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2019.09.24

パンクな女性パフォーミングアーツ集団「The Agency」が企てる、広告消費社会への抵抗

TEXT BY SAKI HIBINO

現代社会を鋭く批評した独自のパフォーマンスを展開する女性4人のパフォーミングアーツ集団「The Agency」。特に、女性らしさや家族観など、現代の消費社会によって規定されたジェンダー、恋愛・人間関係の実態をユーモアかつエッジを効かせて暴き出す。没入型(Immersive)の体験をともなって展開される彼女たちのパフォーマンスは、Netflixの人気番組『ブラック・ミラー』の世界のように、近未来の日常に潜むユートピアとディストピアを観客自身が体感することとなる。
ポスト・デジタルネイティブ世代が見出す、これからの欲望、感情、そしてアイデンティティの矛先とは?

The Agency

ベルリン、ミュンヘンを拠点に2015年から活動開始。これまでに美術家のナイル・ケティング や振付家・ダンサーのジェレミー・ネッドがプロジェクトに参加。新自由主義が現代人の身体や感情に与えている影響に着目し、人間関係やジェンダー、親密性をテーマとした創作活動を行う。https://www.postpragmaticsolutions.com/

女性4人のフューチャー・パンク集団

近年、ヨーロッパやアメリカなどの英語圏の美術館やアートフェスティバルを中心に、感情をダイレクトに揺さぶる体験を創出すべく、パフォーマンスを組み込む作品が数多く発表されている。中でも国際的な評価が集まる若手パフォーマンスグループThe Agencyを紹介したい。

彼女たちは「100 °Berlin Festival 2015」で審査員賞を受賞したパフォーマンス《better trigger》(後に《ASMR Yourself》に改題)を皮切りに、ヨーロッパ諸国でも屈指の前衛的なパフォーマンスを展開するイベント「HAU」「PACTツォルフェアライン」、「ミュンヘン・カンマ―シュピーレ」などで発表を続けている。2017年、バーゼルの舞台芸術フェスティバル「Treibstoff Theatertage Basel」にて、パフォーマンス作品《Medusa Bionic Rise》を発表。2018年の「ミュンヘン・カンマ―シュピーレ」ではパフォーマンス《Perfect Romance》を発表し、その挑発的なコンセプトが話題を呼んだ。主に演出を担当するヤナ・トンネスは昨年、セゾン文化財団のビジティング・フェローとして来日し、新作《New Men * s Movement》を制作している真っ最中だという。

The Agencyのパフォーマンスは、現代社会が避けて通れないLGBTQやフェミニズムなどの社会的課題を、没入型のパフォーマンスによって近未来感あふれる批判に昇華させている。その表現は若者たちの不満、怒り、反抗、暴力性などを血肉とエネルギーに変換し、音楽とファッション界に革命を起こした70年代のパンクカルチャーにも近い。彼女らはいわば、21世紀に登場した「フューチャー・パンク」なのだ。

「レンタル彼氏(または親友・孫)」を疑似体験する

The Agencyのパフォーマンスは、観客とのインタラクティブなインプロビゼーション(即興)が特徴だ。たとえば日本でも話題の「レンタル彼氏」(友達や恋人を代行するサービス)にインスパイアされた作品《Quality Time》は、観客自身が登場人物として参加する。まず、観客はカスタマーに扮して、The Agencyの作った仮想のレンタルサービスを予約してカウンセリングを受ける。そこから現在の自分に必要と診断された、親友や親、息子、孫、彼氏、プレイメイトなどを30分間レンタルすることができるというもの。ここからは筆者が参加した様子をレポートしたい。

《Quality Time》The Agency/Photo: Diethild Meier

まずカウンセリングルームで、心理テストのような複数の質問に答えさせられる。その結果を見て、「カウンセラー」が私に最適なレンタルプランを提案してくれる。私が提案されたのは「ジェントルマン」、それも「気さくで大人な親友」だった。そして住所とベルの名前が書かれた地図を手渡される。

「その住所に行くとあなたの親友が待っています」

私はカウンセラーに告げられた場所へ“親友”に会いに向かった。迎えてくれたのはジョンと名乗る男性。「サキ、元気? 久しぶりだね〜、お茶でも飲む?」と笑顔で強いハグをされる。初対面の男性にいきなり親密に話しかけられ、何も言えなくなる私。しかしふと我に返った、彼は私の親友なのだ、と。とにかく親友の家に来たような状況に対応しようと会話を続ける。すると、またも予想を超える事態が起きた。お茶を一緒に飲んで近況のを話し合う途中で、ジョンが突然泣き出したのだ。初対面の人、いや親友が、いま目の前で泣いている。

