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2017.01.12

UAE首長国発、初音ミクオペラ『THE END』も招かれた「アブダビ・アート 2016」レポート

TEXT BY TOMOMI SAYUDA

ドバイのおとなりにある、アラブ首長国連邦の首都・アブダビ。この地で今年開催された現代アートフェスティバル「アブダビ・アート(Abu Dhabi Art)」をレポート!日本からは初音ミクオペラ『THE END』も招へいされ、新たな中東アートシーンのはじまりを見せたフェスティバルの実情とは?

アブダビ市内の文化エリア、サーディヤトの中心部にある大規模なギャラリースペース、Manarat Al Sadiyatにて、11月16〜19日の4日間に渡って開催されたAbu Dhabi Art。

ここアブダビのサーディヤト島には、これから2016年にルーブル美術館、2017年には大英博物館と提携したザイード ナショナル ミュージアム、そしてグッゲンハイム美術館と提携した美術館の建設に向けて準備が進められており、急ピッチで行政の文化・観光政策の一環でアート関係事業に資金とエネルギーが注がれている。

UAEの首長国であるアブダビ、ドバイ、シャルジャの三首長国エリアでは、潤沢なオイルやトレードから生まれた資金を基に、首長国々同士で競い合うように、アートやデザインのイベントが盛んに展開されている。特に過ごしやすい気候になる10月から5月のオンシーズンにかけては、毎週のように様々なエリアで各種文化イベントが盛んに行われているのが特徴だ。

そのほとんどが政府・王族主導で行われているのも、国の文化施策として、コンテンポラリーなデザインやアートの文化を根付かせると同時に、有名なミュージアムを新たな観光資源へとつなげようとする動きによるものだ。

イベントの主な構成は、コンテンポラリーアートのトレードショウをはじめ、国内外から招へいされたアーティストのコミッションワークとその連携イベントなど。世界レベルのフェアと比べると規模は小さいながらも、イギリスのFrieze Art Fairを彷彿させるような、ハイエンドの客層を意識した品よくデザインされた会場が特徴的だった。

未来都市のビーチに先鋭的舞台が上陸、「THE END on the beach」

アブダビ・アートで大きな注目を集めたのは、音楽家/アーティストの渋谷慶一郎、サウンドアーティストのevala、映像作家のYKBXらによる初音ミクのオペラ作品『THE END』の公演だ。今回は会場のビーチを背景に、アブダビ・バージョンが披露された。

『THE END』といえば、ボーカロイド・初音ミクを主人公に据えたオペラ作品として、4年前の事件ともいえる衝撃的な発表を覚えている人も多いだろう。初音ミクというポップアイコンと、“死ねない体”をもったデジタルキャラクターに、伝統的なオペラの題材である「死とは何か?」を語らせるという挑戦的なテーマは大きな話題を集め、2012年のYCAM公演を皮切りに、今ではフランス、オランダ、ドイツ、デンマークなど世界各地を巡回している。

今回は、これまでのマルチスクリーンによって構成されていた映像をアブダビ公演に合わせて1面のスクリーンに再編された新バージョンを展開。美しくインテンスに構築されたアップテンポなエレクトロサウンドとビジュアルのセットが、遠い異国の地のオーディエンスを沸かせていた。

会場はビーチフロントにある高級ホテルのバーに設けられた特設ステージ。アートに目の肥えたされたアブダビ・アートの関係者や、アート好きの海外のコレクターといったハイエンドな客層にとって、初音ミクというアイコニックな空想上のキャラクターを題材とした本作はどう受け入れられていたのだろうか。

結果として、ここUAEの人たちはみんな新しいもの好き。それに加えて日本のアニメ(マジンガーZやキャプテン翼など)がこちらのテレビで昔から放映されていたりと、アニメ系の描写表現に馴染みの深い文化圏であるためか、観客はスムーズにその世界観に入って楽しんでいた様子だった。

