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2020.10.26
香港で巻き起こる、デジタル世代の超分散的プロテスト活動「Be Water」とはなにか?(前編)
TEXT BY ARINA TSUKADA
香港の自由と人権を求めて、いまなお政府への抗議活動が続いている。2019年夏より始まったデモ活動は、若い世代を中心に自然と活動を持続するためのプラットフォームが形成され、デジタルを介したネットワークが広がっていった。そして今年6月、アルスエレクトロニカは、デジタル・コミュニティ部門において彼らの活動の総称「Be Water」に大賞ゴールデン・ニカを授与したことを発表。昨年夏から現在に至る「Be Water」の動向に迫る。
デジタル世代から生まれたムーブメント
格闘技のスター、ブルース・リーの有名なこの格言は、2019年7月より加速した香港政府への抗議活動において、若き香港人たちの間で自然と広まったネットミームである。10〜30代を中心とするデジタル世代の彼らは、デジタルツールを駆使して広範囲なネットワークを形成し、明確なリーダーがいないかたちでのデモ活動を繰り広げている。
2014年の反政府デモ活動(通称:雨傘革命)でリーダー格が逮捕されるに至った事態の反省から、現在のデモ隊は自然発生的に集結し、セキュリティや市民の安全を確保しながら活動を続ける“形のない”プラットフォームと深化していった。
今年6月、アルスエレクトロニカは、デジタル・コミュニティ部門において彼らの活動の総称〈Be Water〉に大賞ゴールデン・ニカを授与している。受賞者は香港の平和的人権を願うすべての香港人(Hong Kongner)、そしてこの香港の現状を世界に知らせるべく決死の応募を決めた香港人、アーティストのEric SiuとキュレーターのJoel Kwongである。
2020年6月30日、香港人にとっては最悪の法案「香港国家安全維持法(通称:国家安全法)」が施行された。これにより「一国二制度」は事実上形骸化し、今後は「香港独立を掲げること」「中国共産党を批判すること」「(反政府的な)集会を開くこと」などが逮捕の対象となりうる。翌日の7月1日には、「香港独立」のプラカードを掲げたとしてすでに10人以上が逮捕され、違法集会や武器所持などの理由で370人の逮捕者が出ている(注: 2020年7月時点、現在の正式な逮捕者数は不明)。緊張状態の続く香港。いまなお“水のように” 戦いを続ける彼らのいまの声を届けたい。
(以下は〈Be Water〉プロジェクト資料からの抜粋・翻訳である)
始まりは2019年6月、香港の民主化を求めて
まず、〈Be Water〉では何について抗議がなされているかをもう一度おさらいしたい。
かつてイギリスの植民地だった香港は、1997年に中国大陸に返還された。それ以来、香港は「一国二制度」という憲法の原則に基づいて統治されてきた。この原則のもと、香港は独自の政府制度を持ち続け、他国との貿易関係を含めた法律・経済・金融関係はすべて中国本土とは独立していた。しかし、この原則の解釈によっては、時折緊張が噴出することも度々あった。
その緊張が一気に高まったのが2019年夏のことだ。犯罪容疑者を一定の状況下で中国本土に送還できるようにする送還法案「逃亡犯条例改正案(Fugitive Offenders amendment)」が浮上したのだ。もしこの法案が成立すれば、地域の自治と市民の自由を損なうことになり、プライバシーや言論の自由に関する法律を侵害するのではないかという懸念が広がった。6月9日には数十万人がデモに参加。デモ隊の5つの主要な要求は以下だ。
・法案の撤回
・警察の横暴と不正行為の疑惑の調査
・逮捕された抗議者の釈放
・抗議を「暴動」と公式に表現したことの撤回
・キャリー・ラム最高経営責任者の辞任
・立法評議会と最高経営責任者の選挙のための普遍的な参政権の導入
