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2021.04.05

ネットとプライバシーの危険な関係。YCAMワークショップ「私はネットでできている?」レポート

TEXT BY KOKI YOSHIMOTO

あなたのパスワードは使い回し? SNSで写真の位置情報は消している? インターネットとプライバシーの関係は、いざ意識するとなかなか一筋縄ではいかないことはがわかってくる。ネットのサービスは日に日に進化を遂げるが、その便利さの裏にひそむものは何なのか。そんな問いを掲げて、山口県にあるアートセンター「山口情報芸術センター」(通称YCAM「ワイカム」)は2日間にわたるワークショップ「私はネットでできている?」を開催した。

ネット利用時の意識をあらわにするQ&A

Zoomを使った今回のオンラインワークショップには、約30名が参加した。山口県外からの参加者が多数を占め、日本国外からの参加も2名。その年齢層は19歳から64歳と幅広く(参加資格は高校生以上)、なかでもインターネットの普及が自身のキャリア形成に深く関わってきたであろう40代が最も多かった。

ワークショップ初日は、インターネットに関する意識調査からスタート。事前に回答されたアンケートでは、「どんな検索エンジンを使っていますか」といった答えやすいものから、「ネットサービスやアプリ利用時、利用規約を読むか」といった自分の行動を振り返るものまで合計10個が設問されていた。

「表示されるネット広告が自分に関係していると思うか?」
画像提供:山口情報芸術センター[YCAM]

ここでの回答は「よく思う」と「たまに思う」の合計が85.2%となり、参加者の大多数がネット広告は自分に関係していると思っているようだ。

「オンラインショッピングやストリーミングのオススメ、広告で自分の行動が変わったと思うか?」
画像提供:山口情報芸術センター[YCAM]

一方、こちらは回答が分かれ、「全く思わない」の40.7%が最も多い一方で、次点は37%が「少しそう思う」。これらを合わせて考察すると、「自分に関係している広告であると思いつつも、広告から行動を左右されることはない」、いわば「広告の誘惑」に抗している(と感じている)参加者が一定数いることを示唆している。

これらの結果を踏まえながら、ワークショップは参加者同士で質問に答えていくクイックQ&Aタイムへ。1組10人ほどのチームに分かれての実施となった。

回答方法は、「YES」「NO」「...(回答不可)」と書かれたzoomのバーチャル背景画像を各自が設定するというもの。Q&Aでは「スマホを1日手放せるか?」といった回答しやすいものから、「昔の恋人やパートナーの、情報を検索したことがあるか」といった答えるのに一旦躊躇するもの、さらには「写真の位置情報を消しているか?」といった情報セキュリティに関するものを含む21の質問が尋ねられた。

画像提供:山口情報芸術センター[YCAM]

「パスワードを使いまわすこともある」に関して、全員が「YES」と答えた正直者のグループも。さらに「SNSで自分の写真(または他の人の顔)をアップするか」といった質問では、「Facebookならアップするけど、Twitterは怖い」などSNSごとに判断が異なるという意見も。

「Googleストリートビューで自宅を撮影されるのはいやだ」という設問に関しては、路地が狭い地域に住めば撮影車両が入れないので撮影されない、と話す参加者もいた。

ニューメディアは誰の意図で発信されているのか?

ワークショップ2日目の目玉は、参加型の検索ゲームと個人情報マッチングだ。

最初に参加者に投げかけられた問いは「インターネット以前、どんな方法で情報収集していたか?」というもの。参加者からの回答には、「図書館」「雑誌」「地図帳」といった、40代以上であれば必ずお世話になったメディアの名前が挙がった。インターネット以前では、そもそも「何かを調べる」機会自体が少なった、と指摘する参加者もいた。

続いては、YCAMプロダクションマネージャーのクラレンス・ンからメディアの利用状況に関するレクチャー。そこでは、現在のメディア環境は、新聞やテレビといったオールドメディアと、SNSやストリーミングサービスのようなニューメディアが混在していることが確認された。それぞれは異なる特徴を持っているが、顕著な違いとしてオールドメディアは不特定多数の大衆を対象としているのに対して、ニューメディアは特定の属性や関心をもつグループがターゲットとなっている。

画像提供:山口情報芸術センター[YCAM]

現在はニューメディアの利用率がオールドメディアのそれを上回る過程にあることが調査結果から明らかになった。こうしたニューメディア優勢の環境下では、「誰がどのような意図で情報を発信しているのか」を理解するメディアリテラリーが重要であるとも説かれた。

画像提供:山口情報芸術センター[YCAM]
ハッキングされた情報検索ゲーム

続いては、YCAMがオリジナルで開発した「鎖国ブラウザ」を用いた「検索ゲーム」が始まった。ここでは、出題された問いに対して参加者が検索して答えを探すという一見とてもシンプルなもの。1問目の「YCAMの電話番号は?」という問いに対し、制限時間は2分以内。参加者は秒単位で次々とチャット欄に返答していく。

