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2017.04.08

人間と機械の関係を逆転させる。建築と音楽を行き交うアーティスト、ダヴィッド・ルテリエ

TEXT BY MIREI TAKAHASHI

ドイツの名門音楽レーベル「ラスターノートン」所属のアーティスト、Kangding Rayとしても知られるベルリン在住のアーティスト、ダヴィッド・ルテリエ。カールステン・ニコライらとの共作を経てきた彼は、建築のバックグラウンドを武器に、音楽と建築、そして数学的な関心を自身の作品に昇華している。ルテリエが語る、人間と機械の新たな関係軸とは?

「アートと科学。わたしにとって、本来それらは区別のできないものでした」。

アンスティチュ・フランセ東京主催のメディアアートの祭典「デジタル・ショック2017 -欲望する機械(マシン・デジラント)」のライブパフォーマンス開場前、渋谷WWWでインタビューに応じたダヴィッド・ルテリエは、アートサイエンスの可能性についてこのように語った。

古代からヨーロッパにおいて建築や音楽、数学はひとつの分野として考えられてきた。よく知られるように、ルネサンス期に「万能人(uomo universale)」として活躍したレオナルド・ダヴィンチは、アーティストであり科学者でもあった。歴史においてアートとサイエンスは常にアップデートしながら存在し、区別することはできない。そして作品を通してそれを体現しているアーティストのひとりが、建築と音楽のあいだを行き来するアーティスト、ダヴィッド・ルテリエなのだ。

ダヴィッド・ルテリエ
1978年フランス生まれ、ベルリン在住のアーティスト。
フランスとドイツで建築について学ぶ。カンディング・レイの名でドイツの電子音響レーベル「ラスターノートン」に所属。カーステン・ニコライとの息の長いコラボレーションでも知られるルテリエは、オーディオビジュアル・パフォーマンスからサウンドインスタレーションまで、さまざまな媒体で表現を行う。建築、アート、音楽にまたがる彼のアプローチは、「動く形(フォルム)」としてのサウンドに関する探究であるといえる。Némo(パリ)、MediaRuimte(ブリュッセル)、スコピトーン(ナント)等のヨーロッパのデジタル・アートフェスティバルで精力的に作品を発表している。
http://www.davidletellier.net/
建築から音楽、そしてアートへ

大学では建築を学んでいたそうですね。その後、どのようにして現在のアーティスト活動に至ったのでしょうか?

ダヴィッド・ルテリエ(以下ルテリエ):音楽活動を始めたのは10代の頃で、高校生の時にはロックバンドでギターを弾いていました。ジャンルは、ノイズかインダストリアルミュージック。一方で、大学では建築専攻だったので、卒業後は3年間くらい建築家として働いていました。

大きなきっかけは、仕事を始めてから3〜4年後にカーステン・ニコライ(別名alva noto )と出会ったこと。彼と活動を始めるようになったことで、建築からメディアアート、サウンドインスタレーションへと表現手段が移行したのです。

そうして、当時暮らしていたパリから、2001年にベルリンへ移住しました。その頃あたりから、サウンドにとどまらず、エレクトロニカとアートを融合させたインスタレーションを制作し始めるようになったのです。同時にラスターノートンに所属したことで、音楽のプロデューサーおよびミュージシャンとしても名を知られるようになり、世界中で活動する機会にも恵まれました。

ダヴィッド・ルテリエの音楽家名義 Kangding Ray Music Clips

音楽とアート、両方を手がけるようになったのはなぜでしょう?

ルテリエ: 音楽であれアートであれ、私自身が意識的な選択をしたわけではありません。ある朝目が覚めて、「これからアーティストになろう」と思ったわけではないんですね。音楽活動を通してさまざまな研究をするなかで、自然とキャリアを積んできたというのが実際のところです。ただ、アートにはどうしても制作予算がかかるため、とある縁でギャラリーからオファーが入ったことがきっかけに、実際の作品制作に至りました。

大型のインスタレーションを制作するには予算と場所、そしてチャンスが必要ですよね。なかなか厳しい条件ではないかと思いますが、どんなところからのオファーが多かったのでしょうか?

