• TOP
  • WORLD-TOPICS
  • 野村康生が挑む、重力・空間概念からの解放とは?「Dimensionism 2.0 2.0」

WT

2020.11.13

野村康生が挑む、重力・空間概念からの解放とは?「Dimensionism 2.0 2.0」

TEXT BY NANAMI SUDO

物理学者や数学者との対話を通して、新たな身体感覚や空間概念のアップデートを目指すNY在住のアーティスト・野村康生の個展が、NY・ソーホーのNOWHEREギャラリーで開催中だ。発表された新作インスタレーション《Pion-パイオン》は、「重力からの解放」をテーマに人間の認識拡張を目指す一大プロジェクトだ。「次元」の謎に迫る野村康生の挑戦とは。

純粋3次元空間「Dimensionism 2.0 2.0」とは

2018年度文化庁新進芸術家に選出され、以降ニューヨークで活動の幅を広げている、アーティストの野村康生。今回彼が掲げるのは、「高次元」を対象とした《Dimensionism 2.0 2.0》というマニフェストだ。これは宇宙の存在が一般的に認知され、無重力による“純粋3次元空間*1”を基底に、新しい身体性が開発される未来を見据えるという壮大なプロジェクトである。野村は現代物理学や数学の研究者らとの対話を通して、一概に芸術という枠組みにとどまらず、最先端科学の世界を横断しながら、人間の認識のアップデートを目指している。AIや技術革新に頼らずとも、人間の“認識”のほうから変えてしまうという、野村独自の「トランスヒューマン思想」がここにある。

*1 “天と地”がはっきりと差別化されていた重力バイアスによって、天には神の存在を創り上げるなど人々の思考は上・下の関係が強く意識され、“擬似的3次元空間”を生きていた。ルネサンス以降の「科学」の台頭〜宇宙の無重力空間の発見などで“純粋3次元空間”の認知が成立した。

4次元空間を体感できる? 新作《Pion-パイオン》の謎

《Dimensionism 2.0 2.0》のコンセプトのもと制作された、4次元的な空間を体感できるインスタレーション《Pion-パイオン》がNY・ソーホーのNOWHEREギャラリーにて、11月3日から展示中だされる。

制作スタジオの《Pion-パイオン》の様子

《Pion-パイオン》の制作プランにおいては、《Dimensionism 2.0 2.0》で提言する新しいトランスヒューマン像を実現するため「対象となる自然」と「経験する場」をアップデートするような以下の3つのアプローチを展開している。

4次元の窓(Windows of 4D):マルセル・デュシャンによる“アンフラマンス”という概念(以下で解説)を、4次元空間の新たな理解への糸口として再解釈し、2次元を通じて高次元のインタラクションを幾何学的に理解し実体験する。

逆立ちのメタファー(Handstand Metaphor):荒川修作+マドリン・ギンズが目指した “天命反転” の建築プロセスを重力から解放された「純粋3次元空間」 上へ展開し、視覚や聴覚、触覚といった従来の感覚では説明しきれない身体の知覚能力を開発する。

不可視のハロ(Invisible Halo):固定化したデカルト座標的空間概念から宇宙時代に適合する四面体系座標への転換を図り、複素空間やフラクタル次元を直感的に扱うことを可能にするような新しい空間次元認識に至る座標系を獲得する。

これら3つのアプローチを複合して展開することで、脳内に新たな認知機能が開発され、そこから全く未知の「概念」が獲得されることを期待している。

《Pion-パイオン》の設計には、光学的な現象が用いられている。1辺約6フィート(約180cm)の大きな立方体のオブジェは、外辺にそれぞれ色の異なる蛍光灯が張られており、その内側を五胞体を形どるように特殊なミラーが配置されている。このミラーは、半分透けて半分反射するという特徴を持つハーフミラーと呼ばれるもので、これにより中で(3次元の)アクションを起こすと4次元的な現象が起こるようになっている。

