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2017.04.04

デザイン界の熊楠、柳本浩市。知を紡ぎ、継承し、生産していくアーキビストの仕事

TEXT BY ARINA TSUKADA

2016年3月、急すぎる計報に納得しようがなかった人がほとんどだろう。日本のデザイン界において、その博識さと数億にものぼると噂されるコレクション数にかけては唯一無二の存在だったデザインディレクターの柳本浩市さん。その偉業を「アーキビスト」として振り返る追悼展覧会が4月29日から開催される。では、そもそもアーキビストの仕事とは何だろうか? ウメサオタダオ、南方熊楠を参照しながら、「柳本浩市」という人物のことを考えてみたい。

柳本浩市

1969年、山梨県韮崎市に生まれる。幼少期より、植草甚一の著作や75年発行の『Made in USA catalog』などをきっかけに、多様な文化を吸収し、収集や考察を始める。小学生時代までにジャズ、映画、アメリカ文化、スニーカー、国内外の音楽、ウルトラマン、古着、粘菌、民俗学、ファッション、デザインといった、幅広い領域に興味を持った。96年、60〜70年代頃の家具や文化を紹介する初個展『APOLLO GENERATION』を開催。その後、数多くのデザイン展を企画監修した。2002年、独立してクリエイティブレーベル「Glyph.」をスタートし、自社商品開発、版権管理、出版、展覧会プロデュースなどを行う。生涯を通して、過去の情報やものを貪欲に収集し、その歴史的背景や社会性と心理を読み解き、多岐にわたる活動を通して未来に生かす姿勢を貫いた。2016年3月4日、急性虚血性心不全のため都内自宅で永眠。(Photo by Takashi Kato)

仕事がどんどんと複雑に、多様化していくこの時代。多彩な才能に恵まれた多くの人々は、口を揃えて苦笑まじりにこう言う。「自分の肩書きがわからない」、と。デザインディレクター、コレクター、プロデューサー…、どの名称だけでもしっくりこない柳本さんも、正しくそのひとりだった。しかし、ここでひとつ、柳本さんの成した偉大な仕事に名を与えるのを許していただくとすれば、それは「アーキビスト」と呼べるものではないかと思う。

情報を未来に伝える仕事

アーキビストとは、「保存価値のある情報を収集・蓄積・保存し、未来に伝達する人」のことを意味する。国内にはその適当な日本語訳がないように、認知度の低い専門職という向きが強いが、ほとんどの欧米のミュージアムにはコレクションの管理担当としてこの肩書きを持つ人がいる。ミュージアムの核を形成するコレクションを分類・管理する人がいて初めて、私たちはその資産と出会うことができるのだ。

柳本さんはコレクションの総数が数十億とも噂される無類のコレクターとして有名だったが、同時に自身のファイルの分類・整理術においても卓越した存在だった。また柳本さんは、ひとつのアイテムを話題にすれば、それが持つあらゆる歴史的背景を教えてくれた。その意味で彼のコレクションは、個人の嗜好によるもののみならず、後世の人々にも受け継ぐことをも目指したデザイン・アーカイブだったように思う。

柳本さんのファイルコレクション Photo by Takashi Kato

ときを超えて14世紀、イタリア・ルネッサンス期の詩人ペトラルカは、心より本を愛し、各地の修道院などをまわって書物や文書を収集した大コレクターであり、その蔵書をもとに公立図書館をつくろうと提案した人物だった。コレクターにして、アーキビスト。700年前の詩人に通じる精神が、柳本さんには宿っていたのではないだろうか。

アーカイブが、新たな情報の生態系を生み出す

もうひとり、柳本さんのアーカイブに思いを馳せるとき、思い出される人物がいる。国立民族博物館の初代館長であり、1963年に「情報産業論」を打ち立てた知の巨人、ウメサオタダオだ。民族学者、比較文明学者であった彼は、それまでの農業や工業といった産業に代わって、「情報」が新たな産業になると早くから預言した人物である。中でも最も有名な著作のひとつが1969年に出版された『知的生産の技術』だ。