クラブミュージック自体も、ここUAEではまだまだ新しいジャンルの文化ではあるが、逆に素地がない分素直に新しいものを受け入れ、楽しむ傾向がある。

イスラム圏発アートシーンの行方

アートギャラリーはアブダビ、ドバイ、ジェッダ、バクー等周辺都市を始め、ロンドン、ニューヨーク、ウィーン、ソウルなど遠方の世界主要都市からも多く、出品アーティストの国籍も様々だが、数を占めたのはイスラム圏をルーツに持つアーティストだった。

特に多かったのはアラビア文字やイスラム文様をモチーフとしたコンテンポラリーペインティング作品だ。IDIS KHANの《Knowledge and Uncertainty》は、手書きのアラビア文字を三枚のアクリル版に描いて構成されたもの。

中国人の作家Gu Dexin《Gateway》は、無数のバナナをスペース全体に敷きつめたインスタレーション。最初は新鮮なバナナ時間と共に朽ちていくことで、作品が次第に巨大なごみになっていく。過ぎ行く時間の存在をビジュアライズしたコンセプチュアルな作品だが、観客は自由にこのバナナを食べることができるというのがユニーク。現代アートの素地がうすいアブダビ人にとっても、「バナナを食べる」という超直接的なアプローチはウケが良かったようだ。

こちらはサウジアラビアの女性アーティスト、Maha Malluhのインスタレーション作品《Sky Clouds》。世界一女性の社会的地位が低いとされるサウジアラビアにおいて、女性の位置付けを抽象的に表現した作品だ。

Adjaye associatesの建築家David Adjayeと、雑誌「Art Review」にてアート界で影響のある人物top24に輝いたナイジェリア人アートキュレーターOkwui Enwezorとのトークにも足を運んだ。ワシントンのスミソニアン博物館のデザインをはじめ、美術館の建築設計を多く手がけるアジェ事務所が、いかに物語や地域性を建築作品に入れ込み、デザインを手がけているかについてのトーク。他にもアート、デザインの著名人を招いての様々なトークイベントが行われていた。

UAEのナヒヤーン文化・青年・社会開発大臣も会場に訪れていた。

「アブダビ・アート」全体の感想としては、想像していた以上に規模も大きく、ハイエンド向けにオーガナイズされたアートフェアで驚いた。先述の美術館建設予定リストから見ても、アブダビがアートに力を入れていることは噂では聞いていたが、このアートイベントも8回目を迎え、既にアートを取り入れるハブとして素地が出来ている様子であった。将来的な石油資源の枯渇を見据え、この先のサステナブルなビジネスの一環としてアートを用いた観光政策に力を入れているのだ 。

まっさらの土地にアートの基盤を根付かせるには、クリエイターの育成の素地を作るのはもちろんのこと、同時にオーディエンスのリテラシーや文化レベルの高さも重要になる。アブダビ・アートはすべてのイベントが入場無料で、徹底して市民のアクセシビリティを高めようとする姿勢が見て取れる。西ヨーロッパの大都市の市民が日常的に身近に現代アートに触れる機会が多いことから、社会全体が現代アートのプログラム形成に寛容であるように。

超高度経済成長期の真っ只中にあるUAE。国家も協力的で、観光の政策としてアートを観光資源として取り入れている。イスラム圏の文化的な規制などはまだあるものの、逆にその規制から新しい表現形態も出てくる可能性もある。アブダビを始め、UAEの大都市がイスラム圏のクリエイティブのハブとして機能していく可能性は大きくあるだろう。

 

CREDIT

Tomomi sayuda square s
TEXT BY TOMOMI SAYUDA
武蔵野美術大学中退。Royal College of Art (MA) Design Products修了。テレビ朝日にてセットデザインアシスタントとして勤務後、2005年渡英。卒業後ロンドンでOnedotzero, Fjordでデザイナーとして勤務した後に、現在ドバイのGSM projectにて、インタラクティブデザインリードとして文化的コンテクストとテクノロジーを用いたミュージアムデザインの案件に携わる。2009年Creative Reviewベスト6卒業生選出。2014年The Mask of SoulがBBC等で紹介され話題に。会社勤めと同時に自身の作品をFrieze Art Fair, ICFF NY等で発表。様々なプロジェクトにものづくり視点からの、遊び心のあるデザインを提案している。 http://www.tomomisayuda.com/

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