• TOP
  • WORLD-TOPICS
  • アフリカ・ルワンダで始まる、義足・女性支援のサスティナブルなデザインプロジェクト

WT

2017.11.21

アフリカ・ルワンダで始まる、義足・女性支援のサスティナブルなデザインプロジェクト

TEXT & PHOTO BY TOMOMI SAYUDA

100万人もの人々が犠牲になった大虐殺から23年。東アフリカの内陸小国ルワンダは今「アフリカの奇跡」と称される急成長の最中にある。IT立国を掲げるポール・カガメ大統領のもと、テクノロジー支援やデザイン、観光などで新たな産業をサスティナブルに生み出すプロジェクトが進む。今回は首都キガリを拠点に活動する2つの団体を現在ドバイ在住のインタラクションデザイナー左右田智美が訊ねた。 

アフリカのシンガポール、ルワンダ

筆者にとって初めてのルワンダの訪問ではあるが、東アフリカ滞在は今回が4カ国目。隣国のタンザニア、ケニアなどと比較して、ルワンダは街がとても整理され清潔なことにまず驚いた。道ゆく人々も穏やかな印象で、アフリカの大都市によくある喧騒とした雰囲気がここにはない。緑に囲まれた丘に位置する、風光明媚な場所といったところか。

それもそのはず、2000年から政権を執る現カガメ大統領の政策により、ルワンダは今「アフリカのシンガポール」を目指しているという。虐殺という惨事の反省から、治安や教育水準の改善に取り組んだ結果、海外企業の誘致にも成功を収めている。筆者の訪れた9月の気温は26度と過ごしやすく、安定した治安で外からの訪問者が来やすい環境のように感じられた。

街の中心部は新しく建設された道路やモダンな建物がそこかしこにある。
大虐殺の被害者のために義足を開発、ムリンディ/ジャパン・
ワンラブ・プロジェクト

まず紹介するのは、キガリを拠点に義足などの障害者向けのプロダクトを開発するNGO法人ムリンディ/ジャパン・ワンラブ・プロジェクトだ。

植民地時代の支配国政策に端を発し、1959年からはじまったツチ族・フツ族の民族紛争が引き金となり、1994年に100万人規模の大虐殺が起きたルワンダ。その負の歴史から、今も推定80万人もが障害を抱えているという。

ムリンディ/ジャパン・ワンラブ・プロジェクトは大虐殺の翌年から虐殺や事故・病気などで手足を失った人々をサポートする活動を続けている。過去8000人以上の人々に義足をはじめとする、杖や義手、車椅子や医療系の機材を無料で提供してきた。

今年で21年目を迎えるプロジェクトを運営するルダシングワ真美さん。年に一度のペースでプロジェクトの主な資金提供元である日本に帰国し、運営資金を集めるほか、ゲストハウスを並行して経営し、活動資金に充てている。

このワンラブ・プロジェクトの創設者のひとりは日本人のルダシングワ真美さん。足に障害を持つルワンダ人のご主人と共に組織を運営している。ご主人との出会いをきっかけに、日本で義足の技術を学びプロジェクトをスタートさせた。

ルワンダ虐殺から数年は、朝オフィスに来ると片足のない患者が行列をなす光景を目にすることも度々あったという。最近では、交通事故や病気によって義足を必要とするケースに移行してきた。

すべての義足はオーダーメイドで、人によって大きさや形状が違うため、時間もお金もかかる。海に面しない内陸国のルワンダでは、材料を仕入れるにも、陸路での輸送に頼らなければならずコストが高くなる。一ヶ月で生産できる義足数は約8足。最初の頃はより多くの人を助けられるように努めていたが、長期に渡って組織を経営するにつれ、本当に必要な人を見極めてから義足を提供するようになったという。

アフリカをはじめ、発展途上国全般に言えることだが、海外支援協力団体の数が多い地域ほど、住民は自然と何かをもらうこと慣れてしまう現実がある。提供する側も、本当に必要な人を見極めることが必要だとルダシングワさんは言う。

ルワンダ人は虐殺の歴史から、戦後は「ツチ族」と「フツ族」と呼び合うことを公共の場で現在禁止されている。そうした背景もあるせいか、あまり本音を言わず、シャイで大人しい人々が多いという。

