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2020.02.11

存(不)在というシグナル―東京都現代美術館「ダムタイプ|アクション+リフレクション」展によせて。山峰潤也(キュレーター)

TEXT BY JUNYA YAMAMINE

現在、2月16日まで東京都現代美術館で開催中の「ダムタイプ|アクション+リフレクション」展。1984年に設立された「ダムタイプ」という伝説的なアーティスト集団に多大なる影響を受け、その後の人生を変えられてしまった人は枚挙に暇がないだろう。本展覧会に続いて今年3月に新作公演を控えるダムタイプだが、なぜ彼らの作品は時を越えて尊敬と熱狂の対象となり続けるのか。1995年に逝去したメンバー古橋悌二の遺作『S/N』に衝撃を受けたと語るキュレーターの山峰潤也が、ダムタイプ、そして古橋悌二が人生をかけて紡いだ人間への「問い」を語る。

機械化と情報と洪水のなかで佇む“人”の姿

ダムタイプ、私が初めてその作品を生で見たのは、2000年に『memorandum』を新国立劇場で見た時のことだった。その時の鮮烈な印象は今でも忘れがたい。ステージ奥の横長のスクリーンには、フリッカーのごとく高速で切り替わる映像が投影され、空間はノイズやパルス音で満たされていた。光、イメージ、音、といった原初的な情報の洪水。その荒波は、観客に対して何らかの意味を構築しようとすることを許さず、目の前の現象に没入することを強いるかのようだった。そうした舞台空間の中で、振り付けに従うわけでもなく、台本に沿って芝居をするのでもなく、いくつかの所作を行いながら、そこに存在する人々。

それは特定の役を持たされているわけではなく、群舞の一部のような無個性な存在でもない。ただ、情報の洪水の中にいる“人”、そういう存在として立ち上がってくるのだ。光も、音も、映像も、シグナルのONとOFFによって、一瞬にして現れ、一瞬にして過ぎ去る。しかし、人はそうはいかない。舞台に上がるには、袖から自身の足で進むしかなく、一度登場すれば、途端に消えさるなんてことはできない。生々しいその存在を晒さながら歩かなくてはならない。そしてもし、その存在をOFFにしたら(つまり、死んでしまったとしたら)もう二度とONにはできない。情報と人、その異質な存在同士がハレーションを起こし、その明滅に目眩がした。そんな体験だったことを記憶している。

Dumb Type《memorandum》 Photo: Kazuo Fukunaga

ダムタイプの作品には、いつもそこにはいかつい装置や、ソリッドな電子音、タイポと実写を組み合わせた映像があって、ハイテクな世界観を思わせる。それはあまりに強烈だが、それをひとつの象徴としたら、その光の影に人の形のシルエットが浮かんでくる。映像の前に立つキャスト、その影。舞台上でも実際にそんなシーンが沢山あるが、作品について思考を深めていく中でも、刺激的なテクノロジーとは対照的な、人という存在が浮き上がってくる。特定の役柄を演じているのではなく、人という役柄か、あるいは人、という存在のままで舞台上にいる。むしろ、この人の存在こそが、ダムタイプの根幹なのではないかと思う。近代以降の工業化によって機械化が成熟し、インターネットや電話網の発達によって情報化が進んだ90年代。変容しゆくシステムに翻弄されながら隷属せざるを得ない人間の虚しさや孤独、そういったものが作品から滲み出してくる。

Teiji Furuhashi《LOVERS》1994/2001  所蔵:国立国際美術館
「ダムタイプ|アクション+リフレクション」展示風景2019年 東京都現代美術館 Photo: Nobutada Omote
ビデオプロジェクターで投影された裸の男女。互いに交差しながらも、別々のプロジェクターで投影されているため触れ合うことができない
貼られたレッテルとともに、生身の自分をステージに

だがこうした作品群の中で、1994年に発表された「S/N」という作品は一際異質である。これは、ダムタイプ設立メンバーのひとりで中心的存在であった古橋悌二が命をかけてつくり、存命中の古橋が古橋として出演した作品である。そのほかに出演したアレックスやピーター・ゴライトリー、ブブ・ド・ラ・マドレーヌもまた、役柄を身にまとわない、生身の本人として出演した。それは誰かを演じる訳でもなく、抽象的な人間を表現しているわけでもなく、固有のその人として登場するのである。

