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2021.01.19

グリーン建築界の騎手、ジェイソン・F・マクレナン「Give Space - Research in Biophilia」vol.2

TEXT BY NAHO IGUCHI

ベルリンのアーティスト井口奈保とBound Baw編集長の塚田有那が始動した、自然と共に生きる新たなアーバンデザインの方法や思想をたどるリサーチプロジェクト連載「Give Space -Research in Biophilia」シリーズ vol.2。
Vol.1のエッセイに引き続き、今回はグリーン建築界の騎手としてサステナブルデザイン建築のスタンダードを打ち立て、世界中から注目を集める建築家ジェイソン・F・マクレナンのインタビューをお送りする。

サステナブル建築の最先端とは?
ジェイソン・F・マクレナン

「Give Space - Research in Biophilia」のリサーチを始めるにあたって、真っ先に思いついた一人がアメリカ西海岸、シアトル近郊をベースに世界各国の建築を手掛ける建築家のジェイソン・F・マクレナンだった。

アメリカ在住だが、国籍はカナダ人。グリーン建築界の騎手で、彼の著作『サステナブルデザインの哲学』(Ecotone出版、2004年)はサステナブルデザイン、グリーン建築のバイブルと呼ばれている。2012年には、社会的責任を果たす上で重要かつイノベティブなデザインに与えられるバックミンスターフラーチャレンジ賞(*)に輝いている。受賞したのは彼が作り上げたLiving Building Challenge」という世界屈指のサステナブル建築のスタンダードを示す制度だ。

*アメリカの思想家で建築家のバックミンスター・フラーのビジョン、「生態系へのダメージや人々への不利益を生じることなく、自発的な協力を通じて、最短時間で世界を100%人類のために機能させること」を実践するイノベーティブなアイディアをオープンコールで募集して表彰する。

さらに、彼が創設したThe International Living Future Instituteという、サステナブル建築の最先端のイニシアチブを次々と牽引している組織がシアトルにある。そこが毎年開催するカンファレンスが、今年の春は(残念ながら)オンラインで開かれた。そこでジェイソンは、自身の葛藤を赤裸々に語りながら、壮大なビジョンと自身の使命を信じ抜く素晴らしいキーノートスピーチを行うと共に、彼が制作した絵本『LOVE+GREEN BUILDING: You and Me and the Beautiful Planet』(Ecotone出版、 2020年)のブックリーディングを披露した。彼のスピーチに感銘を受け、実際に言葉を交わしたくなったのだった。

サステナブル建築のスタンダード「Living Building Challenge(LBC)4.0」は、その名の通り「生きる建物」を目指すというコンセプトのもと、サステナブル建築のサーティフィケーション(認証)プログラムにおいて群を抜いた基準を設定している。10年以上の歳月をかけて少しずつアップデートされ、現在はバージョン4.0になっている。

再生可能エネルギーの利用によるエネルギー効率化やCO2削減のための建築法、雨水100%利用のエンジニアリングといった要素をカバーする。ユニークなのは、LBCの構造を花に例え、7つの認証項目を7ペータル(7枚の花弁)と呼んでいるところだ。

1. Place(場), 2. Water(水), 3. Energy(エネルギー), 4. Health and Happiness(健康&幸福),
5. Material(素材), 6. Equity(公平性), 7. Beauty (美)

殊に、4、6、7の花びらは特徴的だ。人間がデザインされた空間とどう関わるのかを、健康といった物理的・身体的な領域(フィジカル)や、喜びや幸せという感情の領域(メンタル)から扱うと共に、建築や都市設計が社会的公平性(及び不公平性)に与える影響を鑑みて認証が行われる。そして、自然と繋がり、自然を愛おしむという感覚的、内面的(スピリチュアル)な領域にまで渡る。

さらに、LBCが他のグリーン建築認証と一線を画すのは、建造後、実際に建物が運営され始めてから1年間モニターし、そのデータが基準を満たして初めてLiving Buildingと認定されるストイックさだ。ただ建物の構造やマテリアルがサステナブルで水や電気の消費が削減される予定ではだめなのだ。7つの花弁の基準には、建物の運営開始後に地域貢献することや、Regenerative design(リジェネラティブデザインとそのまま訳される)の教育プログラム提供なども含まれる

