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2022.04.09

カオスを呼び込む土壌とアート。Gil Kunoの集大成個展「ON::OFF::ON」

TEXT BY NANAMI SUDO

ニューヨークと東京を拠点に活動するアーティスト・Gil Kuno(ギル久野)の個展が、神楽坂のギャラリー・√K Contemporaryにて開催されている。1960年代からバスや空港の掲示板などに用いられてきたアナログなディスプレイ技術を用い、イメージを表出させると同時にリズムを奏でる手法の作品が多数並び、地下フロアではトークイベントやワークショップも開催されるなど、まるで実験場のような意欲的な空間が広がっていた。

ギル久野は、ロサンゼルス出身のアーティスト。UCLAでメディア・アートを専攻し、独自に制作活動を続けてきた。「自分は飽き性なんだ」と笑いながら語る彼は、興味関心領域を次々に広げながらも、作品単体では完結することのない、“カオス”を呼び込むシステム自体を創出する点においては一貫している。そんな久野の集大成とも言える個展が、満を持して国内で開催される運びとなった。

1F会場画像

本展は、オープンから2年を迎えたギャラリー、√K Contemporary(東京・神楽坂)の全3フロアを使って開催された。まず1Fのエントランスから入ると、円形の電磁石のパーツがパタパタと心地良い音を鳴らしながら画面が変化し、アナログ感のあるピクセルイメージとして機能する「フリップドットディスプレイ」というメディアを採用した作品が並ぶ。

「ON::OFF::ON」という展覧会タイトルを体現するように、表裏が反転し続けるというシンプルな仕掛けながら、新鮮な映像体験として我々の目に映る。それらの作品群は、同じディスプレイが使用されていると言えども、それぞれにアップデートされた手法が施され、多様な特徴を有している。

《Ripples 01》《Ripples 02》では、本来のサインとしての役割のために、それまでは瞬時に裏返されるような仕組みであった電磁石のストッパーを無効にすることで、合間にふらふらとした動きが出るように加工し、白と黒の2色のみであったディスプレイの表現に中間色的な表現をもたらしている。

《Ripples》

イメージについては、アメリカや日本など、多様なルーツを持つ久野の記憶から呼び起こされた景色や、《Waves》のようにドローンで上空から撮影した映像が写しとられたものがある。

《Waves》
《Sakura》

雨や風、舞い散る桜などの季節の移ろいがピクセル化されている様子には、ある種の再現性が見受けられるが、リアリティを追求する映像技術が発達している現代において、あえて低解像度化していることが、元の事象までを抽象化させているように感じられる。しかし、その余白こそが、何気ない日常の風景に“カオス”が呼び込まれ、新たなリフレクションを生み出すトリガーとなっている所以なのだろう。

また、音も久野の作品の重要な要素のひとつだ。フリップドットディスプレイを使用した作品の中には、あらかじめ表現したいリズムが久野の脳内に沸き起こり、そのサウンドが実現できるようなタイミングを軸に映像へ変換していくという制作プロセスがとられたものもある。そして、そのリズムに合わせて表裏に切り替える位置や順序をプログラムし、システムが設計されるという仕組みになっているという。

『4分33秒』などで知られるアーティスト、ジョン・ケージの提唱する「アレアトリック・ミュージック(偶然性の音楽)」の概念に影響を受けていると久野自身が語っているように、西洋の音楽形式にとらわれない姿勢がサウンドのみならずビジュアルにまで昇華されているのだ。電磁石がひっくり返るタイミングが緻密に計算されたプログラミングによって、その虚いや偶然性が発生しているというのも特筆すべきポイントだろう。

《Waterfall》

また、「未来の掛け軸」をテーマに制作された《Waterfall》シリーズは、室町時代から伝わり、千利休らによって日本におけるサロン的役割へと発展していった「床の間」の空間に着目し、日本美術特有のシンボルとして掛け軸をモチーフに選んで作られたという。これは久野が国外から日本を含む東洋の美的文化を俯瞰して見つめたからこそ生まれた発想であり、グローバルな展開も期待できるコンセプトが込められている。

《Flutter》

水が流れる様子が、高所から吊るした布地にプロジェクションマッピングで映し出された作品《Flutter》では、久野がウィーンで撮影した滝の映像を投影しており、カーテンのように自然に揺らめく布地と流れる滝の2つの動きが重なり、生き生きとした様子が感じられる。

《The Antmaster》

《The Antmaster》は、ギャラリーのバーカウンターに設置されたディスプレイが用いられた。地中の巣を這う蟻のアニメーションが映し出され、そのディスプレイの上からペイントが施されている。一見土のような造形をしたペイントは、実は細かな祈りの文字が幾多にも重ねられて塗りつぶされたようになって出来ている。これは、働き蟻に「カルマ(業)」を見出し、何気なく受け止められている蟻の生態に改めてスポットライトを当てた作品だ。UCLAのナノラボで録音された実際の蟻の動く音が、そのリアリティを増長させながらも、死生観における根源的な問いを提起している。

