WT
2020.10.26
香港の超分散的プロテスト活動「Be Water」エリック・シウ&ジョエル・クォン インタビュー(後編)
TEXT BY ARINA TSUKADA
香港の自由と人権を求めて、いまなお政府への抗議活動が続いている。2019年夏より始まったデモ活動は、若い世代を中心に自然と活動を持続するためのプラットフォームが形成され、デジタルを介したネットワークが広がっていった。そして今年6月、アルスエレクトロニカは、デジタル・コミュニティ部門において彼らの活動の総称「Be Water」に大賞ゴールデン・ニカを授与したことを発表。本稿では「Be Water」の詳細を紹介するとともに、後編ではこの活動を全世界に伝えるメッセンジャー、エリック・シウ、ジョエル・クォンへのインタビューをお送りする。
水のように。香港人のメンタリティから生まれたスローガン
まずはアルスエレクトロニカ(以下、アルス)でのゴールデン・ニカ受賞、おめでとうございます。
エリック・シウ(以下エリック):僕たちはあくまで代弁者であり、香港にいる何百万もの人々がこの賞の受賞者だと思っています。
アルスのPRIX(コンペティション)における「デジタル・コミュニティ部門(Digital Communities)」は、過去には2004年にWikipediaが受賞するなどその時代を象徴するプロジェクトや作品が受賞しています。2020年に「Be Water」が受賞したことは大きな意味があると思いますが、元々これはどこから始まったキャンペーンなのでしょうか?
エリック:それは難しい質問で、最初にコンセプトを提示したのはブルース・リーといえます(笑)。彼は香港のアイコン的存在であり、とても有名な「Be Water」という言葉は、今回の抗議活動の中で自然と香港人の間で広まっていきました。水は流れ、動き、時に分散しても、また新たなかたちをつくることができる。その哲学が、たとえどんな状況にあっても、常に解決策を考え、異なる方法でアプローチしていくという態度へと浸透していったのだと思います。これは極めて香港的なメンタリティだともいえますね。
ジョエル・クォン(以下、ジョエル):「逃亡犯条例改正案」の法案は昨年2月にすでに出ていましたが、当時ほとんどの人があまり警戒していなかったと思います。けれど、6月になる頃には大規模デモが発生し、その頃にはすでに「Be Water」のスローガンを掲げる横断幕を目にするようになりました。なぜこの言葉が必要だったかといえば、香港の抗議者たちは、2014年の雨傘運動の経験から非常に多くのことを学んでいるからです。あの時、香港人はおそらく初めて香港警察と大きく衝突し、最終的に解散を余儀なくされました。
エリック:ジョエルが言うように、雨傘運動は明確なリーダーが存在しました。けれど、そのリーダーの動きが抑えられてしまえば、途端に活動は終わってしまう。活動をリーダーレスで非中心的なものにするためには、「Be Water」の理念がとてもしっくり来たのです。
なぜそうしたリーダー不在のコミュニティが可能になったのでしょうか。
エリック:まず大きなポイントは、抗議者の多くが若い世代で、デジタルメディアに長けていたことが挙げられます。香港のソーシャルメディア上では、誰かが投稿したアイデアに対して「いいね!」が集まり、「いいね!」の上位に上がったアイデアが自然と採用されていきました。色々な場所からアイデアが生まれ、人々はそれに同意して行動するだけで活動が広がっていくんです。
さらには、いつ、どこで抗議デモが行われるかといった情報の拡散もさまざまな方法があります。「これから〇〇ストリートあたりでランチに行かない?」という呼びかけに応じて、「私も行くね」という声が集まり、自然と人が集結してくるんです。たとえば香港の路上を歩いていると、登録したメッセンジャーアプリから通知が届きます。「そこは離れて」「明日〇〇に来てください」など、誰かから発信されたメッセージを受け取ることで、有機的な活動が生まれていきました。
ジョエル:2014年の雨傘運動の頃から多くのティーンネイジャーが街頭に立っていましたが、今回はより多くの若い世代が活動しています。さらにその世代を支える上の世代層をはじめ、さまざまな専門知識を持った人々がテクノロジーの知恵や技術を駆使して、円滑なコミュニケーションが進むプラットフォームを構築していきました。これもBe Waterの戦略がうまく機能している理由だと思います。もちろん若者だけではなく、平和的デモ活動の参加者は小さな子どもや家族連れ、お年寄りまで本当に幅広いです。抗議に出向くだけでなく、資金面の調達やテクニカルのサポートなど、人々はさまざまな役割で参加していると思います。
