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2018.06.02
服役中の兵士のDNAから顔を抽出? 議論を呼ぶベルリンの社会派アートフェスTransmediale 2018
TEXT BY SAKI HIBINO
ドイツ・ベルリンで毎年行われ、30年以上の歴史とともにヨーロッパを代表するアート・デジタルカルチャーのフェスティバル「Transmediale」。アーティストの社会的意義やメディアアートの歴史の批評、ポストデジタル社会おける政治・文化闘争などをテーマとし、研究者・アーティスト・アクティビストなどが議論を交わすアカデミックなプラットフォームとして成長を遂げてきた。2018年は「Face Value(額面)」をテーマに、約200のイベントが開催。30年の歴史の中で育つ実験的アートフェスティバルの様子をレポートする。
“思考を進歩させる”アートと議論のプラットフォーム
1988年から行われていた実験的なビデオアートの祭典「Video film fest」を前身とし、1998年に改称された「Transmediale」。同時期には、実験音楽とパフォーマンスをメインとした「Club Transmediale(CTM) 」も行われる。
世界中のアートフェスティバルは、テクノロジー表現寄りだったり、デザイン色が強かったり、あるいはアートフェアの要素が強いなどの特色があるが、Transmedialeは毎年異なるテーマを設け、政治・経済・文化面における現行のシステムに対する社会的課題を議論し,その課題に対する代替案を見出す気質が強い。
国の研究機関、文化施設との結びつきが強いTransmedialeの特徴としては、年間を通じて継続的にリサーチや作品制作、イベントを行うプラットフォームとしても機能している。著名なアーティスト・キュレーター・専門家陣がアドバイザーとして共に方針を決めていくのも特徴の一つ。2017年には世界的に活躍するアーティストHito Steyerl(ヒト・シュタイエル) がメンバーに加わったことも話題となった。
かつてはアルスエレクトロニカと同様、大規模な展示が行われ、コンペティションも実施されていたが、Kristoffer Gansing(クリストファー・ガンシング)氏を当時35歳という若さでディレクターに迎えた2012年より方向転換。本人 に話を伺った。
Kristoffer : 「もともと、Transmededialeの起源は「counter-publics(対抗的な公共圏)」の精神を掲げ作品を作っていたアーティストと映画制作者の集団MedienOperative Berlinに繋がっています。彼らは、市民にデバイスを渡して自らメディアを制作する方法を教え、ビデオアートやドキュメンタリー作品を作っていました。かつて、彼らはベルリン映画祭の中でその実験的ビデオアートのフェスティバルを主催していて、それがTransmedialeの前進のVideo Film Fest。
その後、1990年代半ばからPCの登場によるメディア革命とインターネットの普及を契機に急速にフェスティバルの形態は変化していきます。1997年に「Transmedia」、1998年に「Transmediale」といったフェスティバル名の変更がその変遷を表しています。近年のTransmedialeではデジタル技術が当然のように社会に受け入れられ、経済社会のインフラに統合されつつある『ポストデジタル』状況に関する議論も積極的に行っています」
Kristfer: 「 現代社会において“Trans”という観点はとても重要になっていると感じています。アートや科学技術は人類史とリンクしていて、双方があって初めて考えられる物事がたくさんある。そこから行動していくためには、僕たちの思考の方法自体にも”めざましい進歩”が必要じゃないかと思うんです。ポストデジタル時代、Transmedialeはそれぞれの思考をアップデートしていけるようなアートの実践と、実践的な議論が生まれるプラットフォームなんです」
分裂の時代に問う、「額面価格」とは?
