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2021.01.18

異種の生きるテリトリーを見つめるアーバンデザイン「Give Space - Research in Biophilia」vol.1

TEXT & PHOTO BY NAHO IGUCHI

ベルリンでアーバンデザイン活動を行っているアーティスト井口奈保とBound Baw編集長の塚田有那により、自然と共に生きる新たなアーバンデザインの方法や思想をたどるリサーチプロジェクト「Give Space -Research in Biophilia」が始動した。人間を動物として捉え直し、他者・他種と共に生きる「スペース」とは何か?  連載シリーズVol.1は「Give Space」提唱者の井口奈保によるエッセイをお送りする。

「人間という動物」とは何か?

「人間という動物」というコンセプトと向き合って10年ほど経つ。それは人間と他の種に絶対的な境界線を引かず、数多いるほ乳類の中の一種でしかないヒト科動物だと、高度に文明化された社会生活形態の中でも意識し、体現すること。私たち人間は、地球を巡る生死の連環の一部であり、その命がより高貴だったり優勢であることはない。

「動物」という言葉が揶揄する野蛮さや暴力的、あるいは性的なものを指すのではない。それはすでに人間の人新世的な意味付与がなされてしまっている言葉だ。そうではなく、私は動物という言葉にもっとニュートラルな、この肉体に宿る生物的、生理的、精神的な機能と能力にまっすぐ繋がり直すという意味を宿している。。

「人間という動物」とは何か?という問いは、私自身のアイデンティティの問いだった。私たちは社会的役割や所属、自分の思考や感情をアイデンティファイし、自己同一性を保つ。〇〇という職業の私。〇〇の父である私。〇〇の姉である私。〇〇の出身である私。〇〇という意見を持っている私。〇〇が嫌いな私。〇〇をしたい私。〇〇が必要な私。〇〇は悪いと思う私...。アイデンティティは創造(クリエイティビティ)の源であると同時に、ある閾値を超えると破壊の源に変容していく。

「私はこういう性格である」「私はこう考える」「私はこうしたい」... アイデンティティとは欲望だ。高度に産業化、デジタル化された社会は、こういった「わたし」という無数の人間のうごめくアイデンティティの化身だ。私たちの欲望がクリエイティビティという言葉で礼賛されるものであれるか、それとも人の精神や地球環境を破壊するネガティブなものになるか、その境界は曖昧だ。

これは絶対的な尺度などではなく、人間だけに通用する視点に過ぎない。だから、ポジティブだろうとネガティブだろうと、人間中心なエゴイズムの源になっているアイデンティティというものから一旦距離を置こうと思った。私は、己のアイデンティティを一つひとつ手放していくことが、人間という動物になっていくプロセスになると考え、実行に移した。人間社会で何者かという、人間とだけの関係性において定義されるアイデンティティをなくし、「人間という動物」、一つのいきものとしての生き方を追求する中で、他のたくさんの命に触れる機会を得た。それがさらにまた、私を「人間という動物」たらしめた。

サバンナの動物たちから学んだ「スペース」

遠くの南アフリカのサバンナで、私はライオネス(メスライオン)と出会い、人間社会内に自らを閉じ込めた人類が、失ってしまったものがあると教えてもらった。それは、他の生き物に対して適切な距離を保ち、「スペースを与えるという能力」だ。人間以外の動植物はそれぞれテリトリーがオーバーラップしながら共生し、実にスムーズに意思疎通を行う。

サバンナではライオンとハイエナと象とインパラが、東南アジアのジャングルではオラウータンと蛇が、北極海では白熊とセイウチとアザラシが、皆、生きるために日々コミュニケーションを図っている。種が違えども、警告、支配、降伏、友情のサインを読み合う。彼らは無駄に相手のテリトリーを侵害しない。なるべく威嚇によって優位を示し不戦勝を狙う。また頭数が多いからと言って七頭のハイエナが一頭のオスライオンを必ず仕留められるかというとそうではなく、それこそ気功のような気合や気配が重要で、そのエネルギーにはリスペクトを払う。人間目線から見ればハイエナが圧倒的に勝利できそうなものだが、一頭のオスライオンがより広いスペースをエネルギーレベルで占拠できれば、七頭はやがて諦めて去る(もちろん、七頭のハイエナがより大きな自信を持っているグループであれば、オスライオンがやられるケースもある)。

「Give Space」というアーバンデザインの方法論

こんなやり取りが連鎖して、エコシステムは絶妙なバランスを保っている。それを、私はこうしたい、私の会社はこうしたい、私の国はこうしたい、という無尽蔵な人間の自我によるアイデンティティの増幅によって、人間は他の生き物のメッセージは黙殺し、圧倒的な頂点捕食者の座に立ち続けている。私たちの領地は成長拡大し、その影響からこれまでにない規模の自然災害や新たなウィルスとの遭遇のため、混乱が起きている。

