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2019.08.22
AIは人間以上になりうるか。ロンドン・バービカン・センター「AI: More than Human」展
TEXT BY SAKI HIBINO
AI(人工知能)時代における、AIと人間の多様な関係性の探求をテーマにした展覧会「AI: More than Human」がイギリス・ロンドンのバービカンセンターで8月26日まで開催されている。AIが社会にもたらす社会問題からALife(人工生命)まで、AIと人間の関係性を探求するこの展覧会のレポートをお届けする。
AIはMore than human(人間以上のもの)になりうるか
2008年以降、ビッグデータ解析、ブロックチェーン、そしてディープラーニングといったこれまでのテクノロジーやサイエンスの考え方を変えるような新しい技術が生まれている。中でもAIの関連技術の発展は目覚ましく、AIに関する話題を耳にしない日はないほどだ。政治、経済、医療、教育、文化的慣習など現代社会における様々な領域において、オートメーションやプロファイリング、予測モデルといった形で導入され、社会インフラに変化を与えている。
しかしそうした革新と同時に、AIは人間の手に余るものになりつつある。AIが進化を続けた結果、人間がAIを使っているのか、人間がAIに使われているのか、よくわからなくなりつつあるのだ。便利な道具になるはずだったAIは、人間の尊厳にすら関わる問題を提起しはじめている。これは脅威なのか、それとも人間の知性の進化への予兆なのか? その事実を目の当たりにし、私たちはAIをどう捉え、何を考えるべきなのだろうか?
展覧会は「The Dream of AI」、「Mind Machines」、「Data Worlds」、「Endless Evolution」の4つのセクションから成る。200点以上に及ぶAIにまつわる歴史資料、アート作品、プロダクト、研究結果を通し、AIのルーツとなった古代の思想から科学的発展の歴史、社会にどう適用されているかの実例、そして未来に至るまでを読み解く構成になっている。
展覧会のエントランスをくぐると、ロンドンを拠点とするマット・パイク(Matt Pyke)率いるデジタル・アートとデザインのコレクティヴ「UNIVERSAL EVERYTHING」によるインスタレーション《Future You》が出迎えてくれる。鑑賞者が作品の前に立つと、ディスプレイに奇妙なアートワークが映し出される。宇宙人のようにも見え、DNAのような構造体にも見えるそれは、鑑賞者の動きを学習し機敏に反応する。鑑賞者によって進化し、47,000以上のインタラクティブな反応を生み出していくそのアートワークは、まるで新種の生き物のようだ。その生き物と無邪気に戯れる子どもたちを見ていると、彼ら彼女らはもしかすると”未来の人類”の縮図かもしれないとドキッとしてしまう。
AIによる絵画作品《The Butcher's Son》が昨年のルーメン賞(ロンドンで開催されるアート&テクノロジーのアワード)で金賞を受賞したことで注目を集めていたドイツ人のデジタルアーティストマリオ・クリンゲマン(Mario Klingemann)。彼の作品《Circuit Training》では、鑑賞者は、ニューラルネットワークを使ったアート作品の作成のプロセスを体験することができる。
アメリカの「MITメディアラボ」から独立したAffectiva社は人間の感情認識の分析を行うAI技術「Affdex」を展示した。世界最大級の感情データベースを保有し、ウェブカメラを使って鑑賞者の顔の筋肉のわずかな動きをキャッチし、感情認識を行う。
AIは新たなバイアスを生み出す
ビッグデータとAIによる大量監視社会の実現が予測されている。それに伴い、AIが新たなバイアスを社会にもたらすのではないかという懸念が広まっている。
MITメディアラボの研究者であり、社会的な重要課題において、AIによるバイアスの軽減を掲げる団体「Algorithmic Justice League」の創始者でもあるジョイ・ブオラムウィニ(Joy Buolamwini) は、芸術を通じてAIの社会的影響を研究している。
彼女は近年取り組んでいるプロジェクト《AI, Ain't I A Woman》において、商業的に使われているAIの顔認識のシステムが偏見に満ちた認識を行うことを明らかにしている。
その原因はAIの学習に用いられるデータセットにある。用いられるデータの大部分が白人男性に偏っているがために、現存する顔認識システムの精度は白人男性の顔に最適化され「有色人種」かつ「女性」の顔を誤認識する割合が高いのだ。彼女はこうした偏見を防ぐために、問題のある顔認識システムを用いるマイクロソフトやAmazonなど、米国のテックジャイアント企業に公開書簡を送付し、AIの倫理的観点によるシステム改善を求めるとともに、社会に対し「大量監視社会の中で私たちは生きていきたいのか」という疑問を投げかける活動をしている。
AIを用いた表現を通して「私たちは世界をどう見て、理解するか」というテーマを探求するのは、AI研究のパイオニア、メモ・アクテン(Memo Akten) による《Learning to See》という作品だ。
鑑賞者はライブカメラが設置されたテーブルの上のオブジェクトを手で操作する。すると眼前のディスプレイには、手元の動きと似ているが、異なる風景が映し出される。この映像は、ライブカメラに取り込まれた現実の映像がニューラルネットワークによって再解釈されたものだ。たとえば、鑑賞者が布を動かしていたとしても、AIにはそれを海の波だと認識してしまう。
この作品では、AIの思考を追体験することができる。生成された映像の元となっているのは、海、空、火、花そして宇宙といった異なる自然の風景によるデータセットだ。AIは自らが学習した情報のフィルターを通してしか世界を見ることができないのだ。
「We see things not as they are, but as we are (私たちはものごとをありのままではなく、私たち(の意識)を通して見る)」とアクテンは話していた。私たち人間は、世界をありのままに見ているわけではない。その人が既に持つ知識・経験、そして期待などに影響を受けたいわば「意識のフィルター」によって再構築された世界を見ているのである。
