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2018.08.23

「宇宙芸術」をCERNで推進ーこの宇宙で、幸せに共存していく方法を考える(前編)

TEXT BY YURI TANAKA

「宇宙芸術」をテーマに、CERN(欧州素粒子物理学研究所)やアルスエレクトロニカでのレジデンスを行ってきたメディエーター(媒介者)の田中ゆり。CERNのような巨大な科学研究施設で推進する「宇宙芸術」とは何なのか? 日本で博士号を取得した後、大学の研究員となってCERNに滞在する田中ゆりの目指す世界とは何か。どのように博士研究を遂行し、その活動が社会や人間、または宇宙とどのように関わっていくのだろうか? 本人の筆で語ってもらった。

宇宙への根源的な問い

宇宙芸術とは、大きくは「宇宙」を基盤にした科学と芸術の融合する新しい芸術のあり方である。詳細は、以前の記事などを参照していただけるとありがたい。

私の博士研究では、CERNがこれまでアーティストと関わってきた事例からケーススタディを行い、CERNを現場とした宇宙芸術のプロジェクトを提案して実施した。元々、オーストリアのアルスエレクトロニカでCERNの物理学者と出会い、研究テーマに悩んでいた折に大学の主査の先生にCERNの話をしたところ、「田中さんが本当に追究したいことは、まさにCERNがやっていることじゃないかしら。『宇宙とは何か』よ!」と、背中を押して下さったことに始まった。

Ars Electronica Center/ Futurelab| Photo: Yuri Tanaka

そして、以前の記事(その2)でも若干綴ったが、数ヶ月間悩んで考えた末に思いついたのが、このプロジェクトテーマである。

“How can we happily coexist within this universe?” 
—「私たちはこの宇宙で、どのように幸せに共存することができるだろうか?」

このくらい大きな問いなら科学者でも芸術家でも、専門領域を超えて共有できるだろう、と見込んでの問いである。「幸せ」、という言葉は、学術界ではあまり用られるべきでないこともあり、どのような反応が返ってくるか正直不安もあった。が、驚いたことに、いい意味で仲間からも驚かれたが、先生方も含めポジティブな反応と好奇心をもって協力してくれた。これは、「宇宙」を共通基盤のアイディアとして介在することで、異なる個人をつなぐ協働の試みだ。そして、仲間を探し、幸いにもいい仲間たちと巡り会い、プロジェクトを進められることになった。「宇宙に対する根源的な問いに向かい合いたい」、と率直に伝えたところ、仲間たちはすぐに理解してくれた。CERNのオープンネスは、いつも私に新鮮な気付きと感動をもたらしてくれる。

短期的な目標として、公共空間における宇宙芸術のプロジェクト、あるいは芸術実践を考案することを設定し、私たちは約3ヶ月間にわたって対話を編み上げた。とても大きな、答えのないオープンエンドな問いは対話を弾ませ、プロジェクトはいい方向に進んだ。

『私たちはどこから来たのか』、『私たちはどのようにつくられているのか』、『宇宙には他の存在がいるんだろうか』、それらは生命に対する大きな問いで、すごく好奇心をかき立てられるよ。素粒子物理の基礎研究に携わっている理由は、そうした問いに根源的にいつも、とてもわくわくするからだと思う」

と、CERNの仲間は言った。そう、私にとっても、宇宙にそこはかとなく魅かれる理由のひとつは、そのわくわく感なのだ。知れば知るほど分からなくなる、というパラドックスに聞こえるかもしれない宇宙の謎を紐解いていく過程は、わくわくの連続である。

プロジェクトの仲間たち| Photo: Yuri Tanaka
「宇宙的視点」で、人間中心世界を脱する

私が提示したキーワードのひとつは、「宇宙的な視点(cosmic perspective)」である。自己中心的に狭く陥りがちな人間の視点を、宇宙大に、包括的に拡張していくこと。宇宙におけるすべてのつながり、宇宙と自分の相対的な関係を考える、世界の捉え方ともいえる。後々、デザイナーの仲間はこう言った。