ルダシングワさんは日本の職人的な、技術に誇りをもった技術者の中で義足製作という特殊な技術を学んだが、ルワンダ人が必ずしも職人志向かと言えばそうではない。そこで技術者を育てるため、過去には神奈川県の海外技術研修員受け入れ制度を使ってルワンダ人の部下に日本で研修を行う機会を提供したという。そこでは技術だけでなく、日本のものづくりに対する姿勢を感じとってもらおうとする意図があった。

政府がITや安全・衛生面のインフラに力を入れ、アフリカでも随一の急成長を遂げるルワンダではあるが、福祉の面においてはまだ先進国から大きく遅れをとっている。理想はルワンダ政府からの資金援助があることだが、実際は海外からの資金援助に頼るしか方法がないようだ。

それでも20年活動を続けることで、現地で義足の義肢装具士を育成し、自立して働き始める人が出たり、運営に関しても効率の良い材料の運搬方法を見つけたりと、独自の活動ノウハウを培ってきたのがこのワンラブ・プロジェクトなのである。

ニャミランボ女性支援センター

まず訪れたのは、首都キガリのニャミランボ地区にあるNGO団体ニャミランボ女性支援センターだ。2007年、18人のルワンダ人女性により立ち上がったこの団体は、女性の機会均等を目標に掲げ、雇用のための職業訓練支援などを行なっている。

ニャミランボ女性支援センターで働く女性たち

このセンターの運営資金には、ヨーロッパ系ファンド支援のほか、観光客向けのお土産グッズの生産や観光ガイドサービスによる収入源がある。特に後者は重要で、これまでのように海外の援助に頼ることなく、一事業がサスティナブルに持続できる環境を目指した政策の一環でもある。

その政策のひとつが、2013年に始動した「ウムティマ(現地のキニヤワンダ語で「ハート」の意)」プロジェクトだ。主にはアフリカのワックスプリントのテキスタイル を利用してバッグやアクセサリー、洋服、雑貨などの生産から販売までを支援する。ここで現在50人以上の女性の雇用を生んでいるのだ。

アフリカのワックスプリントを使ったお土産品はアフリカ各地で見かけるが、デザインが単純で古めかしいものが多い。しかしこのセンターのプロダクトに関しては今風の、若者や女性に好まれそうなテイストのものばかりでクオリティが非常に高かった。ハンドバックやエプロン、バスケットや子供服など、どれもカラフルで欲しくなるような品が並ぶ。値段も10〜30USドルくらいの手頃な価格設定のものが多かった。

この洗練されたデザインの製品であるわけは、スイスのデザイナーが4年間にわたり、ボランティアとして製品のデザイン支援、指導を行なっていたためだ。

ミシン縫いから手縫いまで、従業員のスキルごとにセクションがある縫製工場。
ニット製品を製作している部署も。

またセンターではコミュニティ・ベースド・ツーリズムを提供しており、その売り上げもこの活動資金に充てられている。今回筆者が参加した、地元の生活文化を見て回るツアーもそのひとつだ。他にもバスケット作り体験や料理教室体験などのプログラムもある。

この生活見学ツアーは3時間、ニャミランボ地区にある様々な生活施設をガイドと共に歩いて回り、最後にメンバーの家で昼食を食べて終わるというもの。昼食付きで2500円。ニャミランボ女性支援センターのある縫製工場からスタートして、ヘアサロン、施設が運営する図書館、クリーニング店や八百屋などニャミランボ地区の人々が生活している場所を現地ガイドについて見て回ることができる。

ちなみにこのツアーはトリップアドバイザーでも高評価を得ており、口コミでやってくる観光客が多いようだった。首都のキガリには目ぼしい観光地がない分、生活文化を見て回るツアーが観光の選択肢となっているようだ。

ニャミランボの一部エリアは未だに電気の供給がなく、住民は石炭や薪などに熱の供給を頼っている。衣服のアイロンがけも木炭を熱源としたものが使われていた。

人々は明るく、治安の悪さはあまり感じないエリアであったが、それでもインフラの完備にはまだまだほど遠いのがアフリカの現状である。水道が通っていない場所も多いようで、農村部では人々が水汲みをしている姿をよく見かけた。

またニャミランボ地区にはイスラム教徒が多く、政治的な理由からイスラム教徒が不遇にあってきた歴史があり、数十年前までは特に貧しいエリアだった。虐殺の時代が終わり、政府がイスラム教徒への差別を禁止し、海外の援助も入るようになってから徐々にこの地域の治安が向上し、今に至るという。