ジェイソンが創始したThe International  Living Future Institute (ILFI)は、シアトルに本拠地を置き、ヨーロッパ、オーストラリアにも姉妹機関がある。社会的に公正で、多様な文化に満ち溢れ、地球生態系が回復していくことへ貢献する文明を築くことがミッションだ。建築やエンジニアリングといったテクニカルな部分や、CO2削減や再生可能エネルギーの利用など即経済効果に繋がる部分だけに焦点を合わせる狭義のグリーン建築ではなく、真に自然の一部として、人間が地球で共生していくために建築家ができることを考え、複雑な社会課題に総合的に取り組むための手法を発案し、世界中にコミュニティを広げている。

グリーン建築界の騎手、ジェイソン・F・マクレナン

ジェイソンは「ホモ・リジェネシス」という言葉をよく掲げている。考える猿であるホモ・サピエンスから脱し、私たちは(地球環境を)再生する猿に生まれ変わらなくてはならないと説く。「人間という動物」は他の生き物へ土地を返していくのが役割だと気づいた私が見ているものと、重なるところがずいぶんある。違いは、彼はすでに何十年もグリーン建築界をリードし、地球に実際にポジティブインパクトを残している点だ。ここからは彼に行ったインタビューをお送りする。

これからの自然と都市のあり方はどうあるべきか、ご自身の見解を教えてください。

ジェイソン・F・マクレナン(以下、ジェイソン) まず、「Built environment(人間が何がしかの理由で人工的に建造する空間環境)」と自然の境界線を限りなく曖昧にぼやかしていくことが重要になります。ここ数百年の間、私たちは自然を手懐け、土台から破壊し、人間の経済的・社会的利便性に基づいて利用することに成功してきました。でも、その分の代償は計り知れないことを実体験していますよね。

ですから、アーバン・リワイルダリング(都市に再び自然を取り戻すこと)を進めていく必要があります。単に、建物の中に木を植えたり、オフィスに植物を置くことだけではなく、90%の時間をbuilt environmentの中で過ごす我々が毎日、本当の自然と直接触れられるようにしていく必要があります。それは私たちの健康とウェルビーイングのためになることはもちろんですが、それだけでなく、他のあらゆる生き物たちのためになるようなデザインでなければなりません。

私たちの暮らし方が原因で都市化が起こり、分断されてしまった自然システムを繋げていったり、私たちが破壊してしまった土地や環境機能が癒され、元の力を取り戻せるようにするんです。その他にも、まだ残されている自然地域を、できるだけ今の良い状態で保護する方法を見つけ出し、実行する必要があります。こういったことに従事し、結果を残していくことが私のビジョンです。

自身の関わられた建築や都市デザインにおいて、いのちを感じた瞬間を教えてください。

ジェイソン 難しい質問ですね。正直なところ、人間だけに囲まれていたり、人間によって建造されたスペースにいるのではもの足りなくて、他のいのちの息吹のそばにいないとそうは感じませんから。でも、例を挙げるとしたら、自分の家でしょうか。家族が自然と深いコネクションを結べるように私がデザインし尽くしたもので、とても気に入っています。Living Building Home(LBC認証済み)ですよ。私はここで、住宅というものがどうすれば地球にあまり負荷をかけず、軽やかに佇む「暮らしの実験室」となり、過去に敬意を払いながら、未来を見据える空間になるかを存分に具現化しました。

ジェイソン・F・マクナレンの自宅「鷺(サギ)の間」
© McLennan Design / Photo: Dan Banko

この家は「鷺(サギ)の間」と名付けました。とても思い出深い出来事があったんです。まだ家の土地を購入する前、そこが子供を育て、家族を作っていくための場所に最適なのかどうか、長所と短所を比較しながら頭を悩ませていた時のことです。これが最後と思ってその敷地を訪れ、散歩をすることにしました。道路脇に車を止めて歩き始めると、突然、大柄のカラスが目の前にスッと舞い降りて、私の隣に着地し、カーカーと鳴き喚き、あらゆる音をたてました。私は、迎え入れてもらえているように感じました。そのまま敷地に向かって進み、小川の方へ降りると、今度は大きなカエルが私の靴の上をジャンプして、ケロケロと鳴き喚きました。この土地に特別なものを感じました。最後には、ふと上を見上げると、巨大な鷺が数メートルしか離れていない頭上をスーッと飛び去っていったのです。すべてが2分以内のことでした。しかも、私の大好きな動物ばかり。これがきっかけで、この土地に決め、家を鷺の間と呼ぶようになったんです。

