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2016.11.28

トースターをゼロから作った男が、今度は現代社会に疲れてヤギになった。

TEXT BY AKIKO SAITO

テクノロジーに対してとりわけユニークなスタンスで知られるデザイナー/アーティスト、トーマス・トゥウェイツ。彼は文字通り“トースターをゼロから作って”有名になり、今度は“ヤギになった”とのだいう。そのこころは、いかに?

産業革命の国・イギリスに生まれ育ったトゥウェイツは、University College Londonで人間科学を学んだ後、ロンドンの名門美大「ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)」でデザイン・インタラクションを専攻し、2009年に卒業。卒業制作として“トースターをゼロから作った”。何を言っているのかわからないと思うが、文字通り、トースターをゼロから作ったのである。(参照:「ゼロからトースターを作ってみた結果」新潮文庫

彼がそのプロジェクトを思いついたのは、スーパーでトースターがたった4ポンドで売られているのを見たことがきっかけだった。分解してみると、本当にたくさんの部品で作られている。それなのに、どうして4ポンドぽっきりで売られているんだろう?ひとりで実際にトースターを作ってみたらどうなるんだろう?

資本主義社会の仕組みに疑問を持った彼は、世界中を駆けずり回り、鉱山で手に入れた鉄鉱石と銅から鉄と銅線を作るところからトースターを自作した。その執念たるや!

そんなトーマスが、新しいプロジェクト「GoatMan: How I Took a Holiday from Being Human」を本にまとめ、出版した。今度の彼は、“ヤギになった”。また何を言っているのかわからないと思うが、「ヤギになりたい」と思いついた彼は、英ロンドン大の王立獣医カレッジのジョン・ハッチンソン教授やマンチェスターのサルフォード大学のグリン・ヒース教授らのサイエンティストとともに、身も心もヤギになるためのエンジニアリングを始める。

そのチャレンジは脳に磁気の刺激を与えるTMSによってヤギの思考に近づこうとするなど、一見バカバカしくも徹底的に科学的。そしてついに、ヤギを模した人工の脚や反芻する胃を研究者とともに作り出した彼は、満を持してアルプスにある、ヤギを放牧する山岳地帯へと向かっていった……。

なぜヤギになりたいと思ったのか?その動機は、トースター・プロジェクトで有名になった彼が、いささか現実社会に疲れたから。世界各地での出版、たくさんのテレビ取材……。

「人間を辞めて、動物になりたい」と思った彼は最初、象になろうとした。大きくて美しい象。象には悩みなどなさそうである。だが象はあまりにも大きく、人間の身体からかけはなれており、“象を見たことは動物園でしかない”。彼は北欧の霊媒師の女性のもとを訪れ、「ヤギにしなさい。あなたの周りにいっぱいいるでしょう」とのお告げをもらい、ヤギになるプロジェクトを始めたのだそうだ。

あなたがアーティストを志したのはどのようなきっかけからですか?またどのような道を経てアーティストになったのですか?

学校ではサイエンスとアートを学ぶことを一緒にできないことにいつも苛立っていたんだ。大学が終わるまでこの二つを融合して出来ることと言ったらせいぜい論文くらいだったよ。

だからどうやって自分の興味のある事柄のよりアカデミックな側面を、物質的なアウトプットに持っていけるか、それの満足出来るやり方を見つけることに苦労したかな。

そうこうしてるうちにRCA (Design Interactions, 残念ながら今はもうない)でいろいろな意味で科学的でおもしろそうなアイディアに、わりと本格的に取り組んで模索していくコースがあるってことを聞いたんだ。

ちなみにぼくは自分のことをアーティストというよりはデザイナーだと思っているよ。ぼくのバックグラウンドはファインアートから来るというよりはデザインがルーツにあるからね。

「ゼロからトースターを作る」というあなたの前プロジェクトも、大変ユニークなものでした。あなたのようにユニークなアイディアを思いつくことができれば、と思っている人はたくさんいると思います。このような発想はどこから生まれてくるのでしょうか?

うーん、このことは自分でも考えていたんだけど、トースター・プロジェクトも、ヤギになろうとしてみたのも、どっちも子どもの頃からのアイディアだったかもしれない。

「ゼロからトースターを作ってみた」なんて元を詰めれば、「もしも無人島にいたらどうするか?」ってことだし、ヤギの実験は「他の動物として生きるのってどういう感じだろう?」っていう想像と一緒のこと。

両方ともかなり子どもじみたアイディアではあるけれど、そこに大人でこそ持ち得る知性や調達力をもって、真剣に向き合ったものなんだ。

だから君の言うような「あなたのようにユニークなアイディアを……」という気持ちに関して答えると、きっとそれってみんな小さい頃に思っていたようなことなんだと思うよ!