抗議デモの影響はどんどんと広がっていったが、政府は法案に固執した。
6月12日、法案の2回目の読上げを阻止するために立法評議会複合施設の外に抗議者が集まり、催涙ガスとゴム弾を配備した警察と抗議者との間で激しい睨み合いが起こる。抗議者は法案の完全撤回を主張、警察による過剰な武力行使に反発したため、法案の中止からわずか翌日の6月16日には、さらに大きな200万人の抗議デモ行進が行われた。
7月1日の、引き渡し記念日には立法会議場が襲撃され、その後、抗議行動が各地区に広がった。
8月31日、プリンスエドワード駅での警察の暴行事件が発生。
物議を醸したこの法案は2019年9月に撤回されたが、運動は止まることなく、警察の横暴疑惑に対する完全な調査を含む、より広範な要求のセットが継続されている。この頃から、警察の横暴や不祥事疑惑が増え続けている。これを受けて、一部の抗議者は、ガソリン爆弾を投げたり、挑発者と思われる人物を自警団で攻撃したり、親北派と思われる団体を破壊したりするなど、過激な方法をエスカレートさせた。
リーダーのいない革命運動
ここまでは各国の報道機関が報じている通りだが、香港市内には多くの平和的デモ活動を行う人々がおり、そして特に若い世代の動きに注目したい。
この運動の非常にユニークな特徴は、主な参加者がZ世代の若者であること、そして中心核のリーダー不在なことだ。Z世代はテクノロジーに精通しており、学習が早く、反応が早い。これにより、抗議者たちは新たな生態系を生み出し、運動に戦術的なメディアを応用した。
香港人にとっては、香港の普通選挙をめぐって起きた2014年の「雨傘運動」の教訓がある。11週間にわたって道路占拠(座り込み)による抗議活動が続き、ジョシュア・ウォンをはじめとする学生リーダーが中心となったが、警察によるデモ隊の強制排除、リーダー格らの逮捕などによって活動は終結した。その学びからも、香港人はリーダーがいることのデメリットを理解している。そこで今回は、SNSなどを通じたデジタル・コミュニティを中心に形成され、集合的な知性を集め、戦略を立てていく方法論が自然と選択されていった。
結果生まれたリーダー不在の活動は、香港島、九龍、ニューテリトリーに広がる20以上の異なる地域へと多様化していった。政府側にとっては、リーダーが見つからないため、デモ中止交渉を求めようにも誰かを特定することすらできない。一方、情報はデジタル上でどんどんと拡散され、特定のメッセージを送る際は「Telegram」などセキュリティ性の高いアプリが広まっていった。イニシアチブは活動する人々自身にあり、誰もがこの運動への参加のために自身で責任を取っている。
香港中文大学のフランシス・リー教授は、この新しいタイプの分散型のリーダーレス運動を「オープンソース」の抗議モデルと呼んでいる。デジタル・デモクラシーの参加型プロセスを通じて、活動家たちは、誰もが平等な方法で、次の動きをブレストし、協働を進めている。
Z世代のデジタルコミュニティ
戦いは、街の路上だけでなく、デジタル上でも繰り広げられてきた。何十万人もの抗議者のPCやスマートフォンにインストールされたメッセージングアプリ上で、だ。デジタル・コミュニティの機能は、最前線のデモ活動への支援やクラウドソーシング・キャンペーン、プロテストアート、政治教育など多岐にわたる。デモ隊たちはライブストリーミング、フォーラム、アプリ、Eコマース、ウェブサイト、音楽など、その時々に適した複数のプラットフォームを利用している。ここではいくつかのデジタルトピックを紹介する。
Tips (1)
ソーシャルアプリ
当局からの監視を逃れるために、様々なデジタルツールを導入している。主にはTelegram、Signal、FireChatなど暗号化されたメッセージングアプリが活用された。
Tips (2)
デモの最新情報はAirdropで共有
何万人ものデモ隊が同じエリアに集合すると、アクセスしにくくなることも多々ある。そこで抗議者たちはAirDrop機能で位置情報やリアルタイムの情報を共有していった。