しかし、4問目あたりから様子が変わってくる。「トム・クルーズは何年生まれ?」という問いに対し、正解は「1962年」だったが、ほぼ全員が「1957年」と答えたのだ。

<トム・クルーズの検索トップ画面> 画像提供:山口情報芸術センター[YCAM]
▲「鎖国ブラウザ」上での情報の改ざん

なぜなら、検索結果のトップページで「1962年」と表示されるべき箇所がすべて「1957年」に鎖国ブラウザ上の表示のみを書き換える処理がなされていたからだ。つまり、誤った情報を正解のように見せかける情報統制がYCAMのプロジェクト開発チームの手によって行われていたのである。

実はこの鎖国ブラウザには意図的に「中間者攻撃」と呼ばれるサイバー攻撃の手法が仕組まれていたのだ。この攻撃は、サーバとユーザが使うパソコン端末のあいだにハッカーが侵入して、情報操作や詐取を行うというもの(下の画像参照)。検索ゲームでは、検索中にYCAMシステムエンジニアの三浦陽平が参加者に対し、誤答への誘導や検索の検閲を行った。

画像提供:山口情報芸術センター[YCAM

さらに衝撃的な結果となったのは5問目である。「iPhone11の発売日はいつ?」という問いに対し、制限時間内に正解できた参加者はほとんどいなかった。というのも、「iPhone11」や「アイフォン」と検索すると、不正アクセスを通知するページが表示されたからである。参加者は、いくつかの国家ですでに行われている「検索の検閲」を実際に体験したのだ。

画像提供:山口情報芸術センター[YCAM]

検索ゲーム終了後、検索をめぐる社会情勢に関して三浦からレクチャーがあった。Google検索の信頼性に関する調査報告において、「Google検索はユーザーに正しい情報を分かりやすく提示する」と信じられている。しかし実際には、検索結果ページの半分以上のスペースに、広告やGoogle所有のサービスに誘導するリンクといった同社の利益になる情報を表示していることが判明している。Googleの検索結果は、同社の利益を最大化するという意図にもとづいて構成されているのだ。こうした意図はユーザには伝わりにくく、ユーザビリティの面では広告面積が少なかった2000年よりもむしろ検索結果が見やすくなっているという実態もある。

画像提供:山口情報芸術センター[YCAM]
画像提供:山口情報芸術センター[YCAM]

その後レクチャーでは、世界各国の検閲状況を示した地図が紹介された。その地図を見ると、多くの国が検索を検閲しているか厳しく監視しており、日本やアメリカのように規制が厳しくない国のほうが少数派であることがわかる。

画像提供:山口情報芸術センター[YCAM]
ネット利用履歴から見える自分の姿

続いて行われた個人情報マッチングでは、今回のワークショップにプロジェクトのコラボレーターとして参加したアーティストのカイル・マクドナルドが開発したツール「鎖国エクスプローラ」が使われた。

具体的には、ウェブブラウザで動作する同ツールに対して、参加者が事前に用意した各自のGoogleとFacebookに関する利用履歴データをアップロードすると、これまでに企業が取得した各カテゴリ毎のデータ数が一覧で総括できる。

さらには、何年何月何日・何時に「〇〇」という単語を検索していたのか、どのページを訪れたかなど、かなり詳細なデータがカレンダー形式に変換される。こうして見ると、過去にどのくらい動画を閲覧したのか、もしくは動画閲覧と検索のバランスなど参加者のネット利用履歴が一目瞭然となった。

画像提供:山口情報芸術センター[YCAM]
※参加者の利用履歴を使用して表示しているこれらの画面は、それぞれの参加者本人の画面でしか見られない。
画像提供:山口情報芸術センター[YCAM]
▲「鎖国エクスプローラ」の表示画面の一例

個人情報マッチングは、以上のように可視化された個人情報を相互に照合して、参加者同士で共通する利用履歴を見つけ出すというもの。たとえば同じミュージックビデオをYouTubeで閲覧していたこと、なぜか関西の電力会社に関する検索履歴がマッチしたことなどが語られた。

日常生活では接点のない参加者たちのあいだでも、新たな共通項がネットのデータから見つかる。このマッチングこそ、Googleをはじめとした大手テック企業が個人データから富を生み出すプロセスの原型が認められる。

これらの企業は大量の個人情報を収集した後に共通点にもとづいてユーザをグループ化することによって、グループに属するユーザの行動傾向(こうした情報は専門的には「プロファイル」と呼ばれる)を生成し、その情報をターゲティング広告やオススメに使うのだ(もっとも、実際のプロファイル生成には高度な統計解析やAI技術も使われている)。