知的生産の技術(岩波新書)

著:梅棹忠雄
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このときウメサオは、「人間の知的活動を、教養としてではなく、積極的な社会参加の仕方として」とらえるために、「知的生産の技術」という言葉を掲げた。そこで面白いのが、ウメサオが行った数々のフィールドワークの記録をアーカイブする方法である。彼はそれまでノートに書き連ねてきた膨大な記録を、すべてカードに書いて分類・整理し、後に索引可能した。その理由は、自分のメモなんて、「時間が経てば他人が書いたものと見分けがつかないから」だという。

「カードは、適当な分類さえしておけば、何年もまえの知識や着想でも、現在のものとして、いつでもたちどころにとりだせる」と語ったウメサオは、コンピュータのなかった時代にいまでいう「インデックス」や「フォルダ」の概念を持ちえていた。さらに驚くことにウメサオは、66歳のときに病気で失明したとき、この整理され尽くされたカード・インデックスのおかげで、いつでも情報を取り出すことができ、秘書を通じて本を書くことができたというのだ。そのとき、「すべての情報は生きていた」とウメサオは後に語っている。「カード法は、歴史を現在化する技術であり、時間を物質化する方法である」と。

Photo by Takashi Kato

このウメサオが発明した「知的生産の技術」を、柳本さんはきっと、物心が付いた頃から直感的に体得していたのではないかと思う(彼が幼稚園の頃からコレクターだったという話は有名だ)。この先、柳本さんの全アーカイブが世に公開されれば、必ずや私たちはその天文学的なコレクション量に驚愕すると同時に、彼が紡ぎ上げたあらゆる分類データ(情報)の渦に、少なからず何かを学ぶことになるだろう。それはきっと過去の遺産ではなく、「生きている情報」として。

さらに言えば、その「生きた情報」に私たちが出会うとき、新たな情報や文化の生態系が生まれてくるのではないかと夢想してしまう。もう一度ウメサオの言葉を借りるならば、彼は1988年(失明後!)に出版した書籍『情報の文明学』の中でこう述べている。

「情報はすでにひとつの環境である。環境と生物との相互作用を考えるのが生態学(エコロジー)の仕事であるとすれば、人間と、環境としての情報の関係をとらえるのは、情報生態学の問題である」。

このように、生きた情報と向き合うことは、私たちがどんな環境にいるかを知ることでもある。例えば、柳本さんの遺したデザインプロダクトのアーカイブから、私たちが当時の社会背景や、それに連なっていまのデザインがどう変化してきたかを知ることができるように。

ウメサオはこう語る。「その環境にむかって、自分自身もなんらかのはたらきかけをすることはできるのである。そのはたらきかけ自体が、あるいは堆積物となり、あるいは人類をとりまく大気となるのである。文化とは、集団の共通の記憶のなかに蓄積された情報の束」なのだ、と。

最後まで分類できない、粘菌のような人

ここまで筆を進めながら、ふと、ある考えが頭をよぎった。あらゆるコレクションを「分類・整理」してきた柳本さんだが、彼自身が最も「分類・整理」できない人物だったのではないか、と。実は私は、生前の柳本さんを「粘菌師匠」と呼んでいた。

時おり飲みの席で一緒になる度に、柳本さんの持つ並外れた博識さに目を丸くし、あれやこれやと質問ばかりしていたのをよく覚えている。どんな問いを投げても、古今東西のさまざまな知識が返ってくるので、その姿はまるでアメーバのごとく侵食し、変形し続ける粘菌のように見えたのだ。

粘菌について補足しておくと、その存在を知ったのは、日本人で初めて「ネイチャー」に論文が載ったことで知られる異才の博物学者・生物学者、南方熊楠からだ(正確には南方熊楠の偉大さを後世に伝えてくれた中沢新一さんや鶴見和子さんの本だが)。