《Quality Time》The Agency/Photo: Diethild Meier

親友として話を聞いてあげるべきだと感じながらも、うまく対応できずパニックになる私。聞けばジョンは3日前に恋人と別れたという。部屋の周囲を見渡すと、部屋には恋人らしき男性とジョンが映った写真が飾られていたり、小ぎれいな部屋の床にはジョンがやけ食いしたと思えるチョコレートの包み紙が散乱している。ジョンはホモセクシャルであり、私は親友として身体的・精神的にもパーソナルな空間にすでに足を踏み込んでいた。そして次の瞬間、私はその現実の一部になっている自分を発見する。彼と一緒にベッドの上で寝ころがりながら、恋人と別れるまでのエピソードを聞き、恋人へ送るメッセージを一緒に考えていた。おそらくカウンセラーに提供した私の情報が、ジョンにも共有されているのだろう。私の過去や現在の恋愛状況を、会話に織り込んでくることもあった。気が付くと私は、溢れる自分の感情をジョンに話していた。それも、彼の親友として。

《Quality Time》The Agency/Photo: Diethild Meier

話の途中で、ジョンのアパートに彼のおじいさんとその孫が帰ってきた。なんでも彼らは一緒に暮らしているという。手をつなぎながら台所でポップコーンを作りはじめる2人。仲のいい家族だな、と思った次の瞬間、そのおじいさんは、私の後ろでカウンセリングを受けた観客だったことに気が付いた。きっとおじいさんは彼の孫をレンタルしたのだ

こうして、観客それぞれのリアルな欲求から生まれたフィクションが、パフォーマンスの中で複雑に交錯してゆく。それは奇妙で異常な空間だった。

パフォーマンスの最後に、ジョンは私にフォーチューン・クッキーをくれた。そこには、「Your exotic ideas will lead you to many exciting new adventures.(あなたのエキゾチックなアイデアは、ワクワクするたくさんの新しい冒険をもたらすでしょう)」と書かれていた。このパフォーマンスに参加した当時、私は恋愛や人間関係でトラブルが続く最中にあり、ジョンという親友とのひとときは深層心理をえぐられるような特別な体験となった。それと同時に胸に湧き上がったのは、フィクションの世界だからこそ浮き彫りになる自分の欲求や、自分の内的世界と現実とのズレだった。こうして現実と虚構の間に浮き上がった「リアル」は、私を一層混乱させた。

《Quality Time》The Agency/Photo: Diethild Meier

私のよく知る友人もこのパフォーマンスを体験していたが、彼は自分の父親をレンタルし、パフォーマンスが終わる頃には涙にあふれていたという。友人はもともと、あまり自分の悩みを打ち明けないタイプで、これまでに感情的になる姿を見たこともなかった。そんな彼が、実は自身の父親と複雑な関係にあったことはつゆ知らず、彼が泣いているのを見たのはその時が初めてだった。

話を聞けば、彼は自分がずっと父親に聞いてみたかったある質問を「レンタル父親」にしてみたという。その返答があまりにも彼の感情を揺さぶり、涙が溢れて止まらなくなったそうだ。また、ドイツ郊外で暮らすある中年男性は、ある日のラジオ放送で 《Quality Time》のパフォーマンスを知り、ベルリンまで体験しにやってきたという。彼は、このパフォーマンスで生まれて初めて男性のプレイメイトをレンタルした。奥さんにも話せていなかったようだが、同性との性的体験を求めている自分を深層で発見したそうだ。

《Quality Time》The Agency/Photo: Diethild Meier
《Quality Time》The Agency/Photo: Diethild Meier

なぜこんなプロジェクトが生まれたのか? The Agencyのメンバー・ヤナはこう語ってくれた。
「2017年、日本でリサーチを行った時に、私たちも実際に彼氏や友だちをレンタルしてみたの。“友だち”と一緒に渋谷のドラッグストアでコスメを買ったり、原宿でスイーツを食べたり。“彼氏”とデートをしたり。なぜ彼らがレンタルサービスで働いているか、なんでお客さんが親密な関係性の人をレンタルしたいのかっていう理由も聞いて、日本ってすごく特殊な国だと思った。レンタルフレンドなんて発想は、宗教的に考えてもヨーロッパでは“Not OK”でクレイジーなアイデア。このパフォーマンスをするにあたっても、お金を払って友だち、彼氏、家族をレンタルするなんてありえない! という反響もあった。だけど、この概念は自分たちの生きる現実世界を改めて考える上で非常に面白いアイデアだと思ったわ。現実で生まれるフィクションの中で、私たちはどんな感情や体験を求めているのかを知ることになるでしょうね」。