《Pion-パイオン》照明点灯時イメージ

野村氏の解説によると、上の画像で立方体のように見えているのは3次元的に成立しているものではなく、常にミラーの反射により辺や点が複合的に重ね合わされた像をひとつの立方体として認識させられている。つまり、奥でz方向(高さの方向)に伸びている辺の下方に見える赤色の辺は、実際に奥にあるものではなく、手前にある辺が反射することで浮かび上がった虚像の立方体または4次元空間上にある像ともいえる。

*2 x軸、y軸など互いに直交している座標軸に実数の組を指定することによって点が定められる座標系で、3次元空間まで表すことができる。直交座標系ともいう。

*3 複素数[a+bi](a,bは実数、iは虚数)を、座標平面上の点(a,b)と対応させたとき、座標平面上の点は全てひとつの複素数で表せることになる。 このとき、座標平面というかわりに複素数平面という。

*4 図形の部分と全体が自己相似になっている図形(フラクタル)がどれだけ完全に空間を満たしているように見えるかを示す尺度。

《Pion-パイオン》(大) 今回の展覧会での設置イメージ
《Pion-パイオン》の中に入った一方の鑑賞者側から見える様子。カメラにフィルター加工などは掛けていない。

また、この立体の中には2つの入り口があり、人が内側に入り込めるような構造になっている。2人の鑑賞者が同時にこの中に入り込み、歩を進めて中央で向かい合うとき、ミラー上で自己の中に他者が流れ込む“第三の反応”が返ってくるという特異な経験をすることができる。鑑賞者は平面的な視覚を通してそのインタラクションを擬似的に受け取ることで、アーティストの考える「次元を上げる」という体験が最も端的な手法で実装されている。

次元のアップデート?

野村の提唱する“純粋3次元空間”において、人々はどのように「経験」をアップデートし、新しい身体性を獲得していくのだろうか。テクノロジーにより人類を進化させようとするトランス・ヒューマニズムの推進は、20世紀後半の資本主義社会の加速化に伴って積極的態度がとられてきた。

また、20世紀はアインシュタインが発表した特殊相対性理論による「4次元空間」という新しい概念が人々を驚嘆させ、量子力学との統一を図る「超ひも理論」が11次元時空の必要性を提示するなど不可視な対象が確実に視野に入ってきている。

(参照記事)100年後の未来を紡ぐ科学。超ひも理論研究者 橋本幸士の「詩と時間」箱舟教室レポート(2)

実は芸術においても、絵画を軸に営まれてきた次元の歴史があった。《Dimensionism 2.0 2.0》の「Dimensionism」というワードは、ハンガリーの詩人シラトが1936年に発表した《Dimensionisto Manifesto》という高次元化しながら推移していく芸術観に由来している。

例えば、古典的西洋絵画の遠近法を用いた平面的(2次元的)な表現方法は、パブロ・ピカソを代表とする芸術運動「キュビズム」が3次元の“対象”を多角的多視点から複合化した形態として2次元のキャンバスに描き出す手法によってアップデートされた。さらに、その後のマルセル・デュシャンの「レディメイド」の登場をはじめとする、言葉や意味などの不可視な対象を含む観念的な芸術は4次元的な表現といえる。このように、芸術表現は科学の発展と共に高次元化してきた。

では、4次元的な芸術表現は既に大成されたかというと、そうではない。ここで挙げられるのが、“天命反転”の思想で知られる荒川修作である。デュシャンは「レディメイド」の概念の他にも、自身の晩年に“アンフラマンス”(直訳すると「極薄な」という意味)という造語を作り上げていた。しかし、次元と次元の間を漂うように位置するその概念は芸術史においてほとんど継承されず、忘れ去られてしまった。日本からアメリカへ渡り、デュシャンに出会った荒川は、“アンフラマンス”の文脈を唯一受け継ぎ、身体性とその運動に焦点を当て活動した。そして、「天命反転」という死に抗う考え方を建築に落とし込み、新しいトランス・ヒューマンの開発を試みた。