19世紀半ばにはじめてその存在が発見された粘菌は、当時の自然科学者たちを混沌の渦に引き込んだ。粘菌のライフサイクルは、単細胞のアメーバ時期、多核性の変形隊の時期、そして胞子形成期の3段階を持つ。つまり、動物なのか植物なのかがはっきりとせず、また進化の系統のどこに位置付けるべきか、150年以上経った今でもその論争は決着を見ていないのだという。

そして南方熊楠は生涯をかけてこの生物の謎を追い求めた。森に入って粘菌やキノコを見つけては、その多彩な姿をスケッチし、観察していく中で、人間の目からはなかなか見えてこない豊穣な生態系の存在を発見したのである(熊楠はそこからエコロジストの第一人者としても活動するようになる)。

『森の思想』

著:南方熊楠、編:中沢新一(河出文庫)
http://amzn.asia/bIKoKw8

「人間たちはいまだに熊楠という生物の謎に、首をかしげ続けている(引用『森の思想』)」と書いたのは中沢新一さんだが、これと同様に、私たちはいまだに「柳本浩市」という生き物の謎を解明できていないのかもしれない。

一体、柳本さんが何を考え、何を残そうとしていたのか。その思考は深い森のように深淵で、大気のように獏としてつかみどころがない。けれど私たちは幸福なことに、まだこれからも柳本さんが残した情報の生態系たちと出会うことができる(そう信じている)。その一端であるこの展覧会は、私たちの知的興奮とクリエイティビティを刺激し、新たな種を生み出すことだろう。

 

※本記事は下記の柳本浩市展にて発行予定の冊子「YANAGIMOTO KOICHI - ARCHIVISTʼ S VISION」において、塚田有那の執筆分を転載したものです。

展覧会情報

柳本浩市展 “アーキヴィスト─ 柳本さんが残してくれたもの”

会期:2017年4月29日〜6月4日
会場:six factory(東京都目黒区八雲3-23-20)
入場料:一般500円、大学生200円(要学生証提示)、高校生以下無料
主催:柳本浩市展実行委員会
協力:株式会社 良品計画

キュレーション: 熊谷彰博
会場構成: 小林恭+マナ/設計事務所ima
メインビジュアル: 野口孝仁/Dynamite Brothers Syndicate
編集協力:上條桂子、加藤孝司
企画協力: まほうの絵ふで、Glyph.
会場内グラフィック: 田部井美奈
PR:小池美紀/HOW INC.

https://www.facebook.com/Yanagimoto.Koichi.Exhibition/

 

柳本浩市展 冊子「YANAGIMOTO KOICHI - ARCHIVISTʼ S VISION」
アートディレクション:野口孝仁/Dynamite Brothers Syndicate
編集:土田貴宏、加藤孝司、熊谷彰博、塚田有那
予価:300円(税別/2,000部限定)

柳本浩市展 クラウドファンディング実施中!(5月29日まで)
展覧会の制作・運営と、残された柳本さんのコレクションの今後の保管・運用のための援助を募集しています。詳細は下記より。
https://motion-gallery.net/projects/yanagimoto-archivist

 

CREDIT

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TEXT BY ARINA TSUKADA
「Bound Baw」編集長。編集者、キュレーター。「領域を横断する」をテーマに、編集・執筆、企画、キュレーション、モデレーターなどで幅広く活動する。2010年、サイエンスと異分野をつなぐ「SYNAPSE」を若手研究者と共に始動。12年より、東京エレクトロン「solaé art gallery project」のアートキュレーター。編著に『マリー・アントワネットの嘘』(講談社)『メディア芸術アーカイブス』『インタラクション・デザイン』(BNN新社)、ほか「WIRED」など執筆歴多数。 http://arinatsukada.tumblr.com/

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