ルテリエ:さまざまな文化施設やフェスティバルから展示のオファーが来ました。まず、ヨーロッパにはメディアアートの強力なネットワークがあります。ベルリンのCTMというメディアアートフェスティバルやオランダのToday's Art、またはアルスエレクトロニカに作品が展示されました。

最近はヨーロッパ以外の国でもメディアアートのイベントが盛んになってきていますね。カナダのFestival Elektraや、今回のように声がかかった日本のデジタル・ショックMedia Ambition Tokyoなど。

それに現代美術のイベントで展示されることもあります。私自身あまりアートの分野に区分をつけたくないので、活動の幅は自由ですね。

 
人の手を離れて独立する「機械の欲望」

ダヴィッド・ルテリエ《VERSUS》

今年のMedia Ambition Tokyoに展示された作品《VERSUS》のコンセプトを教えてください。

ルテリエ:《VERSUS》は2台の動く彫刻が音を通して会話するインスタレーションです。2台の機械はそれぞれ独立していて、互いに「会話」をやりとりします。彼らは互いのあいだにある空間の音を材料に、「ことば」を発するのです。

どういうことというと、機械の中には周囲の音や振動を録音するマイクがついており、録音された音がシステム処理によってループされることで、彼らの音による「会話」が発生するというものです。会場が変われば音響が異なってくるので、会話の内容もそれに応じて変化します。

Media Ambition Tokyo 2017 展示風景
Photo by Koki Nagahama © 2017 Getty Images

そして観客がこの機械のあいだに立つと、音波の妨害となるため、そのふるまいに応じて機械の動きも微妙に変わっていきます。観客の声が影響するのはもちろんですが、特に干渉する行為をせずとも、ただそこに立っているだけで機械の邪魔になるというわけです。

この作品が伝えるテーマは何でしょうか?

ルテリエ:人間と機械の関係を逆転させようと思いました。作品のそばに人間がいなくても、機械たちが自律的に動き、コミュニケーションし続ける。そうした、人間の手を離れて独立する「機械の欲望」を表現してみたかったのです。

また一方で、建築的なリサーチとしては、空間とモノの配置が結ぶ関や、機械の動きと空間とがどう作用し合うかについても考えていました。私はゆっくりと機械が動いている姿に惹かれるんです。そのゆっくりとした抽象的な機械の動きが、どのような美を見出せるかを考えました。これはジャン・ティンゲリーやアレクサンダー・カルダーのモビールなど、美術の歴史におけるキネティックアートの流れのひとつにあると思っています。

キネティックアートを代表するスイス人作家、ジャン・ティンゲリー(1925-1991)。排棄された家電や機械の一部を作品に利用し、「動くアート(キネティックアート)」を構築した。

今回のデジタル・ショックのテーマでもある「欲望する機械」には、どんなイメージがありますか?

ルテリエ:「完璧ではない機械」と言えるでしょうか。《VERSUS》の機械たちは、見ての通り本来の機械のあり方ではなく、まったく機能を持ちえていません。そんな機械は人をがっかりさせるかもしれませんが、欠陥があり完璧ではないからこそ、その未完成さが人間に近付く要因にもなると思います。

建築の新たなキーワードは「時間」にある

2010年に発表された《TESSEL》という作品は、《VERSUS》の原型のように思います。過去の作品が現在にどのような影響を与えているかを教えてください。

ルテリエ:自分のアイデンティティを追求する流れのひとつにあるので、過去と現在の作品のつながりをあまり意識してはいません。ただ、《TESSEL》は私が建築学科にいた頃の卒業制作のアイデアが生きたものでした。それは、部屋の一部が動くといった、「動く建築」という発想です。静的で、動くことのない建築へのアンチテーゼとして、《TESSEL》では天井を動かし、サウンドを発生させるというものです。