抗議活動は生活の一部になっている
去年秋までは激しい抗議活動が続いていましたが、COVID-19以降の影響はどうなっているのでしょうか。
ジョエル:2003年のSARSの経験から、香港の人々はウイルスに対して強い警戒心があるため、今回もすぐに対策が始まりました。世界各国で叫ばれるよりもずっと早く、初期段階からマスクをし、社会的距離を保つようになっていたと思います。その間、抗議活動は中止を余儀なくされ、ここしばらく活動自体は落ち着いています。けれど、COVID-19対策にしても、他の問題にしても、そもそも政府の管理体制について香港人の多くはは納得していません。私たちは投票権を持っていないため、適切な政治家を選ぶことすらできない。COVID-19において医療問題に関する大規模な抗議が行われましたが、いずれも管理体制への不満からくるものです。
エリック:昨年の抗議活動のスピードはとてつもなく早かったのですが、今年は歩みを遅くせざるをえないのが現状です。けれどその中で、僕たちはもう一度何ができるかを考え、自分自身を振り返るためのクリエイティブな時間にもなったと思います。現在はオンライン上で多数の議論がひらかれ、次のステップをどうするべきか、熟考を重ねているところです。当初、COVID-19が活動の動きが鈍くなるのではないかと懸念されましたが、香港の人たちはもっとタフで、立ち止まることがないと気付かされました。国家安全法という深刻な法律が成立されても、できることを続けようとしています。
ジョエル:これはいまに始まったことではないからです。香港の人たちはもう何年も我慢して良いニュースが登場するのを待っていましたが、もうすでに次なるステージに立っていると思います。これからの解決策はひとつしかない。普通選挙が認められることです。これまでもさまざまな法案や政策に対する抗議が続いてきましたが、いまはそれ以外に道はないと思っています。
エリック:自分自身を振り返っても、1年前にデモに参加した頃は一時的なイベントだと思っていました。おそらく1、2ヶ月後には終わっているだろうと。それから半年経って、政府への抗議活動がいまや生活の一部になっています。
ジョエル:ライフ・ロング・ミッションだね。
エリック:そのとおり。この時代を経験していない人からすれば、「ねえ、いつまで続けるの? 休憩しないの?」と言われるかもしれません。でも、自分で止める術がない。この1年でさまざまな知識を学び、スキルを習得してきました。去年とはまったく違う自分になっていると感じます。
Black Lives Matter、中国、グローバルとの関係
香港の問題解決にあたっては、国際的な注目が鍵を握ると思います。最近ではアメリカからBlack Lives Matter(BLM)の波が世界中に広がっていますが、世界の報道機関の役割についてはどう考えますか?
ジョエル:BLMは警察による暴力が火付け役となりましたが、香港警察の残虐性も広く報じられていると思います。これは相互に関係している問題ですが、一方で香港の問題を報じるためには、同時に中国と各国とのパワーバランスを俯瞰して見つめ直す必要があります。中国とアメリカ、中国とインドネシア、そして欧州との関係といったように、まず大きな地図を描き、そこから全体の状況を俯瞰して報じているメディアも多いですね。もちろん、香港人としては香港に注目してほしいですが、私たちはグローバルな村の一部に暮らしていて、その点と点の関係を結びつける姿勢が重要だと感じます。
エリック:ジョエルが言うように、ひとつの焦点は中国にあります。特に中国当局に関しては陰謀論が至るところで渦巻いていて、僕たちは目の前にある事実を鵜呑みにせず、実際のところ何が起きているかを慎重に考えるべきだと思います。
さらにBLMに関していえば、これは人権の問題です。黒人の命も、香港人の命も同等に守られるべきものであり、それは世界人類にとって共通の価値基準であるはずです。他国で起こっていることは、いまの自分たちの命を考えることだと思います。
ジョエル:もうひとつは、資本主義の問題があります。現在、ファッションブランドを筆頭にさまざまな企業が「Black Lives Matter」のメッセージを掲げるようになりました。けれど、彼らは香港の人権については何もふれない。なぜなら、いま多くのグローバル企業は中国ビジネスに依存しているからです。
日本人のクリエイターに向けて
それは重要な指摘ですね...。エリックはいま日本で暮らしていますが、日本のメディアについてはどう思いますか?