建築的なことを言うと、地元の大工や職人と協業し、地域の素材を生かし、地域文化、地域産業、地域のエコシステムに貢献するやり方で建設しました。この土地はシアトル近郊にあるベインブリッジという小島にあり、もともとGale Coolと言う人が自然環境の回復を目的に購入した土地でした。その後、彼のビジョンは見事に達成され、鮭が川にやってくるようになり、様々な鳥が訪れるようになり、在来植物が育成しました。そんな土地を受け継ぐことになり、私たち家族もこの土地をさらに自然へ返していくことに力を注ぎました。

自宅付近の環境
© McLennan Design / Photo: Dan Banko

まず外来種であるセイヨウキヅタを伐採し、代わりに在来のシダ種、スノーベリー、インディアンナツメ、ベイスギ、ヴァインメープル、サラルを植えました。このようなランドスケープデザインによって、私たちが手をかけた管理された自然風景とその周辺に広がる手付かずの自然風景が優しく融合しています。低木エリアには様々な在来種や適応種の草花を植え、家の周辺を彩ると共に、敷地内と河口へと向かう外側のなだらかなトランジションを生んでいます。蝶や蜂などポリネーターがやってきて、地域エコロジーがより豊かなものになっています。

LBCの二つ目の項目、「ウォーターペータル(水の花びら)」の認証も取得しています。まず、島を取り囲む海や川の水文学的機能の復元に取り組みました。潮間帯の再構築と、うちの敷地を囲む小川の復元などです。また、私たちの家は、住宅建築の中で100%雨水に頼ったネットポジティブウォーター(*1)を実現した数少ない例の一つです。グリーンルーフ(緑化された屋根)と集水システムを備えた金属性屋根の間で、すべての屋根の水は貯蓄、利用され、復元された帯水層にゆっくりとろ過されます。 駐車場の表面全体が透過性であるため、浸食の影響なしに適切な排水が可能です。 それから、バイオトイレを設置して、家庭用水の需要を大幅に減らしてくれました。 地方自治体が提供する家庭用水、雨水管、または衛生下水道との接続はありません。

*1...サステナブルデザインの用語。水や電気が建物内の需要よりも供給量のほうが多い(ポジティブ)状態。水であれば雨水システムやフィルタリングシステム、コンポストトイレなどを用いて、水の使用量を貯水量が上回ること。電気の場合、太陽光や風力などで消費量を100%まかなえている状態のこと。

© McLennan Design / Photo: Dan Banko

鷺の間を建造するにあたり、一つひとつの意思決定が、一つの目的ではなく複数のベネフィットをさまざまな側面で生み出すように、丁寧にデザインしました。機能性はもちろん必要ですが、デザインは複合的に周囲の環境と繋がり、お互いに影響し合うことを理解し、そして、この土地特有のスピリットと文化との織り合わせるようにしました

美は、機能性と同じくらい不可欠なデザイン要素で、完成した家のムード全体を醸し出す要因になりました。 家の機能的側面だけを一個ずつあぶり出すのが難しいのと同じように、人間の喜びを満たすだけのデザインをしようとすることもまた難しいのです。 美しくエレガントなソリューションは、周囲の自然の美しさ、メーカー、職人、地元の文化、あるいはそれらすべてが複雑に絡まって生まれた機能上の課題を解決することがわかりました。

© McLennan Design / Photo: Dan Banko

Biophilic なアプローチだからこそ起きた、記憶に残るエピソードはありますか?