「『宇宙とは何か』、答えは空のなかにはないと思う。宇宙的な視点はどこにでもおくことができて、宇宙をみることができることが、とても面白いと思ったんだ。空を見上げているだけじゃなくて、世界がとても大きいと考えるだけでなくて、どんなものでも見つめて、どのようなものかを考える。それは宇宙とのつながりをみつける、宇宙全体が自分のいる場所であることをみつける、より簡単な方法。意識的に見つめなければいけないだけかもしれないね」

宇宙について考えることは、自分の内側と外側、自分と他、他と他の関係を考えることにもつながる。宇宙とは何か。宇宙について語り合っていく内に、私たちは必然的にというべきか、人間とは何か、生命とは何か、という問いについて語り合うようになった。

「宇宙における君の場所がわかったよ。」

CERNの仲間は、私の博士研究での約3ヶ月半の滞在期間の終わる寸前にこう言ってくれた。正直、こんなに嬉しい言葉はない。宇宙に対する根源的な問いに向かい合うことから、他者、そして自身の場所を見つけること。それは、自分が他者と共に宇宙に生きる意味を発見していく過程ではないだろうか。

さて、そうした対話から生まれた提案は、最終的に巨大なテーブルになった。自分と宇宙のつながり、自分と他者のつながりを感じることのできるデザインをコンセプトに、仲間は対話から編み上げた宇宙に対する問いや発見を視覚的に表し、知らない人同士でも皆が一緒に座ることのできる、《Cosmic Table》をデザインする、という発想に至った。

テーブルの初期イメージ|Credit: Aurélien Mabilat

「幸せ」とは何か、もちろん人ぞれぞれの価値があるだろう。そこで、CERNの仲間に自分にとっての「幸せ」とは何かと聞いてみると、

「自分が何か大きなものの一部で、何か学びたいことや共有したいようなことがあること。例えば、本当にいい食事をすること。いいレストランで、いい友人と会話をすることは、理想的な経験だと思う。おそらくそれが自分にとっての幸せなのかもしれない。もちろんそれは裕福な世界の話だけれど、人と理解し合い、問いを投げ交わしたりするような瞬間を共有している感覚かな」

と答えた。なるほど、この言葉を聞いたのはデザイナーからテーブルの提案が出た後のことだったが、その提案が生まれたのも必然だったに違いない。と、仲間たちの思考のつながりが透明になった。自分が今いる時間と空間を見つめ、いかに他者とよりよく共存していくことができるのか。

「君と僕の間の『真実』は、まさに今、ここにあるだろう?」

その仲間の言葉のように、互いにありのままの人間として胸襟を開き、「今ここ」を分かち合えるいい仲間をもつことは、私にとって何よりの幸せだということに気づかされた。

その後、現場滞在を終え、帰国後は博士論文の執筆に勤しんだ。博士研究は長距離走のようなものだ。絶対諦めずに、仲間と自分を信じて完走すること。

論文は、メディエーターの立ち位置から、宇宙芸術の創造に向けて、どのようにしたら科学者/エンジニアとアーティスト/デザイナーがよい協働をすることができるのか、以上のプロジェクトを事例として実証し、協働モデルのプロトタイプを提示する、という流れになった。構成としては、前半は主にCERNがこれまで芸術関係の機関やアーティストと関わってきた事例のケーススタディ、後半は自分のプロジェクトの過程と結果についてである。

博士論文を一時提出すると、自分の学科では査読会と呼ばれる、指導教官の先生方からフィードバックを受ける機会が何度か設けられる。最終的には、美術館での作品/パネル発表(自分の場合はプロジェクト型のためパネル発表)、そしてその作品/パネルの前で最終諮問が行われる。最終諮問が一般公開なところも、自分の大学の特徴のひとつだ。