2018年のテーマである「Face Value (額面)」とは、経済学用語で「額面価格」を意味します。硬貨や債券など書類の表面に表示される金額のことです。2016年以降のBrexit、トランプ政権誕生といった情勢の中で、物事をすべて“額面価格”で取る傾向にある大衆的な政治への問いかけとして生まれたテーマです。
経済学としてのFace Valueの起源から、デジタルポピュリズムの驚異的な発展、Facebookなどのフィルターバブルに代表される、アルゴリズム的に導かれるコミュニケーション、ネットカルチャーの急進化の中で生まれている人種・階級・ジェンダーのバイアスに関する問題まで多彩なトピックを扱います。
現代における極端な政治・経済・文化の分裂に対して、我々はどう抵抗し、その問題を超えていくことができるかを再考できる構成を考えていきました。
刑務所から送られたDNAから、ポートレートを作成する
Kristferがそう語る今年のTransmediale。まずはInga Seidler(インガ・ザイドラー) がキュレーションしたエキシビションを2つ紹介したい。
「Face Value」のメインヴィジュアルにもなった、無数に吊り下げられた人の顔。これは、アメリカのアーティストHeather Dewey-Hagborg(ヘザー・デューイー・ハグボル)とChelsea Manning(チェルシー・マニング)が開発した、ゲノム情報からヒトの顔を特定する技術を用いたプロジェクトだ。その技術と社会的役割についての研究プロジェクト「Becoming Resemblance」が元となっている。
驚くことに、内部告発サイト「Wikileaks」でイラク戦争に関する米軍の機密文書を漏えいした罪などで7年間服役(*)していたChelseaはトランスジェンダーの陸軍兵士で、服役中に性別を男性(Bradley)から女性(Chelsea)に変更している。政府からの抑圧により、逮捕時に撮影された写真以外の写真公開は禁じられていたが、Heatherは刑務所から送られてきたChelseaのDNAサンプルを分析し、3Dプリンターで彼女の33種類のポートレートを作成し続けたのだ。
*実際には35年の服役が科せられていたが、オバマ大統領が退任直前に恩赦を与え、刑期が大幅に短縮された。
Inga : 「このプロジェクトは、『Face Value』のテーマのもと、監視・軍事政治やハイテク化されたセキュリティシステムの時代におけるイメージ認識と操作に疑問を投げかける作品です。服役期間中、Chelseaの顔写真などを流布することは政府から徹底的に操作されていたけれど、Heatherの作品を通してその人格が社会に可視化されていった。また、HeatherはデータとしてDNAを解釈する複数の方法を示すことで、DNAの読み込みやプロファイリングのような技術の正確さに対して懸念を示している。一方で、性別や民族性は人のDNAを見るだけでは判定できないという側面から、法医学的DNA解析のような技術におけるジェンダーと人種のステレオタイピングの可能性を明らかにし、一般的な遺伝子決定論の批判と捉えることもできます」
現代社会における"自由貿易"を可視化する
自由貿易を可能にするフリーポート(国家規制外の自由貿易を可能にする高セキュリティの保管スペース)を模して設計されたメイン展示会場では「Territories of Complicity(共謀の領土)」というグループ展が行われた。
Inga :「このグループ展では、今日の支配的な新自由主義の物語に疑問を持ち、領土間の関係や依存、資本蓄積、データ・人・モノの流通など様々な側面における我々の価値観や所属という概念に挑戦しています。特に、近年増加しているナショナリズムとアイデンティティ主義の政治、植民地の歴史、金融資本主義のエンパワーメントと証券化などのトピックがあります。国家や国境など物理的な領土の征服下における経済力はすでに限界に達していて、新しい征服領域はビットコインなどを通して仮想空間にまで広がっている。今回選んだ8組のアーティストのプロジェクトは、長年継続している長期的なものが多いのも特徴ですね。アート作品として完成された”結果”を見せるだけではなく、それぞれのプロジェクトの背景やリサーチのプロセスがどう作品に反映されているかを見せています」
上の写真は、海上での移民への人権侵害に関する証言と衛星画像、船舶追跡データ、地理空間マッピングなどのデジタル技術を組み合わせて、地中海におけるEUの軍事国境措置政策を批判的に調査したForensic Oceanographyによる「Blaming the Rescuers」。
