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2018.02.17

科学者の内なる思考が、身体に染み出すとき。素粒子物理学者とパフォーミングアーツの邂逅

TEXT BY KOJI HASHIMOTO

考えごとをしている時、その「思考」は脳の中にのみある。と、誰もが思っているかもしれない。しかし、実はそのアタマの中身が、身体中から染み出しているとしたらどうだろうか? さらにそれが、物理学者の思考だったら?
人間の仕事や活動には、個々に独自の「ふるまい(behavior)」と「身体(body)」がある。素粒子物理学者の橋本幸士は、「物理学者が科学をする」という行為を通して自身の身体とふるまいを舞台空間に放出した。

「このとき、『発見したな』って分かったんですよ」

前田英一さんは言う。前田さんは、世界的に有名なアーティスト・グループ ダムタイプ(Dumb type)のメンバーとして活躍され、パフォーマーとして身体表現に20数年向き合ってきた方である。このたび、前田英一演出作品に、科学者の私が科学を創造していく様子を、パフォーマンスとして舞台にそのまま取り込んでいただき、舞台上で一緒にパフォーマンスを行った前田さんの、言葉だ。

そもそも科学が科学者によって進められていく現場を目にする機会は、ほとんどない。しかも科学者である私自身が、科学が進められていく現場の様子をそれほど客観的に重要視しているわけでもない。むしろ、理論物理なんて歩いているときもトイレでもどこでもできるし、その身体性について客観的に考える必要もないと感じてきた。けれども、このたび舞台芸術に出演させていただく機会を得て、その考えを見直すのも面白いと思えるようになった。

私の研究室の自室には、壁を埋める大きな黒板があり、そこに数式やグラフを書き散らしながら、研究が進んでいく時間がある。それは秘密の作業であり、人に見せるものではない。見せるという観念自体が想起される必然性がない。黒板やノートの上で、ときには歩きながら、数カ月以上の時間を使い、一つの論文が書かれる、それが科学の作業である。世に出ていくのは、論文だけであり、それを個人の科学者が作り上げているという作業自体は、本人と共同研究者の中だけに秘匿される。

西村勇人さんという稀有な写真家がいて、私の研究室の巨大黒板に書かれたごちゃごちゃの数式の跡を写真に収めて、写真展で展示している。あるとき彼に企画され、京都国際写真祭KYOTOGRAPHIEと同時開催のKG+2017アワードのファイナリスト展で、実際に黒板での研究の現場をデモンストレーションしてみる、というパフォーマンスを行った。

私としては普段の研究の現場を「移築」しただけであり、それを見られるということだけが目新しかったのだが、研究者の性か、それを見る人を気にすることもなく黒板での議論に没頭した。その現場を、ギャラリストの松尾恵さんがご覧になった。「科学者の研究の現場はそのままアートです」という松尾さんの言葉が耳に焼き付いている。

 

橋本が2012年に公開し、大きな反響を呼んだ動画「A scientist's life - condensed」  

その松尾さんが導き、ゴーダ企画プロデュース、前田英一演出作品“Every day is a new beginning” に私は、科学者として日常の科学のクリエイションの現場そのままを、舞台芸術の一部として「パフォーマンス」した。

舞台後方に、永久にも思える時間と巨大黒板が用意され、私は、ステージ中央で繰り広げられるダンスパフォーマンスと、上方から降り注ぐ生演奏の中、素粒子の標準模型を仮定して導かれる宇宙の真空崩壊の確率の計算を、延々と行った。二日間、のべ100名を超える観客の見守る中、私はステージであることにほとんど気づかずに、物理の研究という「パフォーマンス」を終えたのである。

2日目の計算では、舞台の後半に差し掛かるとき。小さな発見があった。真の真空の泡が衝撃波として光速に近い平面波と近似されるとき、それが架電質点に与える影響は、衝撃波がスカラー場でもベクトル場でも重力場でも、特定のゲージを取れば同じ形をしている、ということであった。私は、小さな自己満足にほくそ笑んでいた。同じ舞台でパフォーマンスをされていた前田英一さんに、そのことを後で伝えてみた。すると、前田さんは言った。「ああ、その発見はあの時かな」。