Tips (3)
テキスト情報を遠隔で伝える、リモート・トランシーバー機能
警察とにらみ合いが続く最前線の抗議者たちは、テキストメッセージをチェックする時間すらない。そんなとき、彼らはトランシーバーアプリを使って情報を得ていった。異なる地区のリアルタイムのデモ情報は、自宅にいるサポーターがテキストで届いたメッセージをアプリ内で読み上げる。その情報がアプリ上でリスト化され、抗議者はデモ中でも音声情報を受信することができる。自宅サポーターは香港のみならず、海外からの参加もあった。
Tips (4)
ニュースフォーラムサイト「LIHKG」
2016年に設立された香港拠点のニュースフォーラム「LIHKG」は、デモ活動のプラットフォームとして機能するようになった。誰でも投稿可能で、警察との衝突の最前線にいる抗議者たちのために、応援を呼んだり物資を運んだりといった情報が寄せられる。
若き抗議者たちを救うネットコミュニティ
デジタル・コミュニティは、長期化する活動において、若い世代のメンタルサポートにも寄与している。現在、香港の過激派抗議者の主な年齢層は10代〜20代、14歳の中学生らも多数参加しているといわれている。特に最前線で「勇敢な抗議者」としてこの運動に参加することは、間違いなくオープンな話題ではない。けれど、オンライン・プラットフォームは唯一の安全空間になりえている。
「絶望的な気持ちになった。それでも抗議に行く。その選択肢以外は、どうしたらいいのかわからなかった」と若い抗議者は語っている。
彼らの家族の多くは、子どもたちが逮捕されたり、今後のキャリアに影響が及ぶこと恐れ、デモに参加することを快く思っていない。結果、いま世代間で大きな分裂が起きている。若い活動家たちは周囲から孤立し、常に匿名性や安全性を確保するため、自身の思いを話すことも慎重にならざるをえない。しかし、オンラインを通じたコミュニケーションは、彼らの「同志」を集め、家族や友人には話せないことをストレートに伝え合える場にもなっている。
ここで紹介したのは活動のほんの一部だが、「形のない、水のように」という「Be Water」の理念は、キャンペーン全体に取り入れられている。続く後編では、このプロジェクトをアーカイブし、アルスエレクトロニカに応募した2人の“メッセンジャー”、エリック・シウとジョエル・クォンへのインタビューをお届けする。
INFORMATION
DOMMUNE 特番放送決定!
「Bound Baw presents〈Be Water〉香港発・デジタル世代の超分散的プロテスト活動」
2020.11.5 (木) 19:00-23:00
@ SUPERDOMMUNE!!!
19:00-21:00 TALK
アルスエレクトロニカ大賞受賞:香港人のプロテスト活動〈Be Water〉とは何か?
出演:Eric Siu(Hong Kong)、山峰潤也、いとうせいこう、ドミニク・チェン、相馬千秋
モデレーター:塚田有那
通訳:田村かのこ(TAC)
21:00-23:00 DJ&LIVE
DJ BAKU feat. いとうせいこう、ほか
CREDIT
- TEXT BY ARINA TSUKADA
- 「Bound Baw」編集長、キュレーター。一般社団法人Whole Universe代表理事。2010年、サイエンスと異分野をつなぐプロジェクト「SYNAPSE」を若手研究者と共に始動。12年より、東京エレクトロン「solaé art gallery project」のアートキュレーターを務める。16年より、JST/RISTEX「人と情報のエコシステム」のメディア戦略を担当。近著に『ART SCIENCE is. アートサイエンスが導く世界の変容』(ビー・エヌ・エヌ新社)、共著に『情報環世界 - 身体とAIの間であそぶガイドブック』(NTT出版)がある。大阪芸術大学アートサイエンス学科非常勤講師。 http://arinatsukada.tumblr.com/