沼は「水のペータル」*のために作られました。ただただ美しい空間で、魚、亀、鳥、蝶々、トンボらが棲んでいます。魅了され、何時間でも水辺に座って、水を浄化してくれるエレメントや、駆け回る子供たちを眺めていることができます。訪れるたびに、違った印象を受けるのも特徴ですね。大きくて立派な蛙の写真を撮るのについ夢中になって時が経つのを忘れてしまった時もありました!

*… LBC4.0は満たすべき基準を7つの領域に分け、各領域は花にたとえてペータル(花弁の意)と呼ばれる *Vol.2記事参照

他にも、フィップス温室・植物園には「アートで生み出すバイオフィリア(Biophilia Enhanced Through Art =BETA) 」というプログラムがあり、そのコクリエーションのお手伝いをしました。サステナブル・ランドスケープセンターの建物に入った瞬間、畏怖のような感覚を覚えるんです。まず、フィップス温室・植物園があるピッツバーグ市の自然の音をフィールドレコーディングして、BETAによってデザインされたサウンドスケープアートが聴こえてきます。普段から慣れた建物にいる感覚とは、なにか違った感覚があるなと感じます。それから、さまざまなアート手法で表現された自然によって、中へ進むごとにその感覚が強調されていくんです。あの空間にアートが命を吹き込んでいます。
 


サステナブルランドスケープセンター / Photo:  Paul g. Wiegman

バイオフィリアを育てるのにアートは不可欠です。サウンドアートを耳にして抱く「あれ、なにか違う」という変容の感覚は、まるで建物が物語を語っているようです。建物が語り部になって、私たちの内に潜むものを呼び覚まし、畏敬の念を起こさせます。その変容は私の中だけでなく、建物の周りに棲んでいる他の生き物たちにも伝播しているかのようです。大袈裟なことじゃないんですよ、共時的(シンクロニスティック)な瞬間って。例えば、そこのスタッフがBETAで作られた再生木材で製作されたベンチについて話している。単なるベンチではなく、美しく場を彩る要素となり、芸術作品となったベンチです。そんな小さな瞬間を私は愛おしく思います。

こういったものが、空間と美に命を与えてくれます。壁にかかっている大きなガラスで出来た植物文様のブラインドが、差し込んで来る太陽光を静かに拾い、反射している。そして、空に向かって開いた吹き抜けが続く。空はこの建物にとって重要だったので、アート作品が空を遮ることがないようにしました。むしろ空のエッセンスを補完し、際立たせてくれるようになっています。ほとんどのアート作品は地元のアーティストとコミュニティによって創作されたものです。私にとって、そういうことが命を感じさせてくれます。人とのつながり、建物とのつながり、私自身とのつながり。ハッと目が覚める瞬間を与えてくれる場所。そうすると、今という時につながり、共に呼吸をできるようになります。こうした記憶が、私たちがこれまでとは違った方法で先に進もうとする意思と愛情を育んでくれるんです。「わたし」とか「あなた」ということではなく、皆がコクリエーションする潜在的な力に気づいていく。こうやって、建物が私たちに変化を促してくれます。

自分の内側をさらけだす

バイオフィリックデザインを通じて体験した、忘れられない出来事があれば教えてください。

ソニヤ:いくつか思い浮かんだものがあります。バイオフィリックデザインのワークショップでは、まず最初に、何かしらとてもシンプルなことをしてもらうよう参加者にお願いします。それによって、人が自然なフローの中に入っていくのを目の当たりにするのは、何度味わっても素晴らしいです。 一つひとつのワークショップは、そのプロジェクトの所在地、関わる人によって、ユニークで異なっています。それから、バイオフィリックデザインはとても純粋なものだと感じています。 松ぼっくりがいかに好きか話し合う時間を共有したり。参加者に、自分の心に響くものを持ってきてもらうようにお願いするからなんです。

Photo: Sonja Bochart

これは、普段の仕事場では見せることのない自分の内側をさらけだすような体験ですよね。「先生」と呼ばれたり、権威ある専門家と言われる人が多く参加する現場ですが、そういう人たちに、パーソナルな内側を見せてくれるようにお願いするのが、バイオフィリックデザインの性質です。瞬発力で返答できる慣れ親しんだ彼らの専門分野の問答ではなく、ちょっと間をおいて、その場で考え込まないといけないような個人的な物語を語ってもらうように導きます。そうすると、意外にも一瞬で子供の頃に立ち帰れ、忘却の彼方にあった記憶のかけらを思い出したりできるものなんです。それがどれほど力強い経験だったか蘇ってくる。お庭にあった一本の木の話だったり、 お父さんからもらった石のコレクションだったり。

あるプロジェクトで、権力を持った不動産のオーナーがいました。彼が石のコレクションの話を喜びに満ちた表情で語ってくれたんです。彼がそうやって心を開いてくれた後、ワークショップに参加していたすべてのプロジェクトメンバーが彼に続きました。バイオフィリックデザインは、建物をどう建てるかなんてところから始めません。プロジェクトのコンセプトがどうかなんてところからも始めません。一人ひとりのパーソナルなつながりから出発します。深淵とも言うべきプロセスで、そこを心底大事にしています。

こうやって、まず私たちのバイオフィリアに触れます。次に、バイオフィリックデザインの効果を示す科学的データの話をします。それからやっと建物の話に入ります。こうしたゆっくりとしたステップを踏むことによって、プロジェクトメンバーは彼らが共にやろうとしていることが一体何なのかを明確に理解し、未来に大きな可能性が秘められていることに気づくので、輝かしい表情をするんですよ。階段は、単なる階段ではなくなり、彼らにとって記念碑的な階段になります。屋根は単なる屋根ではなく、その土地の文化を感じられる眺望を見渡せる、いのち溢れる屋上ガーデンとなります。コクリエーションが生まれます。

後編へ:経済やメンタルにも影響を与えるバイオフィリックデザイン(後編)「Give Space - Research in Biophilia」vol.4

 

CREDIT

Naho iguchi
TEXT BY NAHO IGUCHI
2013年にベルリン移住。自らの生活すべてをプロトタイプとし、生き方そのものをアート作品にする社会彫刻家。人間社会に根ざす問いに、向き合って答えを見つけるのではなく、問いの向こう側に目を向ける。アート活動の傍ら、ベルリンの遊び心に満ちた文化を日本やアジア諸国と掛け合わせ化学反応を生むべく、多岐に渡る企画のキュレーションを行う。最新プロジェクトは http://nionhaus.com

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