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2018.08.26

「宇宙芸術」をCERNで推進—CERNの映画祭で人類と宇宙の未来を考える(後編)

TEXT BY YURI TANAKA

現在、CERN(素粒子物理学研究所)のレジデンス研究員として、「宇宙芸術」をテーマに活動を続けるメディエーターの田中ゆり。前編に続き、CERNが毎年開催する映画フェスティバル「CineGlobe」の様子と、自ら手がけたプロジェクトを紹介する。

CERNが送る映画フェスティバルとは?

2018年6月29日、人類初のAI(人工知能)宇宙飛行士補助システムCIMONが宇宙に旅立った日、CERNの映画祭CineGlobe(シネグローブ)は幕を切った。Cinema(シネマ)とGlobe(グローブ)をかけ合わせた「CineGlobe」とは2007年から始まった、CERNの地元ジュネーヴの行政や産業と連携した国際映画祭であり、CERNの常設ミュージアムGlobeを主な会場として一般対象で開催される。

博士研究の協働者で、CERNのATLAS実験のエンジニアであるNealさんがディレクターを務め、今回で11回目の開催となる。元々は科学に関連するショートフィルムの上映やイベントが主体であったが、近年は科学にほとんど関係のないクレイジーな作品も上映していたりする、ユニークな祭典になってきている。

Globeの夜景 |Photo: Yuri Tanaka

今回のテーマは、“Intelligent Futures(知的な未来たち)”。AIに関わる議論をはじめ、AIを搭載したロボットが来場者とのインタラクションを交えてショートフィルムの審査員になるなど、多様なプログラムがあった。定番のプログラムは、ショートフィルムの国際コンペティション。例年、数十カ国から1,000件前後の応募がある。その他、テーマに関わる映画の屋外上映会、ハッカソン、48時間でSFのショートフィルムを製作するワークショップ、仮設されたMartian Base(火星基地)内でのVR(ヴァーチャルリアリティ)やAIロボットの体験、宇宙や宇宙飛行士に関わるドーム映像作品の上映や来場者を交えたパフォーマンスなどが展開された。

スタンリー・キューブリック監督《2001年宇宙の旅》屋外上映会、AI宇宙飛行士補助システムHAL 9000の登場シーン|Photo: Yuri Tanaka
火星基地のふもとで、宇宙視点で語らうピクニックを

さて、このような映画祭と私の博士研究に一体何の関係があるのか、と思うかもしれないが、Nealさんのから提案で、博士研究で実施した協働から生まれた《Cosmic Table》のアイデアをこのCineGlobeで展開しようという流れになったのだ。

「自分と宇宙のつながり、自分と他者のつながりを感じることのできるテーブル」というコンセプトだが、テーブルといっても、諸々の事情から、テーブルそのものではなく、ジュネーヴ市から借用するピクニックテーブルに、テーブルマットのような形態でデザインすることになった。ところで、日本語で「ピクニック」というと、山や草原に出掛けてのんびり食事をするようなイメージがあるかもしれないが、少なくともジュネーヴ界隈では屋外に飲食物を運んで食事すること全般が含まれる。そんな訳で、春から夏にかけては、仲間たちと「今日はピクニックだ!」などという言葉が交わされ、周辺の屋外テーブルでランチタイムを過ごすことも多々ある。

ゼロから始めた、協働の対話から生まれたテーブルは、約1年越しで、Martian Base(火星基地)と、CineGlobeと連携してやって来た地元のフードトラックの横に設置された。来場者がテーブルで楽しく食事をしながら、宇宙や他者との関係について、ほのかな気づきを得られればとの思いから、前編で綴ったプロジェクトを通じて見出された知見や仲間たちの言葉がテキストとグラフィックで表現された。改めて、 宇宙に関する根源的な問い、例えば、宇宙における自分の場所、宇宙と人間のつながり、「破れ」から生まれる美しさ、色々なことを語り合った。やはりそのプロセスは、いつもとてもわくわくする。

Martian Base(火星基地)の様子|Photo: Yuri Tanaka

ちなみにテーブルマットの素材には、「ユポ」と呼ばれる合成紙を使用することになった(編集注:昨今の選挙投票用紙もユポ紙である)。製造元のユポ・コーポレーションから全面的な協力をいただき、デュッセルドルフの支社から発送されたユポはライプチヒの印刷会社で印刷され、ジュネーヴに届く手筈となった。手触りや肌理、発色も美しい。

ジュネーヴでは、突然の雨嵐に見舞われることが日常茶飯事だ。しかし、そんな自然状況、油やケチャップにも負けず、10日間の会期中、ユポは最後までその美しさを保っていた。私も驚いたが仲間たちも驚いた。

いずれにせよ、来場者の方々の笑顔ほど嬉しいものはない。Nealさんが以前言っていたように、気のおけない友人といい空間で食事をすることは、幸せな体験である。

《Cosmic Table》の表面|Photo: Yuri Tanaka
来場者の様子|Photo: Yuri Tanaka

私の博士研究は、あくまでCERNという特殊な場所で行われたことであり、専門家同士で紡いだ協働である。そこで、次なるステップは、それを社会へとつなげて発展させていくことだ。宇宙も芸術も、決して特別な物事ではなく、本来は人間の生存や日常のなかで深く関わりのあるものである。どちらも心の壁をつくられてしまいがちなのだが、先入観なくして心を開いてみると、すっと心と身体に入ってくる。

私たちはどこから来て、どこへ行くのか。知とは何か。いかなる知を創造していくことができるのか。私たちは何をどこまで知ることができるのか、あるいは知るべきか。多様な文化を背景にする人々が世界中から集うこの場所で、そんなことを考えながら、語り合いながら、仲間たちと時間と空間を共に過ごしている。

師のひとりである、アートディレクター/メディエーターの北川フラムさんはいつか、「美術は、宇宙の方向を向かっていないといけません」と言った。それは詩的な直観だ。

人間が生きた証として、宇宙に向けて発した刹那の光芒。私も、そう信じている。芸術は人が創造的に美しく生きる道であり、生理的なものである。宇宙についての理解を深め、想像を広げていくなかで、芸術表現における新たな美しさは、自ずとその姿を露わにしていくのではないだろうか。

それは表現者の生命の内奥から発露する表現、そしてそれを経験する者の、心の琴線が触れたときに発見される。美しい生き方とは何だろうか。そうした琴線がほのかな波のように奏でられ、響き合ったときのような、はっとするような体験を公共空間のなかにつくっていくことが、私の目標のひとつである。たくさんの人々が、この宇宙のなかで芸術的な、ないし幸せな生き方を見出していけるように、これからも宇宙の方向に向かっていきたい。

メインビジュアル:CIMON, credit: DLR/T. Bourry/ESA

 

CREDIT

Yuri portrait 160
TEXT BY YURI TANAKA
東京藝術大学大学院専門研究員、美術博士。環境芸術学会宇宙芸術研究部会部会長、ITACCUS(国際宇宙連盟宇宙文化活用委員会)エキスパート。東京大学大学院修了(学際情報学修士)。その後、約三年間直島に在住し、<瀬戸内国際芸術祭>など地域協働に携わる。アルスエレクトロニカ フューチャーラボ滞在研究員(2015)。CERN(欧州素粒子物理学研究所)での滞在研究などを通して、メディエーター(媒介者)の立場から宇宙芸術を専門にさまざまな協働プロジェクトを展開する。 http://cosmicart.org

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