このカイル・マクドナルドが開発したツール「鎖国エクスプローラ」は、ワークショップ終了後、プロジェクトの特設サイトで公開されており、ワークショップ参加者以外も試すことが可能になっている。https://special.ycam.jp/sakoku/

ネットを利用している時、ネットもユーザーを利用している

個人情報マッチングの後、カイル・マクドナルドによる鎖国エクスプローラの開発意図に関するレクチャーがあった。このシステムを開発したのは、GoogleやFacebookといった大手テック企業がいかに多くの個人情報を収集しているのかについて実感して欲しかったからだ、とカイルは語る。

カイル・マクドナルド
画像提供:山口情報芸術センター[YCAM]

便利なサービスを利用する一方で個人情報を提供している時、ユーザーは大手テック系企業の富を増やすためにまるで従業員のように働いているような側面があると指摘した。

さらにカイルは、大手テック企業によるユーザーのプロファイルをベースにした予測システムは、そのユーザに一定の枠組みを押し当てて未来の行動の可能性を狭めることにつながるとも述べた。この見解は、SNSに過度に依存した生活を送っていると、自分の関心事に関係のある情報しか入手できなくなる「フィルターバブル」現象に通じるものがある。

以上のような状況に対して、ユーザーは対抗する術はないのだろうか。この見えない搾取に対して、カイルは環境問題のようにアプローチすべきだと説いた。つまり、環境問題のようにユーザーの一人ひとりが問題を自覚して生活を少しずつ変えつつ、政府や企業に対して適切な規制を設けるように共同で圧力をかけていくべきなのだ。

カイルは、ネット利用における個人情報の危うさを象徴する事例として、記憶に新しい過激なトランプ支持者による合衆国議事堂襲撃事件にも言及した。この事件の際、議事堂に乱入した一部のトランプ支持者は、現場の光景を撮影した静止画や動画をSNSアプリ「Parler」に投稿していた。この投稿には位置情報をはじめとした個人を特定する情報が含まれており、投稿から抽出できる顔認識とGPSデータを照らし合わせれば、事件当時に現場にいた個人を特定できたのだ。そして、実際に特定されたトランプ支持者たちの顔は、「Faces of the Riot(暴徒の顔)」というサイトや、別のクラウド上のドキュメントで閲覧できる(以下の画像参照)。

Faces of the Riotのトップ画面。同サイトより引用

「Faces of the Riot」で恐ろしいのは、顔を晒された人々は愛国者を自認しており、自身の愛国心を広めるためにParlerを利用したことである。善行と信じたうえでSNSを使った人々が、そのSNSによって特定され、不本意にも「Riot」というレッテルを文字通り貼られた。こうした結果になったのは、彼らに個人情報保護に関する知識が不足していたからなのだ。一つの教訓は、オンラインでデータを共有する際の意図は、データの利用方法とは全く別のものになるかもしれないということである。

「便利で怖い」ネットの両面性

2日間にかけて行われたワークショップ「私はネットでできている?」は、便利さと怖さを併せ持つインターネットの両面性を、アクティビティを通して充分に再認識できるものであった。2日目の最後には、参加者全員にワークショップに関する感想を述べる機会が設けられた。その感想の内容は多岐にわたるものも、インターネットの両面性を再認識したという発言が少なくなかった。以下にそうした感想の一部を引用する。

・Googleなどの利便性を手放せない。一度その利便性に慣れてしまうと元に戻るのは難しい。
・個人情報を提供すればするほど、使いやすくて面白いサービスが使えるという矛盾を感じた。
・自動車免許制度が発明されたように、インターネットに関しても正しく利用する免許制度が必要なのでは?

ネット利用における個人情報の危うさは、ユーザー個人だけで解決できるような問題ではない。しかし、こうした現代社会の根本問題は、ネット利用者一人ひとりが意識を改革して、そうした意識が大きなうねりとなった時に解決するものでもある。今回のワークショップは、社会を良くする大きなうねりを呼ぶさざ波にはなったのではないだろうか。

●INFORMATION
私はネットでできている?
2021年1月30日(土)〜2月7日(日)
https://special.ycam.jp/sakoku/

鎖国エクスプローラー(開発:カイル・マクドナルド)
https://sakoku-explorer.ycam.jp/

 

 

CREDIT

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TEXT BY KOKI YOSHIMOTO
ソフトウェアエンジニアとしてスマホアプリの開発等に関わった後、テクノロジー分野を専門とするフリーライターに転身。現在はReal soundテック、AINOW、モリカトロンAIラボ等に記事を投稿している。AI技術がエンターテインメントひいては社会全般に及ぼす影響に関する記事を執筆している。

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