The Agencyのパフォーマンスは細部までこだわり抜かれた設定と、観客とパフォーマーによる1対1の演出によってダイレクトに私たちの感覚や経験に呼応する。この「ハイパーリアリティ」は、演劇というフォーマットを応用したセラピー体験といっても過言ではないだろう。

ラブロマンスの"お約束"を舞台化する

没入型のパフォーマンスの事例を思い浮かべると、エンターテインメントの分野で話題になったニューヨークの「Sleep No More」、パフォーミングアーツの分野で注目を浴びる「Rimini Protokoll」や「SIGNA」などが挙げられる。これらのパフォーマンスはオーセンティックなセットを作り込むことでアーティストが持つ独特の非日常な異世界を生み出し、観客を誘導する。

一方で、The Agencyはセットの作り込みをそこまで行わない。《Quality Time》からもわかるのだが、常にパフォーマーは観客反応次第でストーリーを変化させることが求められる。そのため、観客とパフォーマーの様々な感情を引き出すトリガーになるようなツールがセットのあちこちに散りばめられている。

《Perfect Romance》The Agency/Photo: Nicole Wytyczak

たとえば資本主義社会における「ロマンス」の定義をアイロニカルに応用し、ロマンチックな愛とは何か? という問いに迫ったパフォーマンス《Perfect Romance》舞台のは最低限のセットだけ。その中で、非常に豊かな物語を描いてみせる凄みがある。そしてその凄みは、セットや衣装の示す社会的な記号性への着目によって生み出されると言える。

「やわらかくて美しい、そして夢のように輝くシミュレーションを提供し、現代社会におけるロマンスのシナリオを斬新な手法を用いて開発することが我々の目的である」
ーパーフェクト・ロマンス・コーポレーション

これは、The Agencyが創設した架空の会社「パーフェクト・ロマンス・コーポレーション」による企業メッセージである。完璧なシミュレーションで、カスタマー(=観客)にロマンチックなひとときを提供することを目的としている。

このパフォーマンスは、私たちのロマンスは、文化やメディアによる刷り込みを通して、脳内で事前にプリセットされているという仮説に基づいている。それゆえ、セットはいわゆるラブロマンスを想起させるツールで構成されている。たとえば公園の中にあるベンチ、タイタニックを模した船上、ナイトクラブ、バー、天蓋ベッド、星が見えるデッキなど、それらは映画や漫画の中で「ロマンスが起きる」状況を演出するために用いられているものばかりだ。

劇中ではパフォーマーが観客をランダムに誘い、パフォーマンスの中でロマンチックなひと時を提供する。婚約指輪が入っていそうなケースの中に並ぶ錠剤をふたりで飲んで永遠の愛を誓う儀式、蛍光色に光る怪しいカクテルを作りながら一目惚れの体験を語って口説いてくるバーテンダーなど、どこかで見たことがある甘いシチュエーションに、少し毒味のあるウィットに富んだThe Agencyらしい演出が光る。

《Perfect Romance》The Agency/Photo: Nicole Wytyczak

「私たちの作品は、資本主義経済のルールに従って社会が形作る親密な関係性、アイデンティティ、ジェンダーに疑問を呈するものが多いの。過度な消費と生産を繰り返し、社会に適応するアイデンティティを提供するのは広告代理店。その存在をアイロニカルに活用し、ポストデジタルネイティブのための新自由主義時代の代理店=The Agencyという立ち位置をとって作品を作っているの」と、The Agencyのベルは語る。

《Perfect Romance》The Agency/Photo: Nicole Wytyczak

“私たちが強い結びつきを構築するには何年もの時間がかかります。  5年間、誰かに自分の時間やエナジーを投資したのに、結果別れることになったときを想像してみてください。大変な手間と失望ではありません? 理想的な彼氏・彼女と会うために週に2時間の予定をたてた方が効率がいいはず。 お互いの間に生まれるジェラシー、対立、すれ違い、価値観の違いはなく、完璧な関係がそこにはあります”

