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2019.08.24

誰もがゲノムを読める時代に|YCAM パーソナル・バイオテクノロジーレポート

TEXT BY AYUMI YAGI

2019年3月1日〜3日にかけて行われたYCAM InterLab Camp vol.3「パーソナル・バイオテクノロジー」。YCAM InterLab Camp とは4,5年に一度、山口情報芸術センター[通称:YCAM(ワイカム)]の研究開発チーム「YCAMインターラボ」によって開催されている集中ワークショップだ。生命について学ぶ様々なアプローチを試みた3日間のうち、初日に行われたDNA抽出実験の様子をレポートする。

生命と向き合う3日間の幕開け

今回のキャンプは「パーソナル・バイオテクノロジー」をメインテーマに据えており、文字通り世界中から、個性豊かな30名強の参加者が集まった。年齢も国籍もバラバラなメンバーで、DNAの抽出からゲノムの読解といった手を動かす作業にはじまり、これまた多彩な専門家から話を伺い新しい視点をインプットし、バイオを切り口にチームでの企画立案までを3日間で一気に駆け抜けた。

今回のイベントを主催する「YCAMインターラボ」はメディア・テクノロジーにまつわるスペシャリストチームで、日々様々な研究開発プロジェクトを行なっている。各々のバックグラウンドは幅広く、都心とは言えない山口の地に多くのアーティストが魅了されるのは、このチームがあるからと言っても過言ではないだろう。

そんなチームが1年半もの時間をかけて準備してきたキャンプ。DNAにまつわるインプットとアウトプットを「読み」「書き」「生命倫理」「応用可能性の検討」のフローで行っていく。

1日目のテーマは「読み」。昨今、DNAやゲノム編集といった用語を耳にする機会が増えたが、実際に自らの手でDNAの解読を行ったことがある人が、いったいどれほどいるだろうか。初日は、サンプル採取からDNA抽出、シーケンシング(DNAの構成成分である4つの塩基の配列を解明すること)までを自分たちの手で行うこととなった。

これから始まる3日間のタイムスケジュール。盛りだくさん

まずはアーティスト、contact Gonzo によるエクササイズで軽く体を動かすことから。
木の枝を体のどこかで他の人とバランスをとりあながら支え合い、できるだけ多くの枝でみんなが繋がることを目指す。さっき会ったばかりの名前も知らない人たちが木の枝で繋がり、さながらツリー図のようになっている様は不思議な光景だ。

体の様々な部位が他人と繋がり、枝を伝う体の微妙な動きで様子を伺いあう不思議な体験
今日のお弁当のゲノムを解読

今回のイベントの申し込み時に、ランチとして「ゲノム弁当」が必要かどうかの確認をもらっていた。一体ゲノム弁当とは……? こちらの心配をよそに、YCAMスタッフはさも当然のようにゲノム弁当の集計を行っていく。

ゲノム弁当の謎を抱えたまま、エクササイズと自己紹介後に迎えたランチタイム。お弁当づくりを担当した山口市にあるカフェ『ベジタブル喫茶 ToyToy』からの説明によると、ゲノム弁当とは、ゲノムが解析されている食材(調味料までも含む)のみを使用して作られたお弁当のことだった。

ちなみにToyToyのオーナーはDNAやゲノムについてもともと知識があったわけではなかったが、YCAMからゲノムが解析されている食材リストを手渡され試作を重ねるうちに、うっかり詳しくなってしまったんだとか。数年前から取り組んでいるプロジェクトだが、最近は解析された食材がどんどん増えてきたため、自らルールを付け加えたくなっているそうだ。

ゲノム弁当プロジェクトについてのさらなる詳細は、YCAMのGithubにまとまっているので、気になる人はぜひチェックしてほしい。Genome Bento project

こちらが2日目の「ゲノム弁当」。2019年3月時点でゲノム解析されている食材のみを使用したお弁当。ゲノム解析が進めば進むほど、ゲノム弁当のメニューは豊かになっていくそう