Dumb Type《S/N》Photo: Yoko Takatani

この作品の冒頭で3人の出演者はまず、自分は現実を生きる自分自身として舞台上にいることをほのめかす。彼らのスーツには「レッテル」が付いている。 アレックスは、「MALE, JAPANESE, DEAF, HOMOSEXUAL」。ゴライトリーは、「MALE, AMERICAN, BLACK, HOMOSEXUAL」。古橋は、「MALE, JAPANESE, HIV+, HOMOSEXUAL」。 その他者から貼り付けられたアイデンティティを敢えて自身の身体に貼り返して見せたのである。

古橋は同作の中で、ニューヨーク滞在中に初めてできたパートナーとの関係によって(HIVに)感染した、ということを述べている。その関係がプラトニックであったにしろ、ひとたびカムアウトしてしまえば、他人はそうは見ない。だから自身に起こったことを晒すということは、差別や偏見という重荷を引き受けることを意味する。友人たちに向けた手紙*の中でその苦しい胸の内を語っているが、古橋はその重荷を負うことを選んだ。そして、自身に起こったことをメンバーに伝え、そして舞台を通してその事実を示した。それは、Dumb(おし/口が聞けない)という言葉が連想させるような、口をつぐませるような圧力、社会的状況への抵抗でもあったように思う。

「個人の問題を通して社会が見える」という言及がよくセルフドキュメンタリーなどで使われることがあるが、この作品はまさにそのものであった。そして、それを超えて、生きるということへの問いという普遍的な主題を、作家は舞台上で自らの命を燃焼しながら表現したのである。その表現は、多くの人を救ったのではないかと思う。私自身も救われたその一人である。

* 古橋悌二『古橋悌二の新しい人生—LIFE WITH VIRUS「メモランダム」ダムタイプ編』(2000年)リトル・モア p36-43

芸術的評価を逸脱した、人間の存在への問い

人はそれぞれ言葉にし難いものを心に抱えている。そしてそれを言葉に出すことは難しい。だからこそ、社会にいながらも孤独を抱え、不理解にさいなまされる。だが、古橋は言葉にし難い重いものを抱えながら自らを晒し、またアイロニカルでユーモアのある表現を通して、自らの生とそれを分かち合う人々への愛情を示した。その行為は、生きづらさを抱える人々に生きる勇気を与えるような存在となったのではないかと思う。この作品が、他の芸術表現と一線を画すものとなったのは、既存の芸術表現に対する評価システムを逸脱した、徹底的な “人間の存在”への問いがあったからだ。

“私は夢見る 私の性別が消えることを

 私は夢見る 私の国籍が消えることを

私は夢見る 私の血が消えることを

私は夢見る 私の権利が消えることを

私は夢見る 私の価値が消えることを”

——「S/N」劇中の言葉より

「なぜいまここに存在しているのか。なぜ今、私はここにいるのか。なぜ人は死ななくてはならなくて、残された人はその不在にさいなまされるのか」。

人は誰しもが、生まれてきた理由を知ることはできない。そして死んでいくことの意味も見出せない。それゆえに、死への恐怖を抱えたまま、なぜ今ここに在るのか。そういう問いを解けないまま存在しているという矛盾。それを抱えたまま、“今ここ”を迎えるということを繰り返す。そういう虚しさから生まれる人間の美しさへの愛がこの作品にはある。そして、この背反性を抱えた人間の“生”への問いが、情報とノイズが溢れる現代を描写したシーンと交錯するのである。その現代性と普遍性との緊張関係が観るもの惹きつけてきたのではないだろうか。