《Haze》

オン/オフというモチーフの他に、本展で印象的だったのは「シンメトリー」だ。このモチーフは、《Haze》と称された作品に特に見られる。

著書『事物の本質について』で、唯物論や無神論を説いたローマの哲学者・ルクレティウスの言葉を引用し、「カオスが無ければ新しいものは生まれない」という思想のもと、水槽の中の液体の動きにカオティックな様相を発見した久野は、ランダムなものを提示しても秩序を求めて整列されたイメージに補正・変換してしまう脳をジャックし、複数箇所で映像を左右反転させることで、その境目に形成されうるパターンをデザインした。

フリップドットディスプレイを用いた作品にも同じことが言えるが、これらのビデオインスタレーションを観ていると、技術そのものを作品に表象させるのではなく、あくまでも手段として活用し、メッセージとしては哲学の要素が色濃く浮かび上がってくる点で「アイデアを形にする」という久野の制作活動における基本理念に納得がいく。

他にも、B1Fのスペースでは、会期中に久野自らが制作を行い、そこで完成した作品が順次公開されていく実験的空間「Gil Lab」を解放。まさにライブ感満載の展覧会であった。

B1F 会場
ギャラリーツアーの様子/(左から)Gil Kuno、山峰潤也、藪前知子

会期中、この場所ではライブイベントやトークイベントも実施され、3月12日には、約20年間にわたり東京都現代美術館に務め、現在は東京都美術館に在籍中のキュレーター・藪前知子氏と、同じくキュレーター/一般社団法人東京アートアクセラレーション共同代表の山峰潤也氏が登壇。メインストリームに対するオルタナティブとは何か?という議論が交わされた。

久野は自身の制作活動は「いわゆる“アウトサイダーアート”として見られていた」と話し、「アイデアを具現化したい」という気持ちが、結果としてアーティストという現在のキャリアに至ったという。美術以外の分野からも多くのインプットを続けてきた彼は、作品を観る視点に立つ際も必ずしも“アート”を作ろうという意思の無い作品が面白いのだと評する。

久野と親交の深い山峰氏は「本来は1人が操る6本の楽器の弦を解体し、6人が1本ずつ奏でる作品『Six Strings』のように、久野さんはフレームワークそのものを作っている印象がある」と語る。

また、藪前氏は「現代美術では、既存の美術史の編纂のみで構成されてしまいがちな風潮がある」と警鐘を鳴らす。久野のように、地域性や音楽、哲学的思想など多種多様な要素が呼び込まれた作品が、今のアートワールドには求められているのかもしれない。

東京都現代美術館にて、2022年2月まで開催されていたクリスチャン・マークレー展のキュレーションを勤めた藪前氏。マークレーの作品と、久野の映画のノイズ部分を切り出してコラージュした作品「Noise Paintings: Nosferatu 01'20 - 0'30」には本来であれば隠されるべき、いわば裏の部分を表にしているという点で親和性があると述べた。秩序を形づくるために排除される部分に創造性を見出すことは、オルタナティブと定義される条件のひとつかもしれない。

対して山峰氏は、オルタナティブはいわゆる常識化されていない領域での評価軸での議論も生み、世の中で当たり前になっている価値観をずらすことに繋がるが、いつしかそれがメインストリーム化されていくというサイクルがあると語り、既存の枠組みが転覆されることの危うさにも言及。オルタナティブアートのゆくえが益々複雑化していくとともに、今後のテクノロジーやサイエンスとの相互作用についても考えさせられるトークとなった。

久野の作品に共通するのは、「1. 自然現象に対する観察眼の鋭さ」「2. 鑑賞者が再解釈できる余白の提供」「3. 哲学的思想の喚起」という3点ではないだろうか。そしてこれらの特徴こそが、“カオスを呼び込む”というテーマに接続しており、そのアプローチとして新旧に拘らず、テクノロジーを用いた実践を試みる姿勢がアーティスト・ギル久野のアイデンティティを形作っているのだと感じた。

展覧会情報

Gil Kuno個展「ON::OFF::ON」

会期:2022年2月19日 (土)~ 3月26日(土)11時〜19時
※2022年4月2日 (土)~4月13日(水) まで追加展示開催中。
※休廊:日・月

会場:√K Contemporary

住所:〒162-0836 東京都新宿区南町6

入場料:無料

展覧会HP:https://root-k.jp/exhibitions/gilkuno_onoffon/ 


また、以下のURLからバーチャル展示を鑑賞することも可能。

Artsy|https://www.artsy.net/show/k-contemporary-1-gil-kuno-on-off-on 
Ocula|https://ocula.com/art-galleries/k-contemporary/exhibitions/onoffon/ 

 

CREDIT

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TEXT BY NANAMI SUDO
栃木県出身、1998年生まれ。2020年早稲田大学文化構想学部卒業後、フリーランス編集者に。主にWEBサイトやイベントのコンテンツ企画・制作・広報に携わっている。2023年よりWhatever inc.でProject Managerとしても活動中。

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