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2017.03.09

世界最大の素粒子物理研究機関CERNで挑む、宇宙芸術のいま

TEXT BY YURI TANAKA

スイス・ジュネーヴにある、世界最大の素粒子物理研究機関CERN。2012年に世界で初めてヒッグス粒子が発見されるなど、宇宙の謎を解明し、人類の歴史を刷新するともいわれる研究所において、いま数多くのアーティストやイノベイターがこの地を訪れている。現在、CERNのR&DプラットフォームIdeaSquareに滞在中であり、「宇宙芸術」をテーマに活動するキュレーターの田中ゆり氏が、科学とアート、ひいては宇宙と人間をつなぐ「メディエーター(媒介者)」の存在について語ってくれた。

「宇宙芸術」とは何か?

—— 私たちはこの宇宙で、どのように幸せに共生できるだろうか?

宇宙とは何か。その問いに、私たちは果てしのない想像力を掻き立てられる。それは生命が宇宙の一部である所以か、私たちが常に宇宙のなんらかの物質やエネルギーと関わりあう所以だろうか。

そうした人類の根源的な問いに対峙するのが、世界最大の素粒子物理研究機関、CERN(European Organization for Nuclear Research)である。CERNは1954年に設立された「平和のための科学」を主眼とする国際機関であり、現在は約120ヶ国の世界中から研究者らが集う。設立以来「国際協働」と「基礎研究」の理念を貫き続け、文化の多様性と、宇宙への固有かつ普遍の問いを共有している。

現在、私は東京藝術大学の博士後期課程に所属し、CERNに身をおいて宇宙芸術の研究プロジェクトを行っている。ここでは、その背景や現場での活動について概要を綴りたい。

CERNの周辺領域 Credit: Maximilien Brice (CERN).

宇宙芸術、それは宇宙と芸術のすべてを包括しうる壮大かつ唯一のアイディアであり、自身のライフワークでもある。宇宙の意味は多義にわたるが、ここでいう「宇宙」は地球外の宇宙空間だけでなく、ミクロとマクロの関わりあうすべてであり、人間も宇宙の一部と捉える包括的な宇宙である。

そこで私の研究では、宇宙や芸術についての意味について改めて見つめ直し、宇宙芸術(cosmic art)の概念や動向を新たに構築している。なお、これは決して芸術のあり方を分類するものではなく、前述した宇宙の意味を踏まえ、人間の表現のあり方を多様に広げるアイディアの提示である。また、宇宙開発を文脈とした宇宙芸術(space art)の詳細についてはここでは割愛するが、古代を起源として1970年代頃からそれらの活動が顕著になってきた。

私は自分の役割をメディエーターと位置づけ、具体的にはアーティストやデザイナー、科学者や技術者などをつなぎ、物事の全体をつくりあげていくことを専門としている。キュレーターやコーディネーターなどプロジェクトごとに呼び方は様々に変わるのだが、概して異なる人やものの関係性をつなぐことで新たな価値をつくる立ち位置から、その言葉を用いている。

また、背景は異なれど、師のひとりである北川フラムさんも自身のことをメディエーターという。余談だが、私は瀬戸内海に浮かぶ離島、直島に約3年間在住し、瀬戸内国際芸術祭などを通じて島民と共に地域協働に携わってきた。そこで得た経験は計り知れないほど豊かなものだ。島に暮らし、島に生きる人々と共に作品をつくりあげていく協働の過程それ自体も芸術であり、ないし彼らの生き方そのものが芸術的でさえあった。

参考までに、芸術祭の背景にある限界芸術の概念、東京藝術大学で学ぶ古美術から多様な芸術のあり方など、私はおそらく一般的に「アート&サイエンス」と呼ばれる領域の視点とは少し異なる文脈から芸術を捉えていることも明記しておきたい。

一方で、私は芸術、技術、社会をテーマにフェスティバルやミュージアム、研究所を運営するArs Electronica(アルスエレクトロニカ)に携わってきた側面もある。縁あって、2015年に半年間ほど滞在研究員としてアルスエレクトロニカのR&Dラボ、Futurelabで過ごした。ここではエンジニアを主体として多岐にわたる活動が展開され、ハイブリッドな文化をCatalyze - 触媒として機能していくことをコンセプトにしている。

宇宙の平和を志向し、人類のパラダイムシフトを生み出す可能性

さて、CERNとの邂逅、それはアルスエレクトロニカだった。滞在当時、アルスエレクトロニカとCERNがアーティストインレジデンスのプログラムで協働していたこともあり、フェスティバルに来ていたCERNの実験物理学者Michaelさんと出会ったことがはじまりだった。その後、ジュネーヴに拠点をおくCERNを訪ね、対話を重ねていくなかで、「宇宙とは何か」という深く根源的な問いに改めて向かい合うことになる。

素粒子物理の世界は、自分にとってある種のパラダイムシフトの契機であった。そして人類にとっても、パラダイムシフトの源になりうると直観したのだ。

Restaurant 1に集う世界中の人々 Photo: Yuri Tanaka

もうひとつ直観した可能性は、CERNがどこの国の機関でもない開かれた存在であるということ。敷地自体もスイスとフランスの国境をまたいでいるが、ゲートを進んでいくと、そこには国境のない世界が広がっている。