ダヴィッド・ルテリエ《TESSEL》

これまで建築は可変性のない強固なものだと考えられてきましたが、ここ最近はデジタル化とともに、「インタラクティブな建築」といった概念も生まれつつありますね。

ルテリエ:そのとおりで、いまは建築の限界が拡張されつつあると思います。人間の生活に合わせて建築もあり方を変えていく時なのです。

その最大のキーワードは、「時間」にあると思います。現在、デジタル化によって建築と時間の関係が大きく変わってきました。古代ギリシャやエジプトの時代は、数十年の歳月をかけて建物を建てていましたが、いまはそうではありません。ル・コルビュジエという建築家は、建築を「光とボリュームを扱う芸術」と定義しましたが、現代は「時間とボリューム」を扱う芸術はないかと思います。

カオスを制御しながら、偶然にも身を委ねる

建築学科というバックグラウンドや、数学的な要素があなたの作品の通奏低音に流れていると感じます。

ルテリエ:数学には、カオス論や素数といったさまざまな概念がふくまれている。そこが興味の尽きないポイントですね。人間のリアリティだけでは視認できないもの、目に見えない異次元のことを、人類は数学によって考えを導き出し、想像を育んできました。

そうした数学的な概念はご自身のアート、または音楽作品とどのように関係しているのでしょうか。

ルテリエ:アートというのは、ある意味でカオスをコントロールする手段だと思っています。どんなアート活動の中にも、コントロールできる部分とそうではない部分があります。私は自分の作品において、その両方を利用しながら制作しています。《VERSUS》を見てもわかる通り、綿密に細かくデザインをすることもあれば、偶然性に身を委ねている部分も多くあります。音楽も同様ですね。緻密にコントロールする部分と、まったくの偶然によって生まれる流れもあります。

渋谷WWW ライブ前にて

音楽についてもお聞きしたいと思います。現在は、Spotifyなどのストリーミングサービスであらゆる音楽が聴くことができる時代ですが、今後の音楽シーンはどう変わっていくと思いますか?

ルテリエ:Spotifyのようなストリーミングのプラットフォームがあり、それと対抗するようにアナログレコードのブームもあります。それは何を示すのかと言うと、ストリーミングやmp3のせいで音楽に対する集中力が非常に低下している。毎日いつでもどこでも何の音楽でも聴けるため、注意力が散漫になり、音楽の価値自体も下がっているんです。

しかし最近の流れを見ると、そのカウンターが起きつつあるように思います。十分な時間を取り、ゆっくり集中しながら音楽を聴く、そうした音楽の価値の復権をリスナーたちが望んでいるように思えるのです。私が子どもの時はCDを1枚買うにもお金がかかって貴重なものだったので、時間をかけて選んで、買った後もライナーノーツを熟読しながら何週間から何カ月も同じCDを聴いていましたよ。ちょっと時代遅れに聞こえるかもしれませんけど。

そうした時代において、ご自身の作品からどんな影響を世の中に与えらると思いますか?

ルテリエ:影響ということに関してお話すると、私はテクノロジーというツールにそれほど興味がありません。人々に発信したいのは、思想と感動。表現のためにはどんなツールも使いますが、そこから与えたいコンセプトは独自に存在しています。もちろん私の立場として、観客がどんな影響を受け、どんな解釈を持って帰るかは人それぞれですが、自分の作品はできる限り完璧に制作していくだけです。

 

CREDIT

Mirei
TEXT BY MIREI TAKAHASHI
編集者。ギズモード・ジャパン編集部を経て、2016年10月からフリーランスに。デジタルカルチャーメディア『FUZE』創設メンバー。テクノロジー、サイエンス、ゲーム、現代アートなどの分野を横断的に取材・執筆する。関心領域は科学史、哲学、民俗学など。

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