しかし、シンプルに考えれば、地球の土地(海を含め)はどの種に属しているわけではない。そんな理屈で地球環境は機能していない。理屈があるのは人間だけ。人類の祖が誕生する何億年も前から地球はあり、他の生き物もいたわけだから、人間の許可や管理が必要なわけが無い。この、とてもシンプルな事実に立ち戻ること。そして、忘却してしまった生き物としての能力、適切な距離を読み、スペースを与え合う力を取り戻し、土地を他の生き物たちに返していく。それが、「人間という動物」の役割であり、アイデンティティであるのだという回答にたどり着いたのだった。

南アフリカとベルリンの往復を何度か繰り返しながら、ライオネスからの教示とも言うべきものを、日常は都会で暮らす私がどう実践に落とし込んでいくか試行錯誤した。その始まりは、2年前にBound Bawにも綴っている。

参考記事:「南アフリカのライオン生息域から学ぶ、現代の生と都市デザイン」

絵や彫刻、踊りや音楽ではなく、社会実験をアートの手段としている身として、「人間という動物」というコンセプトに端を発した世界観を、現実社会に実装するやり方を考えた。そして生まれたのが、『Give Space』というアーバンデザイン方法論の構築だった。自分が住んでいる場所で、他の生き物たちと共存し、生息地を少しでも返していく。そのためにはアーバンデザインが近道だと思った。幸い、私はその時すでに、仲間とベルリンでアーバンデザインプロジェクトNIONの立ち上げをしていたので、プロジェクト全体をGive Spaceの実践場とすることにした。

「自然(バイオ)への愛(フィリア)」を探求するリサーチ

これらの問いを掲げ、新たなアーバンデザインの方法や思想をたどるリサーチプロジェクト「Give Space -Research in Biophilia」が始動した。共に行うのはBound Baw編集長・キュレーターの塚田有那だ。目まぐるしい進化を遂げるテクノロジーアートや人工知能のような先端科学の分野でのキュレーションや、目には見えない存在や現象を取り扱う文学、神話、漫画などに造詣の深い彼女も、他の種の生き物と私たち人間の関係性について長い間、思いを馳せている一人であり、私たちが一緒にこのプロジェクトを始めたのは必然のことだったと思う。本来人間が持っていた自然への感性をもう一度問い直すこと。「自然を保護する」といった人間中心的な視点ではなく、異種の生きるテリトリーを見つめること。そして、この都市空間において、いかなる共生が可能なのかを考察するリサーチだ。

Give Spaceの描く世界観へ向けた実践をすでに始めている建築家、アーバンデザイナー、都市の行政機関など、さまざまな活動家や研究者へのインタビューを実施し、最新事例から得られる情報と、先駆者から紡ぎ出される知恵をまとめていく予定だ。そして、いま私たちが暮らす土地を、フィジカル、メンタル、そしてスピリチュアルの3領域から見つめ直し、新たな方法論『Give Space』を模索・実践していきたい。

リサーチを始めるにあたりキーワードとしたのが「Biophilia (バイオフィリア)」だ。ドイツ系アメリカ移民のエーリッヒ・フロムが作った造語で、「自然(バイオ)への愛(フィリア)」を意味する。その後、生物多様性という概念の祖とも言われる社会生物学者のE.O.ウィルソンが、この言葉をもとに「バイオフィリア仮説」というものを作った。

この仮説は、「私たち人間は、命あるものや、命に似たプロセスを持つものに対して生来的な愛情を抱き、生き物として生存するために、自然と深い繋がりを持つことが不可欠である」とする。そしてさらに、社会環境学者のステファン・R・ケラートが、バイオフィリック・デザインという建築手法にまで昇華させた。Give Spaceをフィジカル、メンタル、スピリチュアルの3つの層で実践していくために、バイオフィリアは不可欠な要素となる。そこで、バイオフィリック・デザインという新しい建築分野を切り開いている先達から、心に響いた出来事や実践する上での知恵を聞いていきたい。

Vol.2はジェイソン・ F・マクレナン へのインタビューをお届けする。
(後編に続く)

 

CREDIT

Naho iguchi
TEXT & PHOTO BY NAHO IGUCHI
2013年にベルリン移住。自らの生活すべてをプロトタイプとし、生き方そのものをアート作品にする社会彫刻家。人間社会に根ざす問いに、向き合って答えを見つけるのではなく、問いの向こう側に目を向ける。アート活動の傍ら、ベルリンの遊び心に満ちた文化を日本やアジア諸国と掛け合わせ化学反応を生むべく、多岐に渡る企画のキュレーションを行う。最新プロジェクトは http://nionhaus.com

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「Bound Baw」は大阪芸術大学アートサイエンス学科がプロデュースする新しいWebマガジンです。
世界中のアートサイエンスの情報をアーカイブしながら、異分野間の知見とビジョンを共有することをテーマに2016年7月に運営を開始しました。ここから、未来を拡張していくための様々な問いや可能性を発掘していきます。
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