そうした人間が、限られたデータセットだけを通して世界を見ているAIを使うとはどういうことか。真に世界を見ること、理解すること、そしてそこから学ぶということはどういうことであろうか。《Learning to See》は他者の視点から世界を見ることの難しさ、そしてその結果として生じる社会的な偏りを我々に問う。
EUが2018年5月に運用を開始した一般データ保護規則(GDPR)を皮切りに、アメリカではAIの個人データ分析を規制すべきかどうかが議論されている。またプライバシーや個人情報の保護、人種差別などの問題への対処、平等の保護、差別の防止といったアクションも生まれている。白人男性中心の顔認識データのように、AIにデータを与えるのはあくまで人間であり、それによって気付かぬバイアスが誇張されることもある。偏見への議論と対処は、今後ますます社会における中心的なテーマになりそうだ。
ALife(人工生命)が生み出す新たな世界観
ここ数年のビッグデータやAI技術の発展などが契機となり、近年「ALife(人工生命)」という分野に新たな可能性が見出されるようになってきている。
ALifeとは、人工的に生命をつくることによって生命のメカニズムを明らかにしようとする学問領域だ。生物学的なアプローチによって「生命らしさ」を構成する原理に挑戦したり、工学的に自ら意思や行動を決定していく自律的なシステムの追求を行うなど、非常に先鋭的で野心的な研究領域でもある。
日本でALife研究をリードする東京大学の池上高志教授と土井樹、世界的なアンドロイド研究者である大阪大学の石黒浩教授と小川浩平によって開発された人工生命の技術を用いたアンドロイド《Alter 3》は、鑑賞者の注目の的であった。
自然界から学ぶ知恵
また、デザイナーと建築家の肩書を持ちながらMITメディアラボで教授を務める
ネリ・オクスマン(Neli Oxman) が率いる「Mediated Matter」は現在、取り組んでいる新プロジェクト《Fiberbots》を公開していた。
オクスマンらは「Nature-inspired Design & Design-inspired Nature(自然発想のデザイン、デザイン発想の自然)」を標榜し、デジタルファブリケーションとバイオロジーの融合を目指した実験を行う研究グループだ。彼らはコンピュテーショナル・デザインと付加製造技術、材料工学、合成生物学を掛け合わせ、まったく新しいデザインの世界を切り拓いている。たとえば「biomimicry(生物模倣)」の概念を用いて、6,500頭の蚕による産生活動が生み出した絹とコンピューター技術を組み合わせた《Silk Pavillion》だ。
蚕が持つ、多様な特性を持つ1本の糸から3Dの繭を構成する能力に触発されて作られた、絹のテントのような構造体だ。その構造は、1本の糸が様々な密度をつくりだせるようにするためのアルゴリズムによってつくられている。そして蚕自身を生物の3Dプリンターとして用いることでこの構造体が生まれている。
映像での出展となり、実物が見れなかったのが残念だったが、実験中のプロジェクト《Fiberbots》は、自律的に自らを構築するロボットの群れである。
映像で見るとわかるのだが、このロボットの群れはファイバーグラスフィラメントを本体の周囲に巻きつけ、まるで植物のように”成長する”ことによって高強度の管状構造物を迅速に構築するように設計されている。《Fiberbots》の本体は電子機器とソフトウェアドライブで構成されており、グラスファイバーの糸と光硬化性樹脂の混合物を連続的に巻き付けるためのロボットアームがボディを覆う構造だ。また、このロボットは互いに協力し合うことでより機敏になり、異なる環境に適応する能力を身につけていく。
「SWARM(群れ)」が持つセンシング特性と協調性が活かされているのだ。将来的には、極限環境や自然災害エリアなどでの適用も視野に入れ実証実験が進められている。
《Silk Pavilion》の発展型として《Fiberbots》のアイデアは生まれている。インスピレーションとなった生きものはクモやミツバチなど有機体が天然の素材を使い丈夫で規模の大きな構造物を作り出すプロセスだったという。
「自然界で成功している生物の中には、群がって協調する特性を持つものがいます。たとえば、クモはタンパク質繊維を紡糸して、材料組成および繊維配置を調整することで、地球の様々な環境に適合する絹を織り、獲物を捕獲するために最適化された強くて柔軟な構造を作り出す。シロアリのような社会的生物は協力して、自分たちよりもはるかに大きな建造物を迅速に建設しています」とオクスマンは語る。我々は制御不可能で未知なる大自然の知性にこそ、いま学ぶべきことがまだまだたくさんあるだろう。
私たちは科学技術の急速な進歩によって、これまでには起こりえなかった事象に満ちた時代に生きている。人間が議論することすら充分に追いつくことができていないこの状況において、科学技術と人間の関係性を問い直し、多様な見解を得ることは次のステージを切り拓くうえで重要な機会となるだろう。新たな可能性、マインドセットを構築するために、私たちはこの展示における200を超えるAIにまつわる作品を通し、人間とは、生命とは、そしてこの世界とは何かという根源的な問いに立ち返ることができる。
CREDIT
- TEXT BY SAKI HIBINO
- ベルリン在住のエクスペリエンスデザイナー、プロジェクトマネージャー、ライター。Hasso-Plattner-Institut Design Thinking修了。デザイン・IT業界を経て、LINEにてエクペリエンスデザイナーとして勤務後、2017年に渡独。現在は、企画・ディレクション、プロジェクトマネージメント・執筆・コーディネーターなどとして、国境・領域を超え、様々なプロジェクトに携わる。愛する分野は、アート・音楽・身体表現などのカルチャー領域、デザイン、イノベーション領域。テクノロジーを掛け合わせた文化や都市形成に関心あり。プロの手相観としての顔も持つ。