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2022.01.20
リアルとデジタル、あらゆるレイヤーの境目を曖昧にしていく。清川あさみ個展「TOKYO MONSTER, reloaded」レポート
TEXT BY NANAMI SUDO
2021年にアーティスト活動20周年を迎えた清川あさみ。その集大成とも言える展覧会「TOKYO MONSTER, reloaded」が銀座 蔦屋書店にて2021年12月に開催された。ストリートスナップ写真に刺繍を施すという手法で、1990年代の東京の若者の不安定な内面を写し出してきた「TOKYO MONSTER」シリーズが、コロナ禍を経た2020年代のいま、「reloaded」としてよみがえった。2020年代における「個」とは何か、観察眼が光っていた。
PROFILE
清川あさみ
1979年、兵庫県・淡路島⽣まれ。服飾を学ぶと共に雑誌の読者モデルをしていた2000年代より”ファッションと⾃⼰表現の可能性”をテーマに創作活動を⾏う。代表作として「美⼥採集」「Complex」「TOKYO MONSTER」などがあり、写真に刺繍を施しながら、個⼈のアイデンティティを形成する”内⾯”と”外⾯”の関係やそこに⽣じる⼼理的な⽭盾やギャップなどを主題とした作品を発表してきた。⽔⼾芸術館(2011年)、⾦津創作の森美術館(2015年)、東京・表参道ヒルズ(2012年、2018年)にて個展・展覧会を多数開催。アートディレクターとして広告のビジュアルやグラフィックデザインに携わると共に、空間デザインやCM映像のディレクターとしても活躍中。最近では監督・ストーリー・アニメーションを手掛けたYOASOBIのMV「もしも命が描けたら」が公開された。
90年代の東京ストリートを映す『TOKYO MONSTER』、
2020年代へのアップデート
2014年に発表され、90年代の雑誌のスナップ写真に刺繍を施した「TOKYO MONSTER」シリーズですが、つくり始めたきっかけについてお聞かせください。
清川あさみ(以下、清川):私は元々ファッション誌の読者モデル出身ということもあり、デビューはストリートでスナップ写真を撮られたことがきっかけでした。それまで淡路島で暮らしてきた自分にとって、社会とつながる糸口となったのがストリートスナップだったんです。
題材の多くは90年代の雑誌のスナップ写真なのですが、あの頃はみんなが自分自身を過剰に装飾して表現していたと思います。ファッションという鎧をまとうことで、彼・彼女らの持つ雰囲気が街中に漂っているように感じられました。その強いエネルギーをかたちにしようと、90年代のスナップ写真を元に、その人のキャラクターをイメージしてそれぞれの顔にモンスターの刺繍を施していったのが「TOKYO MONSTER」ですね。
今回の展覧会では「TOKYO MONSTER」シリーズの新作を発表されています。なぜ、2020年代に突入したいま、再び着手しようと思われたのですか?
清川:コロナ禍を経て、2020年代以降を生きるいまの人たちを描きたいと考え、今回アップデートを行いました。この前の活動では「神話」シリーズという古代をテーマにした作品を制作していたので、次は現代にも目を向けたいと思ったんです。また、2021年でアーティスト活動20周年を迎えたこともあり、これまでの自分の歴史を振り返ってみた時に、スタート地点に戻ってみたかったのもありますね。
90年代のストリートカルチャーを間近で見てきた清川さんは、いまのストリートにはどのような変化を感じますか?