もちろん世界最大の加速器LHC (Large Hadron Collider/大型ハドロン衝突器)やAD (Antiproton Decelerator/反陽子減速器)などの壮大な施設群も感動の連続なのだが、最も魅力的なのはそれらに込められた宇宙に向かう心と技、つまりそれらを生み出す、CERNの人々である。

宇宙の研究を通じて人々がつながりあう環境に、私は自身の究極目標である宇宙平和の一端を垣間見たように思われた。なお、宇宙を平和にするということは、先に述べた人間や環境を含む宇宙のすべてが調和し、宇宙が全体的にポジティブで幸せな状態になっていく道のりを示唆する。

このような経緯から、私は宇宙の視点から素粒子物理と芸術に生きる人々をつなぐ、協働の可能性をたぐっていった。

反陽子減速器を用いたATRAP実験の現場 Photo: Yuri Tanaka
反陽子減速器リングのダイポール(青)と四重極磁石(赤) Photo: Yuri Tanaka
LHCのATLAS実験に用いられる検出器 Photo: Yuri Tanaka
科学者とアーティストの跳躍台をつくる、Arts@CERN

物理と芸術の関係を問えば、キュビズムなど歴史的な事例の枚挙にいとまがないが、宇宙や物理の要素が必然的に芸術に携わる人間の心を魅くのか、これかまでも多くのアーティストらがCERNを訪問し、多様な作品が生まれてきた。

また、CERNでは2011年から開始されたArts@CERNというレジデンスを主軸としたアートプログラムも展開されている。そこで、私は真相を探るためロンドンに赴いてそのプログラムの創始者、元ディレクターのArianeさんと対話を編んだ。

彼女のアイデアは科学者とアーティストの跳躍台をつくること、そしてその技は彼らの精神と心をつなぐこと。それによって、当事者たちですら想像しえなかった何かが必然的に生まれていくことを直観し、極めて自由でオープンエンドなプログラムを編成した。具体的には、CERNに所属する世界の約半数に及ぶ約12,000人の科学者や技術者の中から希望者を募り、アーティストにサイエンスパートナーをマッチングして協働を展開する。

これまでプログラムに関わった当事者たちとも数々の対話を重ねてきたが、驚いたことに、多くの事例で両者にとって構築的な関係が生まれていることが判明した。たとえば、作品制作の義務がないにも関わらず作品が生まれていくだけでなく、アーティストとの協働を通じて実験物理学者が自分の仕事のなかに普段気づかなかった芸術性を見出したり、理論物理学者が対話を通じて理論構築にも欠くことのできない創造性を触発し合ったりするなど、興味深い発見がたくさんある。

さらに、現在も協働を続けているチームもおり、よい関係が続いているようだ。それらはArianeさんがいなければ実現されなかった出来事であり、呼称はどうあれ、彼女がメディエーターとしての役割の重要性を実証したことは特筆すべきである。

本質的な協働を促すメディエーターとして

私は彼女の精神を引き継ぎつつ、CERNの研究者とアートやデザインに携わる人々をどのようにつないでいくべきか、オルタナティブなプロジェクトを検討し、彼らとの対話や研究を重ねていった。

数々の協働に触れ携わってきたなかで、私は本質的な協働とはどのようなものか、と考える。かたちだけの協働ではなく、人間が心や創造の喜びを分かち合うことのできる、本質的で新しい協働のあり方。それはどのようにして可能になるのだろうか。

アーティストも科学者も宇宙の視点から、人類と宇宙すべての幸せにつながる何かをつくっていくことができるのではないか。ここで大切なことは、専門家だけでなく、たとえば島民や一般市民、あるいは宇宙のなかの誰かのことを考えることだと思っている。

なぜなら、表現そのものは目的ではないからだ。何かをつくることは、誰かに何かが伝わるきっかけをつくることになる。そしてその何かが美しく、幸せなものやことであったら素晴らしいと思うのだ。なお、その美しさというのは、外に表れるものだけでなく、内面に通じる「うつくしさ」を示唆する。私は何かと対峙するときいつも、その内に潜む美しさや、宇宙のなかに見え隠れする美しさを見出すことに感性を鋭敏にするのだ。

CERNの元長官Rolf さんと話した折、「あるアーティストが、CERNでは何年分ものインスピレーションを得たと言った。素晴らしいじゃないか。それは、まさに私たちが求めているものだ。」と語ってくれた。私も同じく、即時的なものよりも大切なものは心だと思っている。心は自ずと表現に変わっていくのだから。人と人のつながりのように、本当に大切なことは目に見えないことが多い。ただひとつの出会いが人生を変えることがある。自分もそうであったし、他の多くの人々にとってもそうであると信じている。
 

 

CREDIT

Yuri portrait 160
TEXT BY YURI TANAKA
筑波大学、UC Berkeleyへの留学を経て東京大学大学院情報学環・学際情報学府修了。その後、直島に在住しキュレーションや地域協働に携わる。2015年、Ars Electronica Futurelabにて滞在研究員としてリンツに約半年間滞在。現在、東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程、環境芸術学会宇宙芸術研究部会部会長、ITACCUS(国際宇宙連盟宇宙文化活用委員会)委員。CERNとの協働など、宇宙芸術を専門に世界各地でプロジェクトを展開。宇宙の平和を目指している。

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