「東京藝術大学博士審査展」パネル展示の様子(東京藝術大学大学美術館, 2017)
Photo: Yuri Tanaka

査読会は、まるで地獄のようだとよく耳にする。私の場合、公共空間における芸術実践/パブリックアート、作曲・現代音楽、西洋美術史、素粒子物理(実験)を専門とする四人の先生方に囲まれながら、議論を重ねた。幾度にもわたる査読会で覚悟して受けるフィードバックは、いつも新しい発見の連続だった。

宇宙に中心はないこと、宇宙はどこにでもつくれること、宇宙は不完全なこと、等々。それぞれ専門が異なるからこそ、互いの意見が尊重し合われ、構築的な議論が交わされた。当初は予想していなかったのだが、なんと、むしろ楽しくもあった。もちろん苦しいこともたくさんある。必死に考えた内容がボコボコにされて崩壊しても、新たな創造と再構築の始まりと捉えて、笑って立ち上がる根性があれば大丈夫だ。

東京藝術大学上野キャンパス|Photo: Yuri Tanaka
査読会の期間中、参考資料として送られた「自発的対称性の破れ」のイメージ
 Image from Quantum Diaries

労苦の後に歓喜あり。こうして、いい仲間たちと先生方に恵まれ、ついに私は博士号を取得することができた。おそらく、査読会そのものも協働の過程であった。つまり、博士論文自体も、関係したすべての方々との協働によって編み上げられた。理論主体でもなく制作主体でもない私の研究アプローチに、最終諮問で先生からこのようなコメントをいただいた。

「この論文は、新しい作品のあり方かもしれませんね」

博士研究を通して、学問においても、生き方においても、一歩、新しい道を拓くことができたように思われる。​

そうして無事に博士課程を修了した私は、その後同大学大学院の専門研究員になった。CERNに戻って現場で研究やプロジェクトを発展させるためである。博士課程在籍中に、保証はないけれど必ず帰ると言って、CERNを一旦去った。有言実行あるのみ。約束を果たすため、力の限りを尽くした。博士研究での滞在を受け入れてくれた、CERNのR&DプラットフォームIdeaSquare(アイディアスクエア)の仲間たちと相談した結果、彼らは修了後も私を受け入れるために受け皿となる枠組みを新しくつくってくれた。(IdeaSquareについては、以前の記事参照

そして誕生したのは、“Innovator in Residence”というプログラムで、ポスドク相当以上の学術機関に所属する人間と協働して実験的なイノベーションを開拓していこう、とする果てしなくオープンな制度である。また同時に、公的にはCERNのVisiting Scientist(客員科学者、客員のポジションにはこの名称しかないため、私は科学者でないが結果的にそうなった)となり、約1年間ジュネーヴを拠点に活動することにした。

東京藝術大学とCERNに属して感じること、それは自由である。プロジェクトを設計し、仲間と資本を集めて実行に移す。ただし、その自由には覚悟と責任が伴う。仲間と自分を信じて、思考をかたちにするためのあらゆる方法を考えながら、先述の《Cosmic Table》をはじめ、いま現在もいくつかのプロジェクトを進めている。

後編へ続く

 

CREDIT

Yuri portrait 160
TEXT BY YURI TANAKA
東京藝術大学大学院専門研究員、美術博士。環境芸術学会宇宙芸術研究部会部会長、ITACCUS(国際宇宙連盟宇宙文化活用委員会)エキスパート。東京大学大学院修了(学際情報学修士)。その後、約三年間直島に在住し、<瀬戸内国際芸術祭>など地域協働に携わる。アルスエレクトロニカ フューチャーラボ滞在研究員(2015)。CERN(欧州素粒子物理学研究所)での滞在研究などを通して、メディエーター(媒介者)の立場から宇宙芸術を専門にさまざまな協働プロジェクトを展開する。 http://cosmicart.org

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