さて、お腹も満たされたところでとうとう1日目のメイントピックである実験に取り組んでいく。今回のキャンプタイトルにもなった「パーソナル・バイオ」とは、個人が利用できるバイオラボのスペースができたり、自宅に簡単なラボをつくったりと、大学や企業などに所属しなくても、より小さい、パーソナルな単位で扱うバイオのこと

パーソナル・バイオが盛り上がってきている流れの一つとして、DNA解析におけるコストの低下が挙げられる。15年間で10万分の1まで下がり、バイオは研究者だけのものでなく個人にも手が届くようになってきた。バイオテクノロジーの実験に必要な機材も小型で安価なものが次々と開発されており、今回の実験に使用したスマートDNA分析装置の「Bento Lab」もそのひとつである。(Bento Labについての詳しくは後述)

まずはバイオ界隈の現状をざっとインプット。1日目の進行をメインで担当するのはYCAMバイオリサーチ スタッフ/研究者の津田和俊
DNAを読むためのステップ。この時はまだ、目安時間を全員が信じていた
マイクロピペット、マイクロチューブ、試薬といった実験器具を初めて手にする参加者も多いため、一つ一つのステップを丁寧にハンズオンしてくれる

実験は2人1組で進めていくが、ここで今回ゲノムを解析する食材を選ぶ……のだが、この食材ラインナップ、実は先ほど紹介したゲノム弁当に使用されている食材だ。すなわち、自分たちが口にした食材のDNAを解析するのである。炊き込みごはんの具(大根、にんじん、しめじ、ひえしょうゆ、ごま油)、コロッケの中身(さつまいも、ひよこ豆味噌)などの料理では、混ざってしまっている料理のDNAの一部を解析し、そこから食材が判別できるかを調べ、白菜やかぶ、にんじんなどは、素材のゲノム塩基のロングリード解読(できる限りたくさんの情報を読む、ゲノム全体を読むようなイメージ)にチャレンジする。

奥のコップに入っているのは、れんこんひよこ豆味噌煮や炊き込みごはんの具など料理の素材。それぞれチームで好きな素材の解読にチャレンジする
1マイクロリットルの戦い

今回DNAの抽出に使用するキットは、関東化学のシカジーニアス®DNAプレップキット(植物用)をベースに、YCAMがワークショップ用にマイクロチューブスタンドをつくって用意したもの。ほぼ実験経験がない参加者でも、今どのくらいまで進んでいるのかをなんとなくでも把握することができる。
また、5〜6人で使用している1テーブルにスタッフがついているため、細かい部分も相談しながらステップを進めていける。

まずは食材を細かく切り刻む。この後乳鉢にいれすりつぶし、ドライアイスを加えて粉末にしていく

粉末にした素材をマイクロチューブにうつし、試薬を入れボルテックスミキサーで撹拌したり、温めたり、冷やしたりと細かい手順を一つ一つ進めていく。マイクロピペットで扱う単位はμl(マイクロリットル、1ml=100μl)、日常生活で使うことのないようなわずかな量の素材から塩基が読み取れるということに驚く。

個人で揃えることができる環境でもゲノムが読み取れるようになったとはいえ、実験に必要なものはなかなか家に常備しているものではない。続いておこなったPCRでは、5種の試薬類(2X PCRマスターミックス、精製水、フォワードプライマー、リバースプライマー、鋳型DNA)を使用している。

今回の実験で行う「PCR(Polymerase Chain Reaction, ポリメラーゼ連鎖反応)」とは微量のDNAを大量に複製することで高感度の検出を行えるようになる遺伝子分析の技術。非常によく使われる機材で、PCRのコストが下がったことも、パーソナル・バイオの肝の一つだろう。今回のキャンプではこの日、トークも行ったフィリップ・ボーイング氏が開発した『Bento Lab』でPCRを行った。

今回の実験で使用した『Bento Lab』。その名の通り、弁当箱のようなサイズ(実際はノートPCほど)に遠心分離機、PCR、ゲル電気泳動ユニットを備えた遺伝子分析装置

