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2021.04.15
経済やメンタルにも影響を与えるバイオフィリックデザイン(後編)「Give Space - Research in Biophilia」vol.4
TEXT BY NAHO IGUCHI
「バイオフィリア」とは、人間が本質的に自然を希求することを指す。近年はその性質を都市に活かす方法論「バイオフィリックデザイン」が世界各地で注目されている。ベルリンでアーバンデザイン活動を行うアーティスト井口奈保とBound Baw編集長の塚田有那により、自然と共に生きる新たなアーバンデザインの方法や思想をたどるリサーチ連載「Give Space -Research in Biophilia」、バイオフィリックデザイナーのソニヤ・ボカルトのインタビュー後編をお届けする。
前半はこちらから。
バイオフィリックデザインは分断をつなぐ契機になる(前編)「Give Space - Research in Biophilia」vol.3
Main Visual: Photo: Paul g. Wiegman
人間以外の目で見つめる世界
バイオフィリックなプロジェクトを伴走するとき、最も大事にしていることはなんですか?
ソニヤ:先ほどとも重なりますが、パーソナルなつながりです。そして、解き明かされることを待っている、場が持っているエッセンスを引き出すこと。それから、私たちに備わっているさまざまな感覚を呼び覚ますために起こすシフトも大切です。本当に素晴らしいことが起きますから! 私たち人間は、豊かでダイナミックな「感じる生き物」なんですよ。もし私のワークショップで、参加者が感覚を再び覚醒させ、身体の中から湧き上がるエネルギーを感じ、他のものものとのつながりを感じるお手伝いができれば、非常に価値あることだと思います。 彼らをスローダウンさせてあげることも大事ですね。そうすると、コクリエーションが起こり始めます。
それから、チームで活動することも大切にしています。物件のオーナー、スタッフ、株主、エンジニア、コミュニティメンバー、個性豊かな才能を持った個人個人が集まってくるんですから。でもチームワークだけではありません。バイオフィリックデザインのワークショップで私たちは、これまで会ったことがないような人たちのレンズを通して世界を見ていきます。しかも、人間だけに止まらず、人間ではないものや、人間以上のもののレンズを借りて建物環境を共創します。プロジェクト建設予定地に棲むリスがどんな経験を日々しているのか、リスのレンズをかけてみることもしますよ。それが建設後に訪れるであろうお客さんであろうと、建物の周りに生息する生き物たちであろうと、私たちは彼らの生活領域を考慮し、バイオフィリックデザインプロセスに関わる人たちの普段の社会的役割を外して、他の生き物(他者含め)の生活を生きてみようとするんです。
これが、私のファシリテーションのやり方です。 もちろん仮説の話です。だけれど、何種類ものレンズをかけてみる必要があります。生き物たちに名前をつけたりして、遊び心を大切にしています。あるクライアントは私のワークショップ中に、他のプロジェクトメンバーやテナントの人たちにあだ名をつけてあげていました。そうすると愛着が湧いてきますよね。これが私の言うコクリエーションで、社会的公平性、インクルーシブであること(社会的にさまざまな差異を包括すること)、多様性を保つ役割も果たします。 どうやったらこのビル内に勤めている人たちのプロダクティビティが増すかという話に最初から飛びついたりしません。どうやって人間と自然のコネクションを生み出すかを考えて実行するアプローチがすべてです。こういうプロセスを辿っていくと、自ずと私が大事にしていることは達成されているんですよ。行動そのものと、指標とする価値体系が一致していますから。
バイオフィリックデザインは経済的インパクトをもたらす
都市や建築において、経済的なメリットも必要とされます。バイオフィリックデザインは経済的にもインパクトを持ち得るのでしょうか?
ソニヤ:過去のプロジェクトのリサーチから、バイオフィリックデザインで作られた建物は、人に対してポジティブな影響を与えることがわかっています。特に、身体の健康に良い効果があって、血圧、心拍、ストレスレベルを正常にしてくれます。これは公衆衛生のベネフィットですよね。緑化空間はじめ、建物のそこかしこに散りばめられているバイオフィリアは、私たちの健康を豊かにしてくれます。
メンタルヘルスでも大きなインパクトがあります。アメリカや日本のような社会ではメンタルヘルスが大きな社会課題となっていますよね。だから、メンタルヘルスにポジティブな影響を与える建物は、直接的な経済効果があると言えます。「闘争・逃走反応」と言われる精神状態から私たちを開放してくれるバイフィリックデザインは、大きな経済的メリットと結びつくのです。私たちがつくるプロジェクトとその有益性を直線的に結びつけるのは難しい時もありますが、バイオフィリックデザインの研究は、明確にプロダクティビティ、社員の在籍率、学校での子供の集中力の高さと欠席率の低下などの効果を示しています。
さらに新しい研究結果を見ると、気候変動の速度を緩め、食い止めて、ある程度巻き戻す作用というものがあります。私が直接建設に関わったプロジェクトでのリサーチによると、その建物である一定の時間を過ごした人は、自宅に帰ってからの行動が変化しているというデータが取れたんです。バイオフィリックな建物が、人のライフスタイルを変えるんです。彼らの健康や食生活への見方が変わり、行動に表れました。ね? これで、ダイナミックな社会変容を起こせないっていう方がおかしいでしょう!