アーティストLarry Achiampong(ラリー・アキアンポン)と David Blandy(デイビット・ブランディ) による「Finding Fanon」は、脱植民地化と植民地化の精神病理に関する研究をした人道主義者Frantz Fanon(フランツ・ファノン)の思想にインスパイアを受けた映像作品だ。デジタル、グローバリゼーション、ポップカルチャーがはびこる時代に、人種や人種差別がどのように社会や個人間の関係に影響し、未来にどんな遺産を残すのかを検証している。
その他にも、金融技術とインフラの世界を不透明で不安定な沼地に落とし込む、現在の金融インフラの価値システムを探求したFemke Herregraven(ファムケ・ヘルグラーブ)によるインスタレーション 「Sprawling Swamps」、ソマリア近郊の港の港湾記録をデータ化し、国際貿易におけるポスト植民地主義、地方対世界の階層構造に迫ったCAMPのプロジェクト「Country of the Sea」などが展示された。
「ポスト#Metoo」 が生むジェンダー論
「カンファレンスは、スピーカーのプラクティスについて分析し、実践的なセッションをオーディエンスと交わす場」と述べるDaphne Dragona(ダフネ・ドラゴナ)のキュレーションにより、3日間のメインカンファレンスが行われた。
印象的だったのは、ミシガン大学の教授で人種、ジェンダー、インターネットに関する研究を行っているLisa Nakamuraのセッションだ。
公民権運動活動家・詩人・フェミニストのAudre Lorde(オードリー・ロード)の有名な格言“The master’s tools will never dismantle the master’s house. (主人の道具は主人の家を決して壊しはしない)” を引用し、1980年代の「WOC(Women of Color)フェミニズム」が現在の時代にいかに近づいているかに言及。アメリカにおける#Metoo 運動などに関わるセレブたちの言動を研究するLisaは、ビヨンセやキム・カーダシアンの例を用いて、デジタル文化が生み出す社会的不平等への危惧と女性の複雑さをいかに伝えるための武器としての言語、テクノロジーの実践例を説いた。
混乱が生むサウンドの先にあるもの
Transmedialeと平行して開催された実験音楽とパフォーマンスの祭典「Club Transmediale」。5日間で約200人のアーティストが参加し、70以上のイベント・ワークショップ・エキシビションが開催された。CTMも政治・文化・社会情勢にリンクしたテーマが毎年設けられる。2018年のテーマは、「Turmoil(混乱)」。
ますます偏向する政治経済が生むカオスで無秩序な世界において、混乱し、疲労する社会状況を音楽・芸術に反映することで、人々の共感や怒り、痛みを呼び起こし、思考を促すことに焦点が当てられた。
Transmedialeと共同制作したメインパフォーマンスプログラムは、作曲家でコンセプチュアルアーティストのJames Ferraro(ジェームス・フェラロ)と映像作家Nate Boyce(ネイト・ボイス)によるポストオペラ「Plague」。AIが人間を利用して現実社会をシュミレートするディストピアを描いた。
光と音が人間の知覚に及ぼす複雑な感覚を探るChristopher Bauder(クリストファー・バウダー)とKangding Ray(カンディング・レイ)による大規模なアートインスタレーション「Skalar」。Kraftwerk Berlinの巨大空間の天井に取り付けられた65枚の鏡に照明が当てられ、その鏡が天井から聞こえるサウンドコンポジションにあわせて波のように動いていく。空間にシナスタジア(共感覚)を作り出す試みだ。
マルチチャンネルシステム、ソフトウェアで制御される60個のサラウンドスピーカー、床下には9個のサブスピーカーを完備。全身が音に包まれる4Dサウンドシステムを兼ね備えたMONOMでは、現実世界を生きる感覚と人間の中に眠る野生的な感情的、肉体的反応の間を横断する体験をGaika、Pan Daijing、FIS、TCFがプロデュース。混乱を超越するサウンドとは何かを追求した。