無論、前田さんには、私が黒板で書いていた数式の物理的な意味は全く伝えていないし、これほど個人的な科学を彼に説明するには1週間はかかるだろう。しかし、私が黒板で科学をする姿を舞台芸術に組み込んだ前田さんは、パフォーマーとして、私の身体の動きを舞台上でつぶさに観察し、それを自身と仲間のダンスとのコインシデンスに昇華させたのだ。私は真に驚いた。私の内なる思考は、身体表現として染み出していたのである

パフォーマーとして世界を築いてきた前田さんは言う。「科学をしているときの橋本さんの身体は、時間の流れ方に“かど“が無い」。長い期間、科学の創造という作業に身を置いて訓練してきた人間が、全く無駄を排除して、科学の思考と身体性を同一にしている時間が、そこにあったのだという。

止まり、動き、書き、消し、首をかしげ、見つめる。その「科学者の日常」の所作が、一連の時間の流れを生み出し、それがダンスパフォーマンスをインスパイアする。「時間のかど」という概念は、実は、真空崩壊を生み出す量子トンネル効果の計算で、ユークリッド時間から実時間に解析接続する方法に非常に似ている。その意外な言葉が、前田さんの口から飛び出たことに、私は驚きを隠せなかった。

黒板にチョークで数式を書くという動作は、おそらくギリシャ時代以来、数千年も続けられてきた。研究実験の手法は科学技術の進化に伴って大きく変化してきたが、理論物理学の研究の方法が、いまだ数千年変わらずノートや黒板であるというのは、どうしたことだろう。その答えは、身体性と科学的創造との深い関係にあるのかもしれない。

大阪のBLACK CHAMBERで実施された“Every day is a new beginning”は、「地球最後の日」がテーマである。サイエンスやアートは、人類が滅んだ後、どうなるのであろうか。舞台は、私と前田さんが話し合って決めた言葉で終わる。「地球が滅んでも、人類が発見した方程式は残るーーーなぜなら、宇宙が存在するから」。

しかし、宇宙が従う方程式が人類の滅亡の後も変わらないものであったとしても、方程式の表現は、異なる知的生命の身体表現に依存するであろう。デジタルメディア全盛のこの時代に、究極のアナログのパフォーマンスで舞台芸術を完成させた前田英一さんの作品に、私は参加できて、意外な発見とともに、心の深くにある自分の科学を少し客観視できたことを、喜びに思う。それは、サイエンスのアート的な側面である。 

Photo:金サジ 

前田英一(演出)
京都芸術短期大学(現在京都造形芸術大学)立体コース(彫刻)を卒業。1997年より身体表現を始め、ダムタイプのパフォーマンス作品「OR」「memorandum」「voyage」に出演。近年では、高谷史郎「明るい部屋 La Chambre Claire」や、高橋匡太の「いつかみる夢~京都美術ビエンナーレ特別企画展」(京都府京都文化博物館) 、「スマート・イルミネーション横浜2015」、「Red Room #1 & #2」(YCC ヨコハマ創造都市センター)などの作品に出演、映像参加など。
(Photo: 松本成弘)

公演情報

終末を迎える未来の世界から人類が創造してきたもの、あるいは創造力そのものの素晴らしさを、時空を超えて見つめる意欲作。

演 出:前田英一
振付:合田有紀、野村香子
出演:合田有紀、野村香子、橋本幸士、前田英一
作曲・演奏:ヤニック・パジェ、ryotaro
脚本・ドラマトゥルク:出口 雨
舞台監督:山本アキヒサ
照明:川島玲子 音響:斎藤 学
制作:野村香子
主催:ゴーダ企画
助成:おおさか創造千島財団、大阪市
日時:2018年 1月19日(金)  開演/19:30
        20日(土)  開演/17:00
会場:BLACK CHAMBER (クリエイティブセンター大阪)

参考リンク

 

CREDIT

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TEXT BY KOJI HASHIMOTO
素粒子物理学者。大阪大学・大学院理学研究科教授。理論物理の研究を行う傍ら、著書「超ひも理論をパパに習ってみた」や「超弦理論知覚化プロジェクト」、TED×OsakaUでの講演など、さまざまなアウトリーチ活動も手がけている。1973年生まれ。大阪育ち。2000年理学博士(京都大学)の後、京都大学、カリフォルニア大学サンタバーバラ校、東京大学、理化学研究所(橋本数理物理学研究室を主宰)を経て、2012年より現職。 http://kabuto.phys.sci.osaka-u.ac.jp/~koji/

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