DNAをPCRで増幅させている間の90分間のうちに、『Bento Lab』開発者であるフィリップ・ボーイング氏から開発にまつわるトークが行われた。『Bento Lab』は大学卒業後にラボが使えなくなってしまったフィリップ氏自身の経験から、DIYでバイオ・ラボを作りたいというアイデアをから始まったプロジェクトだ。クラウドファンディングで資金を集め、2018年末に出荷がスタート。スターターキットが発売したのは、このキャンプが開催される数日前だった。

Bento Lab: A DNA laboratory for everybody by Bento Lab — Kickstarter

Bento Labの開発者であるフィリップ・ボーイング氏によるトーク

トークが終わり、PCRで増幅したであろうDNAをもとに、精製、定量、シーケンシングとステップを進めていく。μlの世界のため肉眼で確認できず手探りなまま、実験も長時間続き、会場全体が異様な雰囲気に包まれていた。マイクロチューブでの作業が続いていたが、シーケンサーにDNAサンプルをいれる作業までたどり着いた時、1日目の終わりが近づいている実感がようやく出てきた。

実験のフローが進めば進むほど、この数十μlで実験が台無しになるかもしれない……と、よりひとつのステップを進めるのに慎重になる
最後の総仕上げとして、小型シーケンサー『MinION』にDNAサンプルを注入していく。気泡が入らないように、ゆっくり丁寧に焦らず作業する
ひとまず『MinION』で塩基データの読み込みが始まったようで、一安心。ここから一晩かけて、ゲノムを解析してくれる

予定の時間を大幅に超えた初日はここまで、時計の針は22時を指していた。明日の朝、無事にデータが取れていますようにと祈りながら初日を終えた。実はこのあと懇親会が行われ、初日からいきなり12時間オーバーでDNAと向き合ったものの、まともに会話する時間がなかった参加者同士の交流がようやく行われた。が、苦労を共にしたことでメンバー同士の絆が芽生えたのかぐっと距離が縮まり、刺激的な山口の夜は更けていった。

INFOMATION

YCAM InterLab Camp vol.3
「パーソナル・バイオテクノロジー」

開催日:2019年3月1日(金)〜3日(日)
会場:山口情報芸術センター[YCAM] スタジオA
講師:セバスチャン・コシオバ、フィリップ・ ボーイング、片山俊明、岩崎秀雄、赤田倫治(ともに研究者)、contact Gonzo(アーティスト)、会田大也(ミュージアム・エデュケーター)、ベジタブル喫茶ToyToy、YCAM バイオ・リサーチ、 ほか

https://www.ycam.jp/events/2019/ycam-interlab-camp-vol3/

撮影:田邊アツシ
写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

また、今回エクササイズを担当したcontact GonzoとYCAMバイオ・リサーチによる展示が2019年10月から始まる。特殊装置から開発したという、体験型の新作インスタレーションは要チェックだ。

展覧会概要

contact Gonzo +YCAMバイオ・リサーチ
wow, see you in the next life. /過去と未来、不確かな情報についての考察

2019年10月12日(土)~2020年1月19日(日) 10:00~19:00
山口情報芸術センター[YCAM]スタジオA  入場無料
休館日:火曜(10月22日は開館)、10月23日、年末年始(12月29日~1月3日)

https://www.ycam.jp/events/2019/wow-see-you-in-the-next-life/

 

CREDIT

Yagi ayumi 160
TEXT BY AYUMI YAGI
三重生まれ、東京在住。紙媒体の編集職として出版社で経験を積んだ後、Web制作会社へ転職。Web制作ディレクションだけではなく、写真撮影やWeb媒体編集の経験を積みフリーランスとして独立。現在は大手企業のブランドサイトやコーポレートサイトの制作ディレクターや、様々な媒体での執筆や編集、カメラマンなど職種を問わず活動中。車の運転、アウトドア、登山、旅行、お酒が好きで、すぐに遠くに行きたがる。 https://aymyg1031.myportfolio.com/

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