もしかしてその違いは、フレキシブルでいながらも、自分の考えたことを形にするために、どこまで真剣に取り組めるかってところなのかもしれない。完璧主義的にならないで、融通を利かせながらも取り組み続けるっていうこと!

ぼくだって、まだ自分のやり方なんかを試行錯誤中なわけで、自分がどんな人間かっていうことがわかっているわけではないんだ。それに、一番の制限は時間かもしれない。お金にも関係してくることだし、やっぱり生活をするためにもお金はいるからね。

結果何にも繋がらなかったアイディアがあるかって? そんなのほとんどだよ。

実現できなかったアイディアがあれば教えてください。

小さい頃に思い描いていたような、空飛ぶマシーンとか、コンピューターゲームくらいしか思いつかないなあ。ごめん!

アーティストとして構想するアイディアとコンセプトと、テクノロジーの限界との関係についてはどう考えますか?

わっ、難しい質問。まあ、重要だと思うのは、テクノロジー的な見た目や、もっと言うと、いわゆるサイエンステクノアートなんかのスタイルに毒されないようにすることかな。テクノロジーがテーマの作品でも、もっと人間味があって平凡な日常的な雰囲気のあるものが好きなんだ。

コンセプトとしてはさほど面白くもないものに小細工を加えて、テクノロジーを賞賛の対象にしたり、またはテクノロジーへの恐怖心をあおったりするべきではないと思う。

「GoatMan: How I Took a Holiday from Being Human」の 文中にあった、「人間がいかに希望を持ち、後悔するのか」という哲学的な問いは、まるで禅問答のようでした。人間が「幸福」であるという状態をどのように定義していますか?

ここ最近の社会が、今までの「幸福探求」を軸としたアプローチから離れ、「幅広い感情体験」に主軸を移し始めているのはとても良いことだと思うよ。

いま、「幸福」の意味が少し濁ってきたというか、「幸福」に二つの意味が出てきたんだと思う。ひとつめは、幸せな時間を過ごすという、直接的な意味での「幸福」、もうひとつは自分の人生に対する満足感だとか、もっと広い意味での「幸福」。そこには、後悔や希望といった、過去と未来の時間軸を含んだものなんじゃないかな。

「人間であることからの休日」は、あなたをリフレッシュさせましたか? 言い替えれば、ヤギになったことで「幸福」になりましたか?

それはなかったな。とりあえずいまのところは。

今回のプロジェクトにおいて、テクノロジーが果たした役割と、テクノロジーがいかにアイディアに貢献したか、またはその逆だったのかを教えてください。

霊媒師に会いに行ったとき、人間が動物になりたいと願ってきた歴史は、人間そのものの歴史と同じくらい長いと言われたんだ。その時から、サイエンスとテクノロジーは、この昔からの人間の願望を前にしたとき、どんな光を当てられるかを探求するのがこのプロジェクトの醍醐味になったんだ。

一方で、このプロジェクトで徹底したのは、電子機器をひとつも使わないというルール。

相談していた光学技術者から、ヤギの視点を実際に捉えられるようにビデオ付きゴーグルを使うという提案があったんだけれど、ぼくはプリズムとレンズのみでやりたかった。ビデオまで持ち出すと、なんだかテクノロジー色が強すぎる感じがして。

だからこのプロジェクトは、ある意味テクノロジーについての考察ではあったけれど、それに乗っ取られた作品にはならないように気をつけていたよ。

アートとサイエンスの関係について、どう考えていらっしゃいますか?

ぼくたちは科学的な世の中に生きているし、これからもそれが続きそうだから、それをアートにするのも良いんじゃないかな?

今後予定されている活動があればお教えください。

なんだろう。いまはロンドンの新しいデザインミュージアムのために、サステナビリティと消費主義についての映像を作っているかな。その後は 「Future of Work」をテーマとした作品をSt Etienne Design Biennialで制作するかな。でも詳しいことは未定!

 

 

「GoatMan: How I Took a Holiday from Being Human」はamazonなどで購入可能。ともすれば単なるビハインド・ザ・シーンになってしまう作品制作の詳細なドキュメントを、ユーモア溢れる語り口で読ませる、アートとサイエンス、エンジニアリングについての重要な一冊だ。ご一読あれ。

 

 

CREDIT

Akiko saito
TEXT BY AKIKO SAITO
宮城県出身。図書館司書を志していたが、“これからはインターネットが来る”と神の啓示を受けて上京。青山ブックセンター六本木店書店員などを経て現在フリーランスのライター/エディター。編著『Beyond Interaction[改訂第2版] -クリエイティブ・コーディングのためのopenFrameworks実践ガイド』 https://note.mu/akiko_saito

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