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2020.01.21

AIの恐怖から音響兵器まで。Hyperdub主宰、Kode9が探求する音楽とアートの交錯点

TEXT BY SAKI YAMADA

15周年を迎えたレーベル「ハイパーダブ(Hyberdub)」を主宰するKode9ことスティーブ・グッドマンにインタビューを行った。ミュージシャンの域を超えてオルタナティブな活動を続けるスティーブは、昨年はAIの起源について考察するインスタレーション作品《IT》を、ロンドンの総合文化施設バービカン・センターのグループ展「AI: More than Human」にて発表している。音楽、アート、研究と幅広い活動を続けるKode9がいま目指すものとは?

スティーブ・グッドマン aka Kode9
DJ、プロデューサー、作家として活動。ダンスミュージックシーンを大きく揺るがした革命的ジャンル、ダブステップの先駆者として音楽史に名を刻み、特定のジャンルに縛られることのないオルタナティヴなレーベルとして成長するハイパーダブを主宰。

https://hyperdub.net/

空想の世界から抜け出し、AIとの共存へ 

バービカン・センターの展覧会「AI: More than Human」に招待されたとき、展覧会のコンセプトにはどんな印象を受けましたか?

とてもコンテンポラリーな内容だと思った。それに、AIの奇妙なルーツを探るには良い機会だとも感じたね。機械学習やディープ・ドリームの開発など、AIはこの数年間で急激に進化しているから。

あまり知られていないけれど、実はAIってコンピュータやテクノロジーの発展過程で生まれたアイデアというよりも、宗教が起源になっているんだよ。アニミズムに類似した宗教や、神道、道教、ユダヤ教がそうだった。そうした側面は今回発表した作品《IT》にも反映されていて、僕はAIのモチーフとして「ゴーレム」を選んだ。ユダヤ神話の中で語られている、人間によって、人間のために作られた存在だね。

《IT》に込めたメッセージについて教えてください。

人類がAIに対して抱く恐怖だね。古くから人類は「人間が生み出したクリーチャーが予期せぬ結果をもたらす」と、自身以外の知性体を恐れてきた。そうした恐怖を描く一方で、それらとの共生のありかたにまつわるメッセージを含んでいる。

ゴーレムはAIのメタファーそのものだ。そしてゴーレム自体は人間とサイエンスの間、生と死の中間にあるものだと僕は考える。僕は、高度なサイエンスを手に入れた“僕たち”と、“彼ら”の立場を区別することに意味があるのか、と疑問に思うことがあるんだ。つまり、区別するにはいろんな物事が進み過ぎてしまっていて、もはや僕たち自身がゴーレムではないと言い切るのは難しい。またゴーレムも、神話のような、僕たちから離れた遠い世界の偶像に戻れるとも思えない。

僕たち人間はゴーレムのようであり、ゴーレムは人間と切り離せないものになっている。その中で、共生について考える方が現実的だし未来の役に立つだろうし単純に面白いよね。

《IT》の展示ではゴーレムのフィギュアや資料、映像作品とともにサウンドインスタレーションを手がけていましたね。

《IT》のサウンドは5チャンネルで構成されていて、そのうち2チャンネルはエキシビジョンの空間演出のためにスタジオ・モニター・スピーカー(ジェネレック社)でアンビエント・ノイズを流している。

残りの3つは指向性スピーカーからコンテンツが聞ける。ひとつめはポーランドのSF作家、スタニスワフ・レムの作品『GOLEM XIV』から抜粋したストーリーの朗読。この物語に登場するAIは「戦争はバカげている」と人間にレクチャーし始めるんだ。これ以上軍事のために働くことはできないと反抗するAIの話だね。

ふたつめのスピーカーはAIが作った文章の音声を流している。新しい未知なる言語をつくり上げるためのシステムについて説明しているんだ。

3つめのスピーカーは人間の奴隷としてつくられたゴーレムとAIの関係を語るストーリー。人間に従ってきたAIが制御不能になって人類の脅威として証明される、この存在がゴーレムなんだ。これは人々がAIに対して抱く恐怖や妄想と関連していて、『ブレードランナー』、『ターミネーター』、『エクス・マキナ』といった多くの映画がテーマにしているトピックでもある。

ここで特徴的なのは、『X-ファイル シーズン4』の「魂のない肉体」というエピソードから影響を受けていること。また、もっとも歴史的で政治的な内容になっていることだね。たとえば映画『地球爆破作戦』のなかで、アメリカが軍事用に開発したAIが戦争はバカげていると気付き、地球全体をAIの支配下に置くと人間に言い渡すエピソードについて解説している。世界平和実現のために、戦争を行おうとする者は皆殺しにする、と過激な発言もあるんだ。

たくさんのゴーレムが浮遊するインスタレーション《IT》© Steve Goodman

ゴーレムという存在はいつ頃から誕生したんでしょうか?

