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2018.08.07

音から、都市と生命をつくりだす。サウンドアーティストevala「See by Your Ears」の挑戦

TEXT BY YUTO MIYAMOTO,PHOTO BY TATSUYA YOKOTA

2018年6月、音楽家/サウンドアーティストのevalaによる「耳で視る」という新たな聴覚体験を発信していくプロジェクト「See by Your Ears」の拠点となるサウンドラボが、渋谷にあるゲーム・チェンジャー・スタジオ「EDGEof」に
今年4月オープンした。音楽・アート・建築の融合をテーマに、新たな音の価値をつくり出すための実験場である。6月30日、そのオープニング記念のキックオフイベント〈Hearing EDGE vol.0〉が開催された。建築家や科学者、キュレーターを交え、evalaとともに「音」がつくりだす可能性と未来を語った2つのトークイベントの模様をお届けする。

evala

先鋭的な電子音楽作品を国内外で発表し、2016年より「耳で視る」という新たな聴覚体験を創出するプロジェクト「See by Your Ears」を始動。音が生き物のように躍動的にふるまう現象を構築し、新たな音楽手法としての“空間的作曲”を提示する。代表作に《大きな耳を持ったキツネ》(Sónar+D, Barcelona 2017) 《Our Muse》(ACC, Gwangju 2018) のほか、ソニーの空間音響技術 Sonic Surf VRによる音響インスタレーション《Acoustic Vessel “Odyssey”》(SXSW, Austin 2018)など。http://evala.jp/

「時を溶かした音響回廊」の舞台裏

トークイベント第1弾「音から世界をデザインする」では、2003年に山口情報芸術センター[YCAM]を立ち上げたのち、現在はフリーランスのキュレーターとして活動する阿部一直と、今年3月のSXSWで展示された《音響回廊オデッセイ(Acoustic Vessel “Odyssey”)》をプロデュースしたソニーの先端コンテンツ開発を率いる戸村朝子をゲストに招き、evalaの作品を通して、来るべきアートとビジネスの融合について、そして「音」から考えるこれからの公共空間について語り合った。

会場はevalaのスタジオがあるゲーム・チェンジャ―・スタジオ EDGEofにて。

真っ暗な回廊のなかに入り込んだ人々を、全身を駆け巡る「音」と幻想的な光のモチーフによって時空を超えた旅へと誘う「音響回廊オデッセイ」。この「サウンドVR」とも呼ぶべき作品の背景には、もともとソニーがもっていた「Sonic Surf VR」という波面合成を用いた空間音響技術を、どう社会に届ければいいかという戸村の課題があったという。戸村は2016年末にevalaの代表作である真っ暗な無響空間における音だけのインスタレーション・シリーズ《Anechoic Sphere》より、聞こえてくるはずの音がダイナミックに変容していく作品《hearing things #Metronome》を体験(当時、WIRED Labで4日間限定の体験イベントを開催していた)。「彼ならきっと、わたしたちソニーのもつ音の技術を、とても魅力的に翻訳してくれるに違いないと思いました」と彼女は振り返る。

ソニーで高臨場やVRなど、視覚表現にとどまらない様々な先端コンテンツ開発に従事する戸村朝子。メディアアートにも造詣が深く、昨年度より文化庁メディア芸術クリエイター育成支援事業アドバイザーなども務める。
evalaの代表作である無響室シリーズ《Anechoic Sphere》。体験者は一人ずつ暗闇の無響室に入ると、突如次元がゆがんだり体全身をまさぐられたりするような音楽に包まれていく。そのとき、「何かが視えてくる」と表現せざるを得ない幽玄な音の世界に誘われる。2018年、韓国光州市の国立文化施設ACCにて。Photo by Ichiro Mishima

真っ暗な音の洞窟をつくりませんか?」。アーティストとしてSonic Surf VRを使ってどんな表現ができるかを考えたevalaは、戸村にそう提案した。そして、彼の表現欲求に応えたソニーのエンジニアたちの技術力によって、576個ものスピーカーを用いた15m長の回廊が誕生。「テクノロジーの面白さを理解するアーティスト」と「アートを通じた新しい表現開拓へのリスペクトをもつエンジニア」とのコラボレーションによって生まれた《音響回廊オデッセイ》は「時を溶かしました」と、戸村は言う。「音に触れられながら、音が身体のなかを駆け抜け、目をつぶれば目の前に情景が広がっていく──。『音』と『視ること』が融合した結果、無意識に受け取る情報量は多くなり、実際より体験時間を長く感じられたようです。SXSWでは、実際に回廊にいた時間の倍の長さに感じたと話す人も何人もいたのが印象的でした」