その他にも、Kunstraum Bethanienで、ZULI、 Wollny& Andrzej Wasilewskiをはじめとしたアーティストによるグループ展や、Berghain、YAAM、FestsaalなどでJass、AGF、Olaf Nicolai、Holly Herndon EnsembleなどDJ・ミュージシャンによるクラブイベントやパフォーマンスが行われた。CTMに関して言うと、「Turmoil」というテーマと各アーティストの表現の結びつきが希薄に感じられたこと、200のイベントが市内に散らばる複数会場で同時多発で行われたためにイベント間の行き来が難しく、フェスティバル全体像を見通すことが難しいと言う印象もあった。
社会と芸術を結びつけ、「Trans」する思考を育てる
アートや音楽といった表現が社会・政治・経済問題と絡み合い、アーティストや研究者・アクティビストたちと共に実践的な方法論やプラクティスについて意見を交換し合う中で、オーディエンスにも「Trans」した思考方法が求められるTransmediale。相違点をまたぎ、地平が広がるような思考が育まれる貴重なプラットフォームとしての発展が非常に楽しみだ。
最後に、TranmedialeとClub Transmediale(CTM)の両フェスティバルのアーティスティックディレクターに、ディレクターに初めて就任した時のエピソードを聞いてみた。
Jan Rohlf(CTMディレクター) : 「あれは1998年だったかな。ちょうどTransmedialeに名前が変わったばかりのフェスティバルに、クラブ環境における電子音楽と映像メディアのプログラムを作りたいって申し出たのは。僕もそうだったけど、90年代初期〜中期のベルリンのクラブシーンで活躍していた多くのアーティストやミュージシャンは、ナイトライフやクラブシーンを超えた、もっとハイブリッドなアート探求や議論の場を欲していた。僕はTransmedialeの常連だった分、彼らは僕らのアイディアに賛同し、CTMは生まれた。一時的なプロジェクトのつもりだったけど、まさか20年経った今も続くフェスティバルになるなんてね!きっと多くの人と共鳴できた結果だと思うよ。
僕たちは日常の様々なシーンやプラクティスを芸術に結びつけ、領域を超えたハイブリットな表現やサウンドを模索し続けてる。ミュージシャンは、音楽のみを考えるのではなく、音楽を使って生み出せる社会的、政治的状況についてもっと考えていくべきだよね」
Kristoffer(Transmediale) : 「僕が、最初にTransmedialeに足を運んだのは、Andreas Broeckmann(アンドレアス・ブレックマン)が総合ディレクターになって2年目の2002年のことだったかな。Video film festの形式からインターネットとデジタルアート文化に焦点は移り変わり、規模も年々大きくなっていた。
当時、僕はまだ若い大学院生でね。Transmedialeは政治的なテーマをアート表現と組み合わせ、ニューメディアアートの視点を重要視したフェスティバルで、とても新鮮だった。大学やクリエイティブ産業界でもニューメディアはホットな話題だったけど、そこで語られる商業的で誇張主義的な議論とは対照的な性質を持っていて、僕にとってTransmedialeはある種の教育の場でもあったんだ。
その後10年間ほど、自分のプロジェクトや研究が忙しくなっちゃって縁がなかったんだけどね(笑)。でも、2010年に新しいアートディレクターを募集しているのを見つけて、これは!と思って応募したんだ。それまでTransmedialeと仕事をしたことなんてなかったし、僕はベルリンのアートシーンではかなりの新人だったから、まさか2012年から6年に渡って総合ディレクターを務めるとは思わなかったよ! ここが僕にとって学びの場であるように、訪れる人や関わる人にとって、僕たちの生きるこの世界に対する可能性を生み出せる場であってほしいと願っているよ」
Transmediale 2018は1月31日〜2月4日にかけて開催。毎年同時期にベルリンで開催される。昨年の詳細はウェブサイトから。 https://2018.transmediale.de/
CREDIT
- TEXT BY SAKI HIBINO
- ベルリン在住のエクスペリエンスデザイナー、プロジェクトマネージャー、ライター。Hasso-Plattner-Institut Design Thinking修了。デザイン・IT業界を経て、LINEにてエクペリエンスデザイナーとして勤務後、2017年に渡独。現在は、企画・ディレクション、プロジェクトマネージメント・執筆・コーディネーターなどとして、国境・領域を超え、様々なプロジェクトに携わる。愛する分野は、アート・音楽・身体表現などのカルチャー領域、デザイン、イノベーション領域。テクノロジーを掛け合わせた文化や都市形成に関心あり。プロの手相観としての顔も持つ。