清川:やはりSNSの普及などにより、ストリート以外にも自分を発信できる場所が増えたことが大きな変化ではないでしょうか。それに合わせてコミュニティも増えていて、そのコミュニティの数だけ個性が存在しているように感じます。まるでカメレオンのように、所属している場所によって異なる個性で各々が自分を表現している様子は、まさに“分人主義”という言葉が当てはまると思います。
今回はデジタルグリッジと刺繍の融合が印象的ですが、どのような手法を用いられているのでしょうか。
清川:まず、今回の「TOKYO MONSTER, reloaded」にあたっては、現代の「個」がぼやけていくようなところからインスピレーションを受けて、縦糸と横糸を引くことでイメージの境界をどんどんぼかしていきました。特に横糸をたくさん使っていて、横方向にブラシをかけたように見せています。
私の手法の大きな特徴として、糸を使うという点があるのですが、本来は筆を使ってぼかしても良いんですよ。ただ、糸で刺繍をすることによって生まれる物質感を伴ったレイヤーが、被写体の本質を抉り出したり、いまと昔をつなぐひとつのツールとして機能していると考えています。自分のアイデンティティにも欠かせないファッションというカテゴリーも糸が表現してくれるので、糸を使ってつくることが私には合っている気がしますね。
また、写真の方はネガ(明暗や色が反転した画像)に思い切り振っています。人々の不安定なリアルの様相を描きたかったので、本来の写真の色ではなく、反転した色にしたかったんです。それをベースに、デジタル上でぼかしを入れたり、糸などの物質でぼかしたりしてレイヤーを重ねていくのですが、そのリアルとデジタルの境界線を曖昧にしていくことこそが私のスタイルです。
今回は西陣織の「HOSOO(細尾)」とのコラボレーション作品も展示されていましたね。どのような経緯で西陣織に着目されたのですか。
清川:これまでは、写真の上から糸を縫い付けることによって、人間の表と裏や自分と社会の境目の曖昧さを表現するということを試みていたのですが、それを逆手にとって写真を織物にしてしまうのはどうかなと思い浮かんだのがきっかけです。最終的には、写真を元に糸をつくることにまで行き着きました。細尾さんにとっても前例のない取り組みだったので、2016年頃から一緒にたくさんの試行錯誤をしていただきました。今回の作品では9000本ほどの糸を使っていて、とにかく無数のレイヤーが重なって、とても繊細なイメージができています。異なるマテリアル同士の境目をできるだけぼかすというこだわりが自分の中にありますが、西陣織における物質としての糸と写真の関係性においても、その可能性を十分に発揮できたと思っています。また他にも、シルクスクリーンを使ってレイヤーを重ねる表現など、手法は毎回研究していますが、あくまでもその背景にあるコンテクストは変わらないですね。
古代と未来を行き来する神話シリーズとアニメーション
同時に、GINZA SIXのエントランスの『OUR NEW WORLD』も手掛けられていましたよね。こちらのコンセプトについても教えてください。
清川:こちらは元々クリスマスシーズンのエントランスを依頼されていて、いわゆるクリスマスツリーではないアプローチができないかと考えていました。そこで、GINZA SIXの建築構造に着目し、中央の柱の形を活かした映像作品をつくることを提案しました。
アニメーションのテーマは、一本の柱から「命」や「希望」を感じられて、それが上に向かって伸びていくようなイメージです。その背景には、これまで制作してきた「神話」シリーズにおける古来の風景があります。私は故郷である淡路島の自然からいつも多くのエネルギーをもらっていたので、その要素も色濃く入っていますね。コロナ禍を経て自分にとって本当に大事なものに気付いたという方は多いと思いますが、私にとってそれは淡路島の自然でもありました。今回の個展会場が建物の6Fでの開催だったので、1Fのエントランスでは古代を、そして6Fの個展では現在〜未来をそれぞれ描き、それが一本の柱でつながっているという関係性をイメージしました。
アニメーションはどのようなプロセスで制作されたのでしょうか。
清川:主に『あめつちのうた』という約3メートルの大型刺繍作品のモチーフを採用しています。これは、古事記や日本書紀をテーマに織り混ぜながら、淡路島の自然に潜む小さな魂たちを描いたものです。これを元に絵コンテを描き、必要になった素材は新たに作成しました。「TOKYO MONSTER」も、古代と未来をつなぐというコンセプトの「未来」にあたる部分にぴったりだったので、作品の画像をアニメーションに差し込みました。
銀座という街について考えてみても、骨董品店や歌舞伎座など伝統的な文化が息づく反面、デジタルに力を入れた企業やその取り組みも集っている。CGばかりではなく、手作業で作られたアニメーションの方が人々の心に残るんじゃないかなと思いました。
次の世代へ伝えたいこと
「TOKYO MONSTER」でモデルにされてきたような若い世代に対して、今後はどんなことを伝えたいと考えていますか? たとえば現代では、ストリートではなくSNSの中に自分のアイデンティティを見出そうとしている人も多いと思います。
清川:先ほどもお話したように、個の在り方については「自分って何者なんだろう」と迷っている人が多いと思うんです。どういう風に自分をプロデュースするかってとても難しくて、社会に出てからも模索し続けるものなのですよね。
もしかしたら、現代の人々は情報が飽和している中で、いま既にある情報だけを材料にして考え過ぎてしまっている部分があるかもしれないですね。むしろその情報の箱や仕組み自体をつくるという発想が必要なのではないでしょうか。SNSなどのプラットフォームの中で作って完結するのではなく、どうやってその外側をつくっていくか。リアルで色々な体験を積み重ねて作品に落とし込むことで、社会に対するメッセージとしても機能する可能性が出てくるのではないかと思います。