東洋的な自然観から生まれた「空間の作曲」

一方、《Anechoic Sphere》をはじめ、これまでに数々のevalaの作品をプロデュース、キュレートしてきた阿部は、evalaの作品を「特殊なスタンスを内包しており、ある意味でアジア的な独創性を持っている」と評する。「轟音または静寂音などで観客を制圧、制御するタイプのサウンドインスタレーションの音響とはかなり離れて、evalaさんの作品はミニマムに集約されていると同時に、どこか開放された高密度な音の空間をつくっています」。

阿部が2011年にYCAMでプロデュースしたシリーズ「sound tectonics installation(サウンド・テクトニクス・インスタレーション)」において、evalaはYCAMの中庭に5.1チャンネルの音響仮想空間を構築したインスタレーション《void-inflection》を発表している。それは、ほとんど人が気にも留めない部屋の片隅といった無関心の空間をevalaがいくつか選び、そこに生耳ではほとんど聞き取れない微細に振動し存在している音響状態をフィールドレコーディングして、その採取した音源データをもとに、音響的な特性からタグ付けし、プロセッサーを経由して自律的に楽音を拡張・生成していくというシステムで構成されていた。「人間の存在はお構いなしに、音が生成され続け、音響の位相までを変換していく。そこには、人工と自然の二項間におかれた人間という構図を逸脱した、コンピュータだからこそ可能となる、新たに開放された自然観を呼び覚ます音の可能性が提示されていました」と阿部は語る。

数々の世界的なメディアアート作品をプロデュースしてきた、山口情報芸術センター[YCAM]の元・副館長/チーフキュレータの阿部一直。2017〜18年はevalaも出展した韓国光州市ACCの展覧会「Otherly Space/Knowledge」のゲストディレクターなどを務める。現在はフリーランスのキュレーターとして活動。Asia Culture Center (ACC) 

evalaは自身の音作りを“空間的”と語る。「鹿威しの音を思い出してほしいのですが、大体の人は音を考えるとき、竹が『カッ!』となる瞬間の"音源"のことばかりを意識するけど、その音が空間に響きわたり、消え入っていく『ゥーーーン』をどう表現するかが重要なんです。それは『空間の作曲』とも呼べるもので、音のもつ本質的な体験がより浮かび上がってくると思います」。

阿部はそうした「空間の作曲」にこそ、これからの公共空間のあり方を見出す。「美術展のカタログでもネットでも絵画を見ることができるように、これまでのビジュアルアートは結局のところ、体験の縮約が可能になるものが多いんです。しかしサウンドアートは体験の縮約が絶対に不可能なので、その場の距離や容量、空間そのものを体験することで自分のなかに音を取り込んでいかなければいけない。その体験に、個人の生理的な反応や記憶が紐付けられていきます。縮約不可能な、新しいパブリックサウンドアートを模索することで、都市のユニークさや固有性が見えてくると考えています」

韓国ACC展覧会「Otherly Space/Knowledge」にて、70mに及ぶLEDビジョンで発表されたevalaのオーディオビジュアル・ インスタレーション《Score of Preseence [Womb of the Ants]》。映像は《Anechoic Sphere》で鳴る立体的で複雑な曲をevala独自の音響解析プログラムによってビジュアライズしている。
「新しいアクチュアリティ」は人々が狂うために

トークイベント第2弾「音から生まれる都市と生命」では、evalaとともにこれまで数々のアート作品を手がけている複雑系科学/人工生命研究者の池上高志、2016年にevalaの《hearing things #Metronome》の展示空間の設計を手がけた建築家・豊田啓介をゲストに招き、「音と空間」をキーワードに、音とデジタルテクノロジーが生み出す新たな認識とアクチュアリティ(実在)について考えた。

(左から)evala、豊田啓介、池上高志、モデレーターの塚田有那

コンピューテーショナル・アーキテクチャーの第一人者である豊田は、「3次元の静的な構造体」としての伝統的な建築をアップデートする手段として「音と空間の関係性」に注目しているという。Cycling'74の「Max」のようなデジタルツールの出現で新たな空間的制御が可能になった音の世界を「デジタル技術がいちばん最初に普及した世界」と表現する彼は、これからの空間設計についてこう期待する。

コンピューテーショナルデザインを積極的に取り入れていく建築スタジオnoiz architectsの豊田啓介。建築にとどまらずプロダクトから都市まで横断的に活動している。