“あの頃にくらべ、今は——まだまだとはいえ——エイズのことは随分オープンに話されるようになった。以前のような恐怖やそこから生まれる盲目的な偏見を乗り越え、人々はより実践的にこの疫病と対峙するようになってきた。この緊急の課題を、勇気ある人々が次々と乗り越えることでより大きい意味での“愛”の可能性が見えてくる。だって旧式の“愛”が地球を救わないのはそろそろみんなも承知のところ。自分だけを救う“愛”にしがみついていることの卑屈さ、同性愛であれ異性愛であれ他者の、そして自己の中の“愛”のかたちの自由を認めることの素晴らしさに気づくこと。そしてそれを声にする勇気。

そんな勇気を感覚的に内在させる力を人々にふりまくことが今の芸術の唯一の利用価値なのかもしれない“

——古橋悌二、エセル・エイクルバーガーのこと 「メモランダム」ダムタイプ編(2000年)リトル・モア p27.
(この本は、古橋の死後、編纂された古橋のテキストをまとめたものである)

1984年の結成以来、ダムタイプには多くの世界的なアーティストがメンバーとして参加してきた。だが、ダムタイプという人格で見たとき、古橋の存在、そして不在が何よりも強く横たわっている。その時代を、あとから覗き込んだ一観客が気軽に言葉にして良いものではないことは百も承知だが、残されたメンバーにとってはその事実といかに向き合うか、という問いが常にあった。それはいかなる格闘であっただろうか、東京都現代美術館での展示を見ながらそういうことが強く思い起こされた。

INFORMATION

■ダムタイプ|アクション+リフレクション

会期:2019年11月16日〜2020年2月16日
会場:東京都現代美術館 企画展示室 1F
住所:東京都江東区三好4-1-1
電話番号:03-5245-4111
開館時間:10:00〜18:00 ※入場は閉館の30分前まで
休館日:月(ただし2020年1月13日は開館)、12月28日〜2020年1月1日、1月14日
料金:一般 1400円 / 大学・専門学校生・65歳以上 1000円 / 中学・高校生 500円 / 小学生以下無料

https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/dumb-type-actions-reflections/

■初台ICCにて、特別上映会が開催中
「特別上映 ダムタイプ/Special Screening: dumb type」

会期: 〜2020年3月1日まで
会場:NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]
https://2020-ntticc-screening-dumb-type.peatix.com/view

■ダムタイプのメンバー、高谷史郎のドキュメンタリー映画が公開決定!
『DUMB TYPE 高谷史郎-自然とテクノロジーのはざま』

監督・編集・脚本:ジュリオ・ボアト
出演:高谷史郎、坂本龍一、長谷川祐子、サイモン・フィッシャー・ターナー、トマ・ドゥラメール、濱 哲史、リシャール・カステリ、オリヴィエ・バルザリーニ、平井優子、アルフレッド・バーンバウム
共同脚本:エンリコ・ピトッツィ
製作:レア・バルデ、ピエール=マルタン・ジュバン
2018 年/フランス/55 分/日本語、フランス語、英語/ドキュメンタリー
配給:ユーロスペース
© Ideale Audience – 2018

2020年2月29日(土)より 渋谷・ユーロスペースにて公開
www.eurospace.co.jp

 

CREDIT

Yamamine
TEXT BY JUNYA YAMAMINE
水戸芸術館現代美術センター学芸員。1983年茨城県生まれ。多摩美術大学造形表現学部映像演劇学科卒業。東京芸術大学映像研究科メディア映像専攻修了。文化庁メディア芸術祭事務局、東京都写真美術館、金沢21世紀美術館を経て現職。主な展覧会に「3Dヴィジョンズ」「見えない世界の見つめ方」「恵比寿映像祭(4回–7回)」(以上東京都写真美術館)、「Aperto04 Nerhol Promnade」(金沢21世紀美術館)。ゲストキュレイターとして、IFCA- International Festival for Computer Art (2011、スロベニアMKC Maribor)、waterpieces(2013、ラトビア、Noass)、SHARING FOOTSTEPS(2015、韓国、Youngeun Museum of Contemporary Art)、Eco Expanded City(2016、ポー ランド、WRO Art Center)などに参加。2015年度文科省学芸員等在外派遣研修員。日本美術オーラル・ヒストリー・アーカイヴ メンバー。

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