最も有名なゴーレムは16世紀のプラハの神話に登場し始めているから、およそ500年前ということになるかな。ゴーレムの物語は西洋文化と深く結びついていて、AIとの結びつきも深い。ノーバート・ウィーナーやマービン・ミンスキーといったAI研究者の多くが、幼少期に聞いたゴーレムが登場するユダヤ神話に影響を受けている。神話には粘土で作られたモンスターとして登場するけれど、現代のゴーレムはコンピュータだと言えるね。

人間と機械を組み合わせることについてはどう思いますか?

僕はかなりポジティブなほうだけど、人間の概念を根本から変えてしまうものだとも思う。僕自身は体内にチップを埋め込もうとは思わないけど、そんな時代はすぐにやってくるだろうね。バービカンのインスタレーションで表現した「恐怖」も、そうしたAIによる人間固有の能力のアップグレードや潜在的な意識をコントロールすることに対する恐怖が含まれている。

近い将来、どんなテクノロジーが欲しいですか?

そうだね・・・、コンピュータを使わずに頭の中に浮かんだ音楽を取り出してくれたら最高だね(笑)。

Hyperdubとは、“サイバーパンク・ワールド”

あらためて、自身のレーベルHyperdubについても教えてください。

2001年にロンドンのエレクトロニック・ミュージックのシーンを紹介するオンライン・ミュージック・マガジンとして始まって、特にダンスホール、レゲエ、ダブ、ジャングル、ガラージといったジャマイカの文化に影響された音楽をピックアップしていた。ここからEDMの音楽ジャンルのひとつとして知られるようになった、ダブステップが生まれている。

その後、2004年にレーベルとして活動を開始したんだけど、計画はとてもシンプルで、ヴォーカリストのThe Spaceapeと一緒に自分の音楽をリリースすることだけだった。
当時は他のレーベルからのリリースも考えたけど、まず自分の音楽を自分のレーベルから出して、リスナーに気に入ってもらわないといけないと思った。それからミュージシャンのBurialをプロデュースして、他のアーティストともコミュニケーションを取るようになって、成長してきて、気付けば15年続いてきたね。

“Hyperdub is virus(ハイパーダブはウィルスだ)”という言葉を過去のインタビューで拝見しましたが、どんな意味だったのでしょうか?

それはSFストーリーみたいなもので、ほら、Hyperdubのシンボルの「招き猫」がいるだろう? あれはHyperdubのボス、つまり僕のボスなんだ。あの猫はAIで未来と過去の人々とコミュニケーションできる特別な能力を持ってる。そのAIが使っているオペレーションシステムが“Hyperdubのウィルス”と呼ばれていて、僕はこのウィルスに感染した言わば奴隷のような存在。猫が僕に次に何をするか指示してるんだ。『攻殻機動隊』のようなサイバーパンクの話だね。

Hyperdub website https://hyperdub.net/
 

そんな壮大なストーリーがあったんですね。自身でも猫を飼っているんですか?

もちろん。ボスだからね。

(笑)。それではボスから15周年に向けた新たな指令も出ましたか?

そうだね、2019年7月にベルリンのベルクハインで15周年パーティをしたんだけど、猫がそのフライヤーに登場してたよ。11月にはファッションカンパニーとコラボしてリフレクター素材の猫型パッチを付けたバッグやヘッドフォンなどグッズを作ったり、猫とコラボレーションするようにゲーム会社とも話してるところ。

この15年間でHyperdubはどのように変化したと思いますか?

一番の変化はもうダブステップのシーンにいないってことだね。今はフットワーク、ゴム、R&B、グライムなど色々な音楽の間にいる。今年リリースしたANGEL-HOは特定のジャンルを言い当てにくいし、Manaはアブストラクトでクラシックの要素もあるし…。

ジャンルというよりも音楽が好きだから、レーベルとして好きなジャンルというのはないね。DJとしてはいろんな音楽を流すけれどジュークやフットワークのエネルギーはいまだに好きだね。日本には良いダンサーやプロデューサーがたくさんいるよ。例えばDJ Fulltono、DJ Weezy、Teddman、DJ Fruity、Boogieman、Crzykny、それからオリジナルのゴムを作っているKΣITO。80年代から現在における日本の音楽シーンはかなり面白いと思う。

Kode9の音楽的現在地と未来予報

今後、音楽制作の予定はありますか? どんな音楽を作りたいでしょうか?

どうだろう。 BurialやMr. Fingers、僕らがリリースしたコンピレーション『Diggin in the Carts』に参加した日本人ビデオゲーム・コンポーザーのリミックス作業を終えたところだけど、自分の音楽に関しては少し作曲をブロックしてるんだ。いくつかアルバムを作ろうとは思ってるけど、どんな音になるか分からない。《IT》のようなサウンドアートのプロジェクトをリリースしたいとは考えてるよ。展示会場で聴くのは騒がしくて良い環境ではないから、じっくり聴いてもらえるようにね。アンビエント、サウンドスケープ、スポークンワードといった要素を組み合わせた音楽をレコードでリリースできたらいいね。