上記は《Perfect Romance》のサービス説明の抜粋だが、先に紹介した《Quality Time》に通じるものがある。彼女たちのパフォーマンスの中で、私たちは、愛というものが人生に与える影響の深さを追体験することができる。そこで自分がさらけだされ、どれほど自身が現代の広告社会で消費されているかに気づかされるのだ。また、舞台に登場するセクシーで個性的なパフォーマーが、観客一人ひとりの数だけ新たなストーリーを生み出してくれる。それは劇をより官能的にし、私たちを虜にし、そして強い中毒性を残す。

健康ブームに潜むカルト
《Medusa Bionic Rise》The Agency/Photo: David Visnjic

《Medusa Bionic Rise》は、身体とテクノロジーが融合するトランスヒューマニズム的なビジョンを用いながら、“セルフ・エンハンスメント”ーーつまり近未来の人間の健康とその向上のためのトレーニングを観客と一緒に行う、健康をテーマとしたト作品だ。現代社会で人々は心身共に健康でいることは難しい。その分、近年はブームになりつつあるマインドフルネスをはじめ、心身の健康に関心が高まっている。しかし過度にコントロールされたセルフ・エンハンスメントは、ある意味ではカルトにもなりえる。そんな日常の中では見えてこない健康シーンのカルト的実像をあぶりだすのが本作品の面白さだ。

《Medusa Bionic Rise》The Agency/Photo: Nico Schmied
《Medusa Bionic Rise》The Agency/Photo: David Visnjic

「現代人はセルフ・エンハンスメントの向上を目指して、会員制の高額なフィットネススタジオでまるでロボットのようにトレーニングしている。モチベーションを上げるカウンセリングを実施し、ゴールを定めてフィジカル・メンタルトレーニングを行う。その先に輝かしい人生が待っていることを信じて。これって異常じゃない? 私たちはこうした、過剰な“自己デザインシステム”とも呼べるものへの抵抗を試みている」と、The Agencyのマグダレナは話す。

またThe Agencyのヤナは、彼女らの提案する思考のフレームワークを観客に普段の生活でも実践してほしいという。彼女たちが生み出すハイパーリアリティは未来を映し、またそれに伴う個々の感情が湧き上がってくる。その感覚で世界を見たとき何が見えるだろう? 彼女たちの作品を、思考のフレームワークを身につけるプロセスとして捉えると、そのポテンシャルは無限に広がることが感じられる。

《Gather Up Man Up》The Agency/Photo: Franz Kimmel

現在、The Agencyはポストデジタル時代における「男らしさ」と「右翼思考」とのつながりをテーマとした新作《Take it like a man》を制作中だ。2018年〜20年まで続くこのプロジェクトでは、草食化する男性、フェミニズム運動の加速化、性的欲求が低下する若者たち、家父長制度の崩壊などの現象にフォーカスを当て、多様化する若者のアイデンティティ、セクシャリティと社会の関係性などをリサーチする。

また、2019年10月17日より、ドイツ・デュッセルドルフで行われる「The Forum Freies Theater (FFT)」で《Take it like a man》のプレミアム公演が予定されている。

LGBTQカルチャーの浸透、発展により、ジェンダー、セクシャリティをめぐる議論はたえない。近年では#MeToo運動や男性優位の政治の世界について語る際などに「Toxic Masculinity(有毒な男らしさ)」「Sissy Boy(女の子ようにめめしい男の子)」という表現が頻繁に使用され話題となっている。

「男は人に頼ってはいけない、むやみに感情を表に出してはいけない、男は多少乱暴でも強くなることが重要で、それは社会で許容される」という伝統的な男性観や過剰な男性優位の意識は、女性差別主義、暴行や暴力的行為につながり、男性の健康や自殺率の高さにも影響するという指摘されている。

このような社会秩序や資本主義経済が形成したジェンダー、セクシャリティの役割から我々が解放されたとき、何が起こるのだろうか? 今後のThe Agencyの動きからますます目を離せない。

The Forum Freies Theater (FFT)」2019年10月17日より

 

CREDIT

Saki.hibino
TEXT BY SAKI HIBINO
ベルリン在住のエクスペリエンスデザイナー、プロジェクトマネージャー、ライター。Hasso-Plattner-Institut Design Thinking修了。デザイン・IT業界を経て、LINEにてエクペリエンスデザイナーとして勤務後、2017年に渡独。現在は、企画・ディレクション、プロジェクトマネージメント・執筆・コーディネーターなどとして、国境・領域を超え、様々なプロジェクトに携わる。愛する分野は、アート・音楽・身体表現などのカルチャー領域、デザイン、イノベーション領域。テクノロジーを掛け合わせた文化や都市形成に関心あり。プロの手相観としての顔も持つ。

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