ジェイソン 本当にたくさんあります!  私たちは、建設する土地を理解するためのバイオフィリックなプロセスをすべてのプロジェクトに必ず取り入れています。 生態系がどのように機能しているか、うまく機能していない場合は、どのように機能すべきかを理解するために、生物学者たちにチームに参加してもらいます。 土地が置かれている自然環境の中でどう機能するべきか、理解する必要があり、それは各土地ごとに異なります。

最初に思い出したのは、カナダのブリティッシュコロンビア州にあるファーストネーションの部族(カナダの先住民族で、イヌイットあるいはメティ以外の民族を指す)とお仕事をした時のことです。部族のための言語と文化のセンターを作りたいと依頼があり、 多くの人が訪れることのできるエコリゾートを作ることになったんです。伝統的な、先祖代々続く土地を取り戻し、彼らの存在と周囲の生態系を再び活性化する取り組みです。 現代建築でそれをどのように行い、土地への心底の敬意を示せるのか?というようなプロジェクトでした。

そこは、 先住民族の尊厳の回復、祖先から受け継ぐ土地を彼らの手で再び管理する力の回復、自然の回復など、色々な意味でヒーリングの場になるべきでした。その場所にふさわしいデザインを手に入れ、訪問者の体験を豊かにするために、建設予定地に何度も何度も足を運び、ハイキングをして、場が奏でる音を聴き、場から学びました。 彼ら部族は何千年も前からその土地に住んでいましたから、彼らの土地への理解と、私たちチームのものとは当然違います。火を囲み、踊り、長老たちの言葉に耳を傾け、大地に向けていくつものセレモニーをしました。とても美しかった。

“Give Space”を実施するために、どんなアドバイスがありますか?

ジェイソン 屋上、ファサード、建物間のスペース、通り、歩道など、あらゆる面の可能性を考える必要があります。また、インフラのデザインを抜本的に改変する必要があります。例えば、 雨水システムや下水管を隠す代わりに、逆に地上で見える形にします。 自然のシステムを模倣し、都市にダイレクトにインストールするんです。雨水処理システム、中水処理システム、都市での植樹、蜂や蝶など花粉交配者の経路の確保、 鳥にも安全なガラスの使用、コウモリボックスの設置。できることはたくさんあります!単に自然を取り戻すだけでなく、特定の種、特に有益な種の多様性を回復させる設計が大事になります。だから、見栄えがいい、なんとなく広々とした公園などではなく、「ブルーグリーンストリート(BlueGreenStreets/ BlueGreen Infrastructure) 」のように周囲のエコロジーに適した形で多機能を果たすランドスケープをデザインしてください。

Give Spaceへの考察

シンプルに自然を慈しみ、さまざま命に触れては恋に落ちる。その感覚を常に心に持った状態で、ジェイソンは世界指折りの影響力のある建築家として現場に立ち続けている。スピリチュアルな感性とプロフェッショナルな信頼性はまったくもって相反するものではない。御伽噺のように3匹の動物から受け取ったメッセージが重要な意思決定に影響することがある。実は、誰もがきっと経験したことがあるに違いない。頭の中の理性の声がそれをかき消してしまったり、息つく間もなく忙殺されて足元のいのちに気がつけないことは往々にしてあるだろうけれど。Give Spaceをまずは個人の生き方として実践し、より多くの人が彼の轍を踏めるようにLBC4.0のような仕組みを作り、人間の生息地と他の生き物たちの生息地の両方を、少しずつ豊かにしている「ホモ・リジェネシス」、あるいは「人間という動物」から知恵を分けてもらい、純粋に尊敬と喜びの気持ちに満ちたインタビューとなった。

「Give Space -Research in Biophilia」は始まったばかり。次回は、建築ではなくデザイナーの立場からBiophilic Designを実践するソニヤ・ボカルトのインタビューをお届けする。
Vol.3 - バイオフィリックデザインは分断をつなぐ架け橋になる

 

CREDIT

Naho iguchi
TEXT BY NAHO IGUCHI
2013年にベルリン移住。自らの生活すべてをプロトタイプとし、生き方そのものをアート作品にする社会彫刻家。人間社会に根ざす問いに、向き合って答えを見つけるのではなく、問いの向こう側に目を向ける。アート活動の傍ら、ベルリンの遊び心に満ちた文化を日本やアジア諸国と掛け合わせ化学反応を生むべく、多岐に渡る企画のキュレーションを行う。最新プロジェクトは http://nionhaus.com

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