また、先ほどお話したBETAのようなプログラムでは、アート作品を観覧するツアーに参加した人たちにアンケートを実施した結果、ツアー後の方が美意識や自然に深いつながりを覚えるようになったと回答しています。バイオフィリックな建物に訪れる人たちには、地球を慈しむ感覚が養われ、それを実践に移していこうとする人たちが増えると示唆しています。これも大きな変化を生む経済効果です。建築家やデザイナーなど少数の専門家が変化を生み出すという考え方から脱却すべきです。私たちは建物を通じて、多くの人にインパクトを与えたいと思い建設し、そこに訪れる人たちが今度は変化を求めるようになるんです。
自分の直観に耳をすませる
どのような行動やメンタル面での変化が周辺のコミュニティに見られましたか?
ソニヤ:癒しの感覚がありました。建物にやってきた人たちは心を鎮めることができ、ストレスが軽減されていました。人や自然、自分自身につながることを助け、生きるスピードをゆっくりさせてあげられたんだと思います。この質問を答えながら、もっともっとバイオフィリックな建物の中で活動する人や、周囲に住む人たちにインタビューをして、研究を進める必要を感じます。去年からのパンデミックでホームオフィスが主流となり、バイオフィリック建築に人がやって来ない状態が続いていますからね。パンデミック後の世界では、新たな研究アプローチを見つけていく必要がありますね。
最後にコメントをお願いします。
ソニヤ:バイオフィリックな建築プロジェクトに取り組むと、似たようなプロジェクトというのがなくなります。その土地と人に根ざすものだからです。だから私も毎回、まったく違ったものを受け止めていこうとします。内なるスペースに気付き、己が信じるやり方にまっすぐコミットし、使命に対して意図を持って進めていく姿勢を持ちつつも、臨機応変に柔軟に進めていくことが大切です。
聖なる幾何学模様やフラクタルといったバイオフィリックデザインの要素や、人間の意識について話すことに抵抗がないクライアントもいれば、あまりにそういった言葉に不慣れで、そもそもコンテクストに合っていないクライアントもいます。語りかけるオーディエンスが誰なのか、常にセンシティブでいるのがいいですね。
私がいま修士課程で学んでいるリジェネラティブ開発という分野では、「外的考慮」という概念があります。簡単に言うと、「今日、私は何者として現場に出向くのか?」「この会議室で、私は誰としてあるべきなのか?」と問うことです。この自己意識を持てると、場に及ぼす力がまったく変わってきます。私たちは誰もがいろんなツールを持っていますよね。どの場面でどのツールを引っ張り出すか、ということなんです。だから、私は自分の内側に耳を澄ますんです。そして、違ったことを試していく。私にとって最大の真実は、直観を聴くことです。ミーティングがうまくいかなかったように感じた時でも、直観に従ったのなら、心の奥底は「それでもあれでよかった」と知っている時ってあるでしょう。
時間に対する価値観を再考する
ソニヤとのインタビューは、彼女が発する一言一言にうなずくばかりの一時間だった。その後この記事を書くにあたり、録画を見てインタビューを追体験しながら、より奥深くに彼女の世界観が浸透していく感覚を覚えた。アーティストに転身する以前、コミュニケーション・プロセス・デザインという人間と組織のデザイン法を作ってきた身として、ソニヤのファシリテーションの志は、私自身の術を次のステージへ持っていくために受け取ったような気がしている。中でも、強く心を掴まれたのは、彼女が時間を重要視している点だった。「Give Space」というアーバンデザイン方法論は、スペース(空間)という言葉を使っているが、空間には時間の概念が含まれる。
生物多様性の破壊によって、簡単に他種から人間に病原菌が移動できるようになったために発生したCovid-19のパンデミックや(それ以前にもHIVエイズ、SARSなど同じメカニズムで起こっているので今に始まった話ではない)、異常気象による自然災害の多発、雪だるま式に進んでいく気候変動は、効率性、スピード、パフォーマンス、アチーブメントに重きを置きすぎた、人類文明の発展の速度の問題でもある。地球生態系のリジェネレーションの速度、生き物の進化の速度と合っていないので、急激な変化に対応できないでいる。当の人間も含めて。
私たちの時間に対する価値観が物理空間に及ぼす影響は、文化や慣習となり世代を超えて継続される。さらに、そういった信念の下に作られた建築物やインフラ、都市は、形ある物体として地球上に残り、その空間で過ごす人間の動きをさらに加速させていく。だから、ソニヤの都市と自然に対するビジョンが、人間をスローダウンさせてくれる都市と答えていたところを強調して終わりたい。よりゆっくりとした時空間。息づく地球が循環的再生を繰り返し、そこに棲む人間以外の生き物たち、鉱物、空気や水が廻ることが可能な時空間。それがBiophilic Citiesなのだろう。こんな時間感覚を、日々の仕事の進め方、プロセスのデザインの仕方を変えることによって少しずつ呼び戻していくのが、Give Spaceアーバンデザイン方法論である。
CREDIT
- TEXT BY NAHO IGUCHI
- 2013年にベルリン移住。自らの生活すべてをプロトタイプとし、生き方そのものをアート作品にする社会彫刻家。人間社会に根ざす問いに、向き合って答えを見つけるのではなく、問いの向こう側に目を向ける。アート活動の傍ら、ベルリンの遊び心に満ちた文化を日本やアジア諸国と掛け合わせ化学反応を生むべく、多岐に渡る企画のキュレーションを行う。最新プロジェクトは http://nionhaus.com