この系譜に続き、今後も新たな身体性と高次元空間の概念を芸術の実践によって拡張していくのが、「Pion-パイオン」そして《Dimensionism 2.0 2.0》の思想であることは間違いないだろう。

《Pion-パイオン》の中に2人の鑑賞者が入って互いにアクションを起こしている様子
INFORMATION

野村氏の代表作となる「Pion-パイオン」のクオリティを高め、より精度の高い《Dimensionism 2.0 2.0》を鑑賞者に体感可能にすることを目標に、現在MOTION GALLERYにてニューヨーク個展開催のためのクラウドファンディングを実施している。新型コロナウイルスの流行に伴うパンデミックによって、文化・芸術の経済状況は厳しい状況が続いている。世界の中でもニューヨークは特にコロナウイルスによる大きな打撃を受けており、NOWHEREギャラリーも9月に営業を再開できたばかりだ。

6種類の寄付金額に応じてリターンが用意されており、どれも実際に展示に足を運ぶことが困難な今《Dimensionism 2.0 2.0》に参加し、体感することができるような内容となっている。

現代アーティストが世界で活躍するためのステップ! 野村康生 NY個展「Dimensionism2.0 2.0」 - クラウドファンディングのMotionGallery

このクラウドファンディングは11月16日まで実施の予定だ。《Dimensionism 2.0 2.0》のプロジェクトを通してアートサイエンスの輪が広がり、野村氏の今後一層の活躍と、高次元芸術が可能にする新しい体験がさらにアップデートされることを期待したい。

Dimensionism2.0 2.0展

会場:NOWHEREギャラリー
開催期間:2020年11月3日(火)12月27日(日) ※ニューヨーク時間
https://www.nowhere-nyc.com/
http://www.yasuonomura.com/

 

ARTICLE'S TAGS

CREDIT

 %e3%83%95%e3%82%9a%e3%83%ad%e3%83%95%e3%82%a3%e3%83%bc%e3%83%ab%e5%86%99%e7%9c%9f %e9%a1%94
TEXT BY NANAMI SUDO
栃木県出身、1998年生まれ。2020年早稲田大学文化構想学部卒業後、フリーランス編集者に。主にWEBサイトやイベントのコンテンツ企画・制作・広報に携わっている。2023年よりWhatever inc.でProject Managerとしても活動中。

page top

ABOUT

「Bound Baw」は大阪芸術大学アートサイエンス学科がサポートするWebマガジンです。
世界中のアートサイエンスの情報をアーカイブしながら、アーティストや研究者の語るビジョンを伝え、未来の想像力を拡張していくことをテーマに2016年7月から運営を開始しました。ここから、未来を拡張していくための様々な問いや可能性を発掘していきます。
Bound Baw 編集部

VISION

「アートサイエンス」という学びの場。
それは、環境・社会ともに変動する時代において「未来」をかたちづくる、新たな思考の箱船です。アートとサイエンスで思考すること、テクノロジーのもたらす希望と課題、まだ名前のない新たなクリエーションの可能性をひも解くこと、次世代のクリエイターに向けて冒険的でクリエイティブな学びの旅へと誘います。

TOPICS

世界各国のアートサイエンスにまわる情報をを伝える「WORLD TOPICS」は、国内外の展覧会やフェスティバルのレポート、研究機関や都市プロジェクトなどを紹介します。「INTERVIEW」では、アーティストや科学者をはじめ、さまざまなジャンルのクリエイターへのインタビューや異分野の交わる対談を掲載。「LAB」では、大阪芸術大学アートサイエンス学科の取り組みを紹介しています。

STAFF

Editor in Chief
塚田有那
Editorial Manager
八木あゆみ
制作サポート
communication design center
Flowplateaux
STEKWIRED
armsnox
MountPosition Inc.

Copyright 2016 Osaka University of Arts.All Rights Reserved.

close

bound baw