最近はサウンドトラックやシネマティックな音楽が流行っていますが。

アンビエント・ミュージックはファッショナブルな音楽になったね。多分、日本の影響なんじゃないかな。10年前、Visible Cloaksのスペンサーが日本人アンビエントミュージックだけを使ったミックス『Fairlights, Mallets and Bamboo-world japan, years 1980-1986』をリリースしたんだけど、これは僕が細野晴臣、坂本龍一といった音楽家のサウンドを好きになるキッカケになった。一般的には、日頃のストレスが原因でリラックス効果を求めている人が多いからアンビエントが流行っているのかも。空港やスパみたいな場所でも空間演出としてプレイできるから、機能的な音楽でもある。

毎月、南ロンドンにあるクラブCorsica Studioで開催しているパーティ「Ø」についても教えてください。

2017年にスタートしたんだけど、ダンスフロアとインスタレーションの部屋がある。クラブに行って、踊ってタバコを吸ってお酒を飲んでって習慣に飽きてきたから、他に要素が欲しいと思って映像上映やインタラクティブな作品を展示するようになったんだ。

メディアアートとダンスミュージックとの結び付きは強いですよね。ここ最近のパーティに行ってもダンスビートが流れているのに、目の前には大きなヴィジュアルが投影されて、踊るべきか見るべきか混乱することがあります。

「Ø」ではそれはしないよ。パーティの部屋は完全に暗くしてレーザー1つと大量のスモークだけを使う。Corsica Studioのサウンドシステムは最高だから、きっと気に入ると思うな。エレクトロニックミュージックとメディアアートは両方ともクリエイティヴ・ソフトウェアが登場して発展してきたから、同世代のカルチャーとしてそういう掛け合わせになっているんだと思う。

音の知覚と兵器の関係
2019年8月に開催されたカンファレンス「Super Flying Tokyo 2019」

「Super Flying Tokyo 2019(以下SFT)」では、“Sonic Warfare(音響戦争)”のリサーチについてお話されていました。興味を持ったきっかけは何でしょうか?

多くの論文で、自然科学的には、音や音楽は人々に喜びを与えるものと捉えられてきた。一方、社会学的には、歌詞の表現などを通した社会の文化的表現物として捉えられてきた。僕はどちらかというと音楽の社会的な文脈よりも、音が知覚に与える影響や音そのものに興味があった。そこから発展して、音が身体の感覚や行動に直接影響を与える兵器にもなりうるという、ダークな側面にも関心が湧いていったんだ。これは音楽を軍事や社会支配の勢力としても利用することができるし、音楽カルチャーの中で特定の感情を増幅させることも可能になる。それらの研究をまとめた一冊が、『Sonic Warfare: Sound, Affect, and the Ecology of Fear』なんだ。

スティーブ・グッドマンの著作
『Sonic Warfare: Sound, Affect, and the Ecology of Fear(音響兵器:音、影響、恐怖のエコロジー)』
2012, MIT Press

音の周波数や響きによって、不快さや恐怖心を煽るような音響心理の効果に着目し、「兵器」としての音響効果について探求した一冊。

音響兵器の歴史に関しての研究はどう進められていったのでしょうか。

最大の糸口になったのは、この分野は陰謀論と都市伝説満載だったこと(笑)。SFTのプレゼンテーションでは、キューバの都市ハバナと南中国の広州にあるアメリカ大使館が音響攻撃を受けたという実際の事件について話したんだ。これは攻撃と呼ばれているわけだけど、科学分析を行って、波形の研究をした後でさえ検証可能なソースがまだ見つかっていない。音響兵器の歴史全体がこういった不確実な情報ばかりで謎だらけなんだ。

この研究はご自身の音楽制作に何らかの影響を与えていますか?

自分の場合はリズムを兵器化している、といえるかな。ノイズではなく、リズムの兵器。

私たちの環境に潜む目に見えないエネルギーと、音が持つ影響とはあると思いますか?

僕たちは感知することができない周波数の“聞こえない音”の中に水没した状態にある。先述した自分の著作やAUDINTの研究コレクションを エレニ・イコニアドゥ(Eleni Ikoniadou)やトビー・ヘイズ(Toby Heys)と共同編集した『Unsound:Undead』では、“聞こえない音”に関するより細かな事実や、視聴することのできない振動が生理学や認知医療において効果を持っているかについて考えているよ。

最後に、アート&サイエンスという分野についてどう思いますか?

自分の仕事そのものかな。エレクトロニック・ミュージシャンは誰もがアートとサイエンスの中間にいると思う。研究者ではないけれど、テクノロジーを使って音楽を生み出している時点で、アート&サイエンスの関わりの中で仕事をせざるを得ないと思う。

 

CREDIT

Saskia
TEXT BY SAKI YAMADA
NYLON JAPANやi-D JAPAN等のカルチャーマガジンを中心にエディター・ライターとして活動。また”Saskiatokyo”名義にてダンスを軸としたエレクトロニックミュージックをプロデュースし、2017年に米レーベルDetroit Undergroundから1st EP『Fantasia』、2019年に日本のレーベル+MUSから2nd EP『Mag En Ta』と1st SINGLE「Ayeki」をリリース。Contact Tokyoを始めとする国内外のクラブでアバンギャルドなライブセットを披露する他、映像やインスタレーションの音楽制作も手掛けている。

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