エリック:もちろんよく報道されているのは目にしますが、明らかに充分ではないと感じます。日本の視点から見ても、もっと議論されるべき問題ですよね。中国とアメリカは、主に貿易をめぐって緊張状態にありますが、日本はどちらも中立的な立場を取っている。けれど首相から香港に対してはほんの数回コメントした程度にとどまっています (注:取材当時は安倍政権)。
そもそも日本では、どのメディアが香港のニュースを取り上げても、あまり影響力がありません。これは日本が抱えている根本的な問題だと思います。それは、人々が政治にあまり関心がないこと。そして日本の人々は、国内の政治問題に関してもほとんど話題にしません。ただ、国家安全法の制定に反対する請願書が各国から集められたとき、日本からは100人以上もの議員が署名していましたが、これには驚きましたね。
香港ではいま、さまざまなクリエイターが抗議活動に参加し、匿名でアート作品やグラフィックを制作しているそうですが、日本のクリエイターに対してメッセージはありますか?
ジョエル:まず、香港の話題に対して、もっと関心を持ってくれたら嬉しいですね。話題にすること自体が重要です。そして特にクリエイティブな人々や、テクノロジーやサイエンスに長けた人々がこのトピックに関心を持って集結すれば、世界最大のシンクタンクが生まれると思っています。
エリック:いま香港では、街に出て抗議をするだけでなく、クリエイティブな側面から行動を起こす人もたくさんいます。この1年だけでも、そこから多くの変化が生まれました。ジョエルがいうように、日本のアーティストやクリエイターがいまよりもっと関心を持ってくれれば、次なるアイデアを生み出すハッカソンのような場をつくれると思っています。あらゆる知恵を集めて、ともに考え、提案していくこと。それはいま、クリエイティブやアートがどう社会に機能するのかを改めて問う機会であり、僕たちは変化を起こすことができるはずです。
今回、アルスでゴールデンニカという賞を得たことで、より多くの人々にインスピレーションを与え、何かをしようとするきっかけになるかもしれません。このデジタル・アクティビズムの流れは、世界中に広がっていくと信じています。
INFORMATION
DOMMUNE 特番放送決定!
「Bound Baw presents〈Be Water〉香港発・デジタル世代の超分散的プロテスト活動」
2020.11.5 (木) 19:00-23:00
@ SUPERDOMMUNE!!!
19:00-21:00 TALK
アルスエレクトロニカ大賞受賞:香港人のプロテスト活動〈Be Water〉とは何か?
出演:Eric Siu(Hong Kong)、山峰潤也、いとうせいこう、ドミニク・チェン、相馬千秋
モデレーター:塚田有那
通訳:田村かのこ(TAC)
21:00-23:00 DJ&LIVE
DJ BAKU feat. いとうせいこう、ほか
CREDIT
- TEXT BY ARINA TSUKADA
- 「Bound Baw」編集長、キュレーター。一般社団法人Whole Universe代表理事。2010年、サイエンスと異分野をつなぐプロジェクト「SYNAPSE」を若手研究者と共に始動。12年より、東京エレクトロン「solaé art gallery project」のアートキュレーターを務める。16年より、JST/RISTEX「人と情報のエコシステム」のメディア戦略を担当。近著に『ART SCIENCE is. アートサイエンスが導く世界の変容』(ビー・エヌ・エヌ新社)、共著に『情報環世界 - 身体とAIの間であそぶガイドブック』(NTT出版)がある。大阪芸術大学アートサイエンス学科非常勤講師。 http://arinatsukada.tumblr.com/