意外にも、この地域の人々は皆気さくで、とにかく明るい。他のアフリカの観光地に行くと、サービスを提供する者と受ける者の隔たりを感じてしまうことが多かったが、ここではその距離があまりないように感じた。観光客が払ったツアー料金が、地域の援助に直接つながり、観光客側もローカル文化を知れるというこのシステムは正の相乗効果を生んでいる

サスティナブルな活性を目指して
キガリは丘に囲まれた街。ニャミランボも丘の一つの一角に位置している。
様々な店舗が建ち並ぶ、ニャミランボの街中。

奇跡的な発展の最中にあるルワンダだが、もちろんアフリカ諸国と我々先進国の間の経済的格差は未だに大きい。インフラの未整備、貧困、衛生管理、十分に行き届いていない教育制度に職業訓練、技術など、我々の想像を絶する世界がそこにはある。入国に関しても、伝染病が完全に撲滅されていないため、黄熱病ワクチンを接種した証明書がないと入国ができない国が多い。

紛争の続くエリアから難民として訪れる人々も多く、その場合の生活水準はさらに低い。アートやデザインの現場で働いている筆者からすると、自分が働いている産業を語る以前の問題の状況に直面している現実に対して複雑な感情が芽生えるのは隠しきれない。

だが、長く続く貧困の状況から、現地の人々が「諸外国からもらう」ことに慣れすぎているという問題にはよく考えなくてはいけない。働かなくてもモノがもらえるという環境は健やかではない。

今回取り上げた2つのプロジェクトは 、現地の人々自身が仕事を持てるようになるまで長期的に支援し続けたことが功を奏して成功している。第三者の目が介入することで、新しい人の流れと経済体系ができ、コミュニティが活性化する。そしてまた、外国人にとっても彼らの文化や社会から学ぶことは多いにある。お互いにフェアで、サスティナブルな支援プロジェクトがここアフリカで、そして世界各地でこれからも増えていくのが理想的だと強く感じたルワンダ滞在だった。

 

CREDIT

Tomomi sayuda square s
TEXT & PHOTO BY TOMOMI SAYUDA
武蔵野美術大学中退。Royal College of Art (MA) Design Products修了。テレビ朝日にてセットデザインアシスタントとして勤務後、2005年渡英。卒業後ロンドンでOnedotzero, Fjordでデザイナーとして勤務した後に、現在ドバイのGSM projectにて、インタラクティブデザインリードとして文化的コンテクストとテクノロジーを用いたミュージアムデザインの案件に携わる。2009年Creative Reviewベスト6卒業生選出。2014年The Mask of SoulがBBC等で紹介され話題に。会社勤めと同時に自身の作品をFrieze Art Fair, ICFF NY等で発表。様々なプロジェクトにものづくり視点からの、遊び心のあるデザインを提案している。 http://www.tomomisayuda.com/

page top

ABOUT

「Bound Baw」は大阪芸術大学アートサイエンス学科がプロデュースする新しいWebマガジンです。
世界中のアートサイエンスの情報をアーカイブしながら、異分野間の知見とビジョンを共有することをテーマに2016年7月に運営を開始しました。ここから、未来を拡張していくための様々な問いや可能性を発掘していきます。
Bound Baw 編集部

VISION

「アートサイエンス」という学びの場。
それは、この多様で複雑な時代に「未来」をかたちづくる、新たな思考の箱船です。
そして、未知の航海に乗り出す次世代クリエイターのためのスコープとして、アートやデザインなどの表現・文化の視点と、サイエンスやテクノロジーの視点を融合するメディア「バウンド・バウ」が誕生。境界を軽やかに飛び越えた、冒険的でクリエイティブな旅へと誘います。

VISUAL
CONCEPT

サイトトップのビジュアルは大阪芸術大学の過去の卒業制作の画像データを、機械学習技術によって作品の特徴を捉えた抽象化されたデータに変換し、その類似性をもとづいて3D空間上に分布させることで構成されています。これは、これまで学科という枠組みの中からその表現方法が考えられてきた従来の芸術教育に対して、既存の枠組みを取り払い、より多角的で新たな視点(=アートサイエンスの視点)をもって、大阪芸術大学を再構築する試みのひとつです。

STAFF

Editor in Chief
塚田有那
Researcher / Contributor
森旭彦
原島大輔
市原えつこ
yang02
服部聡
Editorial Manager
八木あゆみ
制作サポート
communication design center
Rhizomatiks
STEKWIRED
armsnox
MountPosition Inc.
close

bound baw