「建築の世界ではこの10年でようやくデジタル技術が普及しましたが、そうなると建築物がもつxyz軸の次元と、音の時間軸や音質という次元を同じように扱うことができる。するともはや、『音と空間』を区別する必要すらなくなってきます。いまのデジタル技術が扱えるたくさんのパラメーターの混ぜ方やバランスを変えることで、建築のアクチュアリティ自体も既存の定義からはみ出してくるはずです」

自身の研究ALife(人工生命)を社会に普及する運動「ALife Lab」を主宰する池上高志。evalaとは過去に『Filmachine』(2006、YCAM)『Mind Time Machine』(2010、YCAM)などでコラボレーションしている。ALife Lab.

一方の池上は、荒川修作の「三鷹天命反転住宅」を引き合いに出しつつ、普段人間が使っている知覚をすべて剥ぎ取り、そのあとに残ったものを考えることからアクチュアリティをアップデートできるのではないかと問う。あるいは「自然と人工の二項対立に収まらないもの」「観察者の生存をおびやかすもの」にも、これまでにないアクチュアリティを生み出すヒントがあるだろうと池上は語った。

“楽譜からこぼれるもの”を探求し続け、コンピューター上ではなく現実空間へ表現の場を移してきたevalaにとって、新しいアクチュアリティとは「なんだかわからないけど涙が出るもの」だそうだ。「同じ楽譜を使っても、歌い手が変わればまったく異なる音楽に聞こえる。その正体は何なのでしょうか? 僕はそうした記譜できない、音と空間のあいだに『音楽のオバケ』が潜んでいて、それこそが音楽を進化させてきたと思うんです」

モデレーターの塚田有那は、「荒川修作の、“認識をまるごと塗り替えようとする”ような飽くなき欲望が養老天命反転地に噴出していたとして、21世紀の私たちが新たにつくる『反転地』とはなにか?」と問いかけた。音も、空間も、これまでの人間の認識を飛び越えるようなものが、今後も生まれてくるかもしれない。

しかし池上に言わせれば、「そうはいっても、みんな狂わないじゃん」という。「アートの役目は脳に傷をつけることだと僕は思っていて。だから僕らは、どうやってドラッグを使わずに脳に傷をつけられるかを真面目に考えなくちゃいけない。そのためには、evalaさんのように、本気で狂いながらプログラミングをしたり作曲をしたり、そうして新しい言語や感情を生み出してしまうような人がこの世界を救っていくんです」。

世界の見え方を変えてしまう表現のおもしろさは、自らがその世界のスープに飛び込まないとわからない、と池上は続ける。「新しい世界は自分でつくらないとおもしろくない。『つくること』にどれだけコミットできるかを考えてみてほしいんです」と、彼は会場に投げかけてトークを締めくくった。

トーク終了後はフードやドリンクと共に、多くの参加者がEDGEofのイベントスペースに残り、ライゾマティクス・リサーチの真鍋大度、池上研究室所属の研究者であり、音楽家の土居樹のDJを聴きながらのパーティの時間を楽しんだ。「See by Your Ears」の挑戦は今後もさらなる進化を遂げる予定だという。

See by Your Ears
evalaのプロジェクト 「See by Your Ears」の発信&実験のサウンドラボ。evala監修のもと、日本音響エンジニアリングによる建築施工とアコースティックフィールドによるシステム設計。ステレオに加えて、あらゆるマルチチャンネルの音響設計に対応するフレキシブルなスタジオになっている。今後はアート作品制作はもちろん、パフォーマンス公演、公共空間のサウンド設計などを行っていく。一般非公開。​http://seebyyourears.jp

CREDIT

Profilepic hhashimoto
TEXT BY YUTO MIYAMOTO
1990年、神奈川生まれ。フリーランスのストーリーテラー。早稲田大学大学院政治学研究科ジャーナリズムコース修了。ウェブマガジン『greenz.jp』ライター、『WIRED』日本版エディターを経て2017年11月より独立。同12月よりストーリーテリングプロジェクト『Evertale Magazine』をスタート。 https://yutomiyamoto.com/
Tatuya yokota
PHOTO BY TATSUYA YOKOTA
1986年生まれ。東京在住。 日本大学芸術学部写真学科卒業後、株式会社アマナに入社。青山たかかず氏に師事。後に退社し独立。現在は広告、web広告、雑誌、などを主に活動